2007・9・8 母,泣く。。。

昨夜も母とあれこれ話し,自分でも考え続けたが,やっぱり答えが出ない。


一番のワタシの失敗は,「胃ろう」の話をする際にも,はっきりと「嚥下機能がダメで,もう口からは食べられそうもない」と,父に告げなかったコトだ。

正確にいえば,機能すべてがダメになったわけではない。喉のところにある「蓋」の動きが悪く,閉まらなかったり,閉まったとしてもワンテンポ遅れたり,そのせいで,食べ物が気管のほうへ流れ込んでしまう。そして,もう1つは,喉のところに,食べ物や唾液などの残留物が溜まりやすくなってしまっている。そのときは大丈夫でも,寝ている時などに,この残留物が少しずつ気管へ流れ込んでいってしまうのだ。飲み込む力自体は,ちゃんとある。咀嚼もできる。歯も79才なのに,全部自分の歯だし。。。

父には,あまりダメだという実感はないだろう。むせるコトはあっても,ちゃんと噛んで,飲みこんでいる。「食べられるのに」と思っても無理はない。食べられるけど,見えないところで,どんな風になるかわからないから,怖いのだが。


どうしても,医者から言われた「もう普通の食事はおそらく無理ですね」という現実を,ワタシは父に言えなかった。

「今のままでは,どんどん体力が落ちていって,また肺炎になったらホントに危ない。だから,とりあえず,胃から栄養を入れてもらおう。とりあえず,今はしかたないから,そうして,元気になるよう考えよう」としか,言えなかった。父は,「じゃあしかたない。それならやってもらおう」と言ってくれたのだった。


だから。。。おそらく父は,栄養状態が良くて少し元気になったら,また食べさせてもらえるのだと,思っているのだと思う。なのに,いつまでたっても,食事のお膳は出てこない。「食べたい」と訴えても,ワタシは,「まだ・・・当分,無理やわ,パパ」としか言わないから,父は疑心暗鬼になるのだろう。記憶が飛び飛びになっている父は,「こないだまでちゃんと食べていたのになぁ・・・なんでこんなコトになったんだろう」と,言ったコトもあった。

その時は,ショックが大きくても,ちゃんとありのままを,伝えるべきだったのだろうか。どんなに酷いコトだったとしても,父の身体,父の人生なのだ。それをワタシは,真綿でくるんで誤魔化し誤魔化し,やってきた。先延ばしにして,「自己決定」できない段階になって,やっと真実を言うなんて。。。そのほうが残酷なのかもしれない。ワタシは間違っていたのかも。


母は,「ちゃんとホントのコトを言ってあげたほうがいいんじゃないかな。」と言う。「そうしたら,パパも考えてあきらめがつくかもしれない」と。


午後,母を連れて病院へ行くコトにした。母の体調もよかったし,父も喜ぶと思ったから。でも,本当は,食事時のあの辛そうな父の姿を,1人だけで見ているのが我慢できなくなったのだ。母にも見て欲しい,見て,一緒にどうしたらいいか,考えて欲しい,と思ったのだ。歳とった親に,荷物を半分背負ってほしいと思うなんて,ワタシは,弱っちいな。。。。


タクシーで3時半頃,病室へ。せっかく母を伴ってきたというのに,今日の父は,ぜんぜんダメだった。とにかく眠いようで,うつらうつらしていて,反応も鈍い。「寝れなかった?」と聞くと,「寝れたよ」とは言うが,あとで看護師さんに聞くと,昨夜は夜中に何度も何度もコールを押して,収拾がつかなかったので,夜中にしばらく,車椅子でナースステーションに座っていてもらいました,とのコト。

そんなコト,いままでほとんどなかったのに。。。パパ,どうしちゃったんだろう?「昼間は落ち着いているように思ったんだけど,どうしてでしょう?」と言うと,「環境が変わると,やっぱり不穏になる人が多いんですよ。昼間は大丈夫でも夜になるとそうなっちゃう人が多いです」とのコト。この環境の変化はたいしたコトないだろう,と思っていたが,父にとっては,そうでもなかったのだ。

そんなわけで,父は大いに寝不足だったようで,口数も少なく。。。


母は今日はやたら気合いが入っていて,「7時ごろまで大丈夫」と言い張る。母の体調をきづかいながら,少し長めにいてもらうコトにした。


夕食の時間になり,隣のベッドにお膳が配られた。カーテンは引かれてあったが,狭い病室には,たちまち匂いが充満する。汁気の多い食事は,とても盛大な音がする。父は,黙っていたが,チラチラと隣のベッドのほうに,なんともいえない表情で視線を向けた。もう,父もお腹が空いている時間だ。この匂いと音の刺激は,胃袋には強烈だなぁ。。。そんな父の様子を母は黙ってじっと見ていて,「残酷やなぁ,これは」と,そっとワタシに耳打ちした。


帰り際,母が父の布団を直してやりながら,「パパ,辛いやろうけど。。。我慢してや。。。」と言うなり,さめざめと泣き出してしまった。父は,ちょっとビックリしたような顔をして,ワタシと母の顔を見比べていた。ワタシもつられて泣きたくなったが,ワタシと母が一緒に泣いたら,ちょっと。。。重すぎる。ワタシは「ありゃりゃ~」みたいなおどけた顔をして見せた。父は笑わずに,母の顔ばかり見ていた。

「また来るしなぁ」と,母と父はがっちりと固い握手をして病室を出た。入れ違いに入ってきた看護師さんが,「お別れの握手やね」と,微笑んだ。家にいた頃は,母は父に小言ばかり言っていたのに,こうやって他人が見ると,ものすごく仲の良い夫婦みたいに見えるだろうなぁ。


家に帰ったら7時半。「なにをそんなに長居してるんや!」と,弟が小言。母の身体を気遣ってのコトだろうけど,ホント,小姑みたいにうるさいヤツや。


夕食後,母と今日の父の様子を思い出しながら,話す。

母は,「パパに,もう,言わなくていいわ。。。ホントのコトは。もう,ちゃんとわかってきてはる。あの顔みたら,もうわかってきているな,と思った。だから,もう,はっきり言ってあげんでもええ。可哀相やから。。。」と言う。

「もう,ママが泣くから,パパ,どんだけ自分がひどい状態なのかな?とか思ったんちがうか?」「でも,なんともいえん顔で,隣の人を見てるのみてたら,可哀相で可哀相で。。。」


今夜も,答えが出ないままに夜が更ける。
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by rompop | 2007-09-19 15:20 | ホスピタル


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