2007・8・13 罵倒。

9時に起きる。

10時にタクシーで母と一緒に隣町まで。今日は母の用事と買い物につきあう日。ちょっとしんどいなぁ・・・と思いつつも,これも親孝行かと我慢。

今日もだいぶ暑くなりそうだ。循環器の悪い母のために,なるべく外を歩かなくてすむように,タクシーを使う。国道はとても混んでいて,あらためて「盆休みなんかに出かけるんじゃなかった・・・」と後悔。みんな,どっかへ遊びに行くんだろうな。


母がずっと気にしていた銀行でのいくつかの手続きをすませ,ローカル百貨店のM坂屋へ。


親類やご近所の人,母の友達などからいただいた,父のお見舞いへのお返しを買う。先に地階で母に和菓子を選んでもらい,あとは母をソファに座らせておいて,ワタシがギフトセンターで商品券を買ってきて,和菓子売り場で同梱してもらう。

快気祝いとして返すコトができれば良かったのだが,そうなる目処もつかず,相談して「お見舞いお礼」の熨斗をつけてもらった。


それぞれ,お返しの値段も違うし,たくさんの伝票を書くのが一苦労だった。でも,母一人だったら,もっと時間がかかっただろう。和菓子は,ちょっと変わった形の涼しそうな水羊羹のセットにした。


お昼を過ぎた。上階のレストラン街で昼食。和風の店で,ざるそばとミニ天丼のセットを食べた。本当は母の好物のお寿司を食べたかったのだが,ワタシたちのお気に入りの店はいつの間にかつぶれて,なくなっていた。


その後,母の体調を気遣いながら,タクシーで父の病院へ。

父は母の顔を見ても,いつもほど喜んでいるようには見えなかった。ちょっと頭もぼんやりしていたかもしれない。

それでも,ぽつぽつと話をしながら,母は1時間半ほど居てくれてだろうか。二人で熱いおしぼりで父の顔や足を拭いたり,足の指に水虫の軟膏を塗ったり,氷水で口の中を拭いてやったりした。


今日の父は,下痢はなく(便通がない),熱も36,8℃。

しかし,どうしたコトかおかしなコトを言い出して,ワタシたちを困惑させた。


「そこにあるタンスに30万を置いたんだが,心配だから見て欲しい」と。どうやら,ワタシたちがいく前には,看護師さんにお願いしたらしい。そうしたら「ご家族の許可がないと勝手に探せないので」とうまくかわされたようだ。

ワタシたちの顔を見るなり,「家族が来たと,看護師さんに知らせないと」と,ナースコールを押そうとするので,あわてて止めて訳をきき,母と一緒に,「お金は家にあるから」「台所の上の棚の奥にちゃんと隠したから」と言って,安心させた。何度かそう説明すると,父はやっと,「あぁ,やっと安心できた」と言って,素晴らしい笑顔を見せた。

母は,「もう・・・パパ,しっかりしてや」と苦笑していたが,父の頭のなかでは,これが本当なのだろう。


それから,しばらくして,「2~3日中に散髪に行くから,お金を置いておいて欲しい」と言い出す。「小銭もなにもないのは,心配だ。お金がいる時があったら困る」と。

気持ちはわかるが・・・・


「ここは病院だから,お金のいることなんてないよ」「いるときは,ワタシたちが払うから」「売店にもパパひとりでは行けないからね」と,説明する。父は不満そうだった。でも,あきらめたらしく,それ以上はねだらなかった。


母があまり疲れても困るので,先にタクシーで帰す。父は笑顔で母と握手をして別れた。ワタシは母について行き,無線でタクシーを呼んだ。


「パパ,少し(認知症が)進んだなぁ・・・どうしたらええんやろう」と,母。たしかに,ゆるやかに父は進んでいる。本当に,年寄りにとって,環境の変化や寝たきりの生活は,危険なのだと思う。


4時ごろ,主治医をはじめ,エライ(らしい)ドクターたちがぞろぞろと連れ立って,回診にきた。こんなの初めてで,ちょっと緊張したが,どうやら,胃ろう造設後の栄養状態のチェックらしい。

一番エライ(らしい)ドクターが父の胸に聴心器をあてたり,軽く質問したりしただけで,あとは父を見下ろしながら,ドクターや看護師同士で,よくわからない専門用語でなにやら意見交換をしていた。栄養剤の量や種類などについて,話をしていたようだ。


その中に,前回,誤嚥性肺炎で入院したときの担当医の姿があった。そのドクターが,少しあとに残って,「どうですか?」などと声をかけてくれたので,「床ずれができかけているんですが,軟らかいマットレスの在庫がないみたいで・・・」と,ダメ元で訴えてみた。ドクターは,「あ,そうなの?あとで確認してみます」と言ってくださった。


が,どうせ無いんだろうな・・・と思っていた。ところが!1時間ぐらいあとで,看護師さんがやってきて,「明日,マットレス交換しますからね」と言うではないか。今までワタシは,5人ぐらいの看護師さんに,毎日のように「マット,なんとかならないですか?」と訴えてきた。そのたびに,「在庫がないです」「全部使っていて・・・」「ほかの病棟にもきいているんですけどね・・・」などと,言われてきた。ううむ・・・口あんぐり。やっぱり,こういうのは,直接,医者に直訴しないと駄目なのかも。


5時半頃,そろそろ疲れてきたので,帰ろうと思った。本当は,夕食の時間,同室の人たちが音や匂いをさせて食事をしている間,いてあげたいと思うのだが,なんだか・・・身も心も限界だ。


寝ている父に,「もう帰るけど,構わないか?」と聞くと,そっけなく,「あ,そう。ご苦労さん」と言われる。どうやら,さきほど,「水虫に良くないから」と,無理やり寒がる父の靴下を脱がせたのが,不満だったようだ。父の足のためにやっているのだが,本人に水虫の自覚がないのだから,不満しか感じないようだ。


しかたなく,靴下をはかせる。夜は素足だと寒がるだろうから。


いよいよ帰ろうとした時に,「お金を少し置いておいてくれ」と言われる。さっき,あれほど説得したのに・・・・・

「お金のいるコトってないから,いらないよ」と言うと,「あとで自転車に乗って,マルヤスに買い物に行くから」と父。

・・・・・・・・マルヤスとは,父がよくバナナなどを買いに行っていた,近所のスーパーだ。


あまりに突拍子もないので,答えにつまっていると,「マルヤスで買い物して金がなかったら,困るだろう」「少しでいいから,今(金を)くれ」とたたみかけてくる。


「・・・・・パパ,マルヤスなんかに1人で行かれへんよ・・・・・」と言うと,「今行けなくても,あとで行く!行く時にお金がないのは困るだろう」と言う。

「でもパパ・・・」と言いかけると,父は急に怒り出した。

「うるさい!人の言うコトに反対ばかりして,このへそ曲がりが!!」「もう頼まないから,さっさと帰れ!」と大声で怒鳴る。びっくりして,「パパ,そんなに怒鳴らないで!」と制すると,ますます怒りまくって,真赤な顔で,「帰れ!さっさと帰ってくれ!!」とますます怒鳴り散らす。


手がつけられない,とはこういう状態なのだろうか。怒鳴っている父の目は,完全にイってしまっている。オロオロして,父の周りをうろうろしていたが,父は怒鳴るだけ怒鳴ると,あとは目をつぶって横を向いてしまった。


帰りかけて,2度ほど病室に戻ったが,何といってよいのかわからなくて,結局,帰ってきた。


父の認知症は進んでいる。今,自分がどういう状況で,どこにいるのか,時々,まったくわからなくなってしまうようだ。

もしかしたら,食べるコトも飲むコトもできないで,動けないでいる今の状況を認められなくて,余計にそうなってしまっているのかもしれない。なんとなく,そう思った。


病気だからしかたがない。それでも,あんなに憎憎しげに「帰れ」と怒鳴られたのはショックだった。これからも,こんな想いをたくさんしなければならないのだろうか。。。


なんともやりきれなくて,フラフラと百貨店に入った。地下のジューススタンドで,甘い夕張メロンジュースを飲んだ。
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by rompop | 2007-08-13 15:33 | ホスピタル


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