2007・9・6 ③ 家族会議。

帰宅後,母と弟を呼んで,看護師さんから言われた話をした。意見が完全に分かれてしまった。

弟は,絶対反対だ,と言う。まず,リスクが増えるコト。そして,なによりも,今後,普通食が食べられる可能性のない父に,いたずらに味を思い出させる行為をすることは,残酷だ,と言う。少しゼリーやアイスクリームを食べられたとしても,それは父が好きな時に,好きなだけ家族が与えられるものではない。STさんがつききりで,決まった時間に,決まった量だけ。しかも,この病院にいる3ヶ月弱の間だけのコトになる。次に行く病院は療養型だから,STさんがいたとしても,父へのリハビリは行われないだろう。

母は,どうせ食べられなくなるのなら,少しの間だけでも,なんでもいいから,口に入れてやりたい,という。本当に父が食べたいものではなくても,それが慰めになり,張り合いになるかもしれない,と。食べさせるコトで,もし命にかかわるコトがあったとしても,「そのときは,それで仕方ないと思う」とまで言う。

母は,自分が食いしん坊だから,口から何も食べられない,という状態が,耐え難く思うのだろう。「私だったら,ずっと食べられないなら死んだ方がいいかもしれない」と言う。


ワタシは。。。。決められない。


父にとって,なにが可哀相で,なにが可哀相でないコトなのか,さっぱりわからなくなった。


父は若い頃にひどい結核を患い,肺気腫もある。肺のパフォーマンスは,もともと普通の老人よりも劣っている。普通の人ならなんとか乗り越えられる肺炎が,父には,「命とり」になる可能性はある。

それから,心房細動。血液を送り出すポンプの心臓が,たえずブルブル震えているような状態だ。医者からは,「いつ血栓ができてもおかしくないです」と言われている。肺炎になれば,肺のパフォーマンスが落ち,酸素がとりこめなくなる。心臓にも負担がかかる。

脳内出血後,父にとって一番大事だった,血流をよくする薬『ワーファリン』は中止された。医学的には,それが常識らしい。しかし,誤嚥性肺炎で入院した際の主治医は,父の心房細動にとことんこだわり,効果はゆるやかだが,血流に作用する『バイアスピリン』を処方した。再度の脳出血も怖ろしいが,詰まって脳梗塞を起こしたほうが,重篤になると判断したらしい。

ともかく,持病をいくつか抱える老人としては,肺炎は,ただの肺炎では治まらない怖さがある。それはちゃんと理解しなくてはならない。そのうえで,「でも,そうなったらなったで,仕方ない」と,ワタシは母のようには考えられない。父には・・・生きていて欲しい。


夕食も食べずに2時間ぐらい,ああでもない,こうでもない,と話しあった。でも,答えは出ない。


そこへ突然の電話。東京に住む父の義理の姉が,亡くなったとの知らせ。知らせてくれたのは,お嫁さんだった。

要介護度4で認知症もあり,車椅子生活。長く在宅介護をしていたが,3年目に家族がギブアップし,最近,施設に入所したばかりだったらしい。

1週間前に突然,肺炎になり,「1~2週間で肺の影は治まります」と医者から言われていた矢先に急変して,亡くなった。死に目には,実の娘さん1人だけしか間に合わなかった,という。

「老人の肺炎は・・・本当に怖いわ。いつ急変するかわからないから・・・」


なんてタイムリーな電話だろう。これは,なんかのメッセージかな?と思ったぐらいだった。
お葬式はクリスチャンだった本人の希望で,東京の銀座教会で。父のコトも母の体調も,よく知っているので,「遠くて大変だし,平日だから,来てくれなくてもいい。気持ちだけで」と言ってくださった。お花代としてお香典を送り,当日届くように,お悔やみの電報を,父の名前で打った。


夜,激しい雨。
[PR]
by rompop | 2007-09-19 11:41 | ホスピタル


<< 2007・9・7 延長。 2007・9・6 ② 「ご家族... >>