2007・8・15 婦人科検診。

12時に烏丸にあるS医院へ。1年3ヶ月ぶりの婦人科検診。

いつものように子宮ガン検診と,筋腫の経過観察。

さぞや成長しているだろうと思っていた筋腫も,まだかなり小さいようで安心。。。ずっとこのままだといいのだが。ガン検診の結果は,後日,電話で聞くコトになっている。


思ったよりもスムーズに早く終ってしまったので,友人に電話をしてみた。S医院の近くに住んでいる。いきなり電話をかけられても,困るかなぁ・・・と思いつつもかけてみたら,すぐに出てきてくれるという。


『COCON烏丸』の前で待ち合わせ。和風の店で,ワタシは昼食,彼女はスイーツを。


ほんの1時間ぐらいだったけど,久しぶりにお喋りできて楽しかった。こんな時間,もう久しく無かったから・・・・


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和風おろしポン酢のステーキ定食。味噌汁には,そう麺が入っていたし,ご飯は雑穀米。お肉もあっさりとしていて,すごく美味しかった☆

食後には,抹茶豆乳のプリンとアイスティを。



友だちと別れて,3時に病院へ。

昨日,「体調が良い日は,車椅子に少し座ってみましょう」と看護師さんに言われたので,今日は車椅子で散歩でも・・・・と,楽しみにしていたのだが,病室の父の顔は少し赤い。

熱を測ってもらうと,37,1℃。微熱だ。

おまけに今日は,朝から,痰がひどくからむらしく,吸引を何度もしてもらったらしい。それでも,父は,喉のあたりをゴロゴロ言わせている。

父の片方の鼻の穴には,少し血がこびりついている。鼻の粘膜は敏感だから,吸引の際に,チューブで傷つくコトが多い。


あまりゴロゴロいうので,また吸引をされた。かなり辛そうだ。顔をしかめて眼をぎゅっと閉じて,ヒーと言っている。終ったあと,片方の目から涙が出ていた。見ているほうも辛いよ。

でも,胃ろうにすると,痰の吸引が増えるというコトは,最初からわかっていたコトなのだ。どういう原理なのかわからないけど,そういうものらしい。なんだか解せない話だ。


新聞を買っていったが,どうも読む気力はないらしい。今日の父は不調だ。肺のあたりが「しんどい」らしい。あまり話をさせるのも辛いかと思い,安静にさせておいた。


ヒゲを剃ってやり,顔や首筋,手のひらや足の裏などを,熱いおしぼりで拭いてやる。手のひらをゴシゴシ拭いていると,細かい垢がぽろぽろと出てきた。お風呂もずいぶん入っていないもんなぁ・・・

氷水で口の中を拭いてやる。水分が入らないように,注意しながら。口の中ばかりでなく,唇も乾くらしく,父はすぐに唇をなめてしまう。唇がひび割れて,少し血が出ている。どうしたらイイのかな。



夕方。熱は37,3℃。6時半に栄養剤が始まった。「○○さん,お食事ですよ」と言われて,ベッドを起こされ,チューブに栄養を流される父。栄養剤のボトルを眺めている父の目は,ぼんやりと虚無的だ。きっと,「なにが『お食事』だ」と思っているコトだろう。ワタシだって,そう思うもの。



同室の患者さんたちが,夕食を食べている匂い,音。酷だと思う。お見舞いの家族が,「ぶどうを持ってきたよ。食べて」などと言い,食べさせている様子。耳の良い父には,全部聞こえている。いっそ,母のように,父も耳が遠かったらヨカッタのに・・・・



7時ごろ,帰るコトにした。やっぱり病院は疲れる。父に気持ちを残しながら,それでも病室を出ると,開放感に包まれる。そんな自分に,罪悪感を感じる。


帰りにスーパーで,いちじく1パック298円の激安を買う。品もなかなか良さそうだ。いちじくは,母の好物だ。


父に食べさせてやれない分,ワタシは母を喜ばせようとやっきになっている,そんな気がする。
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# by rompop | 2007-08-15 16:17 | ホスピタル

2007・8・14の空。

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海水浴にでも行きたいような晴天。白い雲が多い日です。

自宅から駅まで自転車で走りながら,思わず携帯でパチリ。

悲しくても,嬉しくても,自然はいつもと変わりないなぁ。

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# by rompop | 2007-08-15 16:06

2007・8・14 胃カメラ。

午前10時から,かかりつけの「F胃腸科病院」で,胃カメラを飲む。

ここ数ヶ月ほど,ずっと胃の具合が悪い。時々は,胃が張って,身体をまっすぐにして歩けないぐらい辛いコトがある。まぁ,原因はストレスなのだろうが,なにか変なモノでもできていては大変だから,一度調べてもらうコトにした。


主治医のKドクターは,密かにワタシが崇拝している数少ないドクターのうちの1人だ。まだ若いが,患者を安心させるような独特の雰囲気を持っている。しかも,胃カメラの腕ときたら,一流だ。

カルテをぱらぱらとめくりながら,「そうそう。お父さん,もうお家に帰ってきたの?」といわれたので,「いいえ・・・胃ろうになりました」と言うと,「ええっ?そんなに悪いんか?」と驚かれる。普通の人は,脳卒中で倒れても,ある程度リハビリをすれば,家に帰れるものだと思うらしい。。。

誤嚥性肺炎になったコトなどを話すと,「そうか・・・でも胃ろうを作っておけば,安心やしな」と言われた。安心かぁ・・・・・。「誤嚥は怖いよ。急変するから,危ないしなぁ」と。確かにそうだ。だから,踏み切ったのだ。でも。。。


とりあえず,胃のなかを診てもらった。調子が悪く,3度ほど,オエっとなってしまった。今日はちょっと苦しかったなぁ。

ただ,いくつかあるポリープもほとんど目だたないぐらいのもので,腫瘍も潰瘍も,もちろん無し。胃の入り口あたりが,少し荒れている程度で,軽い胃炎だろうとのコト。胃の内部や十二指腸のほうは,キレイだった。


ベッドに横になりながら,眼の前に映しだされる画像で,自分の胃の中を眺めていた。ピンク色の胃の壁や粘膜を。ワタシの意志とは関係なく,勝手にぐにょぐにょと,動いていた。その画像を見ていたら,急に愛しくなった。自分の胃が,身体が。

自分の身体を守れるのは,自分だけだ。大事にしなくては。。。


胃薬は,今処方してもらっているものでイイ,とのコト。あとは,安定剤として「デパス」という薬を出してくれた。心配事があってたまらない時に,飲んでみて,とのコト。軽い薬だろうが,この手のモノはあまり馴染みがないから,最初はよく効くに違いない。


リカバリー(回復)室で,ソファに横になって,しばらく過ごした。まだ11時にもなっていない,早すぎる。。。


30分ぐらいしてから,お茶を飲み,バナナを食べた。胃がキリっと痛んだ。すきっ腹だからな。


炎天下の道を歩いて薬局で薬をもらい,商店街のほうまで戻ってきた。


迷ったあげく,回転寿司の店に入る。昨日から,寿司モードだったのだ。この店は安いけど,結構美味しくて,いつも超満員。少し待たされた。好きな物ばかり5皿食べた。ひと皿2貫だから,10貫だ。これで限界。胃が小さくなってしまったようだ。


百貨店を少しうろついて,2時前に病院へ。


ビクビクしながら病室に入ると,今日はまた,父は本格的に眠っている。ワタシが声をかけても,「あぁ」と眼を開けただけで,すぐにまた眼をつぶってしまう。

看護師さんに聞くと,昨夜はあまり眠れなかったようで,眠剤を処方されたらしい。睡眠のリズムが狂いまくっているようだ。


ベッドのマットレスは変わっていた。ヤレヤレ・・・でも,父のお尻には,またあらたな床ずれ(もどき)が二箇所増えていた。油断大敵!


2時から5時まで,ワタシはベッド脇でぼんやりと本を読んでいた。父は,ずっと寝ていた。怒っているのか,眠いのか,よくわからない。


途中で1階の家族待合室へ行き,ジュースを飲んで,有料のパソコンを使って,ブログの更新をした。


5時過ぎ。「もう帰るよ」と声をかけると,父は「あぁ,そう」と眼を開けた。「いいよね?」と聞くと,「いいよ,ご苦労さん」と,いつもの笑顔だった。

何を言われるかと多少びくついていたが,「・・・じゃあ,そろそろ布団を敷かないとね」と言うので,「パパ,もうベッドに横になっているから,布団を敷く必要ないよ」と言う。父は,「あ,そうか」と納得した。

それ以上,なにもいわず,手を振るワタシに,父は笑顔を見せた。



午後はどうしても,することがないので,父は眠ってしまう。これはどうしようもない。同室の人も,みんな,イビキをかいて昼寝しているのだから。なるべく,時間をずらして,夕食の時間帯にいられるようにしてみよう。そう思いながら,帰った。
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# by rompop | 2007-08-14 23:35 | ホスピタル

2007・8・13 罵倒。

9時に起きる。

10時にタクシーで母と一緒に隣町まで。今日は母の用事と買い物につきあう日。ちょっとしんどいなぁ・・・と思いつつも,これも親孝行かと我慢。

今日もだいぶ暑くなりそうだ。循環器の悪い母のために,なるべく外を歩かなくてすむように,タクシーを使う。国道はとても混んでいて,あらためて「盆休みなんかに出かけるんじゃなかった・・・」と後悔。みんな,どっかへ遊びに行くんだろうな。


母がずっと気にしていた銀行でのいくつかの手続きをすませ,ローカル百貨店のM坂屋へ。


親類やご近所の人,母の友達などからいただいた,父のお見舞いへのお返しを買う。先に地階で母に和菓子を選んでもらい,あとは母をソファに座らせておいて,ワタシがギフトセンターで商品券を買ってきて,和菓子売り場で同梱してもらう。

快気祝いとして返すコトができれば良かったのだが,そうなる目処もつかず,相談して「お見舞いお礼」の熨斗をつけてもらった。


それぞれ,お返しの値段も違うし,たくさんの伝票を書くのが一苦労だった。でも,母一人だったら,もっと時間がかかっただろう。和菓子は,ちょっと変わった形の涼しそうな水羊羹のセットにした。


お昼を過ぎた。上階のレストラン街で昼食。和風の店で,ざるそばとミニ天丼のセットを食べた。本当は母の好物のお寿司を食べたかったのだが,ワタシたちのお気に入りの店はいつの間にかつぶれて,なくなっていた。


その後,母の体調を気遣いながら,タクシーで父の病院へ。

父は母の顔を見ても,いつもほど喜んでいるようには見えなかった。ちょっと頭もぼんやりしていたかもしれない。

それでも,ぽつぽつと話をしながら,母は1時間半ほど居てくれてだろうか。二人で熱いおしぼりで父の顔や足を拭いたり,足の指に水虫の軟膏を塗ったり,氷水で口の中を拭いてやったりした。


今日の父は,下痢はなく(便通がない),熱も36,8℃。

しかし,どうしたコトかおかしなコトを言い出して,ワタシたちを困惑させた。


「そこにあるタンスに30万を置いたんだが,心配だから見て欲しい」と。どうやら,ワタシたちがいく前には,看護師さんにお願いしたらしい。そうしたら「ご家族の許可がないと勝手に探せないので」とうまくかわされたようだ。

ワタシたちの顔を見るなり,「家族が来たと,看護師さんに知らせないと」と,ナースコールを押そうとするので,あわてて止めて訳をきき,母と一緒に,「お金は家にあるから」「台所の上の棚の奥にちゃんと隠したから」と言って,安心させた。何度かそう説明すると,父はやっと,「あぁ,やっと安心できた」と言って,素晴らしい笑顔を見せた。

母は,「もう・・・パパ,しっかりしてや」と苦笑していたが,父の頭のなかでは,これが本当なのだろう。


それから,しばらくして,「2~3日中に散髪に行くから,お金を置いておいて欲しい」と言い出す。「小銭もなにもないのは,心配だ。お金がいる時があったら困る」と。

気持ちはわかるが・・・・


「ここは病院だから,お金のいることなんてないよ」「いるときは,ワタシたちが払うから」「売店にもパパひとりでは行けないからね」と,説明する。父は不満そうだった。でも,あきらめたらしく,それ以上はねだらなかった。


母があまり疲れても困るので,先にタクシーで帰す。父は笑顔で母と握手をして別れた。ワタシは母について行き,無線でタクシーを呼んだ。


「パパ,少し(認知症が)進んだなぁ・・・どうしたらええんやろう」と,母。たしかに,ゆるやかに父は進んでいる。本当に,年寄りにとって,環境の変化や寝たきりの生活は,危険なのだと思う。


4時ごろ,主治医をはじめ,エライ(らしい)ドクターたちがぞろぞろと連れ立って,回診にきた。こんなの初めてで,ちょっと緊張したが,どうやら,胃ろう造設後の栄養状態のチェックらしい。

一番エライ(らしい)ドクターが父の胸に聴心器をあてたり,軽く質問したりしただけで,あとは父を見下ろしながら,ドクターや看護師同士で,よくわからない専門用語でなにやら意見交換をしていた。栄養剤の量や種類などについて,話をしていたようだ。


その中に,前回,誤嚥性肺炎で入院したときの担当医の姿があった。そのドクターが,少しあとに残って,「どうですか?」などと声をかけてくれたので,「床ずれができかけているんですが,軟らかいマットレスの在庫がないみたいで・・・」と,ダメ元で訴えてみた。ドクターは,「あ,そうなの?あとで確認してみます」と言ってくださった。


が,どうせ無いんだろうな・・・と思っていた。ところが!1時間ぐらいあとで,看護師さんがやってきて,「明日,マットレス交換しますからね」と言うではないか。今までワタシは,5人ぐらいの看護師さんに,毎日のように「マット,なんとかならないですか?」と訴えてきた。そのたびに,「在庫がないです」「全部使っていて・・・」「ほかの病棟にもきいているんですけどね・・・」などと,言われてきた。ううむ・・・口あんぐり。やっぱり,こういうのは,直接,医者に直訴しないと駄目なのかも。


5時半頃,そろそろ疲れてきたので,帰ろうと思った。本当は,夕食の時間,同室の人たちが音や匂いをさせて食事をしている間,いてあげたいと思うのだが,なんだか・・・身も心も限界だ。


寝ている父に,「もう帰るけど,構わないか?」と聞くと,そっけなく,「あ,そう。ご苦労さん」と言われる。どうやら,さきほど,「水虫に良くないから」と,無理やり寒がる父の靴下を脱がせたのが,不満だったようだ。父の足のためにやっているのだが,本人に水虫の自覚がないのだから,不満しか感じないようだ。


しかたなく,靴下をはかせる。夜は素足だと寒がるだろうから。


いよいよ帰ろうとした時に,「お金を少し置いておいてくれ」と言われる。さっき,あれほど説得したのに・・・・・

「お金のいるコトってないから,いらないよ」と言うと,「あとで自転車に乗って,マルヤスに買い物に行くから」と父。

・・・・・・・・マルヤスとは,父がよくバナナなどを買いに行っていた,近所のスーパーだ。


あまりに突拍子もないので,答えにつまっていると,「マルヤスで買い物して金がなかったら,困るだろう」「少しでいいから,今(金を)くれ」とたたみかけてくる。


「・・・・・パパ,マルヤスなんかに1人で行かれへんよ・・・・・」と言うと,「今行けなくても,あとで行く!行く時にお金がないのは困るだろう」と言う。

「でもパパ・・・」と言いかけると,父は急に怒り出した。

「うるさい!人の言うコトに反対ばかりして,このへそ曲がりが!!」「もう頼まないから,さっさと帰れ!」と大声で怒鳴る。びっくりして,「パパ,そんなに怒鳴らないで!」と制すると,ますます怒りまくって,真赤な顔で,「帰れ!さっさと帰ってくれ!!」とますます怒鳴り散らす。


手がつけられない,とはこういう状態なのだろうか。怒鳴っている父の目は,完全にイってしまっている。オロオロして,父の周りをうろうろしていたが,父は怒鳴るだけ怒鳴ると,あとは目をつぶって横を向いてしまった。


帰りかけて,2度ほど病室に戻ったが,何といってよいのかわからなくて,結局,帰ってきた。


父の認知症は進んでいる。今,自分がどういう状況で,どこにいるのか,時々,まったくわからなくなってしまうようだ。

もしかしたら,食べるコトも飲むコトもできないで,動けないでいる今の状況を認められなくて,余計にそうなってしまっているのかもしれない。なんとなく,そう思った。


病気だからしかたがない。それでも,あんなに憎憎しげに「帰れ」と怒鳴られたのはショックだった。これからも,こんな想いをたくさんしなければならないのだろうか。。。


なんともやりきれなくて,フラフラと百貨店に入った。地下のジューススタンドで,甘い夕張メロンジュースを飲んだ。
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# by rompop | 2007-08-13 15:33 | ホスピタル

2007・8・12 何を,食べている?

11時まで眠っていた。あひるご飯は,母が買ってきたおにぎり2個と,自分で焼いた卵焼き。


2時過ぎに家を出た。今日も暑いなぁ・・・駅の売店で朝刊を買って行く。


3時に病室についた。父はちゃんと起きていた。昨日あんなに酷かった下痢も,今日は止まっているようだ。少しホッとする。便通は,つまっても困るが,緩すぎても本人の負担も大きい。


熱もないようだ。父は持ってきた新聞を,老眼鏡をかけて少し読んだ。ページがめくりにくいので,ワタシがめくり,小さく折って父に持たせた。

少し読んだあとで,「目がかゆい」としきりに言って,読むのをやめてしまう。今日は日曜なので診察は受けられないので,かゆみが続くようなら眼科を受診しましょう,と看護師さんが言われるので,お任せするコトにする。


新聞をやめてしまうと,もうするコトがない。テレビも見たくない,といい,父はじきに目をつぶってしまった。あぁ,また寝てしまう・・・・・


文庫本を読みながら,ちらちらと父の寝顔を見ていた。しきりに口をモグモグと動かすと,右手を布団から出して,なにかをすくうようにして口に運んだ。何かを食べている・・・?


父は急にパチリと目を開けて,「あれぇ?今,スプーンをもってたんだけど」と不思議そうに言った。寝ぼけているのだ。あんなに不味いと嫌がっていたミキサー食を食べている夢でも,見ていたのだろうか?


「おしっこ出た」というので,尿取りパッドを交換する。尿がたっぷりしみこんだパットは,ずっしりと重く,なにか香ばしいような匂いがする。これが人間の尿の匂いなんだなぁ・・・・


熱いおしぼりをもらってきて,顔と手のひらを拭く。父の手のひらは,どうしてか,いつも湿ってニチャニチャしている。


6時半から栄養剤が滴下された。ベッドを30度の角度で起こされた父は,今は目を開けてまっすぐ前を見ている。父の目の先には,栄養剤を入れたボトルがぶら下がっている。

沈黙が耐え切れなくて,無理やりおしゃべりをしようとするが,うまくいかない。


疲れたので,7時ごろに帰ることにする。もう少し遅めに来て,この栄養剤を入れているなんともいえない時間帯に,一緒にいてあげたほうがいいのかなぁ・・・などと考える。


百貨店が開いていたので,また少しウィンドウショッピングをして,リフレッシュして帰る。
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# by rompop | 2007-08-12 14:24 | ホスピタル

2007・8・11 泥の池。

いつもと同じ時間に起きた。予約は取っていないが,かかりつけの胃腸科へいき,胃カメラをやってもらおうと思う。いつもそうしているので,昨夜は9時に夕食を終え,朝食も抜いた。


8時半前に受付。ところが,いつも診ていただいているドクターが臨時でお休みとの事。運が悪かった・・・・


胃カメラは,はっきり言ってドクターの技術がモノを言うからなぁ。。。診察してくれたのは,一ヶ月前と同じく,患者の顔をまったく見ない,不機嫌な物言いをする最低な印象のドクター。とりあえず,ワタシもあまりこの人とはしゃべりたくないので,薬だけを出してもらうように頼んで,胃カメラの予約をして帰ろう。


一か月分も薬をくれた・・・・・まぁ,いいっか。



予定よりずいぶん早く終わってしまった。とりあえず,朝食だ。24時間営業の店で,「目玉焼き朝定食」(450円)を食べる。目玉焼き(小さい・・・)と炒めたウィンナーが2本。味噌汁,青菜とあげのおひたし,味付け海苔。(旅館の朝食みたい)

ご飯のお代わりは自由なので,1杯半食べた。最後は備え付けのお漬物でお茶漬け。


11時からマッサージの予約を取っておいたので,食べ終えてすぐにダッシュ。30分間の至福のひととき・・・「おそろしいぐらい,あちこちお疲れですねぇ」と呆れられる。そうだろうな。体中のどこを触られても,とりあえずは痛いから。


12時前に病院へ着いた。


廊下に便の匂いが流れている。臭い・・・父の病室に近づくにつれて匂いが強くなる。「まさか」と思ったら,そのまさかの父の便の匂いだった。ベッド脇が最高に匂う。


「パパ,うんこ出てるんちがう?」と何度聞いても「いや,出てないよ」と言う。そんなはずはない。しばらくして看護師さんがやってきたので,「絶対便が出ていると思うんですけど」と,オムツをあけてもらった。


案の定,「出てないよ」の父のオムツは,泥の池のようになっていた。うう・・・おしぼりで,丁寧にお尻についた便をふきとってくれている。床ずれの部分を見せてもらった。最初に発見したときよりも,あきらかに小さくなっている。赤いことは赤いが,まだ水ぶくれなどにはなっていない(なったら大変だが)。

ワタシがうるさく言っているおかげで,頻繁に体位を変えてくれているおかげだろう。このまま,ひどくならずに治まればイイけど。。。


ただ,床ずれとは別に,陰部の皮膚炎はかなり痛そうな様子。肛門周りだけではなく,玉のあたりの皮膚が真っ赤になっている。おしぼりで拭かれるたびに,父は「ひー」と言う。これでもだいぶマシになったそう。軟膏を塗ってくれた。


すっきりしたためか,父がすぐに目をつぶってしまうので,なんとか眠らさないようにとがんばる。母から預かってきた,絵葉書のファイルを父に見せる。

百貨店での美術展や,油彩画の個展などを見るのが,父も母も好きだった。絵画はそうそう買えないが,気に入った絵のポストカードを必ず2~3枚は買ってくる。そうして溜まった絵葉書を,母は小さなファイルにいれて保管している。父の好きな「ユトリロ」の美術展で買った絵葉書も,何枚もあった。


「ママから預かってきたよ」というと,父は食べ物かなにかだと思ったらしく,すごく嬉しそうにしたが,絵葉書だとわかると「そんなのいらないよ!」と言った。がっかりしたのかもしれない。


しかし,しばらくしてから「やっぱり見よう」と,手に取った。が,たいして興味もなさそうだった。イイ刺激になるかと思ったんだけどなぁ・・・・


4時前に,「もう疲れたから帰っていいか?」と尋ねる。ちょっと今日は疲れたなぁ。


父は,「バナナとサンドイッチはいつ持ってくるの?」とまた言う。昨日のことを覚えていたのか・・・

「パパ,それは食べられないよ。肺炎になったから食べられなくなったんやんか。無理無理
,当分無理だよ」と力なく言うと,「そんなこと言って一日のばしにするつもりだろう」ときた。かなりヘビーなひと言。。。


帰りに,ロッテリアでジャンクなものをたくさん食べて,百貨店で洋服を見た。バーゲンをしていたので,特に着るあてもないが,ベージュのシフォンのワンピースを1枚。いつか着よう。


いつもの果物屋で,オレンジといちぢくを買う。いちぢくは母のお土産。ちょっとまけてもらった。小さなラッキー。


5時半に帰宅。


久々にヤフーオークションに熱くなり,入札しまくる。2時まで夜更かし。あきらかにストレス解消だなぁ,これは。。。
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# by rompop | 2007-08-11 14:47 | ホスピタル

2007・8・10 痛い。

父は今日もぼんやりした表情をしている。

看護師さんが「お嫁さんか娘さんか,来てくれはったよ~」と父に声をかける。「娘ですっっ!」と思いきり言う。


父は,ワタシがいる間中,うつらうつらしている。

熱は36℃台だが,下痢は相変わらずのよう。

いきなり頭がぼんやりしだしたコトについて。もしかしたら,今までの点滴を減らしたために,水分不足になっているのでは。それとも,やはり下痢で水分不足か。。。

父は水分不足になると,たちまち,ぼんやりする。点滴などで水分補給してもらうと,クリアになる。

看護師さんに尋ねても,要領を得なかったが,とりあえず栄養が十分でないので,明日から点滴を増やすとのこと。


「時間がよくわからない」と父。体内時計は狂ってしまったようだ。話しかけてもすぐに寝てしまうのであきらめた。


8時になり帰ろうとすると,父は目を開け,「明日,バナナとサンドイッチを買ってきて」と言う。


「パパ,無理やで。」「もうそろそろ,食べられるやろう。食べられなかったら,置いとく」「・・・・・・」


「頼んだよ,おやすみ」と父は目を閉じた。


しばらく立ったまま父の顔を見ていたが,父はもう目を開けなかった。
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# by rompop | 2007-08-10 22:34 | ホスピタル

2007・8・9 夢かウツツか。。。

いつもの時間に病室へ。

父は,ぼんやりした顔をして,氷枕をして寝ていた。おでこに手をあてると,少し熱い。また,熱か。。。

熱でも栄養は入れるらしい。いつものように投入されてすぐに,「あ,ウンコが出てきた」と父。「え??」と,看護師さんにすぐに言うが,やっぱり無理だった。投入中はベッドを30度に起こしてあるし,投入後も30分はそのままだ。おむつ交換にはベッドをフラットにしなければならないが,そうすると,栄養が逆流してきて,誤嚥を起こす可能性があるから,怖い。


「気持ち悪いけど,このまま少し我慢してくださいね」と看護師さん。しかたがない。。。



今日の父は,どうしたコトか,起きていても,目がくっついて開かないらしく,ずっと目を閉じたまま喋っている。

「パパ,目あかへんの??開けてみ?」と言うと,無理矢理,開けてみせたが,またすぐにとじてしまう。眠いのか・・・?


そのくせ,落ちつきなく,しょっちゅう,喋りかけてくる。それが,ほとんど意味不明のコトばかり。


「今日は疲れたなぁ。姫路まで行ったから」
「別に今日,無理してリハビリしに姫路まで行くコトなかったんだ」
「朝,ここに『いかなごのくぎ煮』が置いてあったけど,誰が持ってきたんだろう?」
などなど。。。


かと思えば,目を閉じたまま,両手でおかしな手つきをするので,手をつかんで「手がどうかしたん??」と聞くと,「いや,手帖を見てるんだけどね」という。

どうやら,手帖を開いて読んだり,なにかをしきりに書き付けているようだ。


なんだか,ふざけているようにも,パントマイムをしてみせているようにも,見える。が,違うんだろうな。どうしちゃったんだろう。。。これってやっぱり,「幻視」とか「せん妄」とかってヤツだろうか。


「書き留めたい」としきりに言うので,引き出しからノートとボールペンを出して,手渡す。父はベッドを少し起こされて寝たままの体勢で,ミミズのような字で何かを書いていたが,「なんて書いたん?」とワタシがしきりに聞くと,「せわしないなぁ・・・」と不機嫌になり,「また,頭がすっきりしてる時に書こう」と,書くのを止めてしまった。


ふと見ると,ベッド脇には,ビニール袋に入れられた洗濯物が。あまり匂いはしないが,濡れている。パジャマが上下2組と,もう1本,パジャマのズボンだけ。肌着と靴下が1組ずつ。

昨夜から今夜にかけて,オシッコかウンコかわからないが,なんどか失敗して汚したのだろう。布団をめくると,パジャマの替えがもう無くなったので,薄いジャージのズボンをはいていた。


しょっちゅう,下痢をしてオムツを交換したり,パジャマを交換したりするので,よく眠れないのかもしれない。あるいは,3食の食事で身体を起こすわけでもないから,生活のリズムがまったく無くなってしまっているのだ。朝とか昼とか夜とか,そんな区別なしに,ただ寝ていて,時々栄養を入れられて,ワタシたちが来なければ,ずっと父はウトウトしているに違いない。一日中そんなだと,ここがどこで,今がいつなのか,夢なのか本当なのか,わからなくなってしまう。

その証拠に,ちゃんと目を覚ましているのに,父にはここが,時々「家」になってしまうようだった。でも,今日は,しっかりと窓のほうを指さして,「あそこの棚に本が置いてあるかなぁ」などと言うのが,ちょっと怖い。

そんなにおかしくなるほどの高熱があるわけでもないのに。父の頭の中は,どうなっているのだろう?


・・・・こんなだと,本当の本当に,呆けてしまうよ・・・・・



とりあえず,今夜失敗したら,もう着替えがないので,汚れ物を今すぐ洗うコトにした。病院の売店は閉まっているので,外のコンビニまで洗剤を買いに行き,洗面所にあるコインランドリーを使った。乾燥機は30分じゃ乾かないから,200円を入れて,1時間にした。あわてて,7時から始めたが,すべて終わるまで1時間半かかってしまう。


父は目を閉じて眠っていたかと思うと,急に目を閉じたまま,「そうそう,そう言えばねぇ」とか「なんだか不思議なんだけどねぇ」などと話しかけてくるので,父の顔のほうにパイプ椅子を置いて,返事をしながら,本を読んでいた。

夢の中か,あるいは「妄想」の中で,父はずっと本を読んでいたらしい。『坂の上の雲』だ。ベッドの柵から外へ右手をしきりに伸ばしては,なにかを取ろうとする。どうやら,そこには本棚があって,文庫本がずらっと並んでいるようなのだ。

ベッドから落っこちては困るので,特大のクッションをベッド柵に突っこんで防御しておいた。「パパ,そんなに乗り出したら,ベッドから落ちるから気をつけてよ」と言っても,他人事みたいに,「さぁ,どうだかねぇ」などと笑っている。


そして今夜も,「バナナと,おでんと,あと・・・大きな梅干し。食べたいなぁぁ」などと,夢見るような顔で言う。もうワタシも,困ってうろたえたりはしないが,「ホントにこれでヨカッタのか?」という気持ちがまた胸をよぎって,辛くなる。


8時半をすぎて,洗濯物はフカフカに乾いた。安心して,棚につめておく。オムツも弟が補充してたっぷりあるから,大丈夫。

でも,父のオムツはまだ交換できない。結構な匂いがしているから,かなりの量,出てしまっているようだ。

夜勤の看護師さんに,「時間がきたらすぐに替えてやってください」と,ダメもとでよくお願いしておく。あまりアテにはならないけれど。

それと,「今日はちょっとおかしいので,夜中にベッドから落ちないように・・・」とも念のため,言っておくが,「あぁ,なんか今日はちょっとソワソワしておられますもんね」とのコト。重篤な人がたくさんいる病院では,父のこんな不穏も,「ちょっとソワソワ」に過ぎないんだなぁ。。。


「帰るよ」と声をかけても,父は「おやすみ」と言いながらも,目は半開き。なんだか,妙に心もとない気持ち。


目が開かないのは,眠いせいだけなのかな。脳のほうの関係もあるのかもしれない。麻痺のあるほうの父の左目は,右目にくらべていつも開けにくいようだから。。。



9時前になってしまったので,タクシーを使って駅まで。お腹がすいた・・・・
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# by rompop | 2007-08-09 20:54 | ホスピタル

ブレイクタイム☆『ムーミン絵皿』。。。

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サークルKで『ムーミン絵皿』もらいました♪
一生懸命,ランチにパン食べて点数集めた・・・(^^ゞ

ムーミンも北欧も,大好きです。
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# by rompop | 2007-08-09 14:55

2007・8・8 ヒリヒリ。

6時半過ぎに病院についた。もう食事介助がないのだから,汗だくになって,息を切らして駆けつける必要はないのだけど,やっぱり夕方になると父のコトが気になってしかたがなく,やっぱり同じ電車に乗れるよう,ダッシュしてしまう。

栄養剤の投与が始まっていた。見覚えのある,ベージュ色のどろっとした栄養剤が,チューブを通して父の胃に入っていた。


今夜の父は,熱もさがり,ワタシの顔を見るなり,「あ!」と嬉しそうに手を伸ばしてきた。。。ので,よくわからないが,とりあえず,握手。

なんだか,喋りたいコトがたくさんあるらしい。どうやら,皮膚科のセンセイに診てもらったそうなのだが,それが,水虫のコトなのか,お尻(床ずれ)のコトなのか,よくわからない。もしかしたら,どちらも,なのかもしれないが,父の頭のなかでは,混じってしまっているよう。

「それは,足のコトか?お尻のコトか?」と尋ねても,「・・・頭が混乱してわからなくなっちゃった」と言う。で,しばらくしたら,「ふぅぅぅ」と深呼吸をしているので,心配になり,「喋るとしんどい?」と聞くと,「お姉ちゃんが,すぐに『それで?』とか『え?』と聞くから,一生懸命喋ろうとすると,しんどい」らしい。ふぅむ。相づちを打ったほうが,喋りやすいのではと思っていたが,どうも,ワタシは先走ってしまうようだ。


「お尻,どう?」と聞くと,「ヒリヒリする」と言うので,また不安になる。あれからお尻をちゃんと見ていないけど,大丈夫なのかなぁ。皮膚が赤くなっているのは,「床ずれ以前」ではなくて,立派な床ずれのステージ1だと,ネットで知ったばかり。エアマットも,なかなか空かないみたいだし。。。

看護師さんがやってきたので,「お尻がヒリヒリするって言うんですけど」と訴えると,どうやら,ヒリヒリしているのは,床ずれの部分ではなくて,もっと肛門の近くなのらしい。水溶便(下痢)がずっと続いているため,肛門とその周辺の皮膚が,かぶれて皮膚炎を起こしてしまったようなのだ。ワタシがついていれば,オムツが汚れたらすぐに気づくコトもできるが,日中,下痢でオムツが汚れても,看護師さんの手が空かなければ,すぐに替えてもらうコトができない時もあるだろう。

下痢便は,アルカリ性なので,皮膚に付着すると皮膚炎を起こしやすいらしい。

いちおう,看護師さんも注意して,体位変換や,軟膏を塗るなど,してくれているらしいのだが。。。不安!!栄養状態も悪かったからなぁ。。。床ずれは一度できると,大変なコトになってしまうと言うし。シーツやパジャマのちょっとしたシワも,床ずれの要因になるとは,全然知らなかった。父の身体は,ただ寝ているだけなのに,いろんなリスクに囲まれているんだなぁ,と実感する。

とりあえず,エアマットを待ちながら,なるべくマメに体位を変えてもらうコト。父にも,「傷が痛いかもしれないけど,ずっと上を向いて寝ないで自分でお尻の位置を変えるんやで!!」と言い聞かせる。でも,床ずれなんかになったコトのない父には,今ひとつ,危機感が伝わらないようで。。。傷口が痛いのか,どうしても,同じ姿勢になってしまうようだ。


水虫のコトは・・・看護師さんに聞きそびれた。


父はずっと,口をもぐもぐさせたり,口の中を舌で舐めたり,している。「口が渇くの?」と聞くと,「そう」と言う。看護師さんの話では,一日3回は口の中をぬぐったりしてくれているらしいが,それも,その時だけのモノなのだろう。口を開けて寝たりするものだから,余計に口の中は乾いてしまうに違いない。

看護師さんにいちおう聞いて,口の中を軽くぬぐってやる。コップに氷水をくんできて,薬局で買った滅菌ガーゼを浸して,あまり水分が残らないように搾り,口の中や舌の上をぬぐう。指が太いのと,父が唇に力を入れるせいで,全然うまくできない。それでも,3回ほど,ガーゼを替えてぬぐうと,少し口の中が潤ったようで,冷たさも気持ち良かったのか,一瞬だけど,父は満足そうだった。ついでに,熱いおしぼりで,顔や首筋を拭いてやる。

同じく薬局で買った,口腔ケア用のウェットシート。緑茶成分とミントが入っていて,口の中が爽やかになる,とのコトだったが,いまいち不評。試しに自分の口の中を拭いてみたら,なんだか薬くさい,イヤな後味だった。

看護師さんがこの間やっていたように,アイスキャンデーの棒みたいな,平たい木の棒にガーゼを巻き付けたほうが,口の中に入れやすいかもしれない。でも,今はまだ,熱が出たり下がったりの微妙な時期だから,口の中に入れるものは,雑菌が入らないように注意しなくては。。。


弟に言わせれば,こういうのも「自己満足」なのだろうか。でも,父は確かに喜んでいたと思う。


今日も父は,「あぁ~美味しいモノ食べたいなぁぁ」と言った。「水じゃなくて,栄養剤が胃に入ってるから,少しはお腹がふくれるんちがう?」と言うと,「あぁ・・・そうかなぁ」と,他人事のようだった。

そして,「そういえば,この頃,あまりむせないね」と言うので,「そりゃ,パパ,口から何も食べてないやんか。だからむせないんやで?」と言う。因果関係がわかっているようで,わかっていないのかなぁ。。。

とにかく,どうも,胃になにかを入れられているという実感が薄いようだ。とりあえず,早く栄養剤が身体になじんで,下痢が止まりますように。。。



またベッド脇で文庫本を読んでいたが,7時45分ぐらいに,父が「もう,帰ってくれてもいいよ。」と言う。「もう少しいるけど?」と言っても,「いやぁ・・・いてもらっても,してもらうコトないし・・・」と言う。別に居てほしくないのか,居てほしいけど,遠慮しているのかよくわからないけど,お言葉に甘えて帰る。

8時前に出ると,帰りに百貨店がまだ開いている。ちょっとだけでも,綺麗な洋服とか雑貨を眺めて,触って,それから帰る。


駅のホームで電車がなかなか来ないので,2羽いた,みすぼらしい鳩にバッグの中に入っていたビスケットをやっていたら,たちまち鳩の数が増えて,しかも,壮絶な突つきあいが始まったので,焦った。鳩の世界には,脳卒中とか無いんだろうなぁ。。。でも,生存競争の激しい世界も,これはこれで大変だ。
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# by rompop | 2007-08-08 20:08 | ホスピタル

『幸福な食卓』。

瀬尾まいこ著『幸福な食卓』,読了。


この人の作品は,わりと好きだなぁ。。。
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# by rompop | 2007-08-08 13:14 | 本&アート

2007・8・7 匂い。

夕方,病院へ着くと,ちょうど6時半過ぎだ。

廊下には夕食の配膳の大きなワゴンが並び,病棟中に,いろんな食事が混ざった,モワッとした匂いが立ちこめている。食欲をそそる匂いではないが,アルコールや薬品,尿や便の匂いに混じって,たしかに食べ物の匂いがする。


病院に通い出した頃は,この匂いにいつも,胸がむかむかした。今は・・・「父にはもう無関係な匂いなんだなぁ」と思うと,悲しくてたまらなくなる。


父はベッドを30度ぐらいに起こされて,また眠っていた。ワタシが着いてすぐに,少量の白湯が,胃へ投入された。

熱はなんとかおさまり,下痢も回数は減ってきているそう。お尻の床ずれ(もどき)には,軟膏が処方されていた。


傷はもう,ほとんど痛まないようだ。父は,うつらうつらしながらも,穏やかな顔をしていた。


主治医がやってきて,「経過は順調です」と言う。熱については,傷口の炎症も多少あり,また,内視鏡を使って手術をしたため,その際に誤嚥した可能性もあります,との説明だった。多少の発熱はしかたないのかもしれない。

明日から,いよいよ栄養剤を少しずつ入れていく,とのコト。医者や看護師が,この栄養剤のコトを「お食事」というのが,どうも抵抗感がある。ワタシの中に,まだ「胃ろう」を前向きに捉えられていない部分が,きっとあるのだろう。


父は無精ヒゲがずいぶん生えていた。傷が痛い時に,ヒゲなんて・・・と放置していたのだが,調子が良さそうだったので,剃ってやった。そして,給湯室においてある熱いおしぼりで,顔や首のあたり,両の手のひらなどを拭いてやった。

ヒゲがすっきりした父は,とても綺麗な顔になった。「ごま塩」のヒゲが生えているだけで,とてもすさんだ「病人」というカンジがするから,ワタシは嫌いだ。


「明日から,栄養剤を入れるって」と父に説明すると,「うん」とだけ言う。もう,何をされても,父はそのまま,受け入れるしかないのだろう。


少しウトウトしているので,文庫本を読んでいた。父の食事介助がなくなってから,ワタシも弟も,気をはって「やるコト」がなくなってしまった。父のそばにいても,何をしてよいのか,わからない。


突然父が目を覚まして大あくびをし,「あぁぁ,サンドイッチが食べたいなぁ・・・」と言ったので,返事に困った。

「・・・パパ・・・それは無理やで・・・だって,肺につまって肺炎になったんやんか・・・」とやっと言うと,「そうだね。でもずっと絶食だもんなぁ・・・」

もう無理だとわかって言っているのか,今は無理だけどそのうち食べられるようになると思って,言っているのか。

さっき主治医が,「口からも食べられるように練習しましょうね。すぐには無理ですけど,栄養剤のほうが落ち着いたら・・・」と言ったから,だろうか。


8時に病室を出る。「もう帰るよ」と声をかけると,「あぁ,電車の時間があるもんね」と父が言うので,つい,うっかり「ワタシも早く帰ってご飯食べなアカンしなぁ」と言ってしまった。

・・・いろいろ,気を使う。


帰宅。

朝,電話で弟と,また軽くやりあってしまったので,顔をあわせたくない。向こうもそうらしく,ワタシが帰ってからは,一度も階下におりてこない。母と,お喋りをしながら,ご飯。どうも,ずっと胃の具合が悪くて,痛む。あまり食欲がない。マズイな・・・


早く寝ればイイものを,また,ずるずると『ベルばら』の録画を観てしまった。はぁぁ,懐かしい・・・・
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# by rompop | 2007-08-08 10:57 | ホスピタル

ブレイクタイム☆。。。『ベルばら』。

先週末,BS放送で,ものすごく懐かしい放映をやってた。
昭和50年宝塚花組の『ベルサイユのばら~オスカルとアンドレ編』!!


懐かしすぎる。。。だってこれ,リアルタイムで観た舞台だもの。
たしかワタシは,身長だけは160センチもあったけど,まだ小6だったと思う。
小学生の癖にこれで宝塚にはまってしまい,何度も観に行ったなぁ。
始発電車で出かけて,大劇場の楽屋口で「入り待ち」,
終演後は,もちろん,「出待ち」。

といっても,親衛隊がスクラム組んでいて,スターさんには近づけなかったので
「花の道」から,ただぼんやり眺めていただけなんだけどね。


ワタシが好きだったのは,安奈淳さんと汀夏子さん。
『宝塚グラフ』に『宝塚おとめ』は,毎号買っていたし,ブロマイドもたくさん。
部屋には,特大のポスターを貼って。
唄がばつぐんに巧かった安奈淳さんのLP『安奈淳の世界』は,
すりきれるほど,リピして聞いた。。。

・・・でも,あれ?あの頃って,お小遣いいくらだったんだろう?
それに,友達と一緒とはいえ,始発電車でよく何度も行かせてもらえたよなぁ。


で,懐かしさでブルブル震えながら,録画を観ました。
もちろん,画像は悪いし,大幅にカットされていたけど,
いやぁ・・・・いっきに最後まで観てしまいました。眠くて疲れているのに・・・

宝塚を知らない人が見たら,「_・)ぷっ」と思わず笑ってしまうところが
きっとたくさんあると思う。
いかにも「宝塚的お約束」の台詞回しや,動きが満載。
ワタシですら,久々に観たものだから,ちょっと笑ってしまうところがいくつか。

でも・・・やっぱり宝塚は凄いな。というか,「ベルばら」は偉大だ。
いくつかの場面で,やっぱり昔と同じく涙が出たもん。

30年ぶりに観たのに,劇中歌は全部,ちゃんと歌えたし,
いくつかの場面は,音楽まではっきり覚えてた。
バスティーユの戦闘の場面なんて,おぼろげだけど,
振り付けまで覚えてたものなぁ。

d0062023_15121367.jpg


ワタシの好きだった安奈淳さんがオスカル。
アンドレは,当時はどちらかというと,苦手だった,榛名由梨さん。

友達は榛名由梨さんのファンだったけど,ワタシはいつもけなしていた。
地味なカンジだったし,ちょっと太めだったし,全然カッコイイと思わなかった。

ところが,何というコトか,今になって,榛名由梨さんの凄さと魅力に気づいた。
榛名アンドレのなんという魅力。。。
芝居も巧い,唄もいい,なにより・・・・カッコイイ。
線の細いオスカルを包みこむ,包容力。男っぽさ。
オスカルを想って,男泣きに泣く,苦悩の表情の色っぽさ。

小6のガキには,わからなかったんだな・・・この魅力が。
44歳の今ならわかる。
うう・・・女が演じてる男なのに,本物のフェロモンがある・・・
ラブシーンでやけにドキドキする。
それでこのラブシーン,とりあえず,ものすごく美しい。
なんでも,美しく見せるために,ものすごくしんどい体勢をキープしたそうなんだけど。

演出は長谷川一夫氏。
「目に星を出せ」だの,とんでもない演出をしたらしいのだけど,
オスカルを思いながら,天に向かって唄う榛名アンドレの目,
庭園のベンチでオスカルに膝枕をしながら,
「星が綺麗だ・・・」と夜空を仰ぎ見る榛名アンドレの目,
確かに,キラキラキラキラ,濡れたように光っておりました。
劇画チックに見えた・・・ビックリよ。
多分,目線の角度と照明の具合を計算したんでしょうけど。


はっきり言って,今現在の宝塚のスターさんたちは,
ワタシよりもずんと若くて,綺麗なんだけど,あんまりドキドキしないかな。
3年ぐらい前,久々に大劇場で観てみたけど
「綺麗なお姉ちゃんたちだな~ええ目の保養になったワ」な
オヤジ的な感慨しかなかったものなぁ。。。

でも,当時の榛名由梨さんだって,20代とは言わないまでも
いってても30代半ばまででしょう。
どうして今観て,こんなにドキドキしちゃうのかな。
ひとえに芸の素晴らしさ。もちろん,天賦の才もあるでしょうが。
今気づいたって,遅いんだよね。

惜しいコトしたなぁ・・・
全然興味がなかったから,彼女の組(月組)の公演,ほとんど観ていないんだもの。
花組と雪組ばっか観てた。
ホントにこればっかりは,後悔してもどうにもならない悔しさですよ。まったく。


宝塚の古い古い作品がたまにオンエアされるらしい,というだけで
「スカパー!」に入ろうかと考え始めているワタシ。。。
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# by rompop | 2007-08-07 14:48 | 映画・舞台・音楽

2007・8・6 水分が,入る。

朝から,「来客」のため,絶不調。職場の冷房が強いせいか,お腹がシクシクする。胃もおかしい。ワタシはストレスがあると,すぐに胃と腸にやってくる。


昼頃,携帯を取り損なったが,弟から留守電。夜用のオムツがないので,夜,買って持っていってくれ,とのコト。なんだか,愛想もくそもないメッセージが頭にきた。

わざわざ今日は,ルートを変えて,指定の薬局でオムツを1パック買い,重いのでタクシーで病院へ。


病室へは6時45分ぐらいに着いた。父はベッドを30度ぐらいにギャッジアップされて,眠っていた。「もしかして,水分が入れられたあとかな?」と思い,しばらくじっと見ている。

父が目を開けたので,「水が(胃に)入ったんか?」と聞くと,「みたいだね」と言う。「どう?イヤな感じやった?」と重ねて聞くと,「いいや,いいよ」とよくわからない返事をして,また目を閉じてしまう。

昨夜,下痢が続いて,あまり眠れなかったのかもしれないな,と勝手に思い,静かにしている。


熱はないようだが,あいかわらず氷枕をしている。新しいパジャマに着替えさせてもらったようだ。


なんの点滴か確認しようと立ち上がったら,点滴袋の陰に,見覚えのあるボトルを発見。透明な水が入っている。なんだ,今,まさに「白湯」を注入しているところだったのだ。


また目を開けた父は,ちょっと笑い,「眠い・・・」と言って,眠ってしまった。


仕方なく,音を立てないようにしてオムツを棚に補充し,あとは息をひそめて文庫本を読んでいた。


看護師さんがやってきたので,今日の父の具合をたずねる。熱は36,9℃ぐらいで,ほとんど微熱だが,氷枕をしているとのコト。エアマットはやはり,まだ空きが出ない,とのコト。白湯を入れたあとは,30分ぐらいは身体を起こしたままにしておいてください,とのコト。

父は軽くイビキをかいて,眠っている。時々,口をもぐもぐさせている。何か食べている夢でも見ているのか?小さな声で寝言を言う。寝ぼけているだけなのか,頭がおかしくなってきたのかわからないので,こういうとき,ちょっとドキドキする。

8時になったので,父に「もう時間だから帰るで」と声をかける。父は笑顔で,「ごくろうさん。見送れないけど」と言う。傷はもう,ほとんど痛まないようだ。ただ,どうしてかわからないけど,ものすごく眠いのだろう。このまま,完全に呆けちゃって,寝たきりになんかならないで欲しい。まだ,早いよ・・・・・


無精ヒゲがだいぶ伸びている。具合が良さそうなら,一度剃ってやろう。靴下は,「水虫復活」が気になるので,なかば無理矢理,脱がせてきた。
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# by rompop | 2007-08-06 18:58 | ホスピタル

術後3日目。

10時まで,ぐっすり眠った。洗濯をしたり,部屋に掃除機をかけたりしたあと,スパゲティを食べ,少しだけテレビを観てゴロゴロ。

2時過ぎに準備を始めて,2時半に家を出た。いやぁ,一番暑い時間だなぁ,コレ。

駅についた時点で,すでにクラクラ来て,ボトルにつめて持ってきた麦茶をほとんど飲んでしまう。熱射病にならないように,気をつけなきゃ。

商店街でオレンジを買い,ドラッグストアでカロリーメイトのゼリー。あと,傷がまだ痛い父のために,前開きの長袖の肌着を探して買う。長袖って,今の季節,ほとんどないんだよね。。。ちょっと高いけど仕方がない。


3時過ぎに病室へついた。昨夜からちょっと下がったモノの,それでもずっと,37℃台後半の熱が続いているそうだ。父は今日も,氷枕で,眠っていた。

傷はもう,あまり痛まないらしい。身体を動かした時に,少し痛む程度のようで,ホントにヨカッタヨカッタ。やっぱり,自然治癒の力って,偉大だなぁ。。。


熱があるといっても,父の表情はとても穏やかで,ワタシの顔を見ると,笑顔さえ見せる。なんだかわからないけど,父が笑顔だととりあえず安心する。

「今日は日曜日。休みだから,8時ぐらいまでいるからね。まぁ,いるだけやけど」と言うと,父はとても優しい顔で「そう,アリガトウ」と言った。ちょっと,じんと来た。


ところが,今日の父は,なぜかひどい下痢。原因はよくわからないのだが・・・

オムツ交換の時,のぞいていたら,父のお尻がまた直径5センチぐらいが,真っ赤になっている。ヤバイ。。。放っておくと,床ずれになってしまうかも。看護師さんも,そう思ったのか,透明なシールを貼ってくれた。皮膚の表面が濡れないための予防だと思う。エアマットに交換して貰うように頼んだが,あいにく全て使用中とのコト。空きが出たらすぐ回すよう予約しておきます,とのコトだが。不安。


37,7℃の熱。

ワタシが居る間に,3回も下痢便が出た。新しいオムツ(プレーンタイプのうえに,布オムツを重ねてくれている)に交換したと思ったら,またすぐに出る。

タイミングが悪く,同室の患者さんたちが夕食を食べている真っ最中に,また出てしまった。看護師さんに告げると,「食事中だから,もうちょっと待って」とのコト。確かになぁ・・・。これを今,開けるのはかなりの迷惑。でも,父が「気持ち悪い・・・」というモノだから,カーテンを閉めて,オムツを少しだけ開けて布の位置をずらした。お尻にはティッシュを当てておいた。しかし,これだけでも,結構,かぐわしい香りが・・・同室の人たち,ホント,ゴメンなさい。


夕食が終わって,だいぶ経ってから,看護師さんがやってきた。やっとのオムツ交換。病院用の布オムツを,その都度ナースステーションから持ってきて使うので,ワタシが勝手に持ってくるわけにもいかないんだよなぁ。使い捨ての紙タイプなら,持参したのがたくさんあるのだが。夕食が終わっても,食後の薬を配ったり,食器を下げたり,看護師さんは忙しいからなぁ。

明日から,いよいよ,胃ろう部分から「白湯」を投入する予定だそう。父に,いちおう,よく説明しておく。それから,腹にはチューブがついたままになっていて,慣れるまでは辛いだろうけど,大事な「入り口」をキープしておくための器具だから・・・と。術後,ずっと腹にはガーゼがぺったり貼られているから,父は自分の腹をちゃんと見てはいないのだ。はっきりと認識したときは・・・複雑な気持ちになるだろうなぁ。

胃ろうの話が出てから,すでに絶飲食8日目。時々,父の腹は鳴っている。お腹も空くし,喉も渇くだろうに,父はあれから一度も,そんなコトは口にしなくなった。前の肺炎での絶食の時は,「プリンが食べたい」だの「八宝菜が食べたい」だのごねて,辛かったのだが。

でも,かえって何も口にしない父が,ワタシには,余計に辛い。


8時前になったので,帰ろうとすると,とたんに父は落ち着かなくなる。帰る間際に,言っておかねば,と思うことが急に浮かんでくるらしく,いろいろ言うのだが,それがさっぱりわからない。

「2階のお姉ちゃんの部屋に,カゴを持っていってくれないかな。こないだ無くて困ったから」

いくら考えても,わからないパズルのようだ。「わからない?」と聞くので,正直に「全然わからん」と言ったら,「わからないなら,仕方ないや。もういいよ」とあきらめたように言う。きっと,なにか根拠はあるのだろうが,それがワタシにはわからない。なんだろう・・・・?
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# by rompop | 2007-08-05 15:49 | ホスピタル

2007・8・4 術後2日目。

8時起床。

朝から弟と大ケンカ。きっかけは,些細な一言なのだが,些細とは言え,聞き逃せない一言。。。


「基本的に愛情が薄いからそんな風な言動になるんや」とワタシは言い,「『パパ可哀相』だけで動くのが,空回りや自己満足になってるコトがわからんのか」と弟は言い返す。「お前にだけはそんなコト言われる筋合いはないわ!」とさらに言い返し,母を巻きこんで,スッタモンダする。

血をわけた兄弟だが,これほど他人だとは思わなかった。お互いの考え方が根本からまったく違うコトを再認識して,疲れただけ。ただ,これからは何かあっても,「考え方があれほど遠いんだから」と納得できるに違いない。


父がまだ,なんとか食べられていた頃,昼間に面会にいける休日に,ワタシはいつも,なにか美味しいモノ(たとえば『○ロゾフのプリン』とか)を買っていった。まずいミキサー食に辟易している父に,週一でも,美味しいものを食べさせて,喜ばせてやりたいと思うからだ。

弟は,余計なものを持っていってくれたコトがなかった。便秘予防のヨーグルトなどは別だが,ただ単に,父を喜ばすためには,プリンなど一度も持っていってくれたコトがない。

ワタシはそういうヤツを,「冷たいヤツ」だと思っていたが,弟は,たまに美味しいモノを持っていくワタシを「残酷なコトをする」と思っていたらしい。

美味しいモノを食べて,父が「あぁ,世の中にはこんな美味しいモノがあったなぁ」と感じても,自分で売店に買いに行くコトはできない。そんな父に,そんな味を思い出させるコトは,残酷だ,と言うのだ。そして,それはワタシの「自己満足」に過ぎない,と。


ごく平凡なつまらない例だが,なんとなく,これで全てが理解できるような気がする。弟には,「たとえ一瞬でも」(喜ばせてやろう)とか「ほんのわずかでも」(楽しい気分にさせてやろう)とかいう考えがないのだ。それがすべての行動の基本になっているワタシとは,うまくいくはずがない。

プリンだけなら話は簡単だが,なにかを選択する時に,いつもこのベースの違いがネックになってきた気がする。いくら話しあっても,相容れないはずだ。


頭にきたので,早めに病院に出かけた。11時30分に病室へ着く。


一日2回の抗生剤の点滴が追加されていた。傷の炎症をふせぐためだろう。

心配していた父の痛みは,昨日よりも明らかにマシになっているようで,少しホッとする。「ゆうべは座薬が効いた?ちゃんと寝れた?」とたずねるが,どうもよくわからないらしい。まぁ,多少は効いて,少しは眠れたのだろう。

痛い痛い,といって,ワタシにあたるコトは,今日はなかった。ただ,じっと寝ているのがかなり辛いらしい。


主治医がやってきて,経過を説明してくれた。傷口の消毒をしたが,綺麗になっているので問題はなし。ただ,2週間は様子を見る必要がある。特に,術後の2~3日は,腹膜炎などを起こすリスクが高いので,要注意,とのコト。


ただ,父のベッド脇で,本を読んだり携帯をいじくっているだけだったが,やっぱり父は,誰かがいると安心なようだった。便意を訴えるので,あわてたが,傷口が痛むので車椅子に移乗は無理だ。オムツにさせるのは可哀相なので,便器をかりて尻の下にあてた。これ,プラスチックだから,結構痛いんだよね。。。特に父は痩せてしまって,お尻に肉がないもんだから。

「痛いし,やっぱり出ない」と,早々にギブアップ。

しばらくすると,「オシッコ出る」というので,尿器をあてる。尿器なら簡単だ。でも,出ない。


父はベッド脇の時計を,1時間置きぐらいにちらりと見る。その意味が全然わからなかった。ワタシの帰る時間を気にしているのか,あるいは,ワタシにそろそろ帰ってもらいたい,と思っているのか・・・聞いてみても,なんかどちらも違うようだし。

帰る頃になって,やっとわかった。父はリハビリの時間を気にしているのだ。

ここは,リハビリ病院ではなく,治療のために移った病院なのだから,リハビリはしなくていい。第一,傷が痛いうちは,リハビリは無理だから,と,何度も何度も説明している。でも父は,やっぱり全部をちゃんとはわかっていないようだ。

リハビリ病院にいると,午前と午後,2回のリハビリがある。時間になると,療法士のセンセイが,「○○さん~リハビリ行きましょうか」と迎えにくる。


「いつまで経っても,迎えにこないなぁ,と思ってたよ」と言うので,もう一度説明をする。「わかった?」「・・・わかったような,わからんような。でもまぁ,いいよ」「・・・・・」

「そんなにリハビリが気になる?」「気になる」「リハビリしたい?」「いや,したくない」「リハビリ,辛かった?」「・・・すごく辛かったねぇ」

・・・父のためとは言え,父がとても辛い,と感じるコトを,ワタシたちはさせていたのだなぁ・・・でもなぁ・・・・・


「ところでオシッコでないの?」「出た気がする」「え!??オムツ気持ち悪いか??」「・・・気持ち悪いかなぁ」

「ちょっと失礼」とオムツを開けてみると,父のオチンチンにぐるぐる巻きにされていた尿取りパッドが,ずっしりと濡れて重くなっていた。出た出た!これは気持ち悪いよな。新しいパッドに替えておいた。


7時半頃,さすがにへとへとになってきた。時々「トイレ」とか「電話」とか誤魔化して,談話室へ行き,パンを食べたりジュースを飲んだりはした。でも,昼前からいると,さすがに疲れる。しかも,パイプ椅子はペコペコで座り心地が怖ろしく悪い。弟は昨日,朝の9時から6時半まで,ずっとここに居てくれたのだ,と思うと,今になって少し気の毒に思った。


「パパ,もう疲れたから帰るわ」と言うと,意外にも「もう帰るの?」と言われる。むぅぅ。「帰る」と言うと,とたんに不穏なカンジになるのは,やはり,病院に取り残される不安が大きいのだろう。今回の「胃ろう」の処置も,かなり父に,精神的・肉体的ダメージを与えたようだ。

「また明日くるからね」と言いつつ,父の顔が少し赤いのに気づく。看護師さんに熱を測ってもらうと,38℃あった。

氷枕をしてもらい,解熱のための座薬を入れてもらうコトにした。また不安を残しながら,病室を出た。
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# by rompop | 2007-08-04 19:48 | ホスピタル

2007・8・3 術後。

9時から病室で待機している弟から電話。

父の手術は夕方になりそうだ,とのコト。昨日の話と随分ちがう。

早退しようか,と思っていたが,弟がいてくれるそうなので,仕事を終えてから病院へ行くコトにした。


1日中,父のコトが気になる。


6時30分に着くと,母と弟がいた。入れ違いに二人を帰す。

ブルーの手術着を着せられた父の腹部には傷口保護のカップが張り付けてある。


主治医の話では,局所麻酔の効きがなぜか悪くて,父はずいぶん苦しんだらしい。

その麻酔も切れてきたせいか,しきりに痛みを訴える。痛みのせいか,声を荒げてワタシに八つ当たりする。

かと思えばウトウトしたり。痛みに波があるようだ。

痛み止めでコントロールしてくれるよう頼んだが,血圧変動が不安なので,なるべく薬を使いたくない,と主治医。

そうすると,父は「じゃあ我慢します」と言う。

時間なので帰ろうとすると,一気に不安になったのか,痛いだの,胸が苦しいだの言い出し,少し不穏な感じになりかける。


見かねた看護師さんが血圧を計り,痛み止めの座薬を入れてくれた。少しは効いてくれればいいが。


後ろ髪ひかれる思いで,帰宅。
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# by rompop | 2007-08-03 16:10 | ホスピタル

2007・8・2 Mセンセイ。

病院へ。間違えて隣のリハビリ病院のほうへ行きそうになる。


どうやら今日は雨は降らず,助かった。

午後に引越し,各種検査。弟は主治医からさらに詳しく説明を受け,結構遅くなったようだ。

父は新しい病室で落ち着いていた。今回は,どこにいるか,ちゃんと理解しているようなので安心。


いつものように,転院手続はすべて弟任せだったので,主治医からどういう話があったのか気になり,病院から家へ電話する。今日は心電図やレントゲン,その他の検査をしただけで,造設の日取りについては,とくに言及されなかったという。

ネットなどでみて気になっていた,チューブ型とボタン型の違いについて,なにか説明があったか確認するが,特になかったそう。

胃ろうを造り,腹に,栄養チューブに接続するための器具を取り付けるのだが,それには2種類あるようだ。短いチューブが飛び出しているものと,ボタン型という,まぁ,ビーチボールの空気を入れる箇所を想像してもらえればイイのだが,ああいう,フラットなカンジのもの。

どちらにも,メリットやデメリットがあるようだが,選べるならなるべく本人が気にしないですむ形のほうがいいな,と思った。


しかし弟は,そんなことはどうでもイイようで,ワタシが渡したいろんなHPの情報すら,チラッと読んだだけだった。

主治医に確認するなら早いほうがイイなぁ。。。と思っているところへ,担当の看護師さんが点滴にやってきて,「造設は明日の予定になってます」と言われる。「どなたかご家族に来て頂けますか?」とのコト。

これまた随分,早い展開だ。転院の翌日にさっそくやるとは。。。しかも,内視鏡の外来の合間を縫ってやるので,正確な時間がちょっとわからない,という。いちおう,午前中になるかもしれないので,朝から来てください,と言われるので,また弟に電話を入れる。


主治医はもう,この時間にはいないので,その看護師さんに質問してみた。いちおうこの病院では,最初の造設では,「お腹に優しい」チューブ型を取り付けるそうだ。半年ぐらいで交換しないといけないので,その時に希望があれば,ボタン型に変更も可能だそう。交換はごく簡単だそうだ。ただ,患者本人がどうしても触ってしまったり,認知症などがあって,抜いてしまう恐れがある場合は,交換時期を待たずに,すぐに変更するコトもある,という。

ネットで調べただけの情報だが,チューブ型は,長さが少しある分,栄養チューブにつなぐのがやりやすい。ただ,自己抜去しやすいのと,目立ってしまうのがネック。ボタン型は,目立たなくて良いのだが,栄養チューブをつなぐとき,開閉しにくいコトがあるとか。

そういえば,リハビリ病院にいた患者さんたちは,みんなチューブ型だったなぁ。。。と思う。

器具の交換についても,気になっていたので聞いてみた。基本的に,交換時期には「外来受診してください」と言われる。でも,在宅ならともかく,遠方の病院にいる場合,交換のためだけに,いちいち介護タクシーなどで父を連れてくるのは大変だ。

その場合,その病院や近くに消化器内科があって,交換が可能ならばそこでしてもらえるとのコト。これは,落ち着いた先で確認するしかない。

「でも,重度の寝たきりなどで,絶対に動かせないような患者さんで,近くに交換してくれる医者がいなかったら,どうされるんですか?」と聞いてみたら,「そんな重度の寝たきり患者さんになると,胃ろう自体が難しくなると思います。内臓の状態もあまり悪くなると,適応外になりますから」とのコト。

・・・・なるほど。そんな状態になってしまったら,胃ろうではなく,点滴などの栄養しかできないのかもしれない。

とりあえず,よくわかっている看護師さんで,ヨカッタ。疑問は解決。


父には,「明日だって」と言おうかどうしようか,迷った。緊張して眠れなくなっても困るし。。。

と思っているところへ,前回,誤嚥性肺炎で入院した時の主治医だった,Mセンセイが病室へこられた。とても若くて(下手したら20代かな?),弟は「なんか頼りない」と言っていたが,ワタシは,なかなか良いセンセイだな,と思っている。

若くてキャリアがない分,なにごとも一生懸命で,患者の気持ちや家族の気持ちに,なるべく寄り添おうとしてくれるのがわかる。つまらない質問にも,何度でも丁寧に答えてくれる。ワタシも,素人ならではの,筋の通っていない疑問を何度もぶつけたコトがあるが,そのたびに,こちらが納得するまで,何度でも説明してくれた。

これって,当たり前のコトだと思うけど・・・なかなか,そんな医者はいない。


父が今回,胃ろうを造るために入院したと聞いて,気になって顔を見にきたのだという。今回は主治医ではないから,あまり出過ぎたコトは言えないけど,なんでも困ったコトがあったら,相談に乗らせてもらいます,と言ってくださった。父にも,「入院は退屈でしょう。世間話の相手ぐらいならなれますから,ちょくちょく顔を見にきますからね」と言ってくださった。明日の造設の際も,時間があえば立ち会うつもりです,と。

嬉しかった。


しかし,Mセンセイが去ったあと,造設の話が出てしまったので,しかたなく,「明日にやるみたい」と父に説明する。「もう,早くやってもらったほうがいいよな。いつまでも点滴ばかりじゃ辛いし」と。父は若干,緊張していた。

そういえば,さっきMセンセイに,「(胃ろうの造設は)苦しいんですか?」と聞いていたっけ。ワタシには「怖くない」と言ったが,やっぱり・・・どんな風にされるかわからないって,イヤなものなんだろうなぁ。


8時過ぎに帰宅。


今後のコトについて,10時前まで,3人で話す。弟は疲れているのか,また,キレかける。障害者手帖の申請や,今後の病院のコトなど,ほとんどを弟に任せきりにしてしまっているのは事実だが,それで,弟はなかなかよくやってくれているとは思うが・・・・それとは別のところで,ワタシもいろいろ思うところはあるし・・・・やっぱり,兄弟仲良く,一緒にがんばって,とはうまくいかないものなのだ。


診療情報を提出していた,療養型の病院から返事あり。いちおう,受け入れはしてもらえる方向だ。事務的なコトや具体的な受け入れの時期などについて,一度面談に来て欲しいとのこと。弟が平日に行ってくれるコトになった。


ワタシが先日,見学にいった2つの病院のうちの1つだ。しかし,ここも長くはいられないようだ。公式には,3ヶ月から(長くて)1年,という。。。でも,うんと先のコトはなにも読めないし,ちょっと先を見すえながら,なんとか少しでも良い方向を探していくしかないなぁ。
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# by rompop | 2007-08-02 20:44 | ホスピタル

2007・8・1 転院,決まる。

夜はいつもどおりの時間に病院へ。父は寝ていた。昨日ほど元気はなかったが,熱もほとんど無いようだ。ただ,痰がからんでいて,ゼロゼロ言っているのは,変わらず。炎症は治まったのではないのかな。。。

10%の糖分が入った栄養剤の点滴が今日もついていた。しかし,寝たまま,身体を維持するのにギリギリの栄養と水分だ。体力が日に日に落ちていくのでは。。。と心配だ。でも,今は,病院にお任せするしかない。


「昨日,病院へ行って手術の説明受けたんやってなぁ?」「そうそう」「ちゃんとわかった?」「わかったよ。むしろ,やった方がいいらしいね」「・・・・そうやで。栄養がちゃんと取れるんやから」

「手術,怖いか?」「いいや」「何十件もやっているセンセイらしいから,絶対だいじょうぶやで」「そうらしいね」


「・・・それで,穴を開けたあと,塞がらないようにチューブをつけたままにしておくらしいわ。嫌がって引っ張って抜いたりする人がいるらしいけど・・・パパ,そんなコトせえへんよな?ちゃんとわかっていてやるんやから・・・」「しないよ。意識を失ったらどうかわからんけど」「・・・・」

「チューブを抜いてしまったりしたら,腹膜炎とかになって,お腹を切っての大手術になるかもしれないって。イヤかもしれんけど,絶対そんなこと,せんとってな」「・・・うん」


それ以上話を続けようとすると,「ちょっとしんどいから」と言って,目をつぶってしまった。本当に今日はあまり元気がないが,それよりも,ワタシの話をシャットアウトしたいかのようだ。

理屈ではわかっていても。。。。父だって,そうそう簡単には受け入れられない。


7時半頃,「ウンコが出たい」というので,看護助手さんに手伝ってもらって,点滴をぶらさげたまま,車椅子でトイレへ。本人が「トイレまで行く」と希望する限り,どんなに忙しい時間帯でも,それをかなえてくれようとする。ここは,やっぱり「リハビリ病院」だけあって,イイ病院だと思う。

尿がたくさん,出た。ウンコは出なかった。


8時前に,「もう帰ってくれていいよ」と言ってくれたので,帰るコトにした。帰り際の父の笑顔は,とても良いものだったので,少し安心。


帰宅。

隣接する病院への転院が,明日の午後に決まったそう。もうこうなったら,早く済ませて,一分でも早く,父に栄養を入れてやってくれ。


台風が近づいているのが,ちょっと気になる。引っ越しが済むまで,天気が持ちこたえてくれますように。


それにしても,父が倒れたのは,12月9日だが,リハビリ病院へ最初に転院したのが,2月2日。誤嚥性肺炎で逆戻りしたのが,6月2日。リハビリ病院へ復活したのが,7月2日。そして今回,「胃ろう造設」のための転院が,8月2日。


2ばかり続くのが,なんとも摩訶不思議。。。。。今度は9月2日に帰ってくるのかしらん?
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# by rompop | 2007-08-02 12:19 | ホスピタル

2007・7・31 ② 外来受診。

心配しながら,病院へ。

父は寝ていた。ふと見ると,氷枕でなく,普通の枕をしている。

看護師さんの話では,午前中は熱も下がり,36度台で,夕方計ったら,37,1℃だったとか。とりあえず下がったんだ,ヨカッタ。

点滴は黄色い液体に変わっている。


父はずいぶんと元気そうだった。途中で「ウンコ」と言い出し,トイレへ行く,というので,車椅子に乗せて点滴台を引っ張って,つれてゆく。夕飯時の忙しい時間帯で看護師さんの目も届かないので,一緒に個室に入り,点滴が止まらないように見張っていた。

オシッコが驚くほど出たが,ウンコは出なかった。


父が「今日,○○(弟)と隣の病院へいった」という。昨日まで高熱があった人を,外来受診させるはずがない,と思い,適当に聞き流していた。レントゲンを撮ったとか,撮らないとか。。。

父は本当に,機嫌もよく,よく笑い,喋った。嬉しかったが,なんだか,ワタシたち家族に心配をかけまいとして,無理に明るくしているのではないかな?とちょっと疑う。


話している時に,「(家では)夕飯はどんなモノがでるの?」と聞かれて,答えにつまった。いいかげん,お腹が空いてきたのかな。。。「八宝菜とか?」と聞かれ,もし「食べたいなぁ」と言われたらどうしよう,と思った。

「魚とか煮物とか,そんなん。そんなに良いモノ食べてないよ」とごまかした。

父は,胃ろうにして元気になったら,また普通に食べられるようになると思っているのだろうか。。。ものすごく辛い。


ワタシをきづかってか,7時半ごろに,「もう帰ってくれていい」と言い出した。「いてもらっても,してもらうコトないから」と。もう少し,いたいな,と思ったが,お言葉に甘えて帰るコトにした。帰りたくても帰れない日が,またあるかもしれない。


帰宅して,連絡帳をみると,やはり弟は父を連れて,外来受診をしていた。隣接する病院の消化器内科で,「胃ろう造設」の説明を受けてきたようだ。


なんて早い展開。。。気持ちがついていかない。でも,父の栄養状態と,先日の誤嚥を考えると,そう悠長にもしていられないのかもしれない。どうせやるなら,早く,と,病院は考えているのだろう。

ドクターは,紙に図を書きながら,説明をしてくれたらしい。簡単な,といっても,いちおうは手術だから,当然,起こりうる合併症や事故などのリスクも話したのだろう。

父があまりにも固い表情をしていたので,弟はドクターに,「命に関わるような手術じゃないと,説明してやってください」と頼んだらしい。


父は,説明を受けて,多分ぜんぶは理解できなかっただろう。緊張しているのだ。今日は,機嫌がよくて元気だったのではなくて,緊張して気持ちが昂ぶっていたのだとわかる。


母も一日凹んでいて,弟に「落ちこんでも仕方ないやろう!しょうがないんやから」と怒られたらしい。

「しょうがない」のはわかっている。でも,それでも「可哀相だ」と気持ちが沈むのは当然だ。ワタシもずっと気持ちが沈んでいる。



もう,仕方がなくて,そうせざるを得ないのだったら,せめて父が安心して自分の状態を受け入れられるように,父の気持ちをしっかりフォローしていこう。それしかないな。
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# by rompop | 2007-08-01 17:25 | ホスピタル

2007・7・30 高熱。

今日の昼間は,母と弟が病院へ行ったはずだ。

気になって,夕方電話してみた。弟が出た。「パパ,どうだって?」と聞くと,「自分から『じゃあ,やってもらおうか』って言った」とのコト。

「やっぱりどうしてもイヤだ」と言われたら,それはそれで,「どうしよう。説得したほうが良いのだろうな・・・」と悩むだろう。とりあえず父の身体のため,もっと言えば,より確実な生命の維持のためには,それしかないのかな,と思う。

これからも,栄養を経口だけに頼るのは,正直危うい,と思う。まるで,バランスを失って,今にも落っこちそうなヤジロベエを間近で見ているような気持ちになる。弟に言わせれば,今の父は「下りのエスカレーターを,逆向きに一生懸命昇らされているような」カンジだと。


けれど,そんな理屈は抜きにして,やはり,腹に穴を開けられ,チューブをつけられる気持ちは想像するだけで,苦しい。誰だって,イヤに決まっている。泣きたくなるだろう。


「楽しみ程度には,口からも食べられますよ。元気になって,たくさん食べられるようになったら,いつでもチューブは外せますし,穴もすぐに閉じることができますからね」

医者は言う。でも,楽しみ程度でも,父はもう,母の作った八宝菜も,玉葱の天ぷらも,バナナも,それらの好物は食べられないだろう。食べられたとしても,嚥下障害のある人間には一番食べやすい形状の,ヨーグルトかゼリーだろう。元気になっても,たくさん食べられるようになって,チューブを抜くことなど,あり得ない希望だろう。


電話を切ったあと,わかっていた結果なのに,落ちこんだ。


今朝の父は,熱もさがってきて具合も悪くなく,主治医のOKが出たので,昼食を少し食べたらしい。土曜の昼から絶食だったから,相当腹も減っただろう。弟が昼食介助をしたらしい。全部は食べられなかったが,「無理しない程度に」とのコトだったので,時間をかけて半分ぐらい食べたらしい。


夕食も介助が必要だと思い,急いで事務所を出た。電車に乗りながら,胃ろうの手術の前に,なんとか父の好物のバナナを食べさせてやれないかな,とずっと考えていた。

言語療法士のセンセイに相談してみようか。元の形状は無理にしても,できるだけ味を損なわない形状で,たとえば細かく刻むとか,粗くすりつぶすとか。煎餅ではなくバナナなのだから,望みはある。どうしてもダメだったら,バナナをミキサーにかけるとか,ババロアみたいにしてもらえたら。。。頼んでみる価値はあるな,と思う。

それとも,少し細かくして,こっそり食べさせてやろうか。2口3口でもいい。なんとかイケるような気もするなぁ。



病室に着いたら,父は寝ていた。日勤の看護師さんが飛んできた。父の熱は,39度6分まで上がっていた。


どうやら,昼食を少し食べさせ,夕方からいっきに熱が上がったらしい。「昼食を誤嚥して炎症を起こしたのでは」と看護師さんは言う。食べられる,と判断してOKを出したのは,主治医じゃないのか?いちおう,言語療法士が事前に飲みこみ具合などをチェックしたらしいのだが,やっぱり無理だったのか。。。

今朝は調子が良かったため,早く点滴をはずしてやろうと,今日一日分の抗生剤は早いうちに打ってしまったらしい。だから,もう,熱が上がったからといって,さらに追加するコトはできない。抗生剤は,一日に使える量が決まっているらしいのだ。

仕方がないので,解熱のために座薬を入れた,とのコト。1~2時間で熱が下がれば良いのだが。

酸素量は92。少し落ちている。


主治医は帰ったあとだったので,副院長が診察をしてくれた。聴診器で胸の音を聴き,「左の肺がバリバリ言ってます。やはり誤嚥した可能性がありますねぇ」と言う。

水分補給の点滴と,酸素吸入をして,様子を見るという。食事が肺に入って炎症を起こしていたとしても,熱が下がれば炎症が抑えられたというコトだ。熱もさがらず,反応が鈍いようなら,隣の急性期病院に真夜中でも搬送する,とのコト。


父の身体はとても熱い。顔をのぞきこんで,「しんどいか?しんどいやろう?」と聞くと,いつもなら「大丈夫」というのに,「しんどい」と言う。


バナナのコトなど,頭から吹っ飛んだ。こっそり食べさせてやろうか,多分,イケるだろう。。。なんて考えていた。でも,ちょっとしたコトが,命に関わるのだ。


1時間して,熱は38度7分まで下がった。もう少し下がらないかな。

「喉が渇いた」というが,水は飲ませられない。


父はふぅふぅ言いながら目を閉じているが,目を開けて「何時?」と聞く。「7時過ぎ」と答えると「遅くまでいてもらわなくていいよ,悪いから」という。「もう少し,いるよ」と答える。


8時半,父の熱は37度6分になった。酸素量も96まで上がった。少しは楽になったと思う。


ふと,父のパジャマの背中や脇の下をさぐると,汗でぐっしょり濡れている。背中の下のシーツもだ。これは・・・汗が冷えて,よけいに具合が悪いのでは?

夜勤の看護師さんにお願いして,パジャマと下着を替えてもらう。シーツにはバスタオルを敷く。着替えさせられるのは,父もしんどそうだったが,やはりこのままでは・・・


結局,少し安心できるまでは,と,9時前まで病室にいた。父の口の中を少し拭いてくれるようにお願いして,帰った。


病院から,「また隣の病院へ搬送されるかも」と電話をしておいたので,母は台所に座って,ワタシの帰りを待っていた。

「パパ,熱さがってきたよ」と言うと,「本当?よかった。。。」と安堵したようだった。弟の部屋の前で,「パパ,熱下がったから」と言うと,「ふうん」と中から返事が聞こえた。なんだ,こいつ??それだけか?心配じゃないのか?と,頭にくる。


母に今日の父の様子を聞いてみた。やはり,父の気持ちを聞く,というよりも,説得したような形になってしまった。父は,弟の説明を聞いていたが,黙ったままなにも返事をせず,母はそんな父の様子を見て,「やっぱり,イヤなんだろうな」と感じたという。

弟に「お母さんからも説明して!」とせっつかれて,「パパ,もう,仕方ないなぁ。。。このままでは身体も弱ってくるし,また熱が出たり肺炎になったりするかもしれんし。。。」と言い出して,父が可哀相で,涙が出てきたらしい。

父は母の様子をじっと見ていて,「ママ,そんなに心配せんとき」と言い,「・・・じゃあ,手術をやってもらおうか」と言ったという。そのあと,もう一度,「もう,一刻も早くやってもらおうか」と言ったらしい。


多分,父には,「それでもやっぱりイヤだ」とごねる余地はなかった。本当にフェアに,「どちらにする?パパの身体のコトなんだから,パパが選んでいいよ」と,余地を用意してやらなかった。



いい加減,正直に言おう。

父の身体のためには。。。と真剣に考えた。これは本当だ。父の本心はわからないが,ワタシは,父には,少しでも長く生きて欲しいと思った。


でも,その理由をすべて差っ引いたとしても,父を自宅でみるコトができない以上,ワタシたち家族は,父の気持ちだけを優先して,単純に動くわけにはいかないのだ。



「どんな状態の人も,いつでも,どうぞ。そして,好きなだけ居てくださいね」

そんなユートピアのような場所があったら。
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# by rompop | 2007-07-31 19:06 | ホスピタル

2007・7・29 ② 「胃ろう」。

4時半頃,父の病室へ行った。

父の熱は下がっていた。看護師さんに聞くと,午後は36度9分ぐらいだったという。抗生剤や水分補給が効いているようだ。脱水症状に近かったので,熱も下がりにくかったのかもしれない。

母が帰ったあとも,父は看護師さんや,看護助手さんに,からかわれていた。「ホンマに嬉しそうやったねぇ,○○さん。」「綺麗な奥さんやったねぇぇ。」などと言われて,恥ずかしげもなく,「でへへへへ・・・」と笑っていた。ワタシから見ても,嬉しそうな顔だった。


ただ,母が帰ってしまったあと,一時的に不穏になったらしい,とこっそり教えてもらった。「淋しくなったのかな」と看護師さん。気を紛らわせようと,テレビをベッドに向けて,見せてやってくれたらしい。そうしたら,気分が治ったとか。


父は,ずいぶん具合も楽なようで,ハイテンションのまま,ペラペラ喋る。ホントに驚くほど,頭がしっかりしている。言葉もわりと明瞭だ。水分って・・・・ホントに大事なんだなぁ。

ちょっと元気な父を見ていると,「胃ろうなんて・・・」という気持ちがわき上がる。でも,口からではなく,点滴だから,こうやって必要十分な水分がちゃんと補給され,こんなに身体に変化が現れたのだ。考え違いをしてはいけない,とも思う。


胃ろうの話を切り出すのに,「僕から話そうか?」と弟は言った。でも,それはイヤだと思った。合理的に淡々と,父の気持ちを考えずに話して欲しくなかった。弟が話すなら,ワタシが話したほうがマシだ,と思った。

あるいは,パパの頭がクリアなうちに,明日の夕方,母も連れて3人で父に会いにいき,話をしようか?とも。

それに返事をしないまま,家を出てきた。


いっきに3人がやってきて,ベッドを取り囲み,話すのか。父に選ばせるのではなく,「パパ,どうする?」と言いながらも,なかば「説得」するために。

それって・・・・どうなのかな。どう話してもショックはショックだけど,状況的にかなりヘビーなのでは?


そんなコトを考えながら,父とぽつぽつと話をしていた。父は機嫌がヨカッタ。それに,父のほうからやたらと,自分の病気や入院のコトを尋ねてきた。「肺炎のときは,どれぐらい隣の病院にいたの?」とか,「それでこっちへいつ戻ったのか?」とか。「最初に救急車で運ばれたことは,ちゃんと覚えてる」とも。

今なら,話せそうな気がする,と思った。いつもは頭がぼんやりしているか,頭はハッキリしていても疲れてしまっているかだから,こんなにたくさん,ちゃんと会話が成立するコトは,滅多にない。


勇気が要った。何度も生唾を飲みこんで,言葉に詰まりながら,話し始めた。途中で,「アカン,こんな言い方では伝わらへん・・・」と何度も思った。でも,話し出した以上,止めるわけにいかない。

ほかの患者さんたちは,夕食の配膳についていて,病室はワタシたちだけだった。


ワタシでさえ,父が入院するまでは,「胃ろう」なんて処置があるコトを知らなかった。見たことも聞いたこともなかった。初めて,お腹からチューブが出ている患者さんを見たときの衝撃は忘れられない。

ワタシでさえ,時間をかけてネットで情報収集し,写真や図解を見て,やっと前向きに捉えることができはじめたところ,なのだ。

父には,ものすごい衝撃だろう。外から胃に栄養を入れる??お腹に穴を開ける???


父をムダに怖がらせないよう,でも,ある程度正直に,でもなるべく前向きに希望を持って,話をした。

「胃ろうをしても,飲みこみの具合が良ければ,ヨーグルトやプリンぐらいなら,食べられるって」とワタシは言った。でも,「食べられるようになれば,胃ろうをいつでも外すコトができるよ。穴もすぐにふさがるよ」とは,言えなかった。そういうモノらしいが,父には,それは多分,ありえない希望だから。


「お腹に穴を開けるの??」と父は驚き,「・・・・イヤだなぁ」と言った。そりゃ,そうだろう。

何度も医者から勧められたコト,栄養状態がずっと悪くて,抵抗力も落ちていて,またいつ,熱が出たり肺炎になったりするか,わからないコトも話した。

飲みこみや喉の具合は,脳出血の後遺症だから,パパが自分でがんばっても,コントロールできない部分があるというコト。知らない間に,気管や肺へ入っていってしまうコトはどうしようもないんだと。

「そりゃ,イヤやと思うけど。。。ワタシもいろいろ調べたりしたけど,そう悪い方法でもないと思うよ。栄養がちゃんと身体に入るんやから」と重ねた。


「パパ,どう思う?」と聞くと,「どうって聞かれても・・・仕方ないなら,仕方ないじゃないか」と父は,なかばあきらめたように,言った。


でも,「じゃあそうする」とは言わなかった。当然だろう。「少し考えるわ」と父はいい,目をつぶった。「キツイ話やったなぁ,ごめんな」と謝ると「・・・熱出てきそうや」と父は言い,苦笑いした。

ワタシの話し方は,現実をありのまま,ではなく,多少偏っていたかもしれない。これでヨカッタたのだろうか。


席をはずして,家へ電話をかけ,父に話した,と弟に告げた。「え?もう話したんか??」と言われたが,「3人で囲んでいきなり迫るのは酷やと思ったから」と言った。

明日,母と弟が行き,特に母から直接,話をしてもらうコトにした。父はきっと,ワタシでも弟でもなく,母からちゃんと話をしてもらい,母の意見を聞きたいだろう,と思った。


部屋にそっと戻ると,父は目を開けた。しばらくベッド脇にいたが,7時過ぎに「もう帰ってくれていいよ」と父が言った。母から,「お姉ちゃんも毎日,ホンマに大変やねんから。毎日9時過ぎに帰って,それからご飯とお風呂に入って。。。」と聞かされたせいだろうか。「いてもらっても,してもらうコトもないし」と。

もしかしたら,父は一人になりたいのかもしれないな,と思った。帰るコトにした。


帰りがけに熱を測ったら,37度7分。本当に熱が上がってしまった。。。
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# by rompop | 2007-07-31 17:04 | ホスピタル

2007・7・29 ① 母が見舞いに,行く。

9時に起床。久しぶりに部屋の掃除をした。洗濯もしたし,布団も干した。ずっと気になっていた部屋のカーペットを片づけて,青ゴザの敷物を出した。

今日は,母がめずらしく「病院へいく」と言い出した。体調も悪くないようなので,弟と一緒に昼前にタクシーで出かける。父,喜ぶだろうな。。。


先に母が帰宅。心配していた父の熱は,かなり下がっていたそう。「パパ,元気やったよ」の母の言葉に,胸をなでおろす。

今日からは,抗生剤の点滴に加え,スポーツドリンクのような補助の水分も,500ミリリットルを2本,してくれているらしい。もちろん栄養の点滴はなく,水分のみだが,それでも1日に1400ミリリットルの水分が父に補給されている。

そのせいか,ものすごく頭がしっかりしていて,父はもう,ホントに大喜びでずっと喋りづめだったそう。通りかかる看護師さん達が,「○○さんのこんな嬉しそうな顔,見たコトないわ」「こんなに喋る○○さん,はじめて。やっぱり奥さんがいいのね」などと,しきりに驚いていたそうだ。

うちの近所の人の話や,我が家の垣根や庭の話,親戚の話,自分の友達の話など,話題は尽きるコトなく,1時間半ぐらい,ずっと喋っていたらしい。よっぽどパパ,嬉しかったんだなぁ。。。


弟が遅れて帰った来た。そして,「胃ろうだけど,こちらからもうセンセイにお願いしようかと思うんだけど,どう思う?」と切り出された。


胃ろう。。。。。父がこうなる少し前から,やっぱり避けられないのかな,とは考え始めていた。今はワタシと弟がべったりくっついて,父も頑張って,なんとかかんとかミキサー食を食べている。でも。。。父はもう,いっぱいいっぱいだ。

バリウムを使った2度目のVF検査は,「リスクが高すぎる」と実施してもらえなかった。代わりに行った耳鼻科のマイクロスコープでの検査では,あきらかな誤嚥はなく,飲みこむ力はまだあった。ただ,喉のあたりに,唾液や水分が貯留しやすくなっていて,嚥下反射は鈍かった。つまり,誤嚥したものや溜まった唾液などを,自力で出す力は弱い。

微妙だった。でも,嚥下能力が飛躍的に改善する見こみは,限りなく薄い,と言われた。


肺炎でかつぎこまれた病院でも,主治医に何度も胃ろうを勧められた。でも,断った。父が可哀相で,考えられなかったから。

こちらへ戻ってからもすぐに,主治医やSTに,強く勧められた。でも・・・断った。少しでも口からいけるうちは・・・と思ったから。でも,「このままの栄養状態で,また肺炎を起こしたら,致命傷になるかもしれませんよ。それは覚悟されてるんですね?」と言われた時,弟は「はい」と返事をしたが,ワタシは迷った。父が今,死んでしまってもホントに・・・いいのか?

主治医たちは,いちおう,家族の気持ちを大事にしたい,と思ってくれたのか,胃ろうの話は,保留になった。STが毎日,父のベッドへやってきて,アイスマッサージや舌の運動などをしてくれるようになった。夕食も本当は6時なのだが,ワタシが「全面的に見守り・介助」をするために,父だけ,6時半以降の開始にしてもらっている。

父には,自分をとりまくシビアな状況は,あえて説明しなかった。それでも,ワタシと弟がどこか鬼気迫っていたためか,父はそれを感じていたようで,一生懸命,食べた。でもきっと,「食べる」というコト自体が,ものすごいストレスになっていただろう。

普通食は,おそらくもうずっと無理でしょう,と,早い段階で宣告されている。父はそれを知らない。だから,今はまずいミキサー食をがんばって食べている。ワタシたちもがんばって食べさせている。

胃ろうにしたら,栄養状態は少しずつ良くなるかもしれない。「そうしたら,元気になって力もついて,リハビリの意欲も出てくるから」と,看護師さんや療法士は言う。でも,リハビリをがんばっても,父は家に帰れない。家に帰れないどころか,胃ろうを着けたら,老健もすぐには入れない。枠がとても少ないので,半年やそこら待っても,入れるかどうか,まったくわからないという。待機期間が生じるというコトは,その間,父を自宅に連れ帰らねばならない,というコトだ。その選択肢はない。

ならば,療養型の病院か。胃ろうにして,栄養状態が改善して,リハビリをがんばったとしても,行き着く先は,寝たきりに近い形になる恐れが最初からある,病院なんて。

父にとっての幸せな着地点が見いだせないから,なにが本当に,父にとって「良いコト」で,なにが「可哀相なコト」なのか,ワタシにはもう,まったく見えない。


ただ。。。金曜の夜,ベッド脇に座らされて咳きこみ,うなだれていた,痩せた父の姿が目に焼きついている。


「お父さんの今の現状を,ちゃんと認めなアカンで」と弟はしきりに言う。このままの状態を続けても,早晩,誤嚥性肺炎を起こすに決まっている,と。施設へ行こうが,病院へ行こうが,父が一人で,誤嚥しないように,注意深く食事をとり続けられるとは思えない,と。ワタシたちが,いつまでも,こうやって見守り続けるコトはできない。見守り続けていても,自然と違うところへ入っていくものは,どうしようもない。


弟が,施設を選択肢から消したくないために,胃ろうを断固拒否していた時,ワタシはそれに反発した。父の身体が一番大事じゃないのか??と。

でも今,そう言われてしまうと,逆に反発したくなる。かといって,「今」,そうしなければいけないのか??と。


点滴のおかげで,怖ろしく頭がクリアになっている父。自分から母に,小学校時代の唯一の友達であるYさんに,自分のコトを知らせてくれないか?と頼んだという。「あの人は僕の唯一の友達だから」と。

「今日,明日のお父さんなら,自分で理解して,判断できると思う。だから,話をする良いチャンスだ」と弟は言う。今日は母と一緒だったので,まさしく良いチャンスだったのだけど。。。と。

どうせ避けられない胃ろう造設なら,今はとても良いタイミングだと思う,と言われ,言い返せなかった。

「まずパパに気持ちを聞くのが先や。」と母。それはそうだ。でも,辛い話だな。。。
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# by rompop | 2007-07-30 19:34 | ホスピタル

2007・7・28 ② 熱。

とりあえず,夕方までにちょっとだけでも寝よう,と思った瞬間に,昼食介助にでかけた弟から電話。

やはり父の具合は悪化していて,38度1分の熱があるらしい。朝食は半分食べたが,むせこんでギブアップ。急遽,朝夕の抗生剤の点滴をするコトとなった。食事はとりあえず,やめて,治療優先にするという。

前回と同じような経緯をたどっている。ただ,前回と大きく違うのは,その時と今の,父の体力と免疫力。。。不安がこみあげる。


昼食介助が中止になったので,「いてもするコトがないし」と,弟が早々に帰ってきた。そりゃそうだけど。。。

弟が帰宅後,母と3人で,父の今後の病院について少し話をする。なかなか,厳しい。。。


4時に家を出て,病院へ向かう。出がけに大きな雷の音とともに,激しい雨。駅から病院までタクシーに乗ったが,にわか雨だったようで,すぐに止んだ。

病室に入ろうとしたとたん,看護師さんに呼び止められて,朝からの経過を説明される。と,病室をなにげに見ると,父がベッド柵につかまって頭を突き出し,ベッドの下の廊下に痰を吐き出そうとしている。口から痰が長く伸びている。

一瞬,泡を吹いているように見えて慌てた。看護師さんと2人で,「わぁ~!!どうしたん?」と駆け寄ると,どうやら手の届くところにティッシュ箱がなく,口にたまった痰をたまらずに吐き出そうとしたらしい。見ると,枕元のシーツも痰で黄色く汚れている。

「どうしたん?ナースコール押せばよかったのに。。。」と言いかけてふと見ると,ベッドをギャッジアップした時に,ナースコールはベッド柵の外側に落っこちてしまっていた。

「さっきまでそこにいたんですけど。。。ごめんね,○○さん」と,やや言い訳の看護師さん。。。


朝食は半分,昼食はとりあえず,様子をみるために中止したとのコト。夜も多分中止。さきほど,少しだけお茶を飲ませてみたが,痰が増えたようなので,怖くて少し様子を見る,とのコト。

水分も中止は辛いなぁ・・・よく聞くと,抗生剤入りの点滴200ミリリットルを朝夕2回。つまり,水分だけが1日に400ミリリットルだけ。「水分不足で,脳梗塞など起こさないか心配です」と看護師さんに話す。父は心房細動があるので,それでなくても,血管が詰まりやすいリスクがあるのだ。


ワタシの頭もなんだか具合が悪いようで,新しいティッシュの予備がひと箱あるのに,それに気づかず,わざわざ外へティッシュを買いに行った。ひと箱105円の定価で。

5時半頃,父の熱は38度3分。。。


父は「しんどい」とも言わず,比較的落ち着いて寝ている。額を触るとそう熱いカンジはしないのだが,布団に手を入れて,脇や手足を触ると,結構,熱い。父の腹を触っていたら,あまりにシワシワのペタンコで,おまけに肋骨の下の部分の骨が飛び出していて,それが手に触れて驚いた。父。。。こんなに痩せてしまった。。。

父がもぞもぞする。「何!!?」と顔をのぞくと,「オシッコ」という。車椅子は無理だろうな,尿器を借りなければ。看護師さんが,いそいで尿器を持ってきてくれる間に,「あ,出ちゃった」と父。オムツを交換してもらう。

父が急に顔をしかめる。「何!!!?」とのぞきこむと,「・・・お尻が痛い・・・」とのコト。褥そう(床ずれ)がまたできかけているのかな?お尻をさすってやっていると,「今,便の検査しているから,痛いなぁ」と言う。「???」多分,便秘が続いたので,座薬を入れられたのだと思う。父は肛門入り口に,かなり大きなイボ痔があるので,乱暴に座薬を入れると痛むらしい。看護師さんが適当に突っ込んだのかな。。。


父は,ウツラウツラしているが,時々目をあけて,右斜め下に座っているワタシのほうをチラっとみる。「雨,降ってるの?」「さっき夕立だったけど。雷聞こえた?」「あぁ,そうらしいね・・・」などと話しかけてきたり,そのまま,また目をつぶってしまったり。


はっきり言って,居ても,ほとんどするコトはない。でも,ワタシなら,やっぱり声の届くところに,誰か家族がいてくれたらいいなぁ,と思うだろう。看護師さんは多忙だから,コールしても,すぐに飛んできてくれる,とは限らないもの。


6時前。夕食の配膳がはじまり,ダイニングはがやがや騒々しくなった。父は,まだ,お腹がすいた,とは言わない。

ただ,頭もかなりボンヤリしていて,ロレツも回らない。急に,「食事をするのはあそこだね。三本の柱が立っていて。。。」と言い出すので,「パパはご飯はないよ。熱があるからね」と言っても,「わかっているけど,場所が違うね。三本の柱が」「柱がどこにあるって?」。。。「わからないなら,もういいよ!」と,手でぐいぐいと肩を押し返されてしまった。


喉が渇いた,というので,看護師さんに聞いて,口の中をガーゼで拭いてやる。手をよく石けんで洗って,買ってきておいた滅菌ガーゼに水道水をひたして。やり方がかなり下手くそだったようで,「もういいよ」と言われてしまった。看護師さんに頼めばよかった。でも食事の前後は,殺気立つほどバタバタしているし,それより前は,シフト交換の申し送りをしているし,もっと遅くなると,今度は夜勤で人数がぐっと減ってしまうし。。。結構,遠慮してしまうものだ。

父が「パジャマを着たい」というので,苦心して着替えさせる。熱があるのに,あまり動かすのもどうかと思うが,ポロシャツとジャージのまま寝るのは,暑いだろう。寝汗をかいたら困る。父も協力してくれたが,着替え終えると,父もワタシもどっと疲れた。これこそ無理させずに,もう少し待って,着替えさせてもらったらヨカッタ。。。


8時過ぎ。今夜の夜勤の看護師さんは,わりと若い人だ。ワタシが「頼りないな」と思っている人なので,少し不安。

父の血圧,酸素量などは正常なようだった。聴診器で胸の音を聴いてくれたが,「胸の音は綺麗です」というので,少し安心。抗生剤が少しは効いたかな。

ただ,熱はあいかわらず,38度5分。。。早く下がりますように。
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# by rompop | 2007-07-30 13:28 | ホスピタル

2007・7・28 ① 大ボケ。

なんというコトか,土曜日だというのに,それをすっかり忘れて,仕事へ出かけてしまった。

いつもと同じ6時20分に起き,ちゃんと化粧をして,事務所のあるビルまで。


駅のホームがやけに空いていたので,不思議だな?とは思った。でも,「学生が夏休みになったから?」と何となく思った。いつもの電車がいつもの時間になっても来なかった。時刻表を確認したが,「ちょっと遅れてるのか,まぁ,いいっか」と思った。

梅田について,昼食用にパンとサラダを買った。いつもの地下街を抜ける頃,やたらシャッターの閉まっている店が多いのに気づき,「今日は何の日だっけ?祝日でもないのに・・・」と思いつつも,うちのビルについた。なんだか・・・いつもより薄暗い。化粧室にはいったが,電気が消されていた。人もあまりいない。

エレベーターに乗り込む直前に,「・・・もしかして」と,携帯の画像を見た。「Sat。」となっていた。


・・・・・この脱力感。こんなコト,20年近く勤めているけど,初めてだ。昨日の仕事終わりには,ちゃんと金曜日だとわかって,月曜の準備をしていたのに。でも,昨日の夜はもう,曜日感覚が抜けていた。


家へ電話したら,母があきれていた。弟も,「いつもと同じ時間に出て行ったから,おかしいなと思った」らしいが,声かけてくれたらいいのに!まぁ,まさかそこまで呆けたコトをするとは思わなかったのだろう。

貴重な朝寝のできるせっかくの土曜日。。。


しかたないから帰るコトにした。弟と昼と夜を変わってもらってもヨカッタのだが,今日は午前10時に,弟がソーシャルワーカーに予約を取っていて,伺うコトになっているらしい。

母の昼食用に,にぎり寿司を買ってかえってやる。ちょっと張りこんだ。といっても,1000円ぐらいのヤツだけど。作りたてだし,結構豪華だ。「551」の豚まんも4個。


帰宅。

母,にぎり寿司をとっても喜ぶ。気温の高い日は,用心して買い物には出かけないようにさせているし,そうなると,一人の昼食は,素麺とかチャーハンとか,そんなモノしか食べていないものなぁ。。。
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# by rompop | 2007-07-28 13:32 | ホスピタル

2007・7・27 イヤな,カンジ。

今夜の父は,夕食時,最初からひどくむせた。それでも,60分で全部食べきった。

ここ3日ほど,むせも痰もひどく,食後,いつまでもゼロゼロと音を出しているのが気になる。ちょっとずつ,だんだん酷くなるような気がする。

おまけに今日は,しんどいせいか機嫌が悪く,イライラしているようだ。一番気になるのは,やけに言語が不明瞭なコト。もちろん,脳出血の後遺症で言語障害はあるが,それでも,ワタシが普通に聞き取れないコトは,最近では滅多になかった。水分不足のせいで,脳の血流に影響が出始めているのではないか,とヒヤッとする。

一生懸命,ワタシに何かを喋るのだが,何度聞いても,意味をはかりかね,「ナンダって?」と聞き返すと,「もういいよ!!」と,かんしゃくを起こす。悲しい。自分の言葉が相手に通じないって,どんな気持ちなんだろう。

歯磨きでうがいをさせ,痰をなるべく自分で出させる。それでも,ベッドに入ってからも,痰がからんで苦しそうに咳きこむ。咳をするのは消耗するらしく,薄いお腹も背中も,ヘコヘコしているが,そのうち痰を切るコトもできなくなる。

ちょっと心配なので,夜勤の看護師さんに,見てもらった。このカンジ,前回,誤嚥性肺炎を起こす直前と,とても似ている。

前回も,微熱やたまの高熱を繰り返し,だんだん,ゼロゼロや咳がひどくなっていった。いったんは抗生剤の点滴で収まったものの,病み上がりの熱のない日に,「入浴」があり,またいっきに熱が出た。「風邪をこじらせた」とワタシたち家族は思っていたが,こんな風に咳きこんでひどい夜があり,心配していたら,翌日,お茶ゼリーを喉につまらせて,チアノーゼ状態になり,緊急搬送されたのだ。

ただ,風邪をこじらせて体調がおち,喉につまらせただけではない。それは直接の原因ではあったが,内視鏡でみてもらうと,父の肺や気管から,今までに取っていたミキサー食がたくさん溜まっていたのだ。


あの前日の夜の,父のしんどそうなカンジ。不安なイヤな感じ。似ているのだ。

ちょっとベテランの看護師さんも,聴診器で父の胸の音を聴いてくれた。「バリバリ言っているわ。イヤな感じですね」そう言われなくても,バリバリいう音は,ベッド脇のワタシにも聞こえる。彼女も,前の時を思い出しているのだろう。父が呼吸をするたびに,のど元はゼロゼロ言い,胸はバリバリと言っている。

ベッドに寝かせた父の両肺を,看護師さんが上からのしかかって押えるようにして,深く呼吸をさせようとする。「○○さん,ゆっくり大きく深呼吸して!」父は言われたとおり,深呼吸するが,大きく息をするたびに,咳がでる。

「ちょっと起きてベッドに座ろうか。そのほうが楽かも」と,父をベッド脇に座らせて,同じように,胸を押えては,深呼吸をさせる。あがってきた痰を出させようとするが,父は疲れてしまっていて,腹筋も背筋もうまく使えないようだ。


父の足元にしゃがんで,父の胸をさすり続けていた看護師さんが,ワタシのほうを見て,「・・・胃ろうは,考えておられないのですか?」と小さな声でたずねる。「毎日,3食食べるだけで,お父さんはエネルギーを使い果たしてしまってます。痩せてしまって体力も戻らないし,何をするのも,しんどい状態なんです」と言う。

それはもう,言われなくても,わかっている。何度も言われてきたコトだ。主治医から公式に,ではなく,非公式に何人かの看護師さんにも,遠慮がちに言われてきた。「医療関係者じゃなく,自分の父親でもそう言えるの?」と思うから,聞き流してきたが,今夜の看護師さんの言葉は,切実な気がした。1日,父の様子を見ている人の言葉だと思い,なにも返事ができなかった。

聞けば,昼食時も具合がよくなく,時間がかかって,かなりむせこんだらしい。


ただ,ベッドに腰かけて看護師さんに支えられ,喋る元気もなくうなだれて肩で息をしているだけの父の姿を見て,気持ちが乱れた。もともと痩せてはいたが,さらに薄っぺらくなってしまった父。


自宅はあきらめた。でも,病院ではなく,やはり施設でも父は,なんとか頑張れるのでは・・・?そんな迷いも,一瞬,消えた。今の父は,障害があるだけのただの老人ではない。立派な「病人」なのだ。熱が収まったとしても,危ういバランスですぐに「病人」のほうへ針が振れてしまいかねない。そういう状態なのだ,と思った。

少し時間がたったら,吸引してくれるというので,心配しながらも病室をあとにした。どうか,これから熱が出てきませんように。。。


帰宅。父の様子を知らせると,母もいっきに凹む。


昨日の入浴だが,父はなぜか,大浴場の浴槽をとても怖がる。夏だとはいえ,院内は冷房が強いし,体も冷えているから,絶対に温まらなきゃだめだ,と強く言い聞かせても,その場になると,ものすごい勢いで拒否するらしい。

案の定,昨日も,看護助手さんたちが数人がかりで入れようとがんばったが,「絶対に入らない」と言い張り,シャワーだけで済ませてしまったそう。「あなたみたいに頑固な人は初めてです」と言われた,と父は笑っていたが。。。


弟は「そのせいで風邪ひいたんだ!」と怒っている。ワタシは,100%そうではないとは思うが,それでも,体力も抵抗力も落ちた父には,それが誘因になったのかもしれない,と思う。でも,もう済んだコトを言ってもしかたがない。患者がどうしても拒否すれば,命にかかわるコトでもなければ,無理強いするコトはできないだろうから。


明日は調子がよくなっていますように。
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# by rompop | 2007-07-27 23:06 | ホスピタル

2007・7・26 選択。

今夜の父。最初からたんがからんでいて,心配したが,65分で完食。

ただし,何度もむせる。たまに目をつぶり,フゥと深呼吸している。食後も喉のあたりにゴロゴロ感が残っている。

全体的に元気がない。やはり,低栄養状態が続くので,持久力もないのだろう。気になる。

父は若い頃,10年近く結核をわずらい,歳とってからは肺気腫もある。もともと肺のパフォーマンスは悪いのだ。

むせて疲れながらも,なんとか食べている父を見て,希望を抱きたいワタシだが,弟は逆で,父の様子を見ていて,唾やたん,食べ物が,かなりの量気管に入っていると思う,と言う。


父の様子をできるだけちゃんと見ていよう,と思う。頭もあんまりクリアでない感じ。脱水症状も怖い。



9時に帰宅後,台所で弟と1時間ぐらい話す。


数日,一人で色々考えた。父の在宅介護はあきらめた。

いくつかの要因を天秤ばかりにかけた結果。一番大きな理由は,今の母を,絶対に介護に巻きこみたくない,というコト。


糖尿病,狭心症,高血圧と満身創痍の母だが,なんとか少しでも無事に過ごさせたい。今年の春の,腰椎の2度目の圧迫骨折と,転倒による慢性硬膜下血腫の手術のあと,母はさらに弱ってしまったと思う。ほぼ1日,薄暗い居間に一人で座っているので,廃用症候群も心配だ。

そろそろ母にも介護保険の認定をしてもらって,近くにある施設に,デイサービスでも受けに行かせようかな,と思っている。そうしたら,生活や気持ちにもメリハリがついて,少しは明るくなるんじゃないだろうか。愚痴でも言える友達ができたらいいのに,と思う。


父のほうは,今のワタシにできるだけのコトをしていくしかない。どこへ落ち着くのかわからないが,たとえペースダウンしたとしても,通いの介護は続く。


44年間の人生のなかで,今までこんなに苦しい選択はなかった。

「パパ,ごめんな」と思うと,胸がつぶれそうになる。そのたびに,「でもママのコトも考えてのコトなんだ」と,言い訳のように自分に言い聞かせる。そして静かに「仕方がないんだ」と繰り返す。


父に関していえば,これからもいくつか,苦渋の選択が用意されているはずだ。親が老いていくというのは,そういうコトの積み重ねなんだなぁ。そのたびに,やっぱり家族で話しあって,選んでいくしかない。

「家族で」と言ったが,今夜,この話をしている時も,母は少し離れたところに座っていた。「こんな大事な話,おかあさんが‘蚊帳の外’でいいのかな」と弟が途中で言ったが,どうも最近,日中の気温があがってきたせいか,母の体調も良い日とあまり良くない日がある。

今夜は「あまり良くない日」らしく,こちらを見ながら,肩で息をしているので,仕方ないと思い,弟と二人で話した。


話が終わったあと,母が「話は終わったんか」と言うので,弟が母のそばへ行き,ワタシが在宅介護をあきらめた,と伝えた。

母は,「・・・・・そう」と,小さな声で言ったきり,黙っていた。


母が作ってくれた夕食の冷麺は,すっかり伸びてしまった。
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# by rompop | 2007-07-27 08:01 | ホスピタル

2007・7・25 堂々巡り。

あまり眠れなかった。

朝,電車のなかで猛烈に腹が痛くなり,中途半端な駅で途中下車。ホームにあるトイレに飛びこむ。。。。無惨なクラッシュ。しくしく,痛い。ワタシは胃腸が弱いので,精神的なコトがすぐに胃腸にやってくるのだ。


あれこれと考えている。いくら考えても,答えは簡単に出ない。現実的ではないコトがわかっていても,父の残りの人生を簡単に決めてしまうコトなど。。。


しかたがないので,いろんなコトをシュミレーションして,図にしてみた。父を家に連れて帰った場合の1日のシュミレーション。自分一人でやらねばならないコトと,サービスを駆使してクリアできるコト。

父が具合が良い時と,体調が思わしくない時を想定して,隣室で生活するだろう母親に,どういう時にどういう負荷がかかるか,いちいち書きだしてみた。

それから,ワタシ自身の労力やストレスも想定してみた。


まったく現実感を持たないままのシュミレーションだから,実際になってみると,全然違うのかもしれない。もっと簡単かもしれないし,もっと過酷かもしれない。

でも,1つだけハッキリした。父がたとえ具合がよく,穏やかに過ごせたとしても,母には少なからず,負荷がかかる。そう狭くはない,といっても,たかが一軒の家の中だ。同居している家族に何も影響が出ないわけはない。

そして,もしも父の具合が悪くなった時,ワタシに疲労がたまって体調をくずした時。。。書き出した母の負荷は,とんでもないコトになった。


わかったような,わからないような,作業だった。答えは出ない。


ワタシには,母も父も大事で,必要だ。どちらにも,できるだけ穏やかに長く生きて欲しい。父も母も,守りたい。

ただ,「母を守る」というコトは具体的にどういうことなのかわかるのだが,「父を守る」というコトが,なにはなくとも家に連れて帰ってやるコトなのか,寝たきりを早めるコトを覚悟で,涙をのんで「看護のプロ」に任せるコトなのか,それがわからなくなっている。


夜,いつもの時間に父の病室へ。

父は,今日は55分で5品を食べた。ワタシが着いたときは,にこっと素晴らしい笑顔を見せてくれたが,帰る頃には,疲れたのか,どうしたのか,機嫌が悪くなっていた。

多分,疲れてしまって早く寝たいのに,ワタシがいつまでも歯間ピックで「磨き残し」をほじくっていたり,「最低30分は寝れないよ」と言ったりするのが,腹立たしいのだろう。やっと横になったら,すぐに目を閉じてしまった。淋しくなった。

やっぱり,今のままの父には,老健の集団生活は難しいのかな,と思う。

老健といったって,元気な人ばかりではないだろうが,知らない人ばかりのいる食堂で,舞い上がってキョロキョロしながら,一生懸命に,でも咽せながら,ミキサー食を1時間かけて食べている父の姿が,目に浮かんでくる。だいたい,1時間,ゆっくりと食べさせてくれるのかな。。。

「。。。やっぱり無理だ」と思ってしまう。

いや,そもそも,入所待ちの老健は,父の「誤嚥性肺炎」のコトをまだ知らない。「食事介助に必要な人手が足りない」とか何とかいって,入所判定が取り消される可能性は大だ。


帰宅。

母は今日は調子が良く,2階に続く階段の拭き掃除までしたそう。「あまり無理しないでよ」と釘をさす。調子に乗るからなぁ。。。

夕食を食べながら,30分ぐらい,父の様子や,ほかの「困った」患者さんのコトなどを,面白おかしく話す。母は多分,1日のうち,この時しか,笑わないのじゃないかなぁ。

9時50分ぐらいになると,ワタシは時計を気にして,「もうそろそろ寝る準備したら」という。「アンタと喋っていると,あっという間に時間が経つなぁ」と,母は歯を磨きに洗面所へ行く。

だらだらとお喋りをしていると,「いい加減に寝ないと,血圧知らんぞ!」と,ワタシも母も,弟に怒鳴られるからだ。まぁ,現に,寝不足だと,たちまち血圧に変動が出てしまうのだが。


ワタシも弟も,この半年以上,父のコトが最優先で,気持ちも体も余裕がなく,母のコトは置き去りだった。ふと気づけば,母はいつも,どんよりとした顔をして,弱々しい声を出している。日中,母の様子を見ている弟は,「ストレスに対するキャパが,めっきり小さくなった」と言っていた。

はぁ,とため息をついたり,「なんの役にも立たない年寄りだから,死んだ方がマシ」なんて,時々,哀しくなるコトを言う。


母。。。。もしかして,軽く「ウツ」になっているのかもしれないな,と初めて思った。
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# by rompop | 2007-07-26 16:59 | ホスピタル

2007・7・24 ② 足が,震えた。

2時から4時半ぐらいまでの間に,バスとJR,タクシーを駆使して,2つの療養型病床群のある病院を見た。


一つめはソーシャルワーカーが,「ここなら,わりと早く受け入れ可能かなぁ」と最初に教えてくれた病院。あらかじめネットでHPなどを見ていたが,どうやら,地元では古くから,精神病や老人を専門としてきた病院のようだ。そのため,現在も,認知症や老人病,精神病の患者を収容するための病棟が,ほとんどを占めている。一般病棟や,特殊疾患専門の病棟もあるが,ごく一部のよう。

JRの最寄り駅から,無料の送迎バスがあったので乗る。乗車時間はかっきり8分。近いと思う。

とても綺麗な大きな病院だった。古い歴史のある病院なのに,全面的に改築したせいか建物はピカピカしているし,正面玄関の前には大きな花壇があって噴水もある。緑の芝生も。。。思わず,良い天気の日に,父を車椅子に乗せてやって,日光浴をしている光景が浮かぶ。

外来の受付も,ホテルのロビーのよう。

玄関脇にある病棟内の地図で,全体の造りと,病棟の区分を確認する。「療養型病棟」は,別館の2階から4階にあるようだ。

方向が今ひとつわからず,ウロウロと歩き回る。1階には,リハビリ室もある。大きな食堂もあり,まるで老健のデイサービスのように,たくさんのお年寄りが車椅子に座って集まり,テレビを見ているのが,ガラス越しに見えた。


それにしても,おかしい。「西館」「東館」などを示す表示板はあちこちにあるのに,「別館」の場所を示すものが,何もない。もう一度玄関にもどり,地図を確認する。本館の右側に細長くくっついたような病棟が「別館」だ。

方向をさだめて歩いた。検査室を幾つも通り過ぎ,行き当たってしまった。ふと右を見ると,階段がある。手書きで「○棟」と書かれた紙が貼ってある。絶対,ここだ。

薄暗い階段をいっきに4階まで上がる。小さなナースステーションが正面に見えるが,ワタシとそこの間には,ガラスばりのドアがある。「鍵は開いています」という貼り紙。ドアノブを回して開けた。ナースステーションにいた看護師が,ちらと顔をあげた。

面会客のフリをして,病室のある狭い廊下をいっきに奥まで歩いた。廊下の両側に,ドアのないカーテンだけの病室が続いている。カーテンが開け放してある病室は,中の様子が全て見えた。


狭い病室に,6つのベッドが,ぎちぎちに並んでいる。白いパイプむき出しの,小さなベッド。その小さなベッドを「小さい」とカンジさせないほどに,痩せこけた骨と皮だけのお年寄りばかり。気管切開で管をつけた人,点滴をした人,鼻からチューブがついた人。

病棟は,部屋も廊下も古びていた。窓からも明るい光はさしこんでいない。見舞いの家族の姿も見えない。家族が来ても,ベッド脇にこしかけるスペースすらない。それともここは,見舞客すらこない場所なのだろうか。ただ,むきだしの白いベッドが並んでいるだけ。テレビもなにもない病室がいくつも続いていた。

足がガクガクと震えた。陰惨な空気が重たくたれこめているようだ。あちこちから,うめき声が聞こえている。

一番奥まで行き,引き返した。ナースステーションの前にいた,大柄のヘルパーさんが,なにか言いたげにワタシをじっと見ていた。面会客でないコトを見抜かれたようだった。話しかけられないように,そのまま,急ぎ足で彼女の横を通り過ぎ,ドアノブを回して,階段へ出た。


勇気を出して,2階と3階も,同じように急ぎ足で観察して,逃げるように出てきた。どの階も,まったく同じだった。


広くて綺麗な外来のロビーに戻って,ソファに腰をおろす。閉鎖的な隠された病棟だった。今まで,父や母が入院していた病院にも,重篤な患者さんはいた。人工呼吸器も経管栄養のチューブも点滴も,別に珍しいものではない。でも。。。やはりあれは,はじめて見る光景だった。

本館の窓から,今みてきた病棟のあるあたりを見上げてみる。どの階のベランダにも,緑色の網がかけられていた。太陽光があまり入らないはずだ。それにしても,どうした理由だろう?飛び降り防止のためのネットだろうか。鍵のかかったドアといい,中には歩ける患者さんもいるのだろうか?


綺麗すぎる感のあるロビーを出て,緑の芝生や花壇の横を歩きながら思った。この綺麗さに欺されちゃいけない。ここまで出てこられるのは,普通の患者さんだけなのだ。「絶対に,パパをここに入れたくない」涙がにじみ出てきた。

気がつくと,3時を過ぎていた。昼食がまだだったコトに気づいて,敷地内にある食堂に入る。食欲がないので,一番食べられそうな「きつねうどん」を頼んだ。でも,胃がせりあがってきて,半分も食べられなかった。


なんだか力尽きてしまい,もうこのまま,父の病院へ戻ろうか,と思った。でも,平日の昼間に動ける日など,滅多にはない。体調はなんだか怪しいが,頑張って,もう1つのほうも見てみようと決めた。


送迎バスとJRをのりつぎ,バス亭まで行ったが,どうやら1時間に2本しかない。ど田舎じゃあるまいし。。。5時半ぐらいまでには,父のところへ行かなくてはならない。時間がなによりも惜しいので,しかたなく,タクシーに乗った。1800円ほどかかった。


2つめの病院は,さきほどの病院よりもぐんと小さい。そう新しくも古くもない,温かみも冷たさもない,普通の外観。

外来受付のロビー周辺をぐるっと回ってみた。検査室や診察室がいくつもあるだけだ。ロビーにも玄関にも,院内のくわしい地図はないようだ。

困ってしまって,ボウッとしていると,点滴を押しながら歩いているパジャマ姿の人を発見。入院患者さんだ,と思って,あとをついていく。

受付の横をとおって,狭い廊下をいくつか曲がると,広くて明るいリハビリ室に出た。その脇に,小さなエレベーターがある。院内の見取り図と,入院病棟,病室の番号などが全部書かれていた。

特に「療養型」の記載がない。もしかして,ここも,隠されたどこかにあるのかもしれないなぁ。

とりあえず,見取り図にかかれていた全ての病棟を,急ぎ足で歩いた。

ずいぶん,綺麗な病棟だ。古い部分と新館の部分があるが,古くてもそう汚いカンジはしない。なにより,どの病室も明るく,窓から光が入っている。ナースステーションも広くて開放的だ。

ドアの開いている病室をのぞいたが,部屋も狭くなく,ベッドとベッドの間も,普通だ。普通のベッドで,テレビもあり,見舞いの家族が,ベッド脇に座り,世話をやいている光景も,普通の病院。

患者は,気管切開をして,口をぽっかりと開けたような人もいるが,そうでない人もいる。一般病棟とあまり変わらないなぁ。

よく分からなかった。見取り図にのっていない病室があるのかどうか。それとも,もしかしたら,療養型の病床は枠が少ないから,そう目立たないのかもしれない。

「ここなら,あきらめがつく」と思ったが,枠が少ないなら,すぐに入れる希望は薄いかもしれない。


あまりウロウロしていると怪しまれるので,1階へおり,見取り図にある病室番号を全部手帖に書き写した。ロビーのソファに座って,病室の数を合計し,基本が4人部屋として,4をかけた。2人部屋や個室もあるから,実際の病床数はこれよりは少ない数だろう。それでも,公式HPに記載されていた病床数と,ほぼ変わらない数が出た。それならば・・・多分,今,見てきた病室が,全部なのだ。すべての病室の様子を覗いたわけではないから,寝たきりに近い人たちは,きっとカーテンで囲われたベッドにいたのかもしれない。

でも,ここなら。面会に通っても,ずっとベッド脇にいられそうだ。ただし,この病院の平日の面会時間は7時まで。。。


疲れ切って,父の病院のある駅まで戻る。帰りはタクシーを使わず,バスと私鉄を乗り継いだ。それでも。。。見ないよりは,見てよかった。なにごとも,見なくてはわからない。


6時15分前に父の病室へ。いつものように舌の体操をさせ,夕食。父は何度か咳をしながらも,自分で痰を出し,60分で6品をたいらげた。

車椅子に座り,自分でスプーンを口に運ぶ父の後ろ頭を眺めながら,また,「本当に老健より病院のほうがイイんだろうか?」と自問自答を繰り返す。老健,病院,自宅。。。頭がこんがらがって,訳がわからなくなっている。


帰宅。

ワタシが午後,病院見学に行ったコトを,母は弟から聞いていた。仕事を辞めてしまったら,ワタシの将来はどうなるのだろう,と思うと,昨夜は眠れなかったらしい。うまく睡眠が取れないと,たちまち血圧や脈拍に影響する。たったこれだけのコトで,母には負荷がかかるのだ。


食後,弟と少し口論。「ワーカーに相談もして,病院も見てきたんやろ?早く結論を出せ!」「そんなに簡単に,決められへんわ!!」


怒鳴りあうワタシたちを,母は鏡台の前に座って眺めている。

耳が聞こえにくいので,怒鳴っているのはわかるが,いまいち,内容が聞き取れないようで。。。母は蚊帳のそと。
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# by rompop | 2007-07-26 16:25 | ホスピタル

2007・7・24 ① 相談。

朝,病院のソーシャルワーカーへ電話した。11時にアポイントを取る。

堂々巡りを打破するために,思いきって,相談してみるコトに。

ソーシャルワーカーとは,いつもは弟が話をしている。今は,父の現況(嚥下状態,体力低下,誤嚥性肺炎の高リスク)から老健が無理ではないか,とのコトで,療養型病床のある病院を探してもらっている。介護保険適用のほうは,市内に1つしかなく,そこは要介護度5の人でないと受け入れない,とのコト。だから,医療保険適用のほうで,近隣の2箇所をピックアップしてもらったところ。これから,看護サマリーや診療情報をあちらへ送り,受け入れ可能かどうかの判断をあおぐ所まで,いつの間にか来てしまった。

そんなわけで,いきなりワタシの相談は,少し唐突だと思う。しかし,「家族代表としての話ではなく,長女個人として,教えていただきたいコトがある」と,面談をお願いした。


1時間ほど,話を聞いてもらい,地域の介護保険サービスなどについて,質問したり,アドバイスをもらったりした。しかし,当然だが,在宅介護については,明確な言葉はもらえなかった。いろんな人の人生が関わってくるコトだから,職業柄,あまり個人的な意見は控えなくてはならないのだろう。

それでも,吐き出しただけで,ずいぶんすっきりした。時々,泣いてしまって言葉が出なかったが。

最大限の彼女のアドバイスとしては,「ダメもとで,介護休暇を職場に申請してみて,ためしに期限付で在宅でやってみてはどうか」というコトと,「お父様の本当の気持ちを,今の状況を正直に話して,確認してみてはどうか」というコト。

やはり,お父様の気持ちを真ん中に据えて,できるだけそれに添えるように努力していきましょう。お父様に話して,お父様の気持ちを知るコトは,必要なプロセスですよ。

まったくの正論だと思った。その場では「そうだよな」と納得して,「そうしてみます」と答えた。


しかし,そのあと,弟と話をしたとき,「『帰りたい』って言われたら,確実に連れて帰れるの?」「家に帰るためには,仕事をやめないといけない,と正直に話したら,お父さんはきっと『じゃあいいよ』っていうか,『どうしていいかわからない』というに決まってるで」と言われ,まったくそのとおりだと思った。父の性格なら。。。母が体調不良で2ヶ月近くも顔を見せなくても,「無理してまで来なくってもいいよ」と,電話口で言う父なのだ。本当は,母の顔を見たいくせに。。。

心が決まらないのに,「帰りたい」と言われても,「もういいよ」と言われても,どちらも辛すぎる。父の本心を聞くのは,残酷なような気がする。それでもやはり,聞くべきなのだろうか?


結局,ソーシャルワーカー室を出たあと,昼食介助をしている弟を待ち伏せて,病院のロビーで,1時間話した。けれど,結論はやっぱり出ない。「そんなにやりたいなら,腹くくってやってみれば?」「そのかわり,ママにものすごくストレスを与えるコトになるのは,わかってるよな」「今の生活でも,ときどき潰れて僕が病院行き変わってやったりしてるやろ。ホントにできんの?」「仕事はやめて欲しくないけどな。あと何年かでもできるだけ勤めたほうがええと思う」

とどめに,「結局,みんなが不幸になるような気がするけど」

母も大事だ。でも,ワタシには母と同じぐらい,父も大事だ。どちらかを切り捨てるコトなんか,できない。だけど,ワタシが父の世話で疲労困憊すれば,母は必ず手伝わねば,と思うだろう。母は,今は,夕飯の支度をしていても,気分が悪くなって,中断して横になってしまう時もある。


言われっぱなしで悔しく,ホントに,父と母を無事に見送ったら,こいつとは縁切りだな,と思った。同じモノを食べて,同じ親のもとで育ったのに。。。考え方の根元が全然違う。ひとことでいうと,「薄情なやつ」だ。


夕食まで時間があるので,ピックアップしてもらっている療養型の病院2つを見に行くコトにした。ここで,いつまでも弟としゃべっていても,なんの発展性もない。

弟は,夕飯の買い出しをするために,とっとと帰って行った。ワタシも,少し遅れて,駅へ向かう。とんでもなく暑い。。。。。
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# by rompop | 2007-07-25 17:18 | ホスピタル