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許せない。

6時10分に目覚ましが鳴る。昨夜は11時には布団に入ったが,まだ眠い。朝食は食べずに,服を着替えて出かける。母はまだ眠っていた。7時15分前に病院に到着。8時の朝食に間にあった。病室へ入ると,父は立ち上がって,薬袋の整理をしていた。熱は下がったらしい。「えらい早いなぁ」と言われ,熱があって心細いだろうから,一刻も早く,と焦ってやってきたのに,拍子抜け。でも,元気そうで良かった。個室の中で,ベッド回りをソロソロと歩いている。歩いている父を初めて見た。

朝食を父は,全部食べた。尿にはまだ血が混じっていて,外のトイレに1人で歩いていくのは自信がなく,まだベッドで尿も便も取っているらしいが,それでも,ずいぶん回復したものだ。

朝刊を頼まれたついでに,9時頃,母に電話。「熱,全然ないよ。ベッドの回りを歩いてるよ」母は2時ごろ,やってくる,とのコト。元気になった父は,朝刊を読みながら,TVをつけてマラソンなどを見た。ワタシは隙を見て,1階の喫茶室でモーニングを食べる。サンドイッチ2切れ,ゆで卵,アイスティーで330円。腕時計を見ながら,15分で食べて,病室へ戻る。

昼食も父は全部食べた。水分が少ないとナースから言われているので,ワタシも何度もお茶を飲むよう注意するが,下痢を恐れている父は,なかなか水分を摂ろうとしない。

ベッドから降りられなかった数日前の夜,何度も何度も便意を訴えては不発に終り,ナースに少し嫌な顔をされだした頃,ワタシもナースに頼むのが嫌になり,つい父に辛くあたってしまった。「もう,何度も何度も!どうせまた出ないよ,気のせい。ナースコール鳴らすから,自分で頼んでよ」と。父は「自分でトイレに行けないんだから仕方ないやんか」としょんぼりし,小さな声でナースに便器を持ってきてくれるよう頼み,そしてこの時は,本当にちゃんと便が出たのだ。

あれ以来,父は便意をもよおすコトを,恐れるようになった。「水分を摂ると,お腹がゆるくなるから」と。ワタシは,あの時,父にあたった自分を許せないでいる。下剤のせいで便がゆるくなったのも,何度も何度も腹を下したのも,父のせいではないのに。娘のワタシは,父の気持ちよりも,ナースの迷惑そうな顔色を気にしたのだ。

2時前に母が到着。母は,連日の病院通いで,食事の量も減っているせいか,毎日1キロずつ体重が減っている。それでも,父は母が顔を見せないと,心細いのだ。母の持ってきた鮭のおにぎり,焼きそば,梨などを,面会室に行ってこっそりと食べる。本日の昼食。

病室に戻ると,父の熱はまた上がってきたらしい。すっかり元気だったのに,体温を測って熱があるのがわかった途端,父はベッドに横になり,具合が悪そうになった。熱が出るのは,水分が少なくて,脱水状態になっているから,とナースにきびしく言われたそう。ワタシも母も,水分を摂らないせいで,脳の血管が詰まったら大変だと,ガミガミと父に言う。母が水分補給の点滴をお願いしたら,「食事ができて,水分も自分で摂れる人に,点滴はできません」と鼻で笑われたらしい。もっともだ。「下痢を気にしてるけど,脳梗塞で呆けてしまったら,取り返しがつかないよ」と,散々おどかすと,父はやっと慌てて,お茶をたくさん飲みだした。

母の言葉に甘えて,入れ替わりに家に帰る。3時過ぎに帰宅したら,事務所の後輩Mから電話。同僚Hの父親が亡くなったらしい。今夜が通夜で,明日が告別式。岸和田での通夜には,今からでは間にあわないし,いそいで駆けつける気力は残っていない。明日は,告別式に出るつもりで用意をして出勤しよう。不謹慎だが,父の治療の山が終わったあとでヨカッタ,と本当に思う。

腹が減ったので,フランスパンにマーガリンを塗り,チェリオ(グレープ味)と共に食べる。疲れた。しばらくして,お腹がクラッシュ。ワタシのお腹も疲れている。

明日,1人でも葬儀場に行けるように,ネットで地図や時刻表を調べる。時間がかかった。ブラックフォーマルをクローゼットから引っ張り出す。パールのネックレスは引き出しから出てきた。しかし,黒のバッグは母のモノを借りなければ。

夕食は,餃子でスープ。卵焼き。きゅうりの中華風浅漬け。

9時過ぎ,母が帰宅。バッグは解決したが,家にきっとあるだろうと思いこんでいた,不祝儀の袋が,1枚もなかった。仕方なく,シャワーを浴びた後だったが,また服を着て,駅前のコンビニまで,自転車を飛ばす。不祝儀袋と筆ペンなどを買い,帰って来た。香典は迷ったが,ネットで相場を調べ,5,000円にした。なんだかんだで,寝たのは1時過ぎ。
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by rompop | 2004-08-29 20:10 | ホスピタル

高熱。

朝になっても,Tドクターは何度か父を見にやってきてくれた。朝,起きてみたら,父の頭は意外とすっきりしており,以前と同じように会話ができる。気分が良いようで,ベッドに腰をかけて,治療後はじめて出た朝食も,「食べやすいなぁ」と,ほぼ完食した。食後,止血剤と抗生剤,そして,頭の血流をよくする例の「ワーファリン」という薬を飲むコトができた。ホッとする。この薬があれば,安心だ。

「朝刊を買ってきて」と頼まれて,売店へ。母に電話。母も昨夜は父の様子がきになり,眠れなかったそう。「今からタクシーを呼ぶところ」というので,無理に止めて,「3時ごろ,ゆっくり来て」という。

朝食後,薬を飲ませる。頭の薬解禁,これで元に戻ってくれるだろう。血尿が薄くなってきた。

しかし,その後,熱を測ると7度8分。ナースコールを押すと,あの意地の悪いナースがやってきて,面倒そうに「氷枕をもってくる」といったきり,ずいぶん待ってもこない。怒りがこみあげるが,おさえて,別の親切なナースに頼む,父は熱があるとわかったとたんに,元気がなくなり,「これじゃ,当分退院できない」と言い出す。父の身体は熱を帯びて,ずいぶん熱くなっている。「熱い熱い」というので,タオルを水で絞って額に乗せる。「気持ちがいい」というので,頻繁に替えていたら,急に「寒い」と言い出して,ガタガタと震えだした。あわてて氷枕を外し,毛布をかける。ナースを呼ぶと,熱が上がる前の「悪感」だと言う。そのとおり,父の熱は,その後,また上がった。

昼食は食べず。デザートのオレンジゼリーを無理やりひとくち,食べさせると,「美味しい」と言う。熱がまだあるので,スプーンですくって,寝たままの父に全部食べさせてやった。酸味がすっきりとして,熱っぽい口に美味しいのだろう。食後の薬を飲ませる。

Tドクターがまた見に来てくれたので,熱があるのだ,と訴える。しかし,針を刺したあとなので,熱が出るのはよくあるコトだと言う。自然と下がるので,そう心配しなくても良いようだ。ドクターの説明は,説得力がある。血尿をチェックし,とうとう,導尿のカテーテルは外された。これで,父の身体は,なにものからも開放された。嬉しそうな父。ワタシも,これで初めて「治療は終わったのだ」と実感する。

3時ごろ,母がやってくる。すぐに帰って寝ろ,というので,素直に帰るコトに。父はニコニコとしている。やはりまだ,少しだけおかしい。

駅前のスーパーで甘い菓子パンを2個,オレンジジュースを買い,駅のベンチでもぐもぐ。

甘い物が食べたい。

帰宅。弟には一言も口を聞かず,シャワーを浴び,来ていたものを全て脱いで洗濯機へ。自分の汗と,父の糞尿の匂いが,身体にまとわりついているようだ。

シャワーからあがり,濡れた髪のまま,洗濯物を干す。そして,布団に倒れ込んで,2時間眠った。

7時に母から電話。父の熱はまだあって心配だが,体調が良くないのでやはり帰る,という。父は母に泊まって欲しい素振りを見せていたが。電話口に父が出て「しんどかったら,看護婦さんに言ってちゃんとしてもらうから」という。ワタシたちがいないほうが,ナースも気にしてちゃんと様子をみてくれるかもしれない。

夕食は,母が朝炊いてくれた松茸ごはん,サンマ。サンマにはたっぷりカボスを絞って。

10時過ぎ,眠るコトに。明日は父が朝食を食べる前に,病院へ行こう。
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by rompop | 2004-08-28 20:09 | ホスピタル

幻覚と,妄想。

母が心配しているだろうと思い,9時頃に電話を入れる。心配をかけまい,と思ったが,「どうだった?」と言われると,ついつい,愚痴ともつかない泣き言が自然に口からあふれ出た。母は,もうすでに家を出る用意をしていたようで,電話を切ったあと,すぐにタクシーでやってきた。母に父を見ていてもらっている間に,1階のレストランで,モーニングをがつがつ食べる。ホットドック,ゆで卵,アイスレモンティで300円。これに150円の特製サラダをつける。元気が必要だ,と思うと,「とにかく食べなきゃ」と思うのが,ワタシの短絡さ。味はあまりしない。10分ほどで飲み込み,急いで病室へ戻る。

午前と午後に,1回ずつ10分間の照射。緊急の手術が入ったため,予定が2時間おくれ,午後の最後の照射は4時になった。一刻も早く,3回の照射を終えて,父を開放してやって欲しいのに。父は朝から,何度も便が出る。お腹の調子がずっと悪いようだ。頭もますますハッキリせず,しきりに導尿の管を外したがる。「何時まで,こうしてなアカンの」と聞くので,「4時の照射が終わってから,針を抜くからね」と何度も説明する。そのたびに「へぇ!4時。大変なコトになったものやなぁ」と,心底驚いたような顔をする。泣きたくなる。

母と交代で,面会室へ行き,母が作ってきた梅干のおにぎりを2個ずつ食べる。

やっと4時になった。ベッドごと運ばれていった父は,1時間ほどして帰ってきた。股間の針は抜かれていた。父は「ただいまぁ」とニコニコして,「治療終り!苦痛はなし!」と手を振って叫んでいる。普段の父なら,絶対にこんな風に人前で叫んだりはしない。4人のナースがベッドを運んできてくれたが,そのうちの2人のナースが,「さ・す・が」「さすが~○○さん」と茶化すように言う。そのバカにしたような言い方にカチンとくる。ナースたちも,父の言動がかなりおかしいコトに気づいている。その2人は,昨夜,夜勤で,散々,父の排便に振り回されたナースだった。最後のほうは,露骨にふてくされた顔をして,面倒くさそうに父を扱った。ものすごく悔しい。何も言えない自分が,余計に悔しい。

針と共に,脊椎に通された麻酔のチューブも抜かれていた。しかし,点滴と導尿のカテーテルはまだ。点滴には抗生剤や止血剤が加えられた。父が一番嫌がっている導尿の管は,いつ抜いてもらえるのだろう。

部屋に帰って来た父は,熱があり,血圧も200近くになっていた。痴呆のような症状は,ますます強まり,導尿のカテーテルをしているコト自体,理解できなくなった。何度もトイレに行こうとベッドから降りようとする。針はもうないので,動いても問題はないが,ベッドから降りるコトはできない。何度も「おしっこがしたい。自分でできるからトイレへ行く」と起き上がろうとするので,「管がまだついてるから,行けないの!」と父を押さえ込もうとする。父はカッとして,「やかましい!」と怒鳴り,ワタシを突き飛ばそうとした。ものすごい力だ。廊下を通りかかったナースがあわてて「どうしました?」と,部屋に飛び込んできた。父はワタシを睨みながら「うるさいから,帰ってもらおうと思って」と言った。ショックだった。

腕につながっている点滴も気にいらないようで,何度も無意識にむしり取ろうとする。そのたびに,母とワタシが,父の手を押さえる。

かと思うと,「さっきは怒鳴って悪かったね」と謝る。ワタシは怒りよりも,ショックが尾を引いていて,「むぅ」と答える。なんだか父が,どんどん別人になっていくように思える。

夜になり,母が「今夜は私が泊まるわ。とても手におえんやろう?」と,弱々しい顔で言う。しかし,母も疲れており,背中を時折,さすっている。痛むのだろう。早く家に帰さなければ。ワタシは父がすっかり怖くなり,逃げ出したい気持ちで一杯だった。今夜,こんな父と2人きりで病室に残されるのは,たまらない。しかし,昨夜のような父につきあっていたら,母の体調は,確実に悪くなる。母に寝込まれたら,どうにもならなくなる。

泣きたい気分で「いいや,ワタシが泊まる」という。母がいる間に,ワタシは夕食を食べに外へ出た。「ザ・丼」で,かにツナ丼と,ミニ冷やしうどん。胃はどすんとしていたが,醤油を勢いよくかけ,ワシワシと食べた。いくら逃げたくても,自分の親から逃げ出すコトはできない。こんなの,全然たいしたコトない,逃げてたまるか,と自分を鼓舞しながら,勢いよく食べた。腹がいっぱいになると,ファイトが沸いてきた。

病室へ続く,4階の長い人気(ひとけ)のない廊下の窓から,いつも母と買い物にゆく,ローカル百貨店が見える。陽はとっぷりと暮れ,都会のように派手ではない,地味なネオンが夜空にまたたいている。それはそれなりに,美しい夜の風景。この,同じ場所から,同じ時間にこの風景を眺めるコトは,もうないだろうな,と,しばらく窓の外を見ていた。少しセンチメンタルな気分になる。

9時,母は,帰っていった。

今夜はベッドの上でなら身体を動かせるので,昨夜に比べれば,父は,ずっと楽なはず。いつも飲んでいる眠剤を飲んでも良い,と許しが出た。これでぐっすりと眠ってくれるだろう。「さてと,じゃあ,眠ろうかね。おやすみ」と父。「はい,おやすみ(今夜は眠れるな)」とワタシ。

ところが,予想に反して,薬がいっこうに効かない。父の頭はますますボヤけ,導尿のカテーテルを,初めて見るもののように持ち上げては「この管はどこからつながってるのか」と何度もワタシに訪ねる。「それはね,パパのおちんちんから,この袋につながってるの」と答える。「ああ,へぇ,そうか」と父。しかし,またすぐに同じコトを聞き,「大変なコトになったなぁ,このチューブ,どうしたらいいんやろう?」「あ,パンツに結んでおいたらいいか。それでトイレへ行く時は,パンツを脱いでいけばいいんや」「それとも,パジャマに結んでおいたほうがいいか?」などと,ずっと管のコトばかり喋っている。

11時頃,急に「トイレに行く」と立ちあがろうとしたので,「管がついてるから,トイレは行けないよ」と説明する。「じゃあ,管を外してくれたら,自分でトイレへ行くから」「管は,先生がイイと言うまで,外せないの」と,押し問答。それでも「小便がしたい,破裂する」と泣きそうになる父を,「だめ」と押さえつけている最中に「ウンコも出そう」と言い出し,「え?ウンコも??ちょっと待って,ちょっと我慢」とナースコールを押す間もなく,ブリブリブリとやってしまった。ナースが便器を持って飛んできたが,全然間にあわなかった。

たちまち下痢便の匂いが部屋中にたちこめる。夜中なので,部屋の外に出るわけにも,窓を開け放つわけにもいかない。その匂いに気絶しそうになる。お腹がゆるいので,買い置きしてあった紙オムツをつけてもらった。父は「情けないなぁ」とつぶやく。あぁ,頭がボケていても,紙オムツの屈辱はわかるのだ。「オムツしているから,また間にあわなくても,大丈夫だから。下痢してるから,オムツしたんだからね」と安心させる。父はまんじりともせず,天井を見上げている。

しばらくして,「ちょっと散歩してくる」と起き上がろうとし,「夜中やんか」というと,「夜中だからいいんや。ちょっとだけ歩いてくる」とベッドから降りようとする。これも必死でベッドに押さえつけて止めさせる。その後も,「このベッドは高すぎて,怖い,針がはずれるので地べたに寝る」「あ,玄関に誰か来た。ママかな」「ママの顔,干し柿みたいにしわくちゃになっている,どうしたんだろうね」「向きがわからなくなった。ベッドで外へ出る時は,足のほうから出るの?頭のほうから出るの?どっちだったかな」などと,支離滅裂な言葉が続く。一昨日から,ずっとベッドに寝たままなので,方向感覚がわからなくなってしまったようだ。

脳の薬を止めているせい,麻酔を使ったせい,ずっとベッドに寝て天井ばかり見ているせいで,頭がすっかり混乱しているよう。このまま,本格的に呆けてしまって,もう元の父に戻らないのでは,と不安にかられ,泣きたいような,恐ろしいような,なんともいえない夜をすごす。ベッドの下から見上げる父の横顔は,白髪の無精ひげがうっすらと生え,鼻の穴がかゆいのか,目をぽっかりと開いて天井を見つめ,しきりに鼻クソをほじくっている。見たコトのない父の顔。父はまるで別人になってしまった。

夜中にナースが,なんども尿のチェックにやってくる。針を抜く前から,次第に尿には血が混じりはじめ,すっかり真っ赤になってしまった。内部の傷から出血しているらしいが,これは普通の状態なので,心配はないそう。しかし,素人のワタシは,尿の袋に真っ赤な,どろりとしたトマトジュースのような液体が溜まっているのを見ると,頭がくらくらする。その血尿も,だんだん量が増えなくなってきた。水分が足りなくて,血尿が固まってきていると注意され,お茶を何度も飲ませようとするが,父は飲みたがらない。「水を飲むと下痢になる」と。昨夜,何度もナースの手をわずらわせ,最後には嫌な顔をされたことが,こたえたのだろう。可哀相なコトをした。

ナースから連絡を受けたのか,主治医のTドクターが,夜中の3時ごろ,やってきた。尿の量をチェックし,膀胱の入り口が血で固まりかけていたのを,洗浄してくれた。髭面の愛想のないTドクター。しかし,口数が少ないだけで,患者にも家族にもとても優しいドクターだ。

明け方,父が静かに眠り始め,ワタシも切れ切れだが,やっと少し眠れる。
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by rompop | 2004-08-27 20:08 | ホスピタル

始まる。

朝食は,目玉焼きとご飯,梅干。

タクシーで8時半に病院へ到着。9時前に,麻酔薬,点滴が注入され,父はベッドごと別館の地下にある放射線科の特別治療室へ。母と2人で,別のエレベーターに乗り,治療室へ行くが,すでに父は先に部屋へ入ってしまったらしく,「使用中」の赤ランプが点いている。治療を担当してくださるI助教授が出てこられたので,「よろしくお願いします」とペコペコ挨拶する。難しい治療だが,すべてはこのドクターの腕にかかっている。放射線科の地下のひんやりした廊下のベンチで,母と2人じっと待つ。1時間半ほどかかるらしいと聞かされ,母は誰もいない廊下の椅子に横になった。少し居眠ったようだ。ワタシは文庫本を開く。重松清の『ビタミンF』。

この治療は,5週間の通常の体外からの放射線治療の後,下半身麻酔で,前立腺の腫瘍に向けて,会陰部より13本の「千枚通し」のような針金を打ち込む。体外に出ている針金を通して,体内のガンに直接,時間をおいて計3回,放射線をあてる。翌日の午後まで,この針金の位置を動かさないよう,足を広げて高く固定したまま,絶対安静。少しでも動くと,CTスキャンで位置を確認し,ミリ単位で正確に刺した針が動いてしまう。放射線の照射位置がずれると,治療効果は半減する。

1時間ほどで父は治療室より出てきた。ドクターによると,順調にうまく刺せたそう。ベッドで運ばれてゆく父に「大丈夫?」と聞くと,「大丈夫」とのコト。もっとも麻酔がかかっているから,痛みはないのだが。大変なのはこれから。ベッドのあとを追って病室へ。

父はすっかりベッドに固定されて,動けなくなっている。両足は大きく広げたまま,ひざの部分から下は,発泡スチロール製の台にすっぽりと埋め込まれ,持ち上げられている。手術着のようなブルーのへんてこな服。ナースが毛布をめくりあげた時,股間が目に入った。下着はつけていない。まるで剣山のように突き出た針の塊。頭がクラクラした。父が自分で見るコトのできない位置であるコトが,救いだと思う。少し麻酔が薄れてくると,父は痛みを訴えた。鎮痛剤の錠剤を2錠。しかし,これもしばらくすると,効果が薄れる。主治医のTドクターがやってきて,針を刺す時に使用したのと同じ麻酔を,脊椎に通したチューブから入れてくれた。ゆるやかだが,治療が終わるまで効果が持続するらしい。

午後,またベッドごと運び出され,第一回目の照射が始まった。照射自体は10分間らしいが,移動やその他の準備で1時間近くかかる。その間に,母と2人で,作ってきた鮭のおにぎりを面会室のベンチの上で食べる。アルコール消毒液や微かな糞尿の匂いのたちこめる病院の中で食べても,母の作ったおにぎりは,美味しかった。

父の希望で,今夜は付き添いで泊まるコトにしている。補助ベッドを借りて,父のベッドの脇に設置した。簡単な作りの折りたたみベッド。ベッドマットは薄く,頼りない。腰が痛くなるかもしれない。

夕方,早めに母は帰っていった。今回は絶対,母に泊まりはさせない,と決めた。こんなベッドで寝たら,治りかけた背中が,また悪化するに決まっている。

病室で父と2人になった。ワタシは,ジーンズを脱いでジャージに着替え,補助ベッドに腰掛けて文庫本を読んだ。

8時前,「パパ,悪いけど,晩御飯食べてくる」と財布だけ持って,部屋を出た。部屋を出るとき,「絶対,動いたらあかんで」という。「大丈夫」と父。大丈夫だろう。

ラーメンと餃子,スパゲティ,寿司,さんざん迷って歩き回ったすえ,できたばかりの「讃岐うどん」の店に。名物の「いか天盛うどん」680円。目の前で製麺し,ゆであげ,氷水で冷やしてザルに盛る。隣では,大きな鍋で,いかゲソを揚げている。それをうどんの上に,たっぷりと乗せて。薬味はネギ,ショウガ,ゴマなどを自由に。「そば湯」のように,うどんのゆで汁を,器に入れて出してくれる。うどんを食べたあとのつけ汁に,そのゆで汁を入れて,飲み干す。とても美味しかった。また食べに来よう。とりあえず,早く帰らねば。汗だくになって,病室へ戻る。

消灯の9時前になって,父は下痢をした。治療の前に下剤をかけられたので,その残りかもしれない。あわてて,ナースを呼び,ベッドの上に便器を置いてもらう。股間の針が少しでも動かないよう,ナース2人が慎重に父を両脇から持ちあげ,そっと便器を入れる。ワタシが部屋で見ていると父が嫌だと思い,廊下に出る。非常口の階段に腰掛けて,文庫本を20分読み,病室へ帰る。ナースが「終わりましたから」と,にっこりと笑う。

父は微小の脳梗塞を持っている。そのため,脳に血栓を作らないよう,血流をよくする「ワーファリン」という強い薬を常用している。今回,治療で出血を伴うため,逆に血が止まりにくくなるのを避けるために,この薬を1週間ほど前から止めるよう指示された。そのため,数日前から,少し頭がぼんやりとしてきたようだったが,それに加えて麻酔を使ったせいか,父の判断能力は,いっきに麻痺してしまった。

1時間ほどウトウトして,いびきをかきだしたので,ワタシも安心して眠ろう,とした矢先,父は急に目をぱっちりと開け,ベッドの柵をつかんで身体を起こそうとした。ワタシはギョッとして,「パパ,何してんの!」と飛び起きた。「いかん,寝てしまった。寝ていたら,針が抜けてしまう」「早く身体を起こしてくれるか」と,すごい力で柵をつかんで放さない。どうも幻覚の中で,父は眠らないよう,ベッドの端に腰をかけて座っていたらしい。起きあがろうとする父を押さえつけながら,「それは逆で,今起き上がったら針が抜けてしまう」コトを,必死で説明する。

「そうか」と納得して父は大人しくなったが,しばらくして,「おしっこがしたいから,トイレへ行く」と,また起き上がろうとする。導尿されているから,ベッドからは降りられない,そのままおしっこをすれば,ちゃんと管で出るから,と何度説明しても,「いや,自分でできるから,管を外してトイレへ行く」と言いはる。ベッドから動いてはいけないから,管は外せないのだ,と,また何度も説明すると,「そうか,仕方ないなぁ」と大人しくなる。

膝を持ち上げて固定するため,父の膝の下には,クッション代わりに布が押し込んである。そして,足を清潔に保っておくためと,動きにくくするために,膝の上から足先まで,すっぽりと袋状の布が被せられ,紐で結んである。しばらくすると,父が「足が熱い」と言い出した。「袋を取って」というが,勝手に取るコトはできない。クッション代わりの布は,白い,ボアの毛布だ。それが,隙間なく,父の膝の下とふくらはぎの周りを覆っている。何度も「熱い熱い。足の下にアンカがあるみたい」と悲鳴をあげる。足と布の間に指を入れてみると,確かに熱を持っているように,熱い。タオルをぬらして,足の隙間を拭いてみたり,毛布をめくって,股間をウチワであおいだりしてみたが,あまり効果はないようだ。クーラーを強くすると,寒がりの父は,上半身が寒い,という。

時間はなかなか過ぎてくれない。今度は「ウンコが出る」と言いだす。下剤をかけたので,ずっとお腹がゴロゴロしているようだ。そのたびにナースコールを鳴らし,便器を腰の下に入れてもらう。針の位置を動かさないよう,夜勤のナースが2人がかりで,慎重に父の腰を持ちあげる。しかし,出ない。夜中に何度ナースコールを鳴らし,「すいません」と恐縮しながら,便器を入れてもらっただろう。

かと思うと,ふと意識が戻るようで,「さっき,寝ぼけて動いたけど,大丈夫だったかなぁ」「大変なコトをしてしまった」「さっき動いたから,きっと針が抜けたと思う」と,心配している。そのうち,「膀胱が痛い,導尿の仕方が下手だったから,膀胱炎になったみたいだ」と言い出す。本当に痛むのか。もう,父の意識が正常なのか,そうでないのか,ワタシにはわからなくなってしまった。

ナースを呼んで,父が膀胱が痛むと言っている,と相談すると,ナースも困って,当直医を呼んだ。放射線科の当直医は,予想に反して,とても若くて優しい美人の女医だった。父の下腹を押さえ,針の具合をチェックし,導尿カテーテルに注射器を入れて,膀胱を洗浄してくれたようだ。見たところ炎症の兆候はないが,必要があれば検査に出せるよう,父の尿も採取した。針はきちんと刺さっていて大丈夫だというコト,膀胱にも尿はたまっていないコト,炎症を起こしている恐れはないコトを,根気よくわかりやすく父に説明してくれた。そして,父が熱がっているコトを言うと,足の下の白いボアの毛布を取り,代わりに手ぬぐいを入れてくれた。父はすっかり安心したのか,彼女が帰ったあと,「痛いのが無くなった」と,また眠りだした。

窓の外が白々と明けてきた頃,「また排便したい」と,父。ナースコールを鳴らし,便器を入れてもらうが,20分ほどしても,何も出ない。「しばらくそのままにしておけば」と言うのを「腰が痛いから」と父がいうので便器をさげてもらった。そのほんの10分後に「また出そう」と父。ワタシは,つい,癇癪を起こしてしまった。「食べていないんだから,出ないよ。気のせい。もう何度も頼むのはイヤやからナースコール鳴らすから自分で頼んで!」と。あとで何度も後悔する。しかし,この時,はじめてたくさんの大便が出た。父に申し訳なく,思う。

ついに,一睡もできなかった。
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by rompop | 2004-08-26 20:08 | ホスピタル

風邪をひいては,マズイ。

今日から,3日間,夏休みを取得した。

朝食は鮭のおにぎり。食べたらすぐにスーパーへ行き,食料を買いこんで帰る。

昼食は,バタートースト。

母と二人,午後3時に病院へ行き,9時まで付き添う。毛剃り,脊椎麻酔のチューブ挿入,導尿カテーテルの挿入,など明日からの治療の下準備。そのたびに部屋を出て,外の廊下で待つ。怖がりの父はかなり不安そうだが,「もう,船は出てしまったんやもんなあ,仕方ないなあ」と,自分に言い聞かせるように,心細げに笑う。

夕食は,朝,母が作ってくれた鮭のおにぎり2個。母と交代で,廊下の端にある狭い面会室へ行き,ソファに座って黙々と食べる。父は今夜から絶食だ。不安がこみあげるが,一番不安なのは,父だろう。

タクシーでの帰宅は,10時前。冷凍してあったカレーを解凍し,カレーライスを食べる。頭痛がするので,風邪薬。まずいな。早目に就寝。
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by rompop | 2004-08-25 20:07 | ホスピタル

腹立たしいコト,ばかり。

ずっと気がかりな夢を見ていたようで,寝覚めはパッとしなかった。腰が少しだるい。そろそろ「お客さま」か。

あひるご飯は,素麺。合びき肉で温かいつけ汁を作る。ネギをたくさん入れて。

1時過ぎにタクシーを呼び,母と病院へ。父はイヤホンをつけて「新撰組」の再放送を見ていた。やはり,母が行くと,嬉しそうだ。ワタシ1人だと,気を使うのか,ホッとしたようなあんな笑顔はなかなか出ない。

昨夜,電話がなかったので心配した,と言うと,父はニコニコして「ああ,かけなかったかな」などと言っている。機嫌がいいのは安心だが,少し変な感じ。25日から,下半身麻酔を使った少しややこしい治療をするため,常用している「ワーハリン」という,血液の流れをよくするための薬を,昨日から止めている。脳梗塞の予防に多量に飲んでいる薬だが,治療の際に出血がひどくなると困るので,主治医から止められたそう。しかし,この薬を飲まないと,やはり脳がすっきりしないようで,おかしな言動が若干増えるようだ。もしかしたら,そのせいで,電話をかけたか,かけてないか,わからなくなっているのでは。母もワタシも,父を見ながら,ひそかに首をひねる。

1時間少し病室にいて,母が疲れてきたので,帰るコトに。放射線治療のせいで,白血球が若干減っているため,院内を歩く時は,マスクをするよう,父は主治医から言われている。白血球が減ると抵抗力が落ちるため,感染しやすくなるのだ。1階にワタシたちを見送りに来る時,「マスクしなきゃだめ」と,無理やりマスクをつけさせた。大きなブルーのマスクだ。「変な顔に見える」と,父はかなり抵抗したが,「病院の中で患者が,見た目を気にするコトはない」と,がみがみ言って,つけさせた。それでも,1人の時は,絶対につけないに違いない。変な部分のプライドに,ほとほと疲れる。

商店街の市場で,野菜などを買い,「力餅」でひと休み。ワタシはカレーうどん,母は,「おはぎ」を2個食べた。この店は,店先で売っている団子やおはぎを,店内で食べられるようになっているのだ。牛肉と玉ねぎ,青ネギのたっぷり入った,少しとろみのあるカレーうどんは美味しかった。

駅からタクシーで自宅へ。愛想のない,運転の荒い運転手だ。愛想良く仕事したほうが,本人も乗客も楽しいと思うのだが。

家にいた弟は,あいかわらずTVのオリンピックに見入っている。5時を過ぎているのに,洗濯竿に洗濯物が干しっぱなし。イライラしながら,洗濯物を取り入れる。家にいるのなら,それぐらいやればイイのに,と腹が立つ。しかし,「むだ飯食いの役立たず!」と,小声でぶつぶつ呟くしかできないワタシ。

弟に「何か食べてきた?」と聞かれて,母は「いいや」と言ったらしい。遊びじゃなく,父の病院へ行っているのだから,「食べた」と言えばイイのに。これまた,腹立たしい。

部屋があまりにもジャングルのように荒れ果てているので,うんざりしながら,掃除と整理整頓。物が圧倒的に多すぎる。明日はもっと,徹底的にやろう。もっとスッキリと,綺麗でリラックスできる部屋にしたい。

カレーうどんを食べたせいか,お腹が空かず,夕食は9時前になった。今夜は冷麺。美味。考えて見たら,今日は3食とも,麺類!
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by rompop | 2004-08-21 20:03 | ホスピタル

父を,送る。

10時半ごろまで寝ていた。起きて,スーパーへ。「今日は行かなくてもいい」と言われたが,TUTAYAへ行きたかったので,ついでに。

TUTAYAでビデオレンタル。あまり観る時間がなさそうなので,厳選して3本にしておいた。スーパーでは,牛乳,梨,オレンジなどを買う。

あひるご飯は,素麺。いつもの,合びき肉で出汁をとった,温かいつけ汁。ネギをたくさん入れた。美味しい。

父は,1泊の外泊があっという間に終わってしまい,病院へ帰るのがイヤなのか,憂鬱な顔をしている。朝から,散髪屋へ行ってきたらしい。4時過ぎに家を出ればよいのに,すでに2時ごろから荷物をまとめ,ソワソワとしている。「5時ギリギリに戻ればいいじゃん」と言っても,根が真面目なのか(小心なのか)早めに戻らなくては,不安なようだ。

5時に病院に戻る予定なのに「夕食は要らない」と申告したそう。何故,そんな行動を取るのか理解できない。朝になってそのコトを聞き,母は慌てて,「じゃあ,6時に夕食こないのに,どうすんの?」と,塩鮭でおにぎりを作り,卵焼きを焼いた。「食欲ないから」と父は言うが,食欲がないからと食べなければ,体力を消耗するばかりだ。父のこういう所,見ていて,非常にイライラする。副作用でつらいのはわかるが,投げやりで,治療に対して前向きさが感じられない。

4時にタクシーを呼び,4時半に病院に着いてしまった。早いから売店に寄ろう,と言っても,父は腕時計ばかりを見ている。イライラする。結局,だいぶ早くに病室に戻る。戻ってすぐ,体温を測るように言われて測ると,37度2分あった。微熱だ。「疲れた」といい,父はパジャマに着替えて,ベッドに横になる。ワタシと母は,しばらく黙ってベッド脇に座っていたが,所在がないので帰るコトにした。

外はまだ,むっと暑い。母がめずらしく「M坂屋まで行こう」と言う。元気そうだ。背中をやってから,M坂屋まで足を伸ばすのは初めて。しかし,しばらくバッグを見ていて,「疲れたみたい」とギブアップ。あまり焦らずに,また,ボチボチ来ればいい。

帰りに「元禄寿司」で夕飯を食べて帰るコトに。母の背中が痛いので,カウンターでなく,ボックス席が空くのを待っていた。ずいぶん待たされ,ようやくゆったりしたボックス席へ。

おおいに食べた。母は5皿。ワタシは7皿。「これ以上,1貫でも食べたら,吐きそう」というところまで,食べてみた。大満足。

7時15分前。母が「パパ,熱がさがったかな」と言うので,もう一度,覗きに行くコトに。面会時間は7時までだ。病室をそうっと覗くと,父はベッドに腰掛けて,イヤホンでTVの野球を見ていた。ワタシたちを見ると「おお」と嬉しそうだった。熱はさっき測ると,平熱だったらしい。良かった。ワタシたちの前で,おにぎりと卵焼きを食べた。「美味しい」と食べていた。足りなければ,売店で買ってきたカロリーメイトのゼリーを飲めば良い。7時を過ぎたので,「じゃあね」と帰るコトに。父はだいぶ元気になったようで,玄関まで見送りに来た。

ひと雨降ったあとの夕暮れ時は,少し風があって,涼しくなっていた。駅でシュークリームを3個買って,電車とタクシーで帰宅。

借りてきたビデオ,『ドッグヴィル』。観たくてたまらなかった映画だ。非常に面白く,そして,非常に後味の悪い映画。いかにも,この監督の作品らしい。でも,好きだな。ニコール・キッドマンは,美しいし,存在感がある。

シャワーのあと,梨を1つ,シュークリームを1個。父はもう,寝たかな。
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by rompop | 2004-08-14 19:58 | ホスピタル

脳ドッグ。

今日から夏期休暇!ダラダラと9時半過ぎまで寝こけていた。シアワセ。

母は8時までに朝食を済ませねばならないので,とっくに起きて,洗濯などを終えて,居間で寝転んでいた。

朝食がわりに,昨日自分で買ってきた,蓬莱の豚万を1個。母が「お昼食べる時間ないから」と言うので,冷凍していた鮭を焼き,炊いたばかりのご飯で,大きなおにぎりを2個作った。アルミホイルに包んで。

11時半にタクシーを呼び,T駅まで。帰省ラッシュに引っかかったのか,道路は軽く渋滞しており,いつもより時間もメーターもかかった。T駅から電車に乗る。

淡路駅で下車。駅から病院まで,歩けない距離ではないが,タクシーに乗る。陽射しは強いし,なるべく母の体力を消耗させないように。

今日は,かねてから予約していた,母の脳ドッグの日。1時の受付には十分間にあった。整理番号のカードを取り,しばし待つ。

受付を済ませ,母は検査着に着替えた。朝食が早く,水分を絶っているせいか,母は元気が無くなってきた。「少し頭がフラフラする」と言う。糖尿の薬も今朝は飲まないでおいたので,低血糖になりやすくなっている。ナースに持病を告げ,採血のあと,食事を摂ってもいいかどうか,確認する。

採血のあと,医者の許可がでたので,売店で甘いフルーツジュースを買ってきて,母はそれを飲む。検査から検査の待ち時間の間に,母は作ってきたおにぎりを少し食べ,ペットボトルのお茶を飲んだ。血糖値は落ち着いたようで,しばらくすると,元気になった。

ワタシは,綺麗な待合室のベンチで,雑誌を読みながら,ずっと待つ。途中で,おにぎりを1個,食べた。美味しい。ワタシは,冷えたおにぎりの,海苔の部分が柔らかくなったところが,大好きだ。

1時に始まり,最後の検査を終えたのは,4時ごろ。検査結果をもとに,医師の話がある,とのコトで,一緒に診察室に入り,話を聞いた。

脳のMRIと,脳の血管を撮ったMRA。何枚もの画像は,とても興味深かった。何かあるのでは,と少し不安があったが,母の脳には全く異常がなく,76歳にしては,綺麗な脳と血管だ,と太鼓判を押された。ホッとした。数ヶ月前に起こした眩暈(めまい)は,やはり三半規管の関係ではないか,とのコト。耳鼻科で検査をしたほうが良いかもしれない。とにかく,脳は大丈夫だったということで,スッキリと安心した。

駅まで,タクシーに乗り,淡路駅からT駅まで。父が外泊許可をもらったので,迎えにゆくのだ。駅下のスーパーで,肉やアジの開きなどを買い,5時半ごろ,病室へ。父はもう,シャツとズボンに着替えて,ベッドに腰かけ,ワタシたちを待っていた。

駅の中の食堂街で,夕食を済ませて帰るコトにする。ワタシの大好きな『ザ・丼』に入る。父は親子丼と味噌汁,母は,うどんとネギトロ丼のセット,ワタシは,ネギトロ丼と味噌汁のセット。美味しかった。「食欲がない」と言っていた父も,親子丼は美味しかったらしく,全部たいらげた。「ご飯が固いのは,美味しいなぁ」病院のご飯は,柔らかくて,べちゃべちゃしているらしい。

電車に乗り,M駅まで。そこから自宅まで,タクシーに乗る。このルートが,一番空いていて,安上がりなのだ。

帰宅。今日は,母もワタシも疲れた。父も,さっそく畳の上に横になる。

東京のHさんから,封書。素敵な誠サマの舞台写真が3枚入っていた。誠シアター銀座に飛び入り出演した,という話は聞いていたが,その時のものらしい。美しい。先月末に会ったばかりなのに,もうすでに,誠サマがとても恋しい。だからこんな写真は,とても嬉しい。どうもアリガトウ。
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by rompop | 2004-08-13 19:57 | ホスピタル

病院。

目覚ましが8時に鳴る。しかし,眠くて眠くて。1週間分の疲れが,トロトロと溶けだしたようだ。結局9時半頃まで,布団の中でぐずぐずと,幸福な惰眠をむさぼる。

母は,運動がてら,スーパーまで買い物に行ってくれる,という。ワタシは,顔を洗い,少し迷ったあげく,左ひざに電気を当ててもらいに,いつもの整骨院へ自転車で。

左ひざを重点的に,電気とマッサージ。腰と肩も揉みほぐしてもらった。腰とひざは密接なので,どちらも治さなくては,完治しないだろう。

テーピングをしてもらい,湿布を貼ってもらって,満足して帰る。まだ少し痛むが,やはり行ってヨカッタ。

あひるご飯は,そうめん。合びき肉で,温かいつけ汁を作る。ワタシは2束,母に1束。

1時過ぎ,タクシーを呼び,母と二人で父の病院へ。国道で自動車事故があったらしく,車の流れが怖ろしく悪い。時間を喰ったおかげで,いつもよりタクシー代が跳ね上がった。

父は,ベッドに腰掛けて,こちらを向いていた。隣のベッドの男性は,急に退院が決まったようで,怖い奥さんと一緒に,紙袋を持って,「お世話になりました」と,そそくさと病室を出て行った。さすがに嬉しそうで,ワタシは彼のニヤッと笑った顔を,初めて見た。最初で最後の笑顔。最近,父の向かい側のベッドに入った初老の男性は,今週,胃の手術をしたばかりだが,元気そうな声で「さぁ,次は誰かな」と言った。

1時間少しいて,「もう帰ろうかな」と母が言い,帰るコトにした。父は,名残惜しいのか,「ゆっくりしていってや」と冗談めかして言うが,母もまだ本調子ではない。帰りの余力を残しておかねばならないので,「じゃ,帰ろう」と,席を立った。父は,1階の玄関まで見送りにきた。最初の頃は,ワタシたちの姿が見えなくなるまで,手を振って見送っていたが,最近は,少しして振り返ると,もう,姿を消している。そのほうが,後ろ髪ひかれなくて,気持ちが楽チンだ。

駅構内のパン屋の片隅のスタンドで,「抹茶みるく」を飲む。店頭の看板の写真を見て,母は,抹茶サンデーか何かと間違えたらしい。出てきたジュースを見て,がっくりしていた。牛乳に抹茶の粉末を混ぜ,生クリームをトッピングしたもの。美味しかったが。

駅の下にあるスーパーで,豚肉,ナス,生生姜,スパゲティサラダなどを買い,電車に乗って帰る。最寄の駅からはタクシーで自宅まで。

疲れた。しかし,父のところへ行ってやると,「ちゃんとひと仕事」したような気持ちになり,落ち着く。

持って帰った父のパジャマなどを洗濯。干そうとした時に,激しい雷と夕立。干すのを待って,買ってきたカレーパンを食べて休憩。生生姜をキレイにし,甘酢漬けにする手伝い。レタスを刻み,氷水に放す。山芋たんざくを作り,刻み海苔をかける。

雨は上がった。涼しい風が窓から吹き込む。庭の草木も,生き返ったよう。

録画しておいた『ビューティフル・ライフ』を見て,やっぱり最後のほう,泣いてしまった。キムタクは,どちらかと言えば嫌いなのに,なんで泣いてしまうのだろう。

夕食は,豚肉をフライパンで焼いて,からし醤油で。レタスとスパゲティサラダ。トマト。山芋たんざく。小松菜と揚げの汁。美味しかった。
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by rompop | 2004-08-07 19:53 | ホスピタル

怒鳴る,妻。

5時半に事務所を出て,今日も,父の見舞いに行くコトにした。その前に,ダッシュで阪神百貨店に寄り,バーバリーの布製の,軽いシステム手帳を購入。今使っている,皮のどっしりした手帳の重さに,肩が耐えられなくなったのだ。6,000円ちょっと。以前使っていたのと全く同じ柄の物を購入。古典的なベージュのバーバリーチェックに,黒のトリミング入り。スタンダードで,飽きがこない。何よりも,この軽さがいい。

6時15分の特急に乗れた。いつものジューススタンドで,「いちごミルク」(200円)を買い,座席で飲んだ。美味しい。

6時40分に病室へ。父は,夕食を食べていた。あいかわらず,暗い病室。ほうれん草と茹で卵のグラタンに,父は手をつけていなかった。「一口だけ,食べてみたら」と勧めると少し食べてみて「美味しいわ」と,半分くらい食べた。ほとんど食べおえた,ご飯の椀の陰に,海苔のつくだ煮。「あ,しまった」と,海苔のつくだ煮だけを食べる父。「そんなコトしたら,喉が渇くよ」と言うが,全部食べてしまった。まったく,父は,子供のようだ。

隣のベッドの男性は,まだ若いが,脳梗塞で倒れたらしく,ろれつの回らない喋り方をする。気がふさぐ性質なのか,昼間からカーテンでベッドをぐるりと囲んで,中でじっとしている。窓際の彼はそれでも日光があたるだろうが,そのカーテンのおかげで,父のベッドには,ほとんど日があたらない。今日は,何やら大声で1人で喋っているな,と思ったら,どうやらカーテンの中で,携帯電話を使っているようだ。「なぁ,明日来いや」と,何度も乱暴な口調で,しかし,懇願するように繰り返している。奥さんと話しているのだろう。

この人の奥さんを,以前,一度だけ見たコトがある。ワタシと母が,父のベッドの脇に座って喋っている時に,彼女はつかつかと病室に入ってきて,夫にガミガミと説教をした。夫のコトを,「病人!この病人!」と繰り返し,呼んだ。そして,「明日は来ませんからね。明日は,こ・な・い!わかった!」と怒鳴りちらし,洗濯物をつかんで,5分ほどでさっさと帰ってしまった。ワタシたちは,驚いて,シンとしてしまった。男性は,「うぅ」とか「あぁ」とか言うだけで,彼女がいる間,何も喋らなかった。

7時を過ぎたので,「じゃあ帰る」というと,父はエレベーターまで,ワタシを送ってきた。今日はなんだか人恋しいのか,もっと喋りたそうにしていたが,時間なので仕方がない。明日は土曜だから,母と2人で来よう。「明日また来るから」と言い,エレベーターに乗った。

帰宅。

夕食は,餃子,昨夜のタコの残り(またもや,バター炒め),小松菜と揚げの汁,きくらげの中華風。デザートはパイン。

しかし,今日は,母の具合が少し悪そうだ。目が痛いらしい。明日,痛みがひどければ,眼科へ連れて行くコトにする。
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by rompop | 2004-08-06 19:53 | ホスピタル