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2007・4・28 安息日。

10時半まで眠る。雑夢ばかり見ていたが,よく眠れたほうだと思う。


洗濯をたくさんして,勢いがついたところで,階下の居間とキッチンに掃除機をかける。母が日中,ほとんど過ごしている居間を丁寧に。「綺麗になった」と母は喜ぶ。

自分の部屋にも掃除機。しっかし,汚いなぁ・・・汚いというか,モノがあふれかえっていて,収拾がつかない。


今日は,安息日だ。病院は弟に行ってもらい,ワタシはホリディ。ゆっくりと身体と心を休めようと決めた。

また新しい人とも知りあうコトができて,少し嬉しい気持ちに。


友人Mから携帯メール。昨日から,Mは,こちらがビックリするぐらい,親身になってアレコレ考えてくれている。いつもは,割とドライな彼女だから,今まであまりこちらから相談などはしなかったのだが。

Mとのつきあいは長くて,もうかれこれ20年近くなる。でも,彼女自身は,自分が困っている時や,大変な時でも,絶対,他人には相談などしない。いつも自分1人でやり過ごし,いつも事後報告だ。20代から30代にかけて,彼女の母親がくも膜下出血で倒れた時も,父親が喉頭がんになった時も,ワタシは彼女の相談に乗ってやらなかったのになぁ・・・・

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by rompop | 2007-04-28 18:08

2007・4・27 明日は,休日。

6時前に事務所を出る。
いつものジューススタンドで,「黒ゴマバナナジュース」。
これは美味いや。


今日の父は,腹具合もおさまり,夕食も全部食べた。
看護師さんの食事の記録をこっそりのぞくと
今日は朝食も,昼食も,完食。
よかった。。。

昨夜は,ベッドに入ったあとも,一度下痢便が出たようで
辛かったようだ。
看護助手さんも,大変だったと思う。

事務所の新聞を,今日はこっそり持ってきた。
朝,売店で買っておくのを忘れてしまったので。

「読売新聞は読みやすいね」と父。
うちはもう,ずっと朝日だったのだけど。。。
父は新聞が好きだから,どんな雑誌や本よりも
新聞を持っていくと,喜んでくれる。
父が老眼鏡をかけて新聞を読んでいる姿をみると
なんだか以前の父とちっとも変わり無いように見えて
ワタシも嬉しいのだ。

夕食に時間がかかり,あっという間に8時前になってしまった。

「新聞,一日遅れになるけど,明日ゆっくり読みな」と
ベッド脇に置いておく。

帰り支度をしていると,夜勤の看護師さんが下剤を持ってきて
「2日ほど出てないので,飲んで寝てくださいネ」という。

便の記録を取り出して見せながら,
「一昨日に飲んだ下剤が効きすぎて,昨日は2回も水便が出てるんです!
夕食もお腹が痛くて3割しか食べられなかったし!
申し送りがちゃんとできてないんじゃないですかね!!」
と,思わずキーっと言ってしまった。

看護師さんはあわてて
「記録を確かめてから飲んでいただこうかと思って・・・
そうね,今日はじゃあ止めておきましょ」
とか言いながら,そそくさと去っていったが,
ウソつけ!記録を確かめなんてしなかったじゃん!!

病院,ちゃんとやってくれていると信じていたら
意外なところでズサンだったり・・・
やっぱり家族がアンテナをはって,注意してないとヤバイな,
って,こういうとき,ホントに思う。
ワタシがいなかったら,今夜も父は下剤を飲まされていたところだよ。。。


8時10分ごろ,病室を出る。

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帰りに,駅のショッピングモールへフラフラと入り,
「コーラス」の最新号と,
雑貨店で,明るいベージュの春色のストールを衝動買い。
といっても,すごく安かったんだけどね。

金曜日の夜は,どことなく,嬉しくなる。


夕食後,2時ぐらいまで,取り溜めたHDDのドラマや映画など。
明日は休日だと思ったら,眠るのが惜しくて。。。

2時過ぎ,ソラナックスを1錠飲んで,就寝。
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by rompop | 2007-04-28 18:03 | ホスピタル

2007・4・26 おもわぬ,リフレッシュ。

朝からいきなりクラッシュ。右の下腹がしくしく痛む。父の下痢を気にしていたせいだろうか。

不思議なもので,父が痛むとか具合が悪いとか,訴えるたびに,同じ箇所がワタシもあとで痛む。左膝の疼痛を訴えていたリハビリ初期の頃,ワタシも,しょっちゅう左膝の関節が痛んだ。病は気から,ってホントだなと思う。


午後は,いくつかの銀行の通帳を記帳するために,銀行まわり。地図で調べて回った。西区の靭公園を迂回して土佐堀のあたりを歩く。靭公園の周りには,かわいい雑貨やカフェがぽつぽつできていて,ちょっとイイ感じだった。休日にこんなところを,気分のおもむくままに,ブラブラ歩きしたいなぁ。。。

土佐堀のあたりも,ぜんぜん洗練されてないんだけど,ちょっと懐かしい雰囲気の町並みで,ヨカッタ。思わぬリフレッシュ。

それにしても,今日は温かい。黒タイツ履いてる人なんて,皆無。すごく恥ずかしかった。


病院への行き道。阪神梅田駅の改札口にあるジューススタンドで,ビタミンC補給。クランベリー100%の生ジュースはとても酸っぱかったので,シロップを入れて。

父の病院へ。心配していたが,今日はお腹ぐあいも治まり,朝食・昼食とも,全部食べたらしい。看護師さんの食事記録をこっそり見たら,「10」になっていた。食べた量を1から10までの数値で記録していくので,10なら完食というコト。

少しだけ途中でむせたが,何度か痰を出させたり,鼻をかませたりして,1時間半ぐらいかかって,父は全部食べた。いつも思うが,不味くてもなんでも,父は粛々とスプーンを口に運ぶ。「食べ物にはキレイだ」と,母が父のコトを言っていたが,ホントにえらいと思う。口の肥えている母なら,大事な病院の食事であっても,こんなドロドロのミキサー食なんて,「不味くて食べられない」といって,食べ残すコトだろう。

歯を磨かせるが,やはり手順が少し理解できなくなる瞬間がある。コップに先に水を入れておくように言ってみたのだが,混乱していた。そして,蛇口の下にコップを差し出し,そのままじっと待っている。「蛇口をひねらないと水は出ないよ。自分でやってよ」と2度言って,やっと父は蛇口をひねってコップに水を入れた。

今日は入浴の日で,洗濯物がたくさん出ていたので,ナイロンバッグに詰める。看護助手さんの話では,浴槽に入るまでは歩くのが怖いらしく,2人がかりで支えてもからだが緊張して固まってしまうらしい。が,浴槽に入ってしまうと「気持ちいいなぁ」とご満悦で,なかなか上がりたがらず,浴槽のなかから看護助手さんたちに手を振ったりするそうだ。

「入浴の日は憂鬱。イヤだって言ってるのに,否応なしに2人がかりで押さえつけられて,ひきずりこまれるからなぁ。疲れる」とは,父の弁。どっちがホント?

今日も,親しい看護助手さんに,「オムツ,やってみます?お家に帰ったら覚えておかないと困るものね」と笑顔で言われ,ちょっと手伝った。お風呂の話をしたあとで,「デイサービスなんかで,いろんなお風呂がもっとあるからね」と,笑顔で父に向かって言われた。この人は,ワタシたちが施設を探しまくっているコトなんて,知らないし,考えもしないのだろうなぁ。

8時10分ごろ,病室を出る。

1日,弟と一緒に過ごしている母。弟は弟で,最近は特に施設関係のやりとりでナーバスになっている。ぼやぼやしたコトを言っていると,「しっかりせえ」と結構きつく叱られるそう。あとでいつも,「キツイこと言ってごめんね」と謝るそうだが。

というわけで,母も母なりにストレスがたまるらしく,ワタシが帰ってきて食卓につくと,ワタシの前に座って動かない。母と話す時間はこの時しかないので,疲れていても,愚痴を聞き,父のコトなどあれこれ教えてやる。

今日は脳外科の受診をし,CTを撮って貰ったそう。手術をしたのが3月のはじめ。1ヶ月半ぐらい経過したのかな。血に圧されて隙間ができていた脳は,もう,すっかり元通りの位置に戻り,異常なし。執刀してくれた優しい主治医からは,「もう完治しましたから,大丈夫」と言って頂いたそう。やれやれ。再出血もおこらずに済んだ。1年に一度ぐらいは脳のMRIを撮るぐらいで良いそう。

その優しい主治医は,付き添った弟に向かって「これからも,認知症が起こったりなんかしたら,いつでも来てくださいね」と言ったそう。むむ。隣で聞いていた母は,複雑な心境だったろう。。。まぁ,困ったとき,すぐに受診できる医者ができたというのは,良いコトだ。
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by rompop | 2007-04-25 17:25 | ホスピタル

2007・4・25 下痢。

朝からずっと,しとしと雨の1日。この天気が憂鬱に輪をかける。


仕事が少したまっていたので,大人しくデスクで書類の処理に励む。
体調もなんとなくだが良くなくて,結構キツイものがある。
まぁ,こんな精神状態では,よい体調をキープできるはずもないな。

とりあえず,なにもかもが,キツイ。そのひと言。

帰り道,病院へ行く前に,なんか腹に入れておこうと思って
阪神梅田の改札口にあるジューススタンドで,黒ゴマ黄粉ジュース。
よく確かめないで頼んだのだが
めちゃくちゃ甘い。。。
POPをあとでちゃんと読んだら「和菓子好きの人に大人気」と書いてある。

あ,甘い。。。。気持ちがちょっと悪くなった。

JRをおりたら,ますます具合が悪くて,吐き気。
しばらくホームでフラフラしていたが,ここまで来たなら頑張ろうと,
結構気合いを入れなおして病院へ。

毎日の病院行きだが,
疲れてはいても,体調がそう悪くもなくて
「パパに会いたい」と素直に思える日は,まぁ良い。
「しんどいけど,行かなきゃ。。。」と思いながら行く日は,ホントにキツイ。

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病院へついたら,父の姿は見えず。
どうやら,いつも,2,3日おきぐらいに飲まされている下剤が
コトのほか効いたようで
夕食の最中に,下痢をしたらしい。
ひどいなぁ。。。
そりゃ,便秘が過ぎて「腸閉塞」になるのは怖いとは思うけど。

やっとトイレから帰ってきた父は,
急に下痢をしたショックと,お腹がやはり少し痛むらしく
夕食をほとんど食べ残したまま,
「もう寝たい」と言い出した。
結局,3割ぐらいしか食べずにベッドへ。

帰る間際には,やっと「もう大丈夫」と笑顔を見せていたが
ワタシもいっきに元気が無くなった。
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by rompop | 2007-04-25 17:24 | ホスピタル

2007・4・24② 相談。

父の午前中のリハビリが,始まった。このあとは,休む間もなく,昼食だ。

ワタシと弟は軽く何か食べて,施設のコトを相談することにした。


近くのコンビニでパンやおにぎりを買い,隣の病院にある休憩室で食べながら,相談した。昨日,弟がいくつかの施設に電話をして,問合せをした結果など。

恐れていたとおり,1つの施設には,父の持っている前立腺癌のせいで,門前払いをくらった。「最初から正直に言って,玉砕するなんて,攻めかたを失敗したかもしれん」と,弟は悔やんでいた。平均年齢も平均介護度も高くて,いかにも「老人施設」という感じだったので,微妙ではあったけど,通うには便利なところだった。ワタシも落胆する。


素人が2人で相談していてもラチがあかないので,病院のソーシャルワーカーをアポ無しで訪ねてみることに。

30分ほど待たされたが,相談に乗ってもらい,答えが出ないまでも,少し方向性が見えた。最初から詳しく話さず,判定にかけてもらうまで持っていき,そこで,ソーシャルワーカーのKさんが,向こうの相談員に,詳しく口添えしてくれるコトに。


弟は先に帰り,ワタシは父の病室へ。父は昼食も終え,そのあと,午後のリハビリもベッド脇でやったらしい。ホントにハードだなぁ。面接が入ったため,予定が全部押せ押せになったようだ。

もう疲れ切っていたので,ベッドに横にして,いろいろ話をする。

「ちゃんと保険おりるのかなぁ・・・」と父が急に言う。介護保険のコトを,今ひとつわかっていないようだ。「おりるのはおりるから,大丈夫。ただ,レベルがいろいろあるだけだから」と言ったが,理解できないようだ。

「なんでそう思うん?」と聞くと,「さっき,ヘマをしたから」と言う。「ヘマってたとえば??」と聞くと,「4月なのに8月って言ったからなぁ」という。「4月って,なんでわかったん?」「あとで気がついた。4月だったのに,2回も8月って言ってしまったなぁ・・・」


「勘違いやし,しかたないよ。気にせんとき」と言ったが,なんともいえず,切なくなった。仕方ないよ・・・病気なんだから。歳なんだから。わからなくなるコトがあっても,仕方ないよ・・・いつまでも気にしている父が,自分が間違えた,とわかるだけに,可哀相な気がした。中途半端が一番辛いよなぁ。。。


そのあと話したコト。父は庭で倒れて救急車に乗ったコトを,ちゃんと覚えていた。「脳の血管が切れて出血したんやで」と言うと,うなづいていた。左側が動きにくいのも,飲みこみが悪いのも,麻痺が出たためだと話した。だいぶ前から知っていたのか,知らなかったのか,わからない。でも,やっとちゃんと話せた。でも・・・遅すぎたぐらいだ。もっと早くに話すべきだった。自分の身体のコトなのに。父はもっと早くに,きちんと知らなくてはならなかったのに。たとえ,本人が一度も尋ねるコトがなかったとしても,だ。


父は疲れたのか,昼寝体勢に入った。でも,帰る気がしなくて,ベッド脇の車椅子に座ったまま,父の寝顔を眺めたり,考え事をしたりしながら,ずっといた。30分ぐらい眠っては,父はパッと目を覚まして,「あ。まだいたの」と笑って,また眠った。ワタシはイヤホンをつけて,『101回目のプロポーズ』の再放送を見た。

4時前,「もう帰るわ」と,眼を覚ました父に言って,病室を出た。


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久しぶりにクイックマッサージ30分。でも,ちっとも楽にならなかった。頭痛がする・・・

お腹がちょっと空いたので,気になっていた店で,豚肉入りの焼きそばを食べる。麺に特徴があって,すごく美味しかった。


6時前に帰宅。母と久しぶりにゆっくり話す。弟は,施設の見学のコトや今日の調査のコトなど,何ひとつ母には詳しく話していないようだ。母は,実際,自分で動くことはできないけど,どんな具合になっているのかぐらい,聞く権利はあるはずだ。気になって仕方ないようなので,くわしく説明してやる。


夕食後,母の風呂の介助。浴槽への出入りを少し支えるのと,背中や尻,足の先など,洗いにくい部分を洗ってやるだけだが,風呂場の湯気で汗だくになる。
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by rompop | 2007-04-24 17:07 | ホスピタル

2007・4・24① 調査員が,やってきた!

病院へ9時半に到着。

10時に面談が入っているため,リハビリは外してくれるよう頼んでおいたが,こともあろうに,火曜日は隔週で小入浴のある日で,父は朝いちで風呂に入れられてしまっていた。

風呂に入ると血のめぐりがよくなるので,頭がはっきりする。いつもは,ぼんやりしているのに,面接の日に限って頭がはっきりしていては,介護度の認定が軽いものになってしまうではないか。。。なるべく普段の状態を伝えて(できれば,やや大げさに),軽い認定にならないよう,仕事を休んでまで同席するコトにしたのに。

弟はガックリして洗濯物をたたみながら,「看護師さんもちょっと考えてくれたらエエのになぁ」とこぼすが,あとの祭り。この時間,いつもは頭が回らずぼんやりしている父は,入浴後のすっきりした顔で車椅子に座り,「10時に来るんだったね」と,待ちかまえている様子。。。あぁ。


10時に調査員が到着。かなり年輩のベテランらしき女性。緊張。。。

ナースステーションの一角にある面談室に,車椅子の父,弟,ワタシの順番で座り,調査員の面接がスタート。

まずは,父に向かって簡単な質問から。。。

「お名前と生年月日,年齢を教えていただけますか?」

父は緊張しながらも,ハキハキと名前と生年月日を正確に発した。こないだは自分の誕生日も忘れていたのに。。。やっぱり今朝はイヤに頭がすっきりしている。。。

本当に父の具合が悪いのを望むのではない。ただ,認知症のぐあいにはムラがあるから,できることなら,悪い状態のほうを見ていただいて,ちゃんと認定して欲しいだけなのだ。いつもはダメなのに,たまたま状態が良い時だけをみて,介護度を軽くされてしまっては,あとあとのサービスに使える上限の金額に差が出てしまう。


ワタシも,多分,弟も,口には出さないが「あぁ,今日はホントに頭がクリアだ。ダメかも」と,がっかりしたに違いない。

でも・・・「お歳は??」の問いに,父はきっぱりと「59歳です」と言った。メモを取っていた調査員のペンが止まり,静かに顔を上げた。「59歳ですか・・・昭和3年生まれですね・・・もう一度お聞きしますね。お歳はおいくつですか?」

父は笑顔でもう一度はきはきと答えた。「はい,59歳です」


調査員は微笑みながら,「わかりました」と言い,質問を続ける。ちゃんと答えられるものもあったし,トンチンカンな答えのものもあった。父は,精一杯,ちゃんと答えようと頑張っているようだ。パパ,そんなに頑張らなくてもいいんだよ・・・

「朝食は何時でしょうか?」「朝食は・・・12時ですね」「では,昼食は何時なのですか?」「お昼は・・・・こちらでは食べていませんね。無しです」「・・・・・・・」

「寝るのは何時ごろでしょうか?」「寝るのは・・・9時45分ですね」

「では,今は何月でしょうか?」「8月です」「もう一度聞きますね。季節は?」「8月です」「わかりました・・・では,季節はなにですか?」「季節は・・・夏です」「あぁ,8月だから夏ですね」「はい,そうです」

ワタシは複雑な思いで父と調査員のやりとりを聞いていた。調査員はワタシの顔をちらりと見て,微笑みながら「病院にいらっしゃると季節感を感じにくいですものね」と言った。


次はワタシたち家族への質問。父の前では答えにくかった。どんなコトができて,どんなコトができないか。具体例でいろいろ聞かれた。

電話をかけることができるか?金銭管理はどうか?食事は1人でできるか?洗顔や歯磨きは?


父が本当にできるコトも,できないコトも,怪しいコトもあった。でも,ワタシも弟も,できるだけ大げさに,なるべく介助が必要なのだ,と強調するように,「できません」「難しいでしょう」「介助が必要ですね」などと答えた。父は黙って聞いていたが,きっと不本意に思ったコトだろう。


認知症についての質問は,さすがに本人の前でもはっきりとは聞きにくいらしく,テキストのあるページを開いて,ワタシと弟に見せた。問題行動や異食など,いろいろな具体例が書かれており,それによってレベルが分かれているようで,「ざっと見て,どのあたりでしょうか」と尋ねられた。ワタシには,わからなかった。黙り込んだワタシの代わりに,弟が答えた。その答えには,父を傷つけるような言葉も含まれていた。でも,ワタシも弟も,父の気持ちよりも,軽い認定にされないように,と,必死だったと思う。

父は車椅子から上半身を伸ばして,ワタシたちが見ているページを覗きこもうとしているようだったが,見えなかったようだ。

30分ほどの面接が終る頃には,父は少し赤い顔をして,黙りこくっていた。

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父を病室に帰したあと,フロアのソファのところで,調査員とワタシたちだけの話になった。父の前ではどうしても言えないような,日ごろ気づいた具体例を,ワタシはメモにしていたので,それを渡して,1つずつ説明した。

歯磨きの手順が,時々わからなくなる。水の入っていないコップでうがいをしたりする。便座から車椅子へ勝手に移ろうとすることがあるので,見守りがないと危険である。自分の名と,弟の名を,何度か間違えたコトがある。。。などなど。


ワタシたちのあと,調査員は,看護師さんに父の普段の様子を聞き取りした。はきはきと答える看護師さんの声が,病室にいるワタシたちまで聞こえてきた。「えぇ,お1人で大丈夫ですよ」だの「はい,お1人でできますね」など,「できる」のオンパレード。おいおい!!弟と二人で「ちょっとぐらい,配慮してくれよ!!」と怒りまくる。

確かに,ワタシたちよりも,ずっと長く父を見ているのは看護師さんだけど,ワタシたち家族のように,ずっとつきっきりで観察しているわけではない。歯磨き粉をつけずに歯を磨いていても,空のコップでうがいをしていても,それを見ているわけではないのに・・・


調査員が帰ったあと,ワタシたちはぐったりした。もちろん,父もぐったりしていた。父の気持ちを傷つけたと思い,「パパ,ちょっと大げさに言ったけど,ゴメンな。保険がちゃんとならないと困るからさぁ」と,コソコソと謝った。父は「うん」と言ったが,やっぱり傷ついたようだった。
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by rompop | 2007-04-24 17:05 | ホスピタル

2007・4・23 憂鬱。

明日は介護保険の認定のため,調査員の面談がある。嫌だなぁ。


病院へ。父にひとこと,言っておいてやらねば,明日の朝,知らない人がやってきたら,驚くだろう。ソフトな言い回しで,伝えておくが,とても不安そうな顔をする。気の毒だが,認定が欲しいのなら,誰もが通らねばならない道だから,仕方ないか。。。
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by rompop | 2007-04-23 12:40 | ホスピタル

2007・4・22 老健めぐり・3日目。

3日目となるとさすがに疲労の色が濃い。昨日までに終了した6箇所は,いずれも決め手に欠けるし,今日回る予定の2箇所は,家からはかなり遠く,最初からあまり優先順位が上のほうではないのだ。それでも,いちおう全部見にいかなくては。

8時半に家を出る。アポイントは10時と1時。

最後に立ち寄ったのは,今月オープンしたばかりの施設だ。まわりは,田園ばかりでかなりの田舎。淋しいとも,のどかとも,どっちとも言える風景。全室個室で,10名が1つの集団となり,日常すべての行動を家族のように共にする。最近,老人ホームなどで流行ってきている「ユニット型」というやつらしい。

予定者数の三分の一ぐらいしか部屋が埋まっていないため,審査もゆるく,すぐにでも入居できそうな雰囲気だった。まだ入居者のいないフロアをぐるりと見せてもらう。

個室はかなり広く,部屋にベッドと収納棚,広い洗面台とトイレまで完備されている。子宮筋腫の手術でワタシが入院したコトのある,S医院の個室のよう。ベッドはかなり低く,床には衝撃を吸収する柔らかいリノリウムが敷かれている。認知症の人も,個室で生活しているというが,やはり,転倒などは避けられないので,少しでも安全なように配慮しているとのコト。

フロアの中央には,大型テレビなどのある共有スペースと,普通の家庭のようなシステムキッチン,そして,落ち着いた木製の大きなダイニングテーブルと椅子が並べられている。この椅子は,わざわざ北欧デザインのものを発注したそうで,車椅子の人も,食事のときは,この椅子に座って食事をするそうだ。

風呂場も見せてもらったが,普通の家庭用の浴槽だった。車椅子の人も,介助をしてこの風呂に入るという。「なるべく普通の生活を」との考えらしいが,どうなのかな。。。やはり父には少し無理かな。個室は落ち着くだろうけれど,淋しいような気もする。プライバシーは確保できるし,いいのかもしれないが,部屋にトイレがあったって,父は1人で用を足せるわけじゃないし。。。もう,何がなんだかわからなくなってきた。

入所者が少ないわけは,やはり値段だ。ざっと計算して,ひと月で20万円ほどかかるらしい。テレビも持ち込むコトができるが,電気代を1日50円いただきます,という。弟は,「金儲け主義が鼻につく。すぐ潰れるんちゃうか」と,気に入らない様子。でも,リハビリ室はキレイで充実しているし,すぐにでも入れそうなのは魅力だ。何処にも受け入れがなかった場合の,最後の切り札かな。。。


ヘトヘトで頭はごちゃごちゃだったが,ワタシは帰りに病院へ。父はベッドにいた。体調を尋ねると,問題ないそう。ヨカッタ。「昨日は○○(弟)も来なかったし,ひげ剃りの充電がキレたので困った」と父。2人とも来ない日は,初めてだったから。。。

新聞を買っていったので,「あとで読んだら」とベッド脇に置いておく。「ママは車椅子を買ったのか?」と聞かれ,「ママは歩けるよ!」と仰天するが,どうやら買い物用の車輪のついたカゴのコトをいっていたのだった。少し前にワタシが話したコトを父はちゃんと覚えていたようだ。母も足が辛くなってきたので,乳母車のように押すタイプのものを買ったほうがいいかもね,と話した気がする。

ゆっくりとしたかったが,弟と話をしなくてはならないので,1時間で帰る。オレンジとはっさくを買いこんで急いで帰宅。

ああでもない,こうでもない,と話し合いながら,8つの中から,とりあえず半分を選んだ。選んだ,というよりも,どうしても外せない嫌なところをそれぞれ上げて,消去法で消していったのだが。

家族の都合を考えれば,なによりも近い場所にあるほうがよい。でも,1日の大半を父は1人でここで過ごすのだ。なら,父にとって,少しでも快適なほうがよい。しかし,ただ快適そうでも,リハビリが期待できないようなところは,どうだろう?

父のためには,何が一番大事なのだろう?ワタシたちや母が,たくさん来てくれるコトだろうか?部屋が落ち着けるコトだろうか?レクリエーションの充実は,父にとって,どうなのだろうか?吉と出るか,凶と出るか。それはまだ,誰にも,おそらく父にもわからない。。。決められなくても,決めて動き出さねばならない。自分の就職先を決めるよりも,辛くて難しい。

介護保険の認定のための面接が火曜日に入った。病室に調査員がやってくる。同席しなくてはヤバイだろう。
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by rompop | 2007-04-22 19:33 | ホスピタル

2007・4・21 老健めぐり・2日目。

老健めぐり2日目。今日も良い天気だ。昨日と同じく,ジーンズにカットソーにパーカー,足元はスニーカーで。

今日の予定は,9時半,1時半,3時半の3軒。とりあえず,頭が混乱しながらも,そのたびに気持ちをリセットして,粛々とバスに乗り,バスを降り,歩き,またバスに乗る。

帯に短し,たすきに長し。。。。リハビリが充実して良さそうだと,家からはかなり遠い。スタッフが良さそうだと,設備がしょぼい。家から一番近い地元の施設は,フロア中が糞尿の臭いでいっぱいで,個室以外の部屋はどこも,良い天気の午前中だというのに,蛍光灯をつけなければ薄暗かった。廊下にも部屋にも電気がつけてある。「ここにいたら,昼か夜かわからなくなるね」と,こそこそと話す。臭い自体は,不衛生というよりも,古い建物の構造によるものなのかもしれないが。。。ホントに近くて,ここなら母もタクシーで簡単に来れるのだけどなぁ。

昼食は,駅の近くの『王将』で,五目チャンポンと焼きめしのサービスセットを食べる。

今日もうららかな日よりだ。降りたこともないバス停から施設まで歩く道に,桜がたくさん咲いている。強い春風が吹いて,桜の花びらが空に舞い,ワタシたちの頭上にハラハラと舞い落ちる。「この施設に見学にきたとき,桜の花びらが舞っていたことを,きっと忘れないだろうな」と思う。

選挙が近い。次の施設へ向かうために,昼下がりの住宅街を延々とあるく。選挙演説の行列とすれ違う。選挙かぁ。。。選挙カーのけたたましい声が,なんだか,違う世界の出来事のようだ。

時間がやけに早かったので,ファミレスを探すが,見つからず。国道沿いのうどん屋に入って,抹茶あんみつを食べて時間をつぶす。

2軒めの施設で,思いもかけないコトを言われたりしたので,すっかり混乱して,気が塞ぐ。経過観察中の父の病気(前立腺癌)について,難色をしめす施設があるコトを初めて知る。「老健」入所の条件は,「通院加療の必要のない人」なのだ。といっても,父の前立腺癌は,放射線治療のあとすっかり鎮静しており,今は3ヶ月ごとの数値の検査のみだ。でも,定期的に検査をする,というコトは,「治療がまだ終わっていない」と解釈されるらしい。これも施設によって差はあるようだが。。。思わぬところがネックになってきたようで,2人で頭を抱える。

今日は疲れた。。。病院へは行けなかった。そのまま,家へ4時半頃,直帰。父はきっと,「今日は誰も来ないなぁ」と思っているコトだろう。
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by rompop | 2007-04-21 16:15 | ホスピタル

2007・4・20 老健めぐり・1日目。

父が,2階のワタシの部屋まで,ゆっくりと手すりをつかみながら,階段を上ってくる。「パパ!階段上れるやん!」「これなら,施設なんて申し込まなくても,家で大丈夫やね!」「良かった,良かった!」と,母と弟と3人で大喜びする。

7時前に目覚まし時計が鳴る。なんだ,やっぱり夢だったのか・・・つい先ほどまでの,こみ上げるような嬉しさが胸にリアルに残っている。がっかりした。。。


8時に家を出る。ワタシは自転車で,弟は徒歩で。地元の駅のホームで場所を決めて待ち合わせておく。

良い天気だ。どこかへ遊びに出かけたいような。でも今日は,父をお願いする事になるだろう施設(老人介護保健施設)を見学して回るのだ。


隣町のJR駅前にあるバスの案内所で,「1日乗り放題」の切符を買う。610円。今日は210円区間を6回乗る予定だから,ざっと考えただけでも,かなりの割安だ。弟は,ワタシに輪をかけて「A型気質」のようで,この切符から,バス停の場所,乗車時間まで下調べは完璧だった。

今日の予定は3軒。アポイントを9時,13時,15時30分に入れてある。余裕をもって予定を組んだためか,どこも少し早めに到着してしまった。時間まで待たされるところあり,早めに相談員の方が面談してくれるところあり。

最初のところは,今いる病院の系列の施設。相談員は若い女性で,はきはきと早口だ。ものすごく緊張しているせいもあってか,1時間の面談と見学でヘトヘトに疲れた。ワタシも弟も,付け焼き刃の知識なのでわからないコトだらけ。。。施設の雰囲気を肌で感じたよう,と決意してきたが,回っているうちに,どんどんわからなくなってきた。

昼食は,早めの時間に,駅前の牛丼屋で。弟と2人で向かい合って外食するなど,初めてのコトかもしれない。ワタシは食欲が出なくて,冷たいざるそば。あとはバナナとカロリーメイトをバッグに入れてきた。これは各自,適当に空き時間に食べるコトに。

昼過ぎにぽっかりと時間が空いたので,弟とわかれて,1時間ほどワタシは父のところへ。新聞を買っていく。

体重測定の日だったらしく,ナースステーション前ではにぎやかに,患者さんたちを体重計にのせたり下ろしたり。。。父の体重は,46,5キロ。痩せた。たしか,倒れる前は,51キロぐらいはあったはずだ。どんどん痩せる。背骨なんか飛び出して,咳き込んだときにさすってやると,手のひらに骨がごつごつとあたって,悲しくなる。

それでも父は機嫌がよく,持っていった新聞を,フロアの広いテーブルに広げて,たんねんに読んだ。お茶をなるべく飲ませる。「用事の間にちょっと寄ったから,1時間しかおられへん」というと,「ふぅん」と,ちょっと怪訝な顔をしていた。

新聞を読む父の隣に座っていた。父と同じぐらいに転院してきた患者さんが,足に装具をつけて,杖をついての歩行訓練をしている。父よりはずっと若いから頭もしっかりしているし,回復も早いのかもしれないけど,ショックだった。ギクシャクと,危なっかしいが,歩いておられる。あれなら,もっとちゃんと歩けるようになるだろう。

もう1人,認知症があって車椅子に座ったきりのおばさん。ご主人がいつも,甲斐甲斐しく介助している。父よりはもちろん,少しは若いが,認知症はかなりあるようだ。ご主人がちょっと見あたらないと「お父さん,お父さん」と叫んでいる。

しかし,この患者さんも,看護師さんたちに,「さぁ,歩くよ」と,歩行器に無理矢理のせられて,むずかりながらも,自分の頼りない足で歩いていた。足はずいぶん細くなってしまっているけれど,この人も歩けるようになったんだ。。。もう少し良くなれば,きっとご主人は自宅へ連れて帰られるだろう。先週末は,一泊で自宅に帰ったと聞いている。

父以外の人たちは,だんだん良くなっている。そして,帰る家があって,奥さんやご主人がまだ若くて健康で,ちゃんと介助してやることができるだろう。もちろん,父も良くなっている。歩行訓練も続けてもらっている。でも。

2時半にJR駅前のバス停で弟が待っているので,焦って走っていった。

午後は1つを見学して,5時過ぎに帰宅。

3つのうち,1つは,建物も設備も古く,部屋も風呂場も汚かった。昼時にお邪魔したせいもあるだろうが,明かに人員不足で余裕がなく,職員は仏頂面だった。「ここは・・・イヤだね」と話す。

忘れないよう,ノートにくわしく書いておく。医療体制やリハビリの充実,部屋の雰囲気や入所者・スタッフの印象など。同じ「老健」でも,ホントに色々ある。

東京のお友だちが,誠サマの旅行会のスナップ写真を送ってくれた。なんだか,誠サマの笑顔を久しぶりに見た。。。誠サマが,ずいぶんと遠いところにいるように思える。
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by rompop | 2007-04-20 19:32 | ホスピタル