カテゴリ:ホスピタル( 223 )

2007・8・2 Mセンセイ。

病院へ。間違えて隣のリハビリ病院のほうへ行きそうになる。


どうやら今日は雨は降らず,助かった。

午後に引越し,各種検査。弟は主治医からさらに詳しく説明を受け,結構遅くなったようだ。

父は新しい病室で落ち着いていた。今回は,どこにいるか,ちゃんと理解しているようなので安心。


いつものように,転院手続はすべて弟任せだったので,主治医からどういう話があったのか気になり,病院から家へ電話する。今日は心電図やレントゲン,その他の検査をしただけで,造設の日取りについては,とくに言及されなかったという。

ネットなどでみて気になっていた,チューブ型とボタン型の違いについて,なにか説明があったか確認するが,特になかったそう。

胃ろうを造り,腹に,栄養チューブに接続するための器具を取り付けるのだが,それには2種類あるようだ。短いチューブが飛び出しているものと,ボタン型という,まぁ,ビーチボールの空気を入れる箇所を想像してもらえればイイのだが,ああいう,フラットなカンジのもの。

どちらにも,メリットやデメリットがあるようだが,選べるならなるべく本人が気にしないですむ形のほうがいいな,と思った。


しかし弟は,そんなことはどうでもイイようで,ワタシが渡したいろんなHPの情報すら,チラッと読んだだけだった。

主治医に確認するなら早いほうがイイなぁ。。。と思っているところへ,担当の看護師さんが点滴にやってきて,「造設は明日の予定になってます」と言われる。「どなたかご家族に来て頂けますか?」とのコト。

これまた随分,早い展開だ。転院の翌日にさっそくやるとは。。。しかも,内視鏡の外来の合間を縫ってやるので,正確な時間がちょっとわからない,という。いちおう,午前中になるかもしれないので,朝から来てください,と言われるので,また弟に電話を入れる。


主治医はもう,この時間にはいないので,その看護師さんに質問してみた。いちおうこの病院では,最初の造設では,「お腹に優しい」チューブ型を取り付けるそうだ。半年ぐらいで交換しないといけないので,その時に希望があれば,ボタン型に変更も可能だそう。交換はごく簡単だそうだ。ただ,患者本人がどうしても触ってしまったり,認知症などがあって,抜いてしまう恐れがある場合は,交換時期を待たずに,すぐに変更するコトもある,という。

ネットで調べただけの情報だが,チューブ型は,長さが少しある分,栄養チューブにつなぐのがやりやすい。ただ,自己抜去しやすいのと,目立ってしまうのがネック。ボタン型は,目立たなくて良いのだが,栄養チューブをつなぐとき,開閉しにくいコトがあるとか。

そういえば,リハビリ病院にいた患者さんたちは,みんなチューブ型だったなぁ。。。と思う。

器具の交換についても,気になっていたので聞いてみた。基本的に,交換時期には「外来受診してください」と言われる。でも,在宅ならともかく,遠方の病院にいる場合,交換のためだけに,いちいち介護タクシーなどで父を連れてくるのは大変だ。

その場合,その病院や近くに消化器内科があって,交換が可能ならばそこでしてもらえるとのコト。これは,落ち着いた先で確認するしかない。

「でも,重度の寝たきりなどで,絶対に動かせないような患者さんで,近くに交換してくれる医者がいなかったら,どうされるんですか?」と聞いてみたら,「そんな重度の寝たきり患者さんになると,胃ろう自体が難しくなると思います。内臓の状態もあまり悪くなると,適応外になりますから」とのコト。

・・・・なるほど。そんな状態になってしまったら,胃ろうではなく,点滴などの栄養しかできないのかもしれない。

とりあえず,よくわかっている看護師さんで,ヨカッタ。疑問は解決。


父には,「明日だって」と言おうかどうしようか,迷った。緊張して眠れなくなっても困るし。。。

と思っているところへ,前回,誤嚥性肺炎で入院した時の主治医だった,Mセンセイが病室へこられた。とても若くて(下手したら20代かな?),弟は「なんか頼りない」と言っていたが,ワタシは,なかなか良いセンセイだな,と思っている。

若くてキャリアがない分,なにごとも一生懸命で,患者の気持ちや家族の気持ちに,なるべく寄り添おうとしてくれるのがわかる。つまらない質問にも,何度でも丁寧に答えてくれる。ワタシも,素人ならではの,筋の通っていない疑問を何度もぶつけたコトがあるが,そのたびに,こちらが納得するまで,何度でも説明してくれた。

これって,当たり前のコトだと思うけど・・・なかなか,そんな医者はいない。


父が今回,胃ろうを造るために入院したと聞いて,気になって顔を見にきたのだという。今回は主治医ではないから,あまり出過ぎたコトは言えないけど,なんでも困ったコトがあったら,相談に乗らせてもらいます,と言ってくださった。父にも,「入院は退屈でしょう。世間話の相手ぐらいならなれますから,ちょくちょく顔を見にきますからね」と言ってくださった。明日の造設の際も,時間があえば立ち会うつもりです,と。

嬉しかった。


しかし,Mセンセイが去ったあと,造設の話が出てしまったので,しかたなく,「明日にやるみたい」と父に説明する。「もう,早くやってもらったほうがいいよな。いつまでも点滴ばかりじゃ辛いし」と。父は若干,緊張していた。

そういえば,さっきMセンセイに,「(胃ろうの造設は)苦しいんですか?」と聞いていたっけ。ワタシには「怖くない」と言ったが,やっぱり・・・どんな風にされるかわからないって,イヤなものなんだろうなぁ。


8時過ぎに帰宅。


今後のコトについて,10時前まで,3人で話す。弟は疲れているのか,また,キレかける。障害者手帖の申請や,今後の病院のコトなど,ほとんどを弟に任せきりにしてしまっているのは事実だが,それで,弟はなかなかよくやってくれているとは思うが・・・・それとは別のところで,ワタシもいろいろ思うところはあるし・・・・やっぱり,兄弟仲良く,一緒にがんばって,とはうまくいかないものなのだ。


診療情報を提出していた,療養型の病院から返事あり。いちおう,受け入れはしてもらえる方向だ。事務的なコトや具体的な受け入れの時期などについて,一度面談に来て欲しいとのこと。弟が平日に行ってくれるコトになった。


ワタシが先日,見学にいった2つの病院のうちの1つだ。しかし,ここも長くはいられないようだ。公式には,3ヶ月から(長くて)1年,という。。。でも,うんと先のコトはなにも読めないし,ちょっと先を見すえながら,なんとか少しでも良い方向を探していくしかないなぁ。
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by rompop | 2007-08-02 20:44 | ホスピタル

2007・8・1 転院,決まる。

夜はいつもどおりの時間に病院へ。父は寝ていた。昨日ほど元気はなかったが,熱もほとんど無いようだ。ただ,痰がからんでいて,ゼロゼロ言っているのは,変わらず。炎症は治まったのではないのかな。。。

10%の糖分が入った栄養剤の点滴が今日もついていた。しかし,寝たまま,身体を維持するのにギリギリの栄養と水分だ。体力が日に日に落ちていくのでは。。。と心配だ。でも,今は,病院にお任せするしかない。


「昨日,病院へ行って手術の説明受けたんやってなぁ?」「そうそう」「ちゃんとわかった?」「わかったよ。むしろ,やった方がいいらしいね」「・・・・そうやで。栄養がちゃんと取れるんやから」

「手術,怖いか?」「いいや」「何十件もやっているセンセイらしいから,絶対だいじょうぶやで」「そうらしいね」


「・・・それで,穴を開けたあと,塞がらないようにチューブをつけたままにしておくらしいわ。嫌がって引っ張って抜いたりする人がいるらしいけど・・・パパ,そんなコトせえへんよな?ちゃんとわかっていてやるんやから・・・」「しないよ。意識を失ったらどうかわからんけど」「・・・・」

「チューブを抜いてしまったりしたら,腹膜炎とかになって,お腹を切っての大手術になるかもしれないって。イヤかもしれんけど,絶対そんなこと,せんとってな」「・・・うん」


それ以上話を続けようとすると,「ちょっとしんどいから」と言って,目をつぶってしまった。本当に今日はあまり元気がないが,それよりも,ワタシの話をシャットアウトしたいかのようだ。

理屈ではわかっていても。。。。父だって,そうそう簡単には受け入れられない。


7時半頃,「ウンコが出たい」というので,看護助手さんに手伝ってもらって,点滴をぶらさげたまま,車椅子でトイレへ。本人が「トイレまで行く」と希望する限り,どんなに忙しい時間帯でも,それをかなえてくれようとする。ここは,やっぱり「リハビリ病院」だけあって,イイ病院だと思う。

尿がたくさん,出た。ウンコは出なかった。


8時前に,「もう帰ってくれていいよ」と言ってくれたので,帰るコトにした。帰り際の父の笑顔は,とても良いものだったので,少し安心。


帰宅。

隣接する病院への転院が,明日の午後に決まったそう。もうこうなったら,早く済ませて,一分でも早く,父に栄養を入れてやってくれ。


台風が近づいているのが,ちょっと気になる。引っ越しが済むまで,天気が持ちこたえてくれますように。


それにしても,父が倒れたのは,12月9日だが,リハビリ病院へ最初に転院したのが,2月2日。誤嚥性肺炎で逆戻りしたのが,6月2日。リハビリ病院へ復活したのが,7月2日。そして今回,「胃ろう造設」のための転院が,8月2日。


2ばかり続くのが,なんとも摩訶不思議。。。。。今度は9月2日に帰ってくるのかしらん?
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by rompop | 2007-08-02 12:19 | ホスピタル

2007・7・31 ② 外来受診。

心配しながら,病院へ。

父は寝ていた。ふと見ると,氷枕でなく,普通の枕をしている。

看護師さんの話では,午前中は熱も下がり,36度台で,夕方計ったら,37,1℃だったとか。とりあえず下がったんだ,ヨカッタ。

点滴は黄色い液体に変わっている。


父はずいぶんと元気そうだった。途中で「ウンコ」と言い出し,トイレへ行く,というので,車椅子に乗せて点滴台を引っ張って,つれてゆく。夕飯時の忙しい時間帯で看護師さんの目も届かないので,一緒に個室に入り,点滴が止まらないように見張っていた。

オシッコが驚くほど出たが,ウンコは出なかった。


父が「今日,○○(弟)と隣の病院へいった」という。昨日まで高熱があった人を,外来受診させるはずがない,と思い,適当に聞き流していた。レントゲンを撮ったとか,撮らないとか。。。

父は本当に,機嫌もよく,よく笑い,喋った。嬉しかったが,なんだか,ワタシたち家族に心配をかけまいとして,無理に明るくしているのではないかな?とちょっと疑う。


話している時に,「(家では)夕飯はどんなモノがでるの?」と聞かれて,答えにつまった。いいかげん,お腹が空いてきたのかな。。。「八宝菜とか?」と聞かれ,もし「食べたいなぁ」と言われたらどうしよう,と思った。

「魚とか煮物とか,そんなん。そんなに良いモノ食べてないよ」とごまかした。

父は,胃ろうにして元気になったら,また普通に食べられるようになると思っているのだろうか。。。ものすごく辛い。


ワタシをきづかってか,7時半ごろに,「もう帰ってくれていい」と言い出した。「いてもらっても,してもらうコトないから」と。もう少し,いたいな,と思ったが,お言葉に甘えて帰るコトにした。帰りたくても帰れない日が,またあるかもしれない。


帰宅して,連絡帳をみると,やはり弟は父を連れて,外来受診をしていた。隣接する病院の消化器内科で,「胃ろう造設」の説明を受けてきたようだ。


なんて早い展開。。。気持ちがついていかない。でも,父の栄養状態と,先日の誤嚥を考えると,そう悠長にもしていられないのかもしれない。どうせやるなら,早く,と,病院は考えているのだろう。

ドクターは,紙に図を書きながら,説明をしてくれたらしい。簡単な,といっても,いちおうは手術だから,当然,起こりうる合併症や事故などのリスクも話したのだろう。

父があまりにも固い表情をしていたので,弟はドクターに,「命に関わるような手術じゃないと,説明してやってください」と頼んだらしい。


父は,説明を受けて,多分ぜんぶは理解できなかっただろう。緊張しているのだ。今日は,機嫌がよくて元気だったのではなくて,緊張して気持ちが昂ぶっていたのだとわかる。


母も一日凹んでいて,弟に「落ちこんでも仕方ないやろう!しょうがないんやから」と怒られたらしい。

「しょうがない」のはわかっている。でも,それでも「可哀相だ」と気持ちが沈むのは当然だ。ワタシもずっと気持ちが沈んでいる。



もう,仕方がなくて,そうせざるを得ないのだったら,せめて父が安心して自分の状態を受け入れられるように,父の気持ちをしっかりフォローしていこう。それしかないな。
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by rompop | 2007-08-01 17:25 | ホスピタル

2007・7・30 高熱。

今日の昼間は,母と弟が病院へ行ったはずだ。

気になって,夕方電話してみた。弟が出た。「パパ,どうだって?」と聞くと,「自分から『じゃあ,やってもらおうか』って言った」とのコト。

「やっぱりどうしてもイヤだ」と言われたら,それはそれで,「どうしよう。説得したほうが良いのだろうな・・・」と悩むだろう。とりあえず父の身体のため,もっと言えば,より確実な生命の維持のためには,それしかないのかな,と思う。

これからも,栄養を経口だけに頼るのは,正直危うい,と思う。まるで,バランスを失って,今にも落っこちそうなヤジロベエを間近で見ているような気持ちになる。弟に言わせれば,今の父は「下りのエスカレーターを,逆向きに一生懸命昇らされているような」カンジだと。


けれど,そんな理屈は抜きにして,やはり,腹に穴を開けられ,チューブをつけられる気持ちは想像するだけで,苦しい。誰だって,イヤに決まっている。泣きたくなるだろう。


「楽しみ程度には,口からも食べられますよ。元気になって,たくさん食べられるようになったら,いつでもチューブは外せますし,穴もすぐに閉じることができますからね」

医者は言う。でも,楽しみ程度でも,父はもう,母の作った八宝菜も,玉葱の天ぷらも,バナナも,それらの好物は食べられないだろう。食べられたとしても,嚥下障害のある人間には一番食べやすい形状の,ヨーグルトかゼリーだろう。元気になっても,たくさん食べられるようになって,チューブを抜くことなど,あり得ない希望だろう。


電話を切ったあと,わかっていた結果なのに,落ちこんだ。


今朝の父は,熱もさがってきて具合も悪くなく,主治医のOKが出たので,昼食を少し食べたらしい。土曜の昼から絶食だったから,相当腹も減っただろう。弟が昼食介助をしたらしい。全部は食べられなかったが,「無理しない程度に」とのコトだったので,時間をかけて半分ぐらい食べたらしい。


夕食も介助が必要だと思い,急いで事務所を出た。電車に乗りながら,胃ろうの手術の前に,なんとか父の好物のバナナを食べさせてやれないかな,とずっと考えていた。

言語療法士のセンセイに相談してみようか。元の形状は無理にしても,できるだけ味を損なわない形状で,たとえば細かく刻むとか,粗くすりつぶすとか。煎餅ではなくバナナなのだから,望みはある。どうしてもダメだったら,バナナをミキサーにかけるとか,ババロアみたいにしてもらえたら。。。頼んでみる価値はあるな,と思う。

それとも,少し細かくして,こっそり食べさせてやろうか。2口3口でもいい。なんとかイケるような気もするなぁ。



病室に着いたら,父は寝ていた。日勤の看護師さんが飛んできた。父の熱は,39度6分まで上がっていた。


どうやら,昼食を少し食べさせ,夕方からいっきに熱が上がったらしい。「昼食を誤嚥して炎症を起こしたのでは」と看護師さんは言う。食べられる,と判断してOKを出したのは,主治医じゃないのか?いちおう,言語療法士が事前に飲みこみ具合などをチェックしたらしいのだが,やっぱり無理だったのか。。。

今朝は調子が良かったため,早く点滴をはずしてやろうと,今日一日分の抗生剤は早いうちに打ってしまったらしい。だから,もう,熱が上がったからといって,さらに追加するコトはできない。抗生剤は,一日に使える量が決まっているらしいのだ。

仕方がないので,解熱のために座薬を入れた,とのコト。1~2時間で熱が下がれば良いのだが。

酸素量は92。少し落ちている。


主治医は帰ったあとだったので,副院長が診察をしてくれた。聴診器で胸の音を聴き,「左の肺がバリバリ言ってます。やはり誤嚥した可能性がありますねぇ」と言う。

水分補給の点滴と,酸素吸入をして,様子を見るという。食事が肺に入って炎症を起こしていたとしても,熱が下がれば炎症が抑えられたというコトだ。熱もさがらず,反応が鈍いようなら,隣の急性期病院に真夜中でも搬送する,とのコト。


父の身体はとても熱い。顔をのぞきこんで,「しんどいか?しんどいやろう?」と聞くと,いつもなら「大丈夫」というのに,「しんどい」と言う。


バナナのコトなど,頭から吹っ飛んだ。こっそり食べさせてやろうか,多分,イケるだろう。。。なんて考えていた。でも,ちょっとしたコトが,命に関わるのだ。


1時間して,熱は38度7分まで下がった。もう少し下がらないかな。

「喉が渇いた」というが,水は飲ませられない。


父はふぅふぅ言いながら目を閉じているが,目を開けて「何時?」と聞く。「7時過ぎ」と答えると「遅くまでいてもらわなくていいよ,悪いから」という。「もう少し,いるよ」と答える。


8時半,父の熱は37度6分になった。酸素量も96まで上がった。少しは楽になったと思う。


ふと,父のパジャマの背中や脇の下をさぐると,汗でぐっしょり濡れている。背中の下のシーツもだ。これは・・・汗が冷えて,よけいに具合が悪いのでは?

夜勤の看護師さんにお願いして,パジャマと下着を替えてもらう。シーツにはバスタオルを敷く。着替えさせられるのは,父もしんどそうだったが,やはりこのままでは・・・


結局,少し安心できるまでは,と,9時前まで病室にいた。父の口の中を少し拭いてくれるようにお願いして,帰った。


病院から,「また隣の病院へ搬送されるかも」と電話をしておいたので,母は台所に座って,ワタシの帰りを待っていた。

「パパ,熱さがってきたよ」と言うと,「本当?よかった。。。」と安堵したようだった。弟の部屋の前で,「パパ,熱下がったから」と言うと,「ふうん」と中から返事が聞こえた。なんだ,こいつ??それだけか?心配じゃないのか?と,頭にくる。


母に今日の父の様子を聞いてみた。やはり,父の気持ちを聞く,というよりも,説得したような形になってしまった。父は,弟の説明を聞いていたが,黙ったままなにも返事をせず,母はそんな父の様子を見て,「やっぱり,イヤなんだろうな」と感じたという。

弟に「お母さんからも説明して!」とせっつかれて,「パパ,もう,仕方ないなぁ。。。このままでは身体も弱ってくるし,また熱が出たり肺炎になったりするかもしれんし。。。」と言い出して,父が可哀相で,涙が出てきたらしい。

父は母の様子をじっと見ていて,「ママ,そんなに心配せんとき」と言い,「・・・じゃあ,手術をやってもらおうか」と言ったという。そのあと,もう一度,「もう,一刻も早くやってもらおうか」と言ったらしい。


多分,父には,「それでもやっぱりイヤだ」とごねる余地はなかった。本当にフェアに,「どちらにする?パパの身体のコトなんだから,パパが選んでいいよ」と,余地を用意してやらなかった。



いい加減,正直に言おう。

父の身体のためには。。。と真剣に考えた。これは本当だ。父の本心はわからないが,ワタシは,父には,少しでも長く生きて欲しいと思った。


でも,その理由をすべて差っ引いたとしても,父を自宅でみるコトができない以上,ワタシたち家族は,父の気持ちだけを優先して,単純に動くわけにはいかないのだ。



「どんな状態の人も,いつでも,どうぞ。そして,好きなだけ居てくださいね」

そんなユートピアのような場所があったら。
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by rompop | 2007-07-31 19:06 | ホスピタル

2007・7・29 ② 「胃ろう」。

4時半頃,父の病室へ行った。

父の熱は下がっていた。看護師さんに聞くと,午後は36度9分ぐらいだったという。抗生剤や水分補給が効いているようだ。脱水症状に近かったので,熱も下がりにくかったのかもしれない。

母が帰ったあとも,父は看護師さんや,看護助手さんに,からかわれていた。「ホンマに嬉しそうやったねぇ,○○さん。」「綺麗な奥さんやったねぇぇ。」などと言われて,恥ずかしげもなく,「でへへへへ・・・」と笑っていた。ワタシから見ても,嬉しそうな顔だった。


ただ,母が帰ってしまったあと,一時的に不穏になったらしい,とこっそり教えてもらった。「淋しくなったのかな」と看護師さん。気を紛らわせようと,テレビをベッドに向けて,見せてやってくれたらしい。そうしたら,気分が治ったとか。


父は,ずいぶん具合も楽なようで,ハイテンションのまま,ペラペラ喋る。ホントに驚くほど,頭がしっかりしている。言葉もわりと明瞭だ。水分って・・・・ホントに大事なんだなぁ。

ちょっと元気な父を見ていると,「胃ろうなんて・・・」という気持ちがわき上がる。でも,口からではなく,点滴だから,こうやって必要十分な水分がちゃんと補給され,こんなに身体に変化が現れたのだ。考え違いをしてはいけない,とも思う。


胃ろうの話を切り出すのに,「僕から話そうか?」と弟は言った。でも,それはイヤだと思った。合理的に淡々と,父の気持ちを考えずに話して欲しくなかった。弟が話すなら,ワタシが話したほうがマシだ,と思った。

あるいは,パパの頭がクリアなうちに,明日の夕方,母も連れて3人で父に会いにいき,話をしようか?とも。

それに返事をしないまま,家を出てきた。


いっきに3人がやってきて,ベッドを取り囲み,話すのか。父に選ばせるのではなく,「パパ,どうする?」と言いながらも,なかば「説得」するために。

それって・・・・どうなのかな。どう話してもショックはショックだけど,状況的にかなりヘビーなのでは?


そんなコトを考えながら,父とぽつぽつと話をしていた。父は機嫌がヨカッタ。それに,父のほうからやたらと,自分の病気や入院のコトを尋ねてきた。「肺炎のときは,どれぐらい隣の病院にいたの?」とか,「それでこっちへいつ戻ったのか?」とか。「最初に救急車で運ばれたことは,ちゃんと覚えてる」とも。

今なら,話せそうな気がする,と思った。いつもは頭がぼんやりしているか,頭はハッキリしていても疲れてしまっているかだから,こんなにたくさん,ちゃんと会話が成立するコトは,滅多にない。


勇気が要った。何度も生唾を飲みこんで,言葉に詰まりながら,話し始めた。途中で,「アカン,こんな言い方では伝わらへん・・・」と何度も思った。でも,話し出した以上,止めるわけにいかない。

ほかの患者さんたちは,夕食の配膳についていて,病室はワタシたちだけだった。


ワタシでさえ,父が入院するまでは,「胃ろう」なんて処置があるコトを知らなかった。見たことも聞いたこともなかった。初めて,お腹からチューブが出ている患者さんを見たときの衝撃は忘れられない。

ワタシでさえ,時間をかけてネットで情報収集し,写真や図解を見て,やっと前向きに捉えることができはじめたところ,なのだ。

父には,ものすごい衝撃だろう。外から胃に栄養を入れる??お腹に穴を開ける???


父をムダに怖がらせないよう,でも,ある程度正直に,でもなるべく前向きに希望を持って,話をした。

「胃ろうをしても,飲みこみの具合が良ければ,ヨーグルトやプリンぐらいなら,食べられるって」とワタシは言った。でも,「食べられるようになれば,胃ろうをいつでも外すコトができるよ。穴もすぐにふさがるよ」とは,言えなかった。そういうモノらしいが,父には,それは多分,ありえない希望だから。


「お腹に穴を開けるの??」と父は驚き,「・・・・イヤだなぁ」と言った。そりゃ,そうだろう。

何度も医者から勧められたコト,栄養状態がずっと悪くて,抵抗力も落ちていて,またいつ,熱が出たり肺炎になったりするか,わからないコトも話した。

飲みこみや喉の具合は,脳出血の後遺症だから,パパが自分でがんばっても,コントロールできない部分があるというコト。知らない間に,気管や肺へ入っていってしまうコトはどうしようもないんだと。

「そりゃ,イヤやと思うけど。。。ワタシもいろいろ調べたりしたけど,そう悪い方法でもないと思うよ。栄養がちゃんと身体に入るんやから」と重ねた。


「パパ,どう思う?」と聞くと,「どうって聞かれても・・・仕方ないなら,仕方ないじゃないか」と父は,なかばあきらめたように,言った。


でも,「じゃあそうする」とは言わなかった。当然だろう。「少し考えるわ」と父はいい,目をつぶった。「キツイ話やったなぁ,ごめんな」と謝ると「・・・熱出てきそうや」と父は言い,苦笑いした。

ワタシの話し方は,現実をありのまま,ではなく,多少偏っていたかもしれない。これでヨカッタたのだろうか。


席をはずして,家へ電話をかけ,父に話した,と弟に告げた。「え?もう話したんか??」と言われたが,「3人で囲んでいきなり迫るのは酷やと思ったから」と言った。

明日,母と弟が行き,特に母から直接,話をしてもらうコトにした。父はきっと,ワタシでも弟でもなく,母からちゃんと話をしてもらい,母の意見を聞きたいだろう,と思った。


部屋にそっと戻ると,父は目を開けた。しばらくベッド脇にいたが,7時過ぎに「もう帰ってくれていいよ」と父が言った。母から,「お姉ちゃんも毎日,ホンマに大変やねんから。毎日9時過ぎに帰って,それからご飯とお風呂に入って。。。」と聞かされたせいだろうか。「いてもらっても,してもらうコトもないし」と。

もしかしたら,父は一人になりたいのかもしれないな,と思った。帰るコトにした。


帰りがけに熱を測ったら,37度7分。本当に熱が上がってしまった。。。
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by rompop | 2007-07-31 17:04 | ホスピタル

2007・7・29 ① 母が見舞いに,行く。

9時に起床。久しぶりに部屋の掃除をした。洗濯もしたし,布団も干した。ずっと気になっていた部屋のカーペットを片づけて,青ゴザの敷物を出した。

今日は,母がめずらしく「病院へいく」と言い出した。体調も悪くないようなので,弟と一緒に昼前にタクシーで出かける。父,喜ぶだろうな。。。


先に母が帰宅。心配していた父の熱は,かなり下がっていたそう。「パパ,元気やったよ」の母の言葉に,胸をなでおろす。

今日からは,抗生剤の点滴に加え,スポーツドリンクのような補助の水分も,500ミリリットルを2本,してくれているらしい。もちろん栄養の点滴はなく,水分のみだが,それでも1日に1400ミリリットルの水分が父に補給されている。

そのせいか,ものすごく頭がしっかりしていて,父はもう,ホントに大喜びでずっと喋りづめだったそう。通りかかる看護師さん達が,「○○さんのこんな嬉しそうな顔,見たコトないわ」「こんなに喋る○○さん,はじめて。やっぱり奥さんがいいのね」などと,しきりに驚いていたそうだ。

うちの近所の人の話や,我が家の垣根や庭の話,親戚の話,自分の友達の話など,話題は尽きるコトなく,1時間半ぐらい,ずっと喋っていたらしい。よっぽどパパ,嬉しかったんだなぁ。。。


弟が遅れて帰った来た。そして,「胃ろうだけど,こちらからもうセンセイにお願いしようかと思うんだけど,どう思う?」と切り出された。


胃ろう。。。。。父がこうなる少し前から,やっぱり避けられないのかな,とは考え始めていた。今はワタシと弟がべったりくっついて,父も頑張って,なんとかかんとかミキサー食を食べている。でも。。。父はもう,いっぱいいっぱいだ。

バリウムを使った2度目のVF検査は,「リスクが高すぎる」と実施してもらえなかった。代わりに行った耳鼻科のマイクロスコープでの検査では,あきらかな誤嚥はなく,飲みこむ力はまだあった。ただ,喉のあたりに,唾液や水分が貯留しやすくなっていて,嚥下反射は鈍かった。つまり,誤嚥したものや溜まった唾液などを,自力で出す力は弱い。

微妙だった。でも,嚥下能力が飛躍的に改善する見こみは,限りなく薄い,と言われた。


肺炎でかつぎこまれた病院でも,主治医に何度も胃ろうを勧められた。でも,断った。父が可哀相で,考えられなかったから。

こちらへ戻ってからもすぐに,主治医やSTに,強く勧められた。でも・・・断った。少しでも口からいけるうちは・・・と思ったから。でも,「このままの栄養状態で,また肺炎を起こしたら,致命傷になるかもしれませんよ。それは覚悟されてるんですね?」と言われた時,弟は「はい」と返事をしたが,ワタシは迷った。父が今,死んでしまってもホントに・・・いいのか?

主治医たちは,いちおう,家族の気持ちを大事にしたい,と思ってくれたのか,胃ろうの話は,保留になった。STが毎日,父のベッドへやってきて,アイスマッサージや舌の運動などをしてくれるようになった。夕食も本当は6時なのだが,ワタシが「全面的に見守り・介助」をするために,父だけ,6時半以降の開始にしてもらっている。

父には,自分をとりまくシビアな状況は,あえて説明しなかった。それでも,ワタシと弟がどこか鬼気迫っていたためか,父はそれを感じていたようで,一生懸命,食べた。でもきっと,「食べる」というコト自体が,ものすごいストレスになっていただろう。

普通食は,おそらくもうずっと無理でしょう,と,早い段階で宣告されている。父はそれを知らない。だから,今はまずいミキサー食をがんばって食べている。ワタシたちもがんばって食べさせている。

胃ろうにしたら,栄養状態は少しずつ良くなるかもしれない。「そうしたら,元気になって力もついて,リハビリの意欲も出てくるから」と,看護師さんや療法士は言う。でも,リハビリをがんばっても,父は家に帰れない。家に帰れないどころか,胃ろうを着けたら,老健もすぐには入れない。枠がとても少ないので,半年やそこら待っても,入れるかどうか,まったくわからないという。待機期間が生じるというコトは,その間,父を自宅に連れ帰らねばならない,というコトだ。その選択肢はない。

ならば,療養型の病院か。胃ろうにして,栄養状態が改善して,リハビリをがんばったとしても,行き着く先は,寝たきりに近い形になる恐れが最初からある,病院なんて。

父にとっての幸せな着地点が見いだせないから,なにが本当に,父にとって「良いコト」で,なにが「可哀相なコト」なのか,ワタシにはもう,まったく見えない。


ただ。。。金曜の夜,ベッド脇に座らされて咳きこみ,うなだれていた,痩せた父の姿が目に焼きついている。


「お父さんの今の現状を,ちゃんと認めなアカンで」と弟はしきりに言う。このままの状態を続けても,早晩,誤嚥性肺炎を起こすに決まっている,と。施設へ行こうが,病院へ行こうが,父が一人で,誤嚥しないように,注意深く食事をとり続けられるとは思えない,と。ワタシたちが,いつまでも,こうやって見守り続けるコトはできない。見守り続けていても,自然と違うところへ入っていくものは,どうしようもない。


弟が,施設を選択肢から消したくないために,胃ろうを断固拒否していた時,ワタシはそれに反発した。父の身体が一番大事じゃないのか??と。

でも今,そう言われてしまうと,逆に反発したくなる。かといって,「今」,そうしなければいけないのか??と。


点滴のおかげで,怖ろしく頭がクリアになっている父。自分から母に,小学校時代の唯一の友達であるYさんに,自分のコトを知らせてくれないか?と頼んだという。「あの人は僕の唯一の友達だから」と。

「今日,明日のお父さんなら,自分で理解して,判断できると思う。だから,話をする良いチャンスだ」と弟は言う。今日は母と一緒だったので,まさしく良いチャンスだったのだけど。。。と。

どうせ避けられない胃ろう造設なら,今はとても良いタイミングだと思う,と言われ,言い返せなかった。

「まずパパに気持ちを聞くのが先や。」と母。それはそうだ。でも,辛い話だな。。。
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by rompop | 2007-07-30 19:34 | ホスピタル

2007・7・28 ② 熱。

とりあえず,夕方までにちょっとだけでも寝よう,と思った瞬間に,昼食介助にでかけた弟から電話。

やはり父の具合は悪化していて,38度1分の熱があるらしい。朝食は半分食べたが,むせこんでギブアップ。急遽,朝夕の抗生剤の点滴をするコトとなった。食事はとりあえず,やめて,治療優先にするという。

前回と同じような経緯をたどっている。ただ,前回と大きく違うのは,その時と今の,父の体力と免疫力。。。不安がこみあげる。


昼食介助が中止になったので,「いてもするコトがないし」と,弟が早々に帰ってきた。そりゃそうだけど。。。

弟が帰宅後,母と3人で,父の今後の病院について少し話をする。なかなか,厳しい。。。


4時に家を出て,病院へ向かう。出がけに大きな雷の音とともに,激しい雨。駅から病院までタクシーに乗ったが,にわか雨だったようで,すぐに止んだ。

病室に入ろうとしたとたん,看護師さんに呼び止められて,朝からの経過を説明される。と,病室をなにげに見ると,父がベッド柵につかまって頭を突き出し,ベッドの下の廊下に痰を吐き出そうとしている。口から痰が長く伸びている。

一瞬,泡を吹いているように見えて慌てた。看護師さんと2人で,「わぁ~!!どうしたん?」と駆け寄ると,どうやら手の届くところにティッシュ箱がなく,口にたまった痰をたまらずに吐き出そうとしたらしい。見ると,枕元のシーツも痰で黄色く汚れている。

「どうしたん?ナースコール押せばよかったのに。。。」と言いかけてふと見ると,ベッドをギャッジアップした時に,ナースコールはベッド柵の外側に落っこちてしまっていた。

「さっきまでそこにいたんですけど。。。ごめんね,○○さん」と,やや言い訳の看護師さん。。。


朝食は半分,昼食はとりあえず,様子をみるために中止したとのコト。夜も多分中止。さきほど,少しだけお茶を飲ませてみたが,痰が増えたようなので,怖くて少し様子を見る,とのコト。

水分も中止は辛いなぁ・・・よく聞くと,抗生剤入りの点滴200ミリリットルを朝夕2回。つまり,水分だけが1日に400ミリリットルだけ。「水分不足で,脳梗塞など起こさないか心配です」と看護師さんに話す。父は心房細動があるので,それでなくても,血管が詰まりやすいリスクがあるのだ。


ワタシの頭もなんだか具合が悪いようで,新しいティッシュの予備がひと箱あるのに,それに気づかず,わざわざ外へティッシュを買いに行った。ひと箱105円の定価で。

5時半頃,父の熱は38度3分。。。


父は「しんどい」とも言わず,比較的落ち着いて寝ている。額を触るとそう熱いカンジはしないのだが,布団に手を入れて,脇や手足を触ると,結構,熱い。父の腹を触っていたら,あまりにシワシワのペタンコで,おまけに肋骨の下の部分の骨が飛び出していて,それが手に触れて驚いた。父。。。こんなに痩せてしまった。。。

父がもぞもぞする。「何!!?」と顔をのぞくと,「オシッコ」という。車椅子は無理だろうな,尿器を借りなければ。看護師さんが,いそいで尿器を持ってきてくれる間に,「あ,出ちゃった」と父。オムツを交換してもらう。

父が急に顔をしかめる。「何!!!?」とのぞきこむと,「・・・お尻が痛い・・・」とのコト。褥そう(床ずれ)がまたできかけているのかな?お尻をさすってやっていると,「今,便の検査しているから,痛いなぁ」と言う。「???」多分,便秘が続いたので,座薬を入れられたのだと思う。父は肛門入り口に,かなり大きなイボ痔があるので,乱暴に座薬を入れると痛むらしい。看護師さんが適当に突っ込んだのかな。。。


父は,ウツラウツラしているが,時々目をあけて,右斜め下に座っているワタシのほうをチラっとみる。「雨,降ってるの?」「さっき夕立だったけど。雷聞こえた?」「あぁ,そうらしいね・・・」などと話しかけてきたり,そのまま,また目をつぶってしまったり。


はっきり言って,居ても,ほとんどするコトはない。でも,ワタシなら,やっぱり声の届くところに,誰か家族がいてくれたらいいなぁ,と思うだろう。看護師さんは多忙だから,コールしても,すぐに飛んできてくれる,とは限らないもの。


6時前。夕食の配膳がはじまり,ダイニングはがやがや騒々しくなった。父は,まだ,お腹がすいた,とは言わない。

ただ,頭もかなりボンヤリしていて,ロレツも回らない。急に,「食事をするのはあそこだね。三本の柱が立っていて。。。」と言い出すので,「パパはご飯はないよ。熱があるからね」と言っても,「わかっているけど,場所が違うね。三本の柱が」「柱がどこにあるって?」。。。「わからないなら,もういいよ!」と,手でぐいぐいと肩を押し返されてしまった。


喉が渇いた,というので,看護師さんに聞いて,口の中をガーゼで拭いてやる。手をよく石けんで洗って,買ってきておいた滅菌ガーゼに水道水をひたして。やり方がかなり下手くそだったようで,「もういいよ」と言われてしまった。看護師さんに頼めばよかった。でも食事の前後は,殺気立つほどバタバタしているし,それより前は,シフト交換の申し送りをしているし,もっと遅くなると,今度は夜勤で人数がぐっと減ってしまうし。。。結構,遠慮してしまうものだ。

父が「パジャマを着たい」というので,苦心して着替えさせる。熱があるのに,あまり動かすのもどうかと思うが,ポロシャツとジャージのまま寝るのは,暑いだろう。寝汗をかいたら困る。父も協力してくれたが,着替え終えると,父もワタシもどっと疲れた。これこそ無理させずに,もう少し待って,着替えさせてもらったらヨカッタ。。。


8時過ぎ。今夜の夜勤の看護師さんは,わりと若い人だ。ワタシが「頼りないな」と思っている人なので,少し不安。

父の血圧,酸素量などは正常なようだった。聴診器で胸の音を聴いてくれたが,「胸の音は綺麗です」というので,少し安心。抗生剤が少しは効いたかな。

ただ,熱はあいかわらず,38度5分。。。早く下がりますように。
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by rompop | 2007-07-30 13:28 | ホスピタル

2007・7・28 ① 大ボケ。

なんというコトか,土曜日だというのに,それをすっかり忘れて,仕事へ出かけてしまった。

いつもと同じ6時20分に起き,ちゃんと化粧をして,事務所のあるビルまで。


駅のホームがやけに空いていたので,不思議だな?とは思った。でも,「学生が夏休みになったから?」と何となく思った。いつもの電車がいつもの時間になっても来なかった。時刻表を確認したが,「ちょっと遅れてるのか,まぁ,いいっか」と思った。

梅田について,昼食用にパンとサラダを買った。いつもの地下街を抜ける頃,やたらシャッターの閉まっている店が多いのに気づき,「今日は何の日だっけ?祝日でもないのに・・・」と思いつつも,うちのビルについた。なんだか・・・いつもより薄暗い。化粧室にはいったが,電気が消されていた。人もあまりいない。

エレベーターに乗り込む直前に,「・・・もしかして」と,携帯の画像を見た。「Sat。」となっていた。


・・・・・この脱力感。こんなコト,20年近く勤めているけど,初めてだ。昨日の仕事終わりには,ちゃんと金曜日だとわかって,月曜の準備をしていたのに。でも,昨日の夜はもう,曜日感覚が抜けていた。


家へ電話したら,母があきれていた。弟も,「いつもと同じ時間に出て行ったから,おかしいなと思った」らしいが,声かけてくれたらいいのに!まぁ,まさかそこまで呆けたコトをするとは思わなかったのだろう。

貴重な朝寝のできるせっかくの土曜日。。。


しかたないから帰るコトにした。弟と昼と夜を変わってもらってもヨカッタのだが,今日は午前10時に,弟がソーシャルワーカーに予約を取っていて,伺うコトになっているらしい。

母の昼食用に,にぎり寿司を買ってかえってやる。ちょっと張りこんだ。といっても,1000円ぐらいのヤツだけど。作りたてだし,結構豪華だ。「551」の豚まんも4個。


帰宅。

母,にぎり寿司をとっても喜ぶ。気温の高い日は,用心して買い物には出かけないようにさせているし,そうなると,一人の昼食は,素麺とかチャーハンとか,そんなモノしか食べていないものなぁ。。。
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by rompop | 2007-07-28 13:32 | ホスピタル

2007・7・27 イヤな,カンジ。

今夜の父は,夕食時,最初からひどくむせた。それでも,60分で全部食べきった。

ここ3日ほど,むせも痰もひどく,食後,いつまでもゼロゼロと音を出しているのが気になる。ちょっとずつ,だんだん酷くなるような気がする。

おまけに今日は,しんどいせいか機嫌が悪く,イライラしているようだ。一番気になるのは,やけに言語が不明瞭なコト。もちろん,脳出血の後遺症で言語障害はあるが,それでも,ワタシが普通に聞き取れないコトは,最近では滅多になかった。水分不足のせいで,脳の血流に影響が出始めているのではないか,とヒヤッとする。

一生懸命,ワタシに何かを喋るのだが,何度聞いても,意味をはかりかね,「ナンダって?」と聞き返すと,「もういいよ!!」と,かんしゃくを起こす。悲しい。自分の言葉が相手に通じないって,どんな気持ちなんだろう。

歯磨きでうがいをさせ,痰をなるべく自分で出させる。それでも,ベッドに入ってからも,痰がからんで苦しそうに咳きこむ。咳をするのは消耗するらしく,薄いお腹も背中も,ヘコヘコしているが,そのうち痰を切るコトもできなくなる。

ちょっと心配なので,夜勤の看護師さんに,見てもらった。このカンジ,前回,誤嚥性肺炎を起こす直前と,とても似ている。

前回も,微熱やたまの高熱を繰り返し,だんだん,ゼロゼロや咳がひどくなっていった。いったんは抗生剤の点滴で収まったものの,病み上がりの熱のない日に,「入浴」があり,またいっきに熱が出た。「風邪をこじらせた」とワタシたち家族は思っていたが,こんな風に咳きこんでひどい夜があり,心配していたら,翌日,お茶ゼリーを喉につまらせて,チアノーゼ状態になり,緊急搬送されたのだ。

ただ,風邪をこじらせて体調がおち,喉につまらせただけではない。それは直接の原因ではあったが,内視鏡でみてもらうと,父の肺や気管から,今までに取っていたミキサー食がたくさん溜まっていたのだ。


あの前日の夜の,父のしんどそうなカンジ。不安なイヤな感じ。似ているのだ。

ちょっとベテランの看護師さんも,聴診器で父の胸の音を聴いてくれた。「バリバリ言っているわ。イヤな感じですね」そう言われなくても,バリバリいう音は,ベッド脇のワタシにも聞こえる。彼女も,前の時を思い出しているのだろう。父が呼吸をするたびに,のど元はゼロゼロ言い,胸はバリバリと言っている。

ベッドに寝かせた父の両肺を,看護師さんが上からのしかかって押えるようにして,深く呼吸をさせようとする。「○○さん,ゆっくり大きく深呼吸して!」父は言われたとおり,深呼吸するが,大きく息をするたびに,咳がでる。

「ちょっと起きてベッドに座ろうか。そのほうが楽かも」と,父をベッド脇に座らせて,同じように,胸を押えては,深呼吸をさせる。あがってきた痰を出させようとするが,父は疲れてしまっていて,腹筋も背筋もうまく使えないようだ。


父の足元にしゃがんで,父の胸をさすり続けていた看護師さんが,ワタシのほうを見て,「・・・胃ろうは,考えておられないのですか?」と小さな声でたずねる。「毎日,3食食べるだけで,お父さんはエネルギーを使い果たしてしまってます。痩せてしまって体力も戻らないし,何をするのも,しんどい状態なんです」と言う。

それはもう,言われなくても,わかっている。何度も言われてきたコトだ。主治医から公式に,ではなく,非公式に何人かの看護師さんにも,遠慮がちに言われてきた。「医療関係者じゃなく,自分の父親でもそう言えるの?」と思うから,聞き流してきたが,今夜の看護師さんの言葉は,切実な気がした。1日,父の様子を見ている人の言葉だと思い,なにも返事ができなかった。

聞けば,昼食時も具合がよくなく,時間がかかって,かなりむせこんだらしい。


ただ,ベッドに腰かけて看護師さんに支えられ,喋る元気もなくうなだれて肩で息をしているだけの父の姿を見て,気持ちが乱れた。もともと痩せてはいたが,さらに薄っぺらくなってしまった父。


自宅はあきらめた。でも,病院ではなく,やはり施設でも父は,なんとか頑張れるのでは・・・?そんな迷いも,一瞬,消えた。今の父は,障害があるだけのただの老人ではない。立派な「病人」なのだ。熱が収まったとしても,危ういバランスですぐに「病人」のほうへ針が振れてしまいかねない。そういう状態なのだ,と思った。

少し時間がたったら,吸引してくれるというので,心配しながらも病室をあとにした。どうか,これから熱が出てきませんように。。。


帰宅。父の様子を知らせると,母もいっきに凹む。


昨日の入浴だが,父はなぜか,大浴場の浴槽をとても怖がる。夏だとはいえ,院内は冷房が強いし,体も冷えているから,絶対に温まらなきゃだめだ,と強く言い聞かせても,その場になると,ものすごい勢いで拒否するらしい。

案の定,昨日も,看護助手さんたちが数人がかりで入れようとがんばったが,「絶対に入らない」と言い張り,シャワーだけで済ませてしまったそう。「あなたみたいに頑固な人は初めてです」と言われた,と父は笑っていたが。。。


弟は「そのせいで風邪ひいたんだ!」と怒っている。ワタシは,100%そうではないとは思うが,それでも,体力も抵抗力も落ちた父には,それが誘因になったのかもしれない,と思う。でも,もう済んだコトを言ってもしかたがない。患者がどうしても拒否すれば,命にかかわるコトでもなければ,無理強いするコトはできないだろうから。


明日は調子がよくなっていますように。
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by rompop | 2007-07-27 23:06 | ホスピタル

2007・7・26 選択。

今夜の父。最初からたんがからんでいて,心配したが,65分で完食。

ただし,何度もむせる。たまに目をつぶり,フゥと深呼吸している。食後も喉のあたりにゴロゴロ感が残っている。

全体的に元気がない。やはり,低栄養状態が続くので,持久力もないのだろう。気になる。

父は若い頃,10年近く結核をわずらい,歳とってからは肺気腫もある。もともと肺のパフォーマンスは悪いのだ。

むせて疲れながらも,なんとか食べている父を見て,希望を抱きたいワタシだが,弟は逆で,父の様子を見ていて,唾やたん,食べ物が,かなりの量気管に入っていると思う,と言う。


父の様子をできるだけちゃんと見ていよう,と思う。頭もあんまりクリアでない感じ。脱水症状も怖い。



9時に帰宅後,台所で弟と1時間ぐらい話す。


数日,一人で色々考えた。父の在宅介護はあきらめた。

いくつかの要因を天秤ばかりにかけた結果。一番大きな理由は,今の母を,絶対に介護に巻きこみたくない,というコト。


糖尿病,狭心症,高血圧と満身創痍の母だが,なんとか少しでも無事に過ごさせたい。今年の春の,腰椎の2度目の圧迫骨折と,転倒による慢性硬膜下血腫の手術のあと,母はさらに弱ってしまったと思う。ほぼ1日,薄暗い居間に一人で座っているので,廃用症候群も心配だ。

そろそろ母にも介護保険の認定をしてもらって,近くにある施設に,デイサービスでも受けに行かせようかな,と思っている。そうしたら,生活や気持ちにもメリハリがついて,少しは明るくなるんじゃないだろうか。愚痴でも言える友達ができたらいいのに,と思う。


父のほうは,今のワタシにできるだけのコトをしていくしかない。どこへ落ち着くのかわからないが,たとえペースダウンしたとしても,通いの介護は続く。


44年間の人生のなかで,今までこんなに苦しい選択はなかった。

「パパ,ごめんな」と思うと,胸がつぶれそうになる。そのたびに,「でもママのコトも考えてのコトなんだ」と,言い訳のように自分に言い聞かせる。そして静かに「仕方がないんだ」と繰り返す。


父に関していえば,これからもいくつか,苦渋の選択が用意されているはずだ。親が老いていくというのは,そういうコトの積み重ねなんだなぁ。そのたびに,やっぱり家族で話しあって,選んでいくしかない。

「家族で」と言ったが,今夜,この話をしている時も,母は少し離れたところに座っていた。「こんな大事な話,おかあさんが‘蚊帳の外’でいいのかな」と弟が途中で言ったが,どうも最近,日中の気温があがってきたせいか,母の体調も良い日とあまり良くない日がある。

今夜は「あまり良くない日」らしく,こちらを見ながら,肩で息をしているので,仕方ないと思い,弟と二人で話した。


話が終わったあと,母が「話は終わったんか」と言うので,弟が母のそばへ行き,ワタシが在宅介護をあきらめた,と伝えた。

母は,「・・・・・そう」と,小さな声で言ったきり,黙っていた。


母が作ってくれた夕食の冷麺は,すっかり伸びてしまった。
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by rompop | 2007-07-27 08:01 | ホスピタル