当たりはずれ。

昨夜は,なかなか寝つけなかった。

朝,起きてスーパーへ行っておかなければ,と思いつつも,起きられず,ダラダラとしていた。9時半に部屋のドアがノックされ,起こされる。弟の話によると,母から,朝,持ってきて欲しいものがある,と電話があったらしい。父はもう,朝食と着替えを済ませ,母に頼まれたティッシュや箸,ポットなどを袋に詰め,用意万端,ワタシを待っているらしい。

「えぇ,ちょっと待って」とあわてて飛び起きる。ワタシは,昼前ぐらいに,ゆっくり病院に着けばイイかと思っていたのだ。

父を待たせて,わさび漬けでご飯を食べ,お茶を飲もうとすると,電気ポットのコードが抜けていた。しかたなく,水を1杯。

お腹が少し痛くなり,「もうちょっと待って」と,トイレへ。

タクシーに電話をするが,15分ほどかかるという。雨の日は,タクシーもなかなか来ない。なのに父は,電話を切ったあとに,「15分も待つなんて。ママが待っているのに。他のタクシー会社へ聞いたみたら」などと言う。自分は何もせずに,文句を言うとは。朝からバタバタしていたので,キレそうになる。

タクシーに乗って,病院へ。母は,寝巻きに着替え,待っていた。薬のおかげで,めまいは少し治まったが,夜中にナースに頼んでも,トイレへ付き添ってもらえず,ベッドの上でさせられたらしい。それも,すごくゾンザイに扱われたらしく,少し元気がない。昨夜,帰りにナース2人によく頼んで帰ったのだが,その後,夜勤の交代で,全然違うナースに代わったそう。ナースにも当たりハズレがあるから,こればかりはしようがない。

11時前に病院につき,しばらくパイプ椅子を2つ並べて,ベッド脇に座っていた。12時に昼食。薄味の,美味しくなさそうな食事が並べられた。それでも,母は全部食べていた。梅干を5個,パックに入れて持っていき喜ばれる。便秘予防のビフィールも持っていった。

父は,ワタシの持っていたカロリーメイトの缶と,源氏パイをむしゃむしゃ食べた。母は,TVも雑誌も見ずに,ただ,ベッドに横になっている。

2時前,ワタシは,病院の近くのラーメン屋に入り,ラーメンとチャーハンの定食(700円)を食べる。やっと,人心地つく。病院というところは,いるだけで,なんだか疲れる。年寄りばかりの4人部屋が続く廊下には,アルコール消毒液の匂いにまじって,かすかに糞尿の匂いがする。動けない患者は,ベッドの上で,大も小もするのだろうから,匂いがあって,当たり前だ。しかし,外部からやってきた人間には,ものすごく異和感がある。この匂いの中で,寝たり起きたりし,3食の病院食を食べる。鼻が馬鹿になり,なにもカンジなくなるのだろうか。ワタシはやはり,どう逆立ちしても,ナースにはなれない,とあらためて思う。

その足で,近くにある大きなスーパーに買い出しに行く。晩御飯のおかずや,バナナ,そばや梅干など。たくさん買い,唸りながら,重い袋を2つぶらさげて,傘を斜めにさして帰る。これが少しの間だけだと思うから我慢できるが,果てしなく続く日々がきたら,どうしよう。病院と買いだしと仕事だけのグルグル回る日々。

4時前,病室に戻る。母は同じ姿勢で寝ているし,父も同じ姿勢でパイプ椅子に座っている。母に,買ってきたお茶とヤクルトを1本渡し,しばらくして,帰るコトにする。父のコトをあまり考えなかったが,かなり疲れた顔をしている。父だって病人なのだ。

玄関で無線タクシーを呼んで,ベンチに腰掛けて父と2人で黙ってタクシーを待っていた。その時,寝巻き姿の母が,ソロソロと,3階の病室から玄関までやってきた。「どうしたん!」と飛び上がるくらいビックリしたが,「明日,来るときに便秘薬を持ってきて」とのコト。驚いた。タクシーが来た。母を途中まで送っていき,走って戻ってきて,タクシーに乗る。

料金の安いタクシー会社だが,運転手にもやはり当たりハズレがある。思いきり無愛想で,雨だというのに,ものすごく荒い運転をする。自分の職業にもっとホコリを持て,と言いたくなるような,プロ意識の低さ。しかし,呼び出されて,ワンメーターちょっとの距離では,愛想もふれないか。

帰宅。父も疲れただろうが,ワタシもクタクタだ。

父が「ウナギが食べたい」というので,スーパーでウナギを買ってきたのに,帰宅するなり,父が「あ!」と言う。明日は朝から検査のために,朝食抜きで採血をすることになっている。だから前の晩に,あまり脂っこいモノを食べるのはやめておく,と言う。父は,こういうところ,とても気真面目というか,神経質なのだ。

ワタシはウナギがあまり好きではないから,半分は弟が食べ,半分は明日の父の夕飯に残しておくことにしよう。代わりに,父のリクエストで「とろろソバ」を作る。トッピングに海苔をパラパラとふる。買ってきた,モズク酢と,ほうれん草の胡麻和え。わかめと揚げの味噌汁は,弟が作った(らしき)ものを。

ワタシは,白ネギと牛肉の切り落としを炒めて,醤油で味をつけたモノを作った。ゴーヤとツナのマヨネーズ和えの残りも食べる。モズク酢とほうれん草。味噌汁。

簡単で,意外とゴージャスな夕飯になった。

食後,母から電話。「診察券を忘れずに明日,持ってきて」とのこと。明日もっていくものを,弟に託す。

父は,ことあるごとに「ママ,ご飯食べたかなぁ」とか「ママ,今夜は淋しいやろうなぁ」ばかり言っている。やはり夫婦だな。それとも,年を取ると,同じ病院の雰囲気を見ても,感じ方が違うのだろうか。それでも,食後に自転車に乗って,またあの病院へ行く気力は,ワタシには残っていない。たかが駅ひとつ分の距離ではあるのだけれど。遠い。

友人Mからメール。彼女の母は,白内障の手術をすることになったらしい。少しずつ,こういう現実に慣れていくしかない。人間は,誰だって,年をとれば少しずつあちこち,痛んでいくものだから。それが自然の摂理だから。そのコトについて,必要以上に感傷的になるのは,よそう。
[PR]
# by rompop | 2004-05-16 13:23 | ホスピタル

救急車。

8時ごろ,目が覚めてトイレへ。階下で,弟と母の声がする。弟が怒っているようだ。「なんでそんなコトするの」という声が聞こえる。朝の風呂掃除と洗濯は,最近はずっと弟がしているが,母はいつも気がねしている。今日も,また,少しでも手伝おうと手を出したようだ。

また布団に入り,10時半に起きて,階下へ。母の様子が変だ。「めまいがする」と言って,布団にもぐりこんでいる。父が心配そうに母を見守っている。少し様子を見ていたが,「大丈夫」と言って立ち上がろうとした母は,ストンと転びそうになる。あわてて支えるが,気分も悪いらしい。寝ていて治まるような状態ではなさそうだ。

病院へ連れて行こう。しかし,思いのほかフラフラしていて,まったく力が入らないようだ。「救急車を呼ぼうか」と母に声をかける。タクシーで病院に行っても,外来で順番待ちをしなくてはならない。救急車なら,緊急ですぐに見てもらえるだろう。いつもなら,「ご近所にカッコ悪いから,絶対に救急車はダメ」という母が「救急車を呼んで」と言う。

2階にあがり,弟の部屋をノックして,「救急車,呼ぶ」という。弟の頬にさっと赤味がさし,すごい勢いで階下へ降りてゆく。ワタシは急いで,ジーンズをはき,トレーナーをかぶる。バッグに財布とタオルだけを入れる。土曜の朝。ご近所中の好奇の目にさらされるが,いたしかたない。救急車を呼ぶのは初めてで,指先が少し震える。

いつも母が通院しているM病院は,救急指定病院でもある。症状を伝え,既往症と通院していることを告げる。救急車の要請をしたことを病院に電話で伝えてください,と言われ,病院に今から行く事を告げる。

ほどなく,遠くからサイレンが聞こえ,救急車がやってきた。弟が外へ出て,車の誘導をする。玄関が開け放たれ,救命士が3人,部屋に入ってきた。さすがに早い。母を囲んで,脈を取り,血圧を測り,母に質問をし,青いビニール製の担架に移す。「背中を圧迫骨折しているから,注意してください」と,あわてて言う。

弟と2人,救急車に同乗する。不安そうな顔の父には,「電話するから待ってて」と言い聞かせる。

ワタシは,3回,救急車で運ばれたことがある。しかし,母は,こんなものに乗るのは初めてだ。緊張感と不安で,かえって血圧が上がるかもしれない。少し赤い顔をしている。顔をしかめている。気分が悪いようだ。ことのほか,救急車というものは,ガタガタと揺れる。スピードを優先するせいだろう。手を触ると,少し冷たくなっている。これで母にもし意識がなければ,ワタシはパニックを起こしているコトだろう。

数分で,病院に着いた。救患用の入り口から,ストレッチャーで運ばれる。待機していたナースの1人が,直前までお喋りをしていたようで,少し笑い声を立てていた。思わず,睨むと,彼女はハッとした顔をして,口を閉じた。病院といえども,彼女たちにとっては日常の場だから,笑いも出るだろう。しかし,通院していると,こういう無神経なナースが意外と多く,驚く。

集中治療室のようなところに運ばれ,ベッドに移されたあと,水分補給の点滴。母は糖尿のせいか,すぐに喉が乾く。朝,水を飲んだはずなのに,もうすでに口も喉もからからだ。「水を飲ませてやってほしい」というと,「今すぐ点滴を入れるので,大丈夫」と言われる。軽く脱水症状を起こしていたようだ。

救命士がメモにとった母の血圧や脈拍などを,ドクターに告げる。ワタシは迷った。弟と口論のあと具合が悪くなったコトを,救命士に言いそびれていた。弟の顔を見る。「言い合いのあと,具合が悪くなったんだよね」弟は,神妙な顔をして,うなづく。「それ,ちゃんと言ったほうが良くないか?」弟は,「言ったほうがいいと思う」と言い,じっと黙っている。思わず,「自分でちゃんと言って!ワタシは状況がわからないんやから」

弟は,ドクターに近づき,意を決したように白状した。「朝,僕とちょっと口論になり,そのあと,めまいが起こったんです」

救命士は,ちょっと驚いた顔をして,まじまじとワタシたち2人の顔を見た。ドクターは弟を見据え,「わかりました」と言った。

「検査をしてみないとわかりませんが」。母に手を握らせたり,視神経を確かめるために母の顔の前で手を動かしたり,あれこれ母に質問したあと,椅子に腰掛けてワタシたちを見た。

「高血圧ではありますが,めまいが起こって歩けなくなるほどの血圧ではない。難聴性のめまいというものがありますが,耳はちゃんと聞こえておられる。メニエール病のめまいというのは,左右に回転するのではなく,上下に“でんぐり返し”を起こすように,目が回ります。話を聞いていると,これでもない。一番怖いのは,脳に腫瘍や血の塊があっておこるものですが,こういうめまいは,1度起こると治まりません。手がつけられないぐらいまで,一気に悪化します。ですから,みたところ,めまいの中で一番多い,“頭位性(とういせい)めまい”ではないか,と思います。くわしくは,これから検査をしてみますが」

頭部のCTスキャン,心電図,胸部レントゲンと,ひととおり検査をしてもらう。点滴には,めまいを押さえる薬が混入され,注射を打たれた。注射を打つ前に「めまいを押さえるための注射をします。よろしいですか」と,確認される。しかし,こういう時「やめて下さい」といえる人がいるだろうか。ただ,「お願いします」と言う。

検査の間,待合室のベンチで弟と2人,所在なげに待つ。

さっきから黙っているが,弟はどう思っているのか。「年寄りに精神的に負荷をかけるようなコトをしてくれるな」と,あれこれ言葉を変えて,繰り返し話す。弟も,さすがに今日はこたえたようで,「救急車まで呼んでしまったのだから,これからは,言いたいことがあっても,全部胸に納めるようにする」だそうだ。こんなコトになっても,結局「自分が悪いのだ」という風には,ならないらしい。

「産まなければ良かった」と,いつだかに,口論の最中に母に言われたコトを,いまだにずっと恨んでいるようだ。「あれだけは,言ってはならないこと。存在を否定されたも同じだ」と,ワタシに訴える。実の母親にそう思われる自分というもののコトを,省(かえり)みる気持ちが必要ではないかの,と思うが,それは言わないでおく。頬を高潮させて,下を向いて黙っている弟の横顔を見ると,言えなかった。

ワタシも弟も,朝から何も口にしていない。少しフラフラする。自販機で乳酸飲料を飲む。

検査は1時間ぐらいで終わった。結果,それらしき原因は見当たらない。今日のドクターの見立ては,やはり,めまいの中で最も多く,原因も予防法も確率されていない,良性の「頭位性めまい」だとのコト。これは,たいてい,3日~1週間ほどで治まるが,半年以上おいて,繰り返し起こるらしい。そのつど,こうして点滴や飲み薬で押さえるしかない,という。

なんとも気持ちの悪い診断だ。原因ではないが,疲れやストレスが引き金となるケースもあるという。しかし,もしかしたら,このドクターの見立ては外れているかもしれない。母は耳の方も悪く,耳鼻科に通っていたコトがある。体中のあちこちが悪い。何が原因か,わかりにくいだろう。

点滴で水分を補給しているせいか,母はベッドに寝ている間に,2回,尿意を催した。ナースに聞くと「動かないほうがいい」とのことで,ベッドの上で採ってもらった。母は,すぐに尿が出ずに,しかめ面をしている。「情けないなぁ」とつぶやいた。「点滴してるからしかたないやんか」としかイイようがなかった。

2時を過ぎた。自販機で菓子パンを売っている。120円。ガラガラの待合室で,ナッツのついたパンを買い,むしゃむしゃと食べた。少し落ち着いた。弟にも「食べてくれば」と120円を渡す。弟は病室から黙って出ていった。ついでに,近くのスーパーで,食料品を適当に買ってきてもらう。卵,オレンジ,牛肉など,2袋さげて戻ってきた。

点滴が終りかけ,「心配だから一晩泊らせて欲しい」と言ったが,ドクターは母の様子を見て,「命に関わるめまいではないと思います。それに,入院となると,一晩だけ,というわけにはいきません。」と言う。「家で安静にしていて,おかしいようなら,いつでも,救急車でもいいですから来てください」と。母も「やっぱり家に帰る」と言うので,帰るコトにする。会計を済ませ,処方された安定剤をもらい,タクシーを呼ぶ。

4時前になっていた。母を布団に寝かせる。点滴が効いたのか,少し楽になったようだ。プリンを食べさせ,薬を飲ませる。

しかし,寝ていると大丈夫だが,トイレに立つたびに,ぐるぐるとめまいがし,フラフラとしている。とても1人では歩けそうにない。頭もフラフラするので,気分が悪くなる。

夕食は,父に電話をして頼んでもらった弁当。ワタシは牛丼を頼んでもらった。なかなか美味しい。弟が,もやしとワカメの味噌汁を作り,母のために卵焼きを焼いた。ワタシは,トマトを湯むきして切り,ゴーヤとツナのマヨネーズ和えを作った。

母は,食欲がない。ご飯を半膳,味噌汁を少し,卵焼きとたくわんで,なんとか食べ終えたが,やはり気分が悪いという。

「今夜は下で寝る」と,布団を持って降りて,母の隣で寝るつもりだった。夜中にトイレへ行く時に,父が支えたのでは頼りない。2人で転ばれたら,大変だ。

ネットを少しやり,8時過ぎ,母の様子を見に階下へ。「やはり入院させてもらえば良かった」と言い出した。気分がますます悪くなるようだった。いつもとやはり,少し違うカンジがする,と言う。「やっぱり病院へ行こうか」というと,そうしたい,と言う。一晩でも病院に置いてもらえれば,容態が変わっても安心だ。

病院に電話をする。「とにかく診察します」とのコト。入院を前提に,母が以前から用意していたボストンバッグを持って,タクシーに乗り,病院へ向かう。急な入院に備えて,新しいパジャマや下着,靴下などを,母は自分でバッグに詰めて用意していた。

夜の病院は,真っ暗で,シンとしている。診察室へ入ると,見たコトもない,若い当直医がいた。ふと「大丈夫かな」と思う。その気持ちが伝わったのか,その若い医者は,あれこれ横から口を挟むワタシを,「診察しますから」と言って,外へ追い出した。「入院させてくれ」って,母はちゃんと言えるかな,と心配になって,診察室のドアに耳をつけて,中の様子を伺う。

また心電図を取り,朝と同じ点滴を1本。中には,めまいを抑える薬を混ぜているらしい。あとで聞くと,点滴をしている間,その医者は,母の今までの分厚いカルテを全部読み,薬や症状について,あれこれ質問したそうだ。

ナースが出てきて,「3階の4人部屋に入ってもらいますね」と言う。「入れていただけるんですね」ホッとする。点滴のつながった母を車椅子に乗せ,3階へ。

4人部屋には,お婆さんが1人しか入っていなかった。窓際のベッドに母は入れられた。大部屋と違って,すっきりと広い部屋だ。高いのかな,とふと思う。さきほど受付の貼り紙を見ていたら,「個室と4人部屋は差額室料をいただきます」と書かれてあった。しかし,金のコトは,この際,しかたがない。

9時を過ぎていた。完全看護の病院なので,ワタシは付き添うコトはできない。ペットボトルのお茶を枕元に置き,1階へ行き,ロビーの自販機で,薬を飲むためのミネラルウォーターのボトルを買う。夜中にお腹が空いてはいけない,と思い,栗のアンぱんも1個,買う。母は空腹で低血糖を起こすと,具合が悪くなる。

点滴のせいか,母は落ち着いてきた。トイレへ行きたい,というので,連れてゆく。トイレからずいぶん離れた部屋だが,しかたがない。消灯時間を過ぎているので,あちこちの部屋から,寝息やいびきが聞こえる。

眠気がきたのか,母はウトウトしはじめた。母のトイレのコトだけが心配だが,2人のナースに「転ぶと困るので,トイレへ付き添って欲しい」と頼み,母には,「絶対に1人で歩かないように,ナースコールを押すように」と言い聞かせて,病室をあとにする。

外は強い雨が降っていた。無線でタクシーを呼ぶ。急な雨のせいか,時間のせいか,タクシーはなかなかやってこなかった。地面にしゃがみこんで,雨を見ながらタクシーを待つ。

帰宅。母が落ち着いたコトを告げると,父は少し安心したようだった。弟は「おかえり」と言ったが,複雑な顔をしていた。

母はもう寝たかな。ワタシも疲れた。気持ちがやりきれなくて,友人Mに携帯メールをした。彼女も劇団時代,母親が脳梗塞で倒れ,かなり危ない目にあった。父親も喉頭がんの手術を経験している。母親が倒れると,とたんに家庭の地盤がゆるむ。そのコトを,彼女はよくわかってくれるはずだから。
[PR]
# by rompop | 2004-05-15 13:22 | ホスピタル

勘弁,して。

午前8時ごろ,弟が部屋のドアをノックする。出かける支度をした弟が顔をのぞかせ,「お母さんがな,昨日の夜中に・・・」と話しだした時は,心臓が止まりそうになった。よく話を聞くと,トイレに立とうとした時に,母は転んで尻餅をつき,その拍子に柱に頭もぶつけ,腰が痛くて動けなくなったので,病院へ連れて行く,という。

とりあえず,心臓や血圧で意識がない,などという事態ではない。が,頭を打ったというのは,心配だ。腰も,骨折でなければ良いが。

飛び起きて,階下へ。母は炬燵に腰をかけ,ズボンをはきかけて,痛くて唸っている。少し動いても,激痛が走るようだ。父はオロオロと様子を見守っている。母を抱きかかえて立たせ,ズボンをはかせ,セーターを着せる。いわれるままに,保険証と財布を母のバッグに入れる。糖尿の母は,喉が渇きやすいので,ペットボトルに水を入れ,空腹で血糖値が下がると気分が悪くなるので,「ビスコ」を一緒にバッグに押し込む。

父は,モタモタと自分も服を着て,ズボンのベルトを締めている。自分も一緒に行くつもりだ。気持ちはわかるが,弟に任せれば良い。父は母の体重を支えるコトなど,できないと思う。「家で待っていよう」と,父に声をかける。

タクシーがやってきた。うんうん唸る母に肩をかし,タクシーに乗せる。

しばし,呆然としたあと,風呂掃除と洗濯をする。母はあの調子では,当分,動けないだろう。風邪薬を飲むため,冷蔵庫にあった昨日のおかずの残りと梅干で,ご飯を食べる。風邪薬を飲む。喉の具合は,ぜんぜんマシになっていない。

10時半ごろ,急に2人は帰って来た。母は自分で歩いて,玄関を入ってきた。痛み止めの座薬と湿布,そして,胸の下にコルセットをしてもらい,少し楽になったようだ。CTスキャンの結果,頭は今のところダイジョウブ,腰は「圧迫骨折」とのコト。どこかの骨が少し潰れてしまっているらしいが,安静にして,自然治癒するしかナイそうだ。

痛みで疲れたようで,母はぐったりと,服のままで布団に寝てしまった。1度立ってしまえばそうでもないが,体勢を変える時に,相当痛いようだ。

どうして,こんなコトになるのか。もう,勘弁してくれ,と言いたい気分だ。しかし,言わない。言っても仕方がないし,本人が一番そう思っているだろう。

母がこうなると,とたんに食事のコトで頭が痛くなる。ワタシは,家事の中でも,とりわけ料理が苦手なのだ。

とりあえず,数日分の食料の買い出しにスーパーへ出かける。あらかじめ,不足している野菜などをメモしてきた。メモを見ながら,すぐに食べられるもの,日持ちのするもの,弟や父が自分でできるもの,などを考えながら,カゴに放り込んでゆく。昼食用に,母が「おにぎり」,父が「いなり寿司」と所望したので,それを買う。弟は遠慮してか「あるもので食べる」と言う。温めるだけのスパゲティソースや,インスタントラーメン,などを買う。ずいぶん買い過ぎた,と思ったら,6,000円近く使ってしまった。

母は,とても堅実な買い物をする。基本的に,その日に食べる物だけを,献立を考えながら,きっちりと買うようだ。1日の買い物に,2,000円ほどしか使わない。しかし,これは非常事態だから,仕方が無い。

帰りにクリーニング済みの衣類も受け取って,と考えていたが,とんでもなかった。スーパーのビニール袋(特大)3袋ぶんの買い物。自転車をぐらぐらさせながら,ゆっくり帰る。がに股で自転車をこぐ,ジーパンにトレーナー,日よけ兼「すっぴん」隠しのためのツバの広い帽子を目深にかぶったワタシは,ただの中年のオバサンだ。

食料を冷蔵庫に放り込み,またクリーニング屋に自転車で戻る。冬物のコートやセーターなど,どっさり持ち帰る。また自転車をぐらぐら漕いで,がに股で帰ってくる。

あひるご飯は,納豆チャーハン。卵とネギとレタス入り。たくさん食べる。しかし,考え事をしていて,食後に風邪薬を飲んだのかどうなのか,わからなくなってしまった。情けないコト,この上なし。自分的には7割がた,飲んでいない,と思うのだが,自信がないので念のため飲むのを止めておいた。

母が,便秘予防とピロリ菌対策で毎日食べているヨーグルトが切れている。このヨーグルトは,駅前のほうのスーパーが一番安い。母は「風邪気味なのに,もういいよ」と言うが,毎日欠かさず食べている物なので,また買い出しに出かける。5つ買い,帰りに「コーナン」へ寄って,衣装カバーとダンボール箱を1枚,買う。薬局の店先で,「アリナミンV」を一気飲み。もう,人からどう見えようが,どうでもイイ。

帰宅したら,さすがに疲れた。昨夜は夜更かししていたので,あまり睡眠が摂れていない。目覚ましをかけ,30分だけ昼寝。全然眠れないうちに,4時になる。

階下へ降りたら,弟が米を磨いでくれていた。洗濯物は父が取り込んで,乱雑にたたんであった。

トマトの湯むきをして,器に分け,ネギとアゲの味噌汁を作る。ほうれん草の胡麻和え。あとは,アジの干物もあるし,弟にはベビーホタテを買ってきた。たいしたモノを作っていないのに,嫌に疲れた。そして,味噌汁は辛すぎ,ほうれん草のゴマは焦がして,苦くなった。自己嫌悪。

7時過ぎ,父と母と一緒に夕食。母は,2度目の座薬が効いたようで,ソロソロと用心深く,キッチンの椅子に座った。ベビーホタテのバター焼き,エリンギとえのき竹の醤油炒め,ほうれん草胡麻和え,アゲとネギの味噌汁,トマト。昨夜のおかずの残りなども並べ,美味しく食べた。母は,腰のほうに全神経が行っており,食欲はあるが,味はあまりわからないようだった。

食後,風邪薬をしっかり飲む。早く眠らなくては。母は,夜中に鎮痛剤が切れたとき,痛がらないだろうか。
[PR]
# by rompop | 2004-04-11 14:29 | ホスピタル

『ホッチキス』 (2004・1・19)

生あくびをかみ殺して
今朝方の夢を思い出そうとしても もう 思い出せない
思考は半分止まっていても
両足は勝手に 粛々と歩を進めて
ワタシの身体を仕事場へと運ぶ

つまらぬ目つきで斜めに見上げる
地下道に貼られたポスター
ワタシと そう変わらない年端の女性が
粋な和服姿で 空(くう)を睨む

「闘ふ」という冠は颯爽として
実に格好いいが
「闘ふ女子事務員」というのは 
なんだか 全然 パッとしない

毎朝 電車に乗って
毎日 8時間 机に座って
毎月 25日には お給金をありがたく押し戴く

 
けれど自分が大ニッポン帝国資本主義経済社会の中の歯車の1コだなんて実感できない


シャープの電子卓上計算機とか
机に転がっているゼブラのボールペンとか
ニチバンのセロハンテープ
富士通のノートパソコン
マウスはサンワサプライ製
足元に散らばったゼムクリップ
郵便物の開封にはレターオープナーよりも千枚通しのほうが使い勝手がよい
『平成11年版 新郵便番号簿』


ああ ホッチキスの針が 足りない


このホッチキスの針を造っている工場と
その工場でこのホッチキスの針を造っている人のコトを考える

月曜日の 昼下がり

[PR]
# by rompop | 2004-01-19 15:13 | コトバ

『言葉』 (2003・1・9)

ああ 嬉しい
まだ つながっていた

届いている
確かに届いている と感じられる
嬉しい

ワタシの言葉が ただ 霧散してしまうのではなく
どこかへ ちゃんと行き着くのだ と
形あるものとしてちゃんとそこにあるのだ と
それが
ただの一瞬の出来事で
明日には忘れられてしまうとしても
日々の雑事にまぎれて
すっかり遠くへ押しやられてしまったとしても

行ったきり返ってこない言葉 だけれど
寒々しくはない
暖かい

ワタシはいくつもの言葉を抱きしめ
アナタに 向かって
解き放つ
               
[PR]
# by rompop | 2003-01-09 15:08 | コトバ