カテゴリ:ホスピタル( 223 )

当たりはずれ。

昨夜は,なかなか寝つけなかった。

朝,起きてスーパーへ行っておかなければ,と思いつつも,起きられず,ダラダラとしていた。9時半に部屋のドアがノックされ,起こされる。弟の話によると,母から,朝,持ってきて欲しいものがある,と電話があったらしい。父はもう,朝食と着替えを済ませ,母に頼まれたティッシュや箸,ポットなどを袋に詰め,用意万端,ワタシを待っているらしい。

「えぇ,ちょっと待って」とあわてて飛び起きる。ワタシは,昼前ぐらいに,ゆっくり病院に着けばイイかと思っていたのだ。

父を待たせて,わさび漬けでご飯を食べ,お茶を飲もうとすると,電気ポットのコードが抜けていた。しかたなく,水を1杯。

お腹が少し痛くなり,「もうちょっと待って」と,トイレへ。

タクシーに電話をするが,15分ほどかかるという。雨の日は,タクシーもなかなか来ない。なのに父は,電話を切ったあとに,「15分も待つなんて。ママが待っているのに。他のタクシー会社へ聞いたみたら」などと言う。自分は何もせずに,文句を言うとは。朝からバタバタしていたので,キレそうになる。

タクシーに乗って,病院へ。母は,寝巻きに着替え,待っていた。薬のおかげで,めまいは少し治まったが,夜中にナースに頼んでも,トイレへ付き添ってもらえず,ベッドの上でさせられたらしい。それも,すごくゾンザイに扱われたらしく,少し元気がない。昨夜,帰りにナース2人によく頼んで帰ったのだが,その後,夜勤の交代で,全然違うナースに代わったそう。ナースにも当たりハズレがあるから,こればかりはしようがない。

11時前に病院につき,しばらくパイプ椅子を2つ並べて,ベッド脇に座っていた。12時に昼食。薄味の,美味しくなさそうな食事が並べられた。それでも,母は全部食べていた。梅干を5個,パックに入れて持っていき喜ばれる。便秘予防のビフィールも持っていった。

父は,ワタシの持っていたカロリーメイトの缶と,源氏パイをむしゃむしゃ食べた。母は,TVも雑誌も見ずに,ただ,ベッドに横になっている。

2時前,ワタシは,病院の近くのラーメン屋に入り,ラーメンとチャーハンの定食(700円)を食べる。やっと,人心地つく。病院というところは,いるだけで,なんだか疲れる。年寄りばかりの4人部屋が続く廊下には,アルコール消毒液の匂いにまじって,かすかに糞尿の匂いがする。動けない患者は,ベッドの上で,大も小もするのだろうから,匂いがあって,当たり前だ。しかし,外部からやってきた人間には,ものすごく異和感がある。この匂いの中で,寝たり起きたりし,3食の病院食を食べる。鼻が馬鹿になり,なにもカンジなくなるのだろうか。ワタシはやはり,どう逆立ちしても,ナースにはなれない,とあらためて思う。

その足で,近くにある大きなスーパーに買い出しに行く。晩御飯のおかずや,バナナ,そばや梅干など。たくさん買い,唸りながら,重い袋を2つぶらさげて,傘を斜めにさして帰る。これが少しの間だけだと思うから我慢できるが,果てしなく続く日々がきたら,どうしよう。病院と買いだしと仕事だけのグルグル回る日々。

4時前,病室に戻る。母は同じ姿勢で寝ているし,父も同じ姿勢でパイプ椅子に座っている。母に,買ってきたお茶とヤクルトを1本渡し,しばらくして,帰るコトにする。父のコトをあまり考えなかったが,かなり疲れた顔をしている。父だって病人なのだ。

玄関で無線タクシーを呼んで,ベンチに腰掛けて父と2人で黙ってタクシーを待っていた。その時,寝巻き姿の母が,ソロソロと,3階の病室から玄関までやってきた。「どうしたん!」と飛び上がるくらいビックリしたが,「明日,来るときに便秘薬を持ってきて」とのコト。驚いた。タクシーが来た。母を途中まで送っていき,走って戻ってきて,タクシーに乗る。

料金の安いタクシー会社だが,運転手にもやはり当たりハズレがある。思いきり無愛想で,雨だというのに,ものすごく荒い運転をする。自分の職業にもっとホコリを持て,と言いたくなるような,プロ意識の低さ。しかし,呼び出されて,ワンメーターちょっとの距離では,愛想もふれないか。

帰宅。父も疲れただろうが,ワタシもクタクタだ。

父が「ウナギが食べたい」というので,スーパーでウナギを買ってきたのに,帰宅するなり,父が「あ!」と言う。明日は朝から検査のために,朝食抜きで採血をすることになっている。だから前の晩に,あまり脂っこいモノを食べるのはやめておく,と言う。父は,こういうところ,とても気真面目というか,神経質なのだ。

ワタシはウナギがあまり好きではないから,半分は弟が食べ,半分は明日の父の夕飯に残しておくことにしよう。代わりに,父のリクエストで「とろろソバ」を作る。トッピングに海苔をパラパラとふる。買ってきた,モズク酢と,ほうれん草の胡麻和え。わかめと揚げの味噌汁は,弟が作った(らしき)ものを。

ワタシは,白ネギと牛肉の切り落としを炒めて,醤油で味をつけたモノを作った。ゴーヤとツナのマヨネーズ和えの残りも食べる。モズク酢とほうれん草。味噌汁。

簡単で,意外とゴージャスな夕飯になった。

食後,母から電話。「診察券を忘れずに明日,持ってきて」とのこと。明日もっていくものを,弟に託す。

父は,ことあるごとに「ママ,ご飯食べたかなぁ」とか「ママ,今夜は淋しいやろうなぁ」ばかり言っている。やはり夫婦だな。それとも,年を取ると,同じ病院の雰囲気を見ても,感じ方が違うのだろうか。それでも,食後に自転車に乗って,またあの病院へ行く気力は,ワタシには残っていない。たかが駅ひとつ分の距離ではあるのだけれど。遠い。

友人Mからメール。彼女の母は,白内障の手術をすることになったらしい。少しずつ,こういう現実に慣れていくしかない。人間は,誰だって,年をとれば少しずつあちこち,痛んでいくものだから。それが自然の摂理だから。そのコトについて,必要以上に感傷的になるのは,よそう。
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by rompop | 2004-05-16 13:23 | ホスピタル

救急車。

8時ごろ,目が覚めてトイレへ。階下で,弟と母の声がする。弟が怒っているようだ。「なんでそんなコトするの」という声が聞こえる。朝の風呂掃除と洗濯は,最近はずっと弟がしているが,母はいつも気がねしている。今日も,また,少しでも手伝おうと手を出したようだ。

また布団に入り,10時半に起きて,階下へ。母の様子が変だ。「めまいがする」と言って,布団にもぐりこんでいる。父が心配そうに母を見守っている。少し様子を見ていたが,「大丈夫」と言って立ち上がろうとした母は,ストンと転びそうになる。あわてて支えるが,気分も悪いらしい。寝ていて治まるような状態ではなさそうだ。

病院へ連れて行こう。しかし,思いのほかフラフラしていて,まったく力が入らないようだ。「救急車を呼ぼうか」と母に声をかける。タクシーで病院に行っても,外来で順番待ちをしなくてはならない。救急車なら,緊急ですぐに見てもらえるだろう。いつもなら,「ご近所にカッコ悪いから,絶対に救急車はダメ」という母が「救急車を呼んで」と言う。

2階にあがり,弟の部屋をノックして,「救急車,呼ぶ」という。弟の頬にさっと赤味がさし,すごい勢いで階下へ降りてゆく。ワタシは急いで,ジーンズをはき,トレーナーをかぶる。バッグに財布とタオルだけを入れる。土曜の朝。ご近所中の好奇の目にさらされるが,いたしかたない。救急車を呼ぶのは初めてで,指先が少し震える。

いつも母が通院しているM病院は,救急指定病院でもある。症状を伝え,既往症と通院していることを告げる。救急車の要請をしたことを病院に電話で伝えてください,と言われ,病院に今から行く事を告げる。

ほどなく,遠くからサイレンが聞こえ,救急車がやってきた。弟が外へ出て,車の誘導をする。玄関が開け放たれ,救命士が3人,部屋に入ってきた。さすがに早い。母を囲んで,脈を取り,血圧を測り,母に質問をし,青いビニール製の担架に移す。「背中を圧迫骨折しているから,注意してください」と,あわてて言う。

弟と2人,救急車に同乗する。不安そうな顔の父には,「電話するから待ってて」と言い聞かせる。

ワタシは,3回,救急車で運ばれたことがある。しかし,母は,こんなものに乗るのは初めてだ。緊張感と不安で,かえって血圧が上がるかもしれない。少し赤い顔をしている。顔をしかめている。気分が悪いようだ。ことのほか,救急車というものは,ガタガタと揺れる。スピードを優先するせいだろう。手を触ると,少し冷たくなっている。これで母にもし意識がなければ,ワタシはパニックを起こしているコトだろう。

数分で,病院に着いた。救患用の入り口から,ストレッチャーで運ばれる。待機していたナースの1人が,直前までお喋りをしていたようで,少し笑い声を立てていた。思わず,睨むと,彼女はハッとした顔をして,口を閉じた。病院といえども,彼女たちにとっては日常の場だから,笑いも出るだろう。しかし,通院していると,こういう無神経なナースが意外と多く,驚く。

集中治療室のようなところに運ばれ,ベッドに移されたあと,水分補給の点滴。母は糖尿のせいか,すぐに喉が乾く。朝,水を飲んだはずなのに,もうすでに口も喉もからからだ。「水を飲ませてやってほしい」というと,「今すぐ点滴を入れるので,大丈夫」と言われる。軽く脱水症状を起こしていたようだ。

救命士がメモにとった母の血圧や脈拍などを,ドクターに告げる。ワタシは迷った。弟と口論のあと具合が悪くなったコトを,救命士に言いそびれていた。弟の顔を見る。「言い合いのあと,具合が悪くなったんだよね」弟は,神妙な顔をして,うなづく。「それ,ちゃんと言ったほうが良くないか?」弟は,「言ったほうがいいと思う」と言い,じっと黙っている。思わず,「自分でちゃんと言って!ワタシは状況がわからないんやから」

弟は,ドクターに近づき,意を決したように白状した。「朝,僕とちょっと口論になり,そのあと,めまいが起こったんです」

救命士は,ちょっと驚いた顔をして,まじまじとワタシたち2人の顔を見た。ドクターは弟を見据え,「わかりました」と言った。

「検査をしてみないとわかりませんが」。母に手を握らせたり,視神経を確かめるために母の顔の前で手を動かしたり,あれこれ母に質問したあと,椅子に腰掛けてワタシたちを見た。

「高血圧ではありますが,めまいが起こって歩けなくなるほどの血圧ではない。難聴性のめまいというものがありますが,耳はちゃんと聞こえておられる。メニエール病のめまいというのは,左右に回転するのではなく,上下に“でんぐり返し”を起こすように,目が回ります。話を聞いていると,これでもない。一番怖いのは,脳に腫瘍や血の塊があっておこるものですが,こういうめまいは,1度起こると治まりません。手がつけられないぐらいまで,一気に悪化します。ですから,みたところ,めまいの中で一番多い,“頭位性(とういせい)めまい”ではないか,と思います。くわしくは,これから検査をしてみますが」

頭部のCTスキャン,心電図,胸部レントゲンと,ひととおり検査をしてもらう。点滴には,めまいを押さえる薬が混入され,注射を打たれた。注射を打つ前に「めまいを押さえるための注射をします。よろしいですか」と,確認される。しかし,こういう時「やめて下さい」といえる人がいるだろうか。ただ,「お願いします」と言う。

検査の間,待合室のベンチで弟と2人,所在なげに待つ。

さっきから黙っているが,弟はどう思っているのか。「年寄りに精神的に負荷をかけるようなコトをしてくれるな」と,あれこれ言葉を変えて,繰り返し話す。弟も,さすがに今日はこたえたようで,「救急車まで呼んでしまったのだから,これからは,言いたいことがあっても,全部胸に納めるようにする」だそうだ。こんなコトになっても,結局「自分が悪いのだ」という風には,ならないらしい。

「産まなければ良かった」と,いつだかに,口論の最中に母に言われたコトを,いまだにずっと恨んでいるようだ。「あれだけは,言ってはならないこと。存在を否定されたも同じだ」と,ワタシに訴える。実の母親にそう思われる自分というもののコトを,省(かえり)みる気持ちが必要ではないかの,と思うが,それは言わないでおく。頬を高潮させて,下を向いて黙っている弟の横顔を見ると,言えなかった。

ワタシも弟も,朝から何も口にしていない。少しフラフラする。自販機で乳酸飲料を飲む。

検査は1時間ぐらいで終わった。結果,それらしき原因は見当たらない。今日のドクターの見立ては,やはり,めまいの中で最も多く,原因も予防法も確率されていない,良性の「頭位性めまい」だとのコト。これは,たいてい,3日~1週間ほどで治まるが,半年以上おいて,繰り返し起こるらしい。そのつど,こうして点滴や飲み薬で押さえるしかない,という。

なんとも気持ちの悪い診断だ。原因ではないが,疲れやストレスが引き金となるケースもあるという。しかし,もしかしたら,このドクターの見立ては外れているかもしれない。母は耳の方も悪く,耳鼻科に通っていたコトがある。体中のあちこちが悪い。何が原因か,わかりにくいだろう。

点滴で水分を補給しているせいか,母はベッドに寝ている間に,2回,尿意を催した。ナースに聞くと「動かないほうがいい」とのことで,ベッドの上で採ってもらった。母は,すぐに尿が出ずに,しかめ面をしている。「情けないなぁ」とつぶやいた。「点滴してるからしかたないやんか」としかイイようがなかった。

2時を過ぎた。自販機で菓子パンを売っている。120円。ガラガラの待合室で,ナッツのついたパンを買い,むしゃむしゃと食べた。少し落ち着いた。弟にも「食べてくれば」と120円を渡す。弟は病室から黙って出ていった。ついでに,近くのスーパーで,食料品を適当に買ってきてもらう。卵,オレンジ,牛肉など,2袋さげて戻ってきた。

点滴が終りかけ,「心配だから一晩泊らせて欲しい」と言ったが,ドクターは母の様子を見て,「命に関わるめまいではないと思います。それに,入院となると,一晩だけ,というわけにはいきません。」と言う。「家で安静にしていて,おかしいようなら,いつでも,救急車でもいいですから来てください」と。母も「やっぱり家に帰る」と言うので,帰るコトにする。会計を済ませ,処方された安定剤をもらい,タクシーを呼ぶ。

4時前になっていた。母を布団に寝かせる。点滴が効いたのか,少し楽になったようだ。プリンを食べさせ,薬を飲ませる。

しかし,寝ていると大丈夫だが,トイレに立つたびに,ぐるぐるとめまいがし,フラフラとしている。とても1人では歩けそうにない。頭もフラフラするので,気分が悪くなる。

夕食は,父に電話をして頼んでもらった弁当。ワタシは牛丼を頼んでもらった。なかなか美味しい。弟が,もやしとワカメの味噌汁を作り,母のために卵焼きを焼いた。ワタシは,トマトを湯むきして切り,ゴーヤとツナのマヨネーズ和えを作った。

母は,食欲がない。ご飯を半膳,味噌汁を少し,卵焼きとたくわんで,なんとか食べ終えたが,やはり気分が悪いという。

「今夜は下で寝る」と,布団を持って降りて,母の隣で寝るつもりだった。夜中にトイレへ行く時に,父が支えたのでは頼りない。2人で転ばれたら,大変だ。

ネットを少しやり,8時過ぎ,母の様子を見に階下へ。「やはり入院させてもらえば良かった」と言い出した。気分がますます悪くなるようだった。いつもとやはり,少し違うカンジがする,と言う。「やっぱり病院へ行こうか」というと,そうしたい,と言う。一晩でも病院に置いてもらえれば,容態が変わっても安心だ。

病院に電話をする。「とにかく診察します」とのコト。入院を前提に,母が以前から用意していたボストンバッグを持って,タクシーに乗り,病院へ向かう。急な入院に備えて,新しいパジャマや下着,靴下などを,母は自分でバッグに詰めて用意していた。

夜の病院は,真っ暗で,シンとしている。診察室へ入ると,見たコトもない,若い当直医がいた。ふと「大丈夫かな」と思う。その気持ちが伝わったのか,その若い医者は,あれこれ横から口を挟むワタシを,「診察しますから」と言って,外へ追い出した。「入院させてくれ」って,母はちゃんと言えるかな,と心配になって,診察室のドアに耳をつけて,中の様子を伺う。

また心電図を取り,朝と同じ点滴を1本。中には,めまいを抑える薬を混ぜているらしい。あとで聞くと,点滴をしている間,その医者は,母の今までの分厚いカルテを全部読み,薬や症状について,あれこれ質問したそうだ。

ナースが出てきて,「3階の4人部屋に入ってもらいますね」と言う。「入れていただけるんですね」ホッとする。点滴のつながった母を車椅子に乗せ,3階へ。

4人部屋には,お婆さんが1人しか入っていなかった。窓際のベッドに母は入れられた。大部屋と違って,すっきりと広い部屋だ。高いのかな,とふと思う。さきほど受付の貼り紙を見ていたら,「個室と4人部屋は差額室料をいただきます」と書かれてあった。しかし,金のコトは,この際,しかたがない。

9時を過ぎていた。完全看護の病院なので,ワタシは付き添うコトはできない。ペットボトルのお茶を枕元に置き,1階へ行き,ロビーの自販機で,薬を飲むためのミネラルウォーターのボトルを買う。夜中にお腹が空いてはいけない,と思い,栗のアンぱんも1個,買う。母は空腹で低血糖を起こすと,具合が悪くなる。

点滴のせいか,母は落ち着いてきた。トイレへ行きたい,というので,連れてゆく。トイレからずいぶん離れた部屋だが,しかたがない。消灯時間を過ぎているので,あちこちの部屋から,寝息やいびきが聞こえる。

眠気がきたのか,母はウトウトしはじめた。母のトイレのコトだけが心配だが,2人のナースに「転ぶと困るので,トイレへ付き添って欲しい」と頼み,母には,「絶対に1人で歩かないように,ナースコールを押すように」と言い聞かせて,病室をあとにする。

外は強い雨が降っていた。無線でタクシーを呼ぶ。急な雨のせいか,時間のせいか,タクシーはなかなかやってこなかった。地面にしゃがみこんで,雨を見ながらタクシーを待つ。

帰宅。母が落ち着いたコトを告げると,父は少し安心したようだった。弟は「おかえり」と言ったが,複雑な顔をしていた。

母はもう寝たかな。ワタシも疲れた。気持ちがやりきれなくて,友人Mに携帯メールをした。彼女も劇団時代,母親が脳梗塞で倒れ,かなり危ない目にあった。父親も喉頭がんの手術を経験している。母親が倒れると,とたんに家庭の地盤がゆるむ。そのコトを,彼女はよくわかってくれるはずだから。
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by rompop | 2004-05-15 13:22 | ホスピタル

勘弁,して。

午前8時ごろ,弟が部屋のドアをノックする。出かける支度をした弟が顔をのぞかせ,「お母さんがな,昨日の夜中に・・・」と話しだした時は,心臓が止まりそうになった。よく話を聞くと,トイレに立とうとした時に,母は転んで尻餅をつき,その拍子に柱に頭もぶつけ,腰が痛くて動けなくなったので,病院へ連れて行く,という。

とりあえず,心臓や血圧で意識がない,などという事態ではない。が,頭を打ったというのは,心配だ。腰も,骨折でなければ良いが。

飛び起きて,階下へ。母は炬燵に腰をかけ,ズボンをはきかけて,痛くて唸っている。少し動いても,激痛が走るようだ。父はオロオロと様子を見守っている。母を抱きかかえて立たせ,ズボンをはかせ,セーターを着せる。いわれるままに,保険証と財布を母のバッグに入れる。糖尿の母は,喉が渇きやすいので,ペットボトルに水を入れ,空腹で血糖値が下がると気分が悪くなるので,「ビスコ」を一緒にバッグに押し込む。

父は,モタモタと自分も服を着て,ズボンのベルトを締めている。自分も一緒に行くつもりだ。気持ちはわかるが,弟に任せれば良い。父は母の体重を支えるコトなど,できないと思う。「家で待っていよう」と,父に声をかける。

タクシーがやってきた。うんうん唸る母に肩をかし,タクシーに乗せる。

しばし,呆然としたあと,風呂掃除と洗濯をする。母はあの調子では,当分,動けないだろう。風邪薬を飲むため,冷蔵庫にあった昨日のおかずの残りと梅干で,ご飯を食べる。風邪薬を飲む。喉の具合は,ぜんぜんマシになっていない。

10時半ごろ,急に2人は帰って来た。母は自分で歩いて,玄関を入ってきた。痛み止めの座薬と湿布,そして,胸の下にコルセットをしてもらい,少し楽になったようだ。CTスキャンの結果,頭は今のところダイジョウブ,腰は「圧迫骨折」とのコト。どこかの骨が少し潰れてしまっているらしいが,安静にして,自然治癒するしかナイそうだ。

痛みで疲れたようで,母はぐったりと,服のままで布団に寝てしまった。1度立ってしまえばそうでもないが,体勢を変える時に,相当痛いようだ。

どうして,こんなコトになるのか。もう,勘弁してくれ,と言いたい気分だ。しかし,言わない。言っても仕方がないし,本人が一番そう思っているだろう。

母がこうなると,とたんに食事のコトで頭が痛くなる。ワタシは,家事の中でも,とりわけ料理が苦手なのだ。

とりあえず,数日分の食料の買い出しにスーパーへ出かける。あらかじめ,不足している野菜などをメモしてきた。メモを見ながら,すぐに食べられるもの,日持ちのするもの,弟や父が自分でできるもの,などを考えながら,カゴに放り込んでゆく。昼食用に,母が「おにぎり」,父が「いなり寿司」と所望したので,それを買う。弟は遠慮してか「あるもので食べる」と言う。温めるだけのスパゲティソースや,インスタントラーメン,などを買う。ずいぶん買い過ぎた,と思ったら,6,000円近く使ってしまった。

母は,とても堅実な買い物をする。基本的に,その日に食べる物だけを,献立を考えながら,きっちりと買うようだ。1日の買い物に,2,000円ほどしか使わない。しかし,これは非常事態だから,仕方が無い。

帰りにクリーニング済みの衣類も受け取って,と考えていたが,とんでもなかった。スーパーのビニール袋(特大)3袋ぶんの買い物。自転車をぐらぐらさせながら,ゆっくり帰る。がに股で自転車をこぐ,ジーパンにトレーナー,日よけ兼「すっぴん」隠しのためのツバの広い帽子を目深にかぶったワタシは,ただの中年のオバサンだ。

食料を冷蔵庫に放り込み,またクリーニング屋に自転車で戻る。冬物のコートやセーターなど,どっさり持ち帰る。また自転車をぐらぐら漕いで,がに股で帰ってくる。

あひるご飯は,納豆チャーハン。卵とネギとレタス入り。たくさん食べる。しかし,考え事をしていて,食後に風邪薬を飲んだのかどうなのか,わからなくなってしまった。情けないコト,この上なし。自分的には7割がた,飲んでいない,と思うのだが,自信がないので念のため飲むのを止めておいた。

母が,便秘予防とピロリ菌対策で毎日食べているヨーグルトが切れている。このヨーグルトは,駅前のほうのスーパーが一番安い。母は「風邪気味なのに,もういいよ」と言うが,毎日欠かさず食べている物なので,また買い出しに出かける。5つ買い,帰りに「コーナン」へ寄って,衣装カバーとダンボール箱を1枚,買う。薬局の店先で,「アリナミンV」を一気飲み。もう,人からどう見えようが,どうでもイイ。

帰宅したら,さすがに疲れた。昨夜は夜更かししていたので,あまり睡眠が摂れていない。目覚ましをかけ,30分だけ昼寝。全然眠れないうちに,4時になる。

階下へ降りたら,弟が米を磨いでくれていた。洗濯物は父が取り込んで,乱雑にたたんであった。

トマトの湯むきをして,器に分け,ネギとアゲの味噌汁を作る。ほうれん草の胡麻和え。あとは,アジの干物もあるし,弟にはベビーホタテを買ってきた。たいしたモノを作っていないのに,嫌に疲れた。そして,味噌汁は辛すぎ,ほうれん草のゴマは焦がして,苦くなった。自己嫌悪。

7時過ぎ,父と母と一緒に夕食。母は,2度目の座薬が効いたようで,ソロソロと用心深く,キッチンの椅子に座った。ベビーホタテのバター焼き,エリンギとえのき竹の醤油炒め,ほうれん草胡麻和え,アゲとネギの味噌汁,トマト。昨夜のおかずの残りなども並べ,美味しく食べた。母は,腰のほうに全神経が行っており,食欲はあるが,味はあまりわからないようだった。

食後,風邪薬をしっかり飲む。早く眠らなくては。母は,夜中に鎮痛剤が切れたとき,痛がらないだろうか。
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by rompop | 2004-04-11 14:29 | ホスピタル