2007・7・29 ① 母が見舞いに,行く。

9時に起床。久しぶりに部屋の掃除をした。洗濯もしたし,布団も干した。ずっと気になっていた部屋のカーペットを片づけて,青ゴザの敷物を出した。

今日は,母がめずらしく「病院へいく」と言い出した。体調も悪くないようなので,弟と一緒に昼前にタクシーで出かける。父,喜ぶだろうな。。。


先に母が帰宅。心配していた父の熱は,かなり下がっていたそう。「パパ,元気やったよ」の母の言葉に,胸をなでおろす。

今日からは,抗生剤の点滴に加え,スポーツドリンクのような補助の水分も,500ミリリットルを2本,してくれているらしい。もちろん栄養の点滴はなく,水分のみだが,それでも1日に1400ミリリットルの水分が父に補給されている。

そのせいか,ものすごく頭がしっかりしていて,父はもう,ホントに大喜びでずっと喋りづめだったそう。通りかかる看護師さん達が,「○○さんのこんな嬉しそうな顔,見たコトないわ」「こんなに喋る○○さん,はじめて。やっぱり奥さんがいいのね」などと,しきりに驚いていたそうだ。

うちの近所の人の話や,我が家の垣根や庭の話,親戚の話,自分の友達の話など,話題は尽きるコトなく,1時間半ぐらい,ずっと喋っていたらしい。よっぽどパパ,嬉しかったんだなぁ。。。


弟が遅れて帰った来た。そして,「胃ろうだけど,こちらからもうセンセイにお願いしようかと思うんだけど,どう思う?」と切り出された。


胃ろう。。。。。父がこうなる少し前から,やっぱり避けられないのかな,とは考え始めていた。今はワタシと弟がべったりくっついて,父も頑張って,なんとかかんとかミキサー食を食べている。でも。。。父はもう,いっぱいいっぱいだ。

バリウムを使った2度目のVF検査は,「リスクが高すぎる」と実施してもらえなかった。代わりに行った耳鼻科のマイクロスコープでの検査では,あきらかな誤嚥はなく,飲みこむ力はまだあった。ただ,喉のあたりに,唾液や水分が貯留しやすくなっていて,嚥下反射は鈍かった。つまり,誤嚥したものや溜まった唾液などを,自力で出す力は弱い。

微妙だった。でも,嚥下能力が飛躍的に改善する見こみは,限りなく薄い,と言われた。


肺炎でかつぎこまれた病院でも,主治医に何度も胃ろうを勧められた。でも,断った。父が可哀相で,考えられなかったから。

こちらへ戻ってからもすぐに,主治医やSTに,強く勧められた。でも・・・断った。少しでも口からいけるうちは・・・と思ったから。でも,「このままの栄養状態で,また肺炎を起こしたら,致命傷になるかもしれませんよ。それは覚悟されてるんですね?」と言われた時,弟は「はい」と返事をしたが,ワタシは迷った。父が今,死んでしまってもホントに・・・いいのか?

主治医たちは,いちおう,家族の気持ちを大事にしたい,と思ってくれたのか,胃ろうの話は,保留になった。STが毎日,父のベッドへやってきて,アイスマッサージや舌の運動などをしてくれるようになった。夕食も本当は6時なのだが,ワタシが「全面的に見守り・介助」をするために,父だけ,6時半以降の開始にしてもらっている。

父には,自分をとりまくシビアな状況は,あえて説明しなかった。それでも,ワタシと弟がどこか鬼気迫っていたためか,父はそれを感じていたようで,一生懸命,食べた。でもきっと,「食べる」というコト自体が,ものすごいストレスになっていただろう。

普通食は,おそらくもうずっと無理でしょう,と,早い段階で宣告されている。父はそれを知らない。だから,今はまずいミキサー食をがんばって食べている。ワタシたちもがんばって食べさせている。

胃ろうにしたら,栄養状態は少しずつ良くなるかもしれない。「そうしたら,元気になって力もついて,リハビリの意欲も出てくるから」と,看護師さんや療法士は言う。でも,リハビリをがんばっても,父は家に帰れない。家に帰れないどころか,胃ろうを着けたら,老健もすぐには入れない。枠がとても少ないので,半年やそこら待っても,入れるかどうか,まったくわからないという。待機期間が生じるというコトは,その間,父を自宅に連れ帰らねばならない,というコトだ。その選択肢はない。

ならば,療養型の病院か。胃ろうにして,栄養状態が改善して,リハビリをがんばったとしても,行き着く先は,寝たきりに近い形になる恐れが最初からある,病院なんて。

父にとっての幸せな着地点が見いだせないから,なにが本当に,父にとって「良いコト」で,なにが「可哀相なコト」なのか,ワタシにはもう,まったく見えない。


ただ。。。金曜の夜,ベッド脇に座らされて咳きこみ,うなだれていた,痩せた父の姿が目に焼きついている。


「お父さんの今の現状を,ちゃんと認めなアカンで」と弟はしきりに言う。このままの状態を続けても,早晩,誤嚥性肺炎を起こすに決まっている,と。施設へ行こうが,病院へ行こうが,父が一人で,誤嚥しないように,注意深く食事をとり続けられるとは思えない,と。ワタシたちが,いつまでも,こうやって見守り続けるコトはできない。見守り続けていても,自然と違うところへ入っていくものは,どうしようもない。


弟が,施設を選択肢から消したくないために,胃ろうを断固拒否していた時,ワタシはそれに反発した。父の身体が一番大事じゃないのか??と。

でも今,そう言われてしまうと,逆に反発したくなる。かといって,「今」,そうしなければいけないのか??と。


点滴のおかげで,怖ろしく頭がクリアになっている父。自分から母に,小学校時代の唯一の友達であるYさんに,自分のコトを知らせてくれないか?と頼んだという。「あの人は僕の唯一の友達だから」と。

「今日,明日のお父さんなら,自分で理解して,判断できると思う。だから,話をする良いチャンスだ」と弟は言う。今日は母と一緒だったので,まさしく良いチャンスだったのだけど。。。と。

どうせ避けられない胃ろう造設なら,今はとても良いタイミングだと思う,と言われ,言い返せなかった。

「まずパパに気持ちを聞くのが先や。」と母。それはそうだ。でも,辛い話だな。。。
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by rompop | 2007-07-30 19:34 | ホスピタル


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