2007・7・24 ② 足が,震えた。

2時から4時半ぐらいまでの間に,バスとJR,タクシーを駆使して,2つの療養型病床群のある病院を見た。


一つめはソーシャルワーカーが,「ここなら,わりと早く受け入れ可能かなぁ」と最初に教えてくれた病院。あらかじめネットでHPなどを見ていたが,どうやら,地元では古くから,精神病や老人を専門としてきた病院のようだ。そのため,現在も,認知症や老人病,精神病の患者を収容するための病棟が,ほとんどを占めている。一般病棟や,特殊疾患専門の病棟もあるが,ごく一部のよう。

JRの最寄り駅から,無料の送迎バスがあったので乗る。乗車時間はかっきり8分。近いと思う。

とても綺麗な大きな病院だった。古い歴史のある病院なのに,全面的に改築したせいか建物はピカピカしているし,正面玄関の前には大きな花壇があって噴水もある。緑の芝生も。。。思わず,良い天気の日に,父を車椅子に乗せてやって,日光浴をしている光景が浮かぶ。

外来の受付も,ホテルのロビーのよう。

玄関脇にある病棟内の地図で,全体の造りと,病棟の区分を確認する。「療養型病棟」は,別館の2階から4階にあるようだ。

方向が今ひとつわからず,ウロウロと歩き回る。1階には,リハビリ室もある。大きな食堂もあり,まるで老健のデイサービスのように,たくさんのお年寄りが車椅子に座って集まり,テレビを見ているのが,ガラス越しに見えた。


それにしても,おかしい。「西館」「東館」などを示す表示板はあちこちにあるのに,「別館」の場所を示すものが,何もない。もう一度玄関にもどり,地図を確認する。本館の右側に細長くくっついたような病棟が「別館」だ。

方向をさだめて歩いた。検査室を幾つも通り過ぎ,行き当たってしまった。ふと右を見ると,階段がある。手書きで「○棟」と書かれた紙が貼ってある。絶対,ここだ。

薄暗い階段をいっきに4階まで上がる。小さなナースステーションが正面に見えるが,ワタシとそこの間には,ガラスばりのドアがある。「鍵は開いています」という貼り紙。ドアノブを回して開けた。ナースステーションにいた看護師が,ちらと顔をあげた。

面会客のフリをして,病室のある狭い廊下をいっきに奥まで歩いた。廊下の両側に,ドアのないカーテンだけの病室が続いている。カーテンが開け放してある病室は,中の様子が全て見えた。


狭い病室に,6つのベッドが,ぎちぎちに並んでいる。白いパイプむき出しの,小さなベッド。その小さなベッドを「小さい」とカンジさせないほどに,痩せこけた骨と皮だけのお年寄りばかり。気管切開で管をつけた人,点滴をした人,鼻からチューブがついた人。

病棟は,部屋も廊下も古びていた。窓からも明るい光はさしこんでいない。見舞いの家族の姿も見えない。家族が来ても,ベッド脇にこしかけるスペースすらない。それともここは,見舞客すらこない場所なのだろうか。ただ,むきだしの白いベッドが並んでいるだけ。テレビもなにもない病室がいくつも続いていた。

足がガクガクと震えた。陰惨な空気が重たくたれこめているようだ。あちこちから,うめき声が聞こえている。

一番奥まで行き,引き返した。ナースステーションの前にいた,大柄のヘルパーさんが,なにか言いたげにワタシをじっと見ていた。面会客でないコトを見抜かれたようだった。話しかけられないように,そのまま,急ぎ足で彼女の横を通り過ぎ,ドアノブを回して,階段へ出た。


勇気を出して,2階と3階も,同じように急ぎ足で観察して,逃げるように出てきた。どの階も,まったく同じだった。


広くて綺麗な外来のロビーに戻って,ソファに腰をおろす。閉鎖的な隠された病棟だった。今まで,父や母が入院していた病院にも,重篤な患者さんはいた。人工呼吸器も経管栄養のチューブも点滴も,別に珍しいものではない。でも。。。やはりあれは,はじめて見る光景だった。

本館の窓から,今みてきた病棟のあるあたりを見上げてみる。どの階のベランダにも,緑色の網がかけられていた。太陽光があまり入らないはずだ。それにしても,どうした理由だろう?飛び降り防止のためのネットだろうか。鍵のかかったドアといい,中には歩ける患者さんもいるのだろうか?


綺麗すぎる感のあるロビーを出て,緑の芝生や花壇の横を歩きながら思った。この綺麗さに欺されちゃいけない。ここまで出てこられるのは,普通の患者さんだけなのだ。「絶対に,パパをここに入れたくない」涙がにじみ出てきた。

気がつくと,3時を過ぎていた。昼食がまだだったコトに気づいて,敷地内にある食堂に入る。食欲がないので,一番食べられそうな「きつねうどん」を頼んだ。でも,胃がせりあがってきて,半分も食べられなかった。


なんだか力尽きてしまい,もうこのまま,父の病院へ戻ろうか,と思った。でも,平日の昼間に動ける日など,滅多にはない。体調はなんだか怪しいが,頑張って,もう1つのほうも見てみようと決めた。


送迎バスとJRをのりつぎ,バス亭まで行ったが,どうやら1時間に2本しかない。ど田舎じゃあるまいし。。。5時半ぐらいまでには,父のところへ行かなくてはならない。時間がなによりも惜しいので,しかたなく,タクシーに乗った。1800円ほどかかった。


2つめの病院は,さきほどの病院よりもぐんと小さい。そう新しくも古くもない,温かみも冷たさもない,普通の外観。

外来受付のロビー周辺をぐるっと回ってみた。検査室や診察室がいくつもあるだけだ。ロビーにも玄関にも,院内のくわしい地図はないようだ。

困ってしまって,ボウッとしていると,点滴を押しながら歩いているパジャマ姿の人を発見。入院患者さんだ,と思って,あとをついていく。

受付の横をとおって,狭い廊下をいくつか曲がると,広くて明るいリハビリ室に出た。その脇に,小さなエレベーターがある。院内の見取り図と,入院病棟,病室の番号などが全部書かれていた。

特に「療養型」の記載がない。もしかして,ここも,隠されたどこかにあるのかもしれないなぁ。

とりあえず,見取り図にかかれていた全ての病棟を,急ぎ足で歩いた。

ずいぶん,綺麗な病棟だ。古い部分と新館の部分があるが,古くてもそう汚いカンジはしない。なにより,どの病室も明るく,窓から光が入っている。ナースステーションも広くて開放的だ。

ドアの開いている病室をのぞいたが,部屋も狭くなく,ベッドとベッドの間も,普通だ。普通のベッドで,テレビもあり,見舞いの家族が,ベッド脇に座り,世話をやいている光景も,普通の病院。

患者は,気管切開をして,口をぽっかりと開けたような人もいるが,そうでない人もいる。一般病棟とあまり変わらないなぁ。

よく分からなかった。見取り図にのっていない病室があるのかどうか。それとも,もしかしたら,療養型の病床は枠が少ないから,そう目立たないのかもしれない。

「ここなら,あきらめがつく」と思ったが,枠が少ないなら,すぐに入れる希望は薄いかもしれない。


あまりウロウロしていると怪しまれるので,1階へおり,見取り図にある病室番号を全部手帖に書き写した。ロビーのソファに座って,病室の数を合計し,基本が4人部屋として,4をかけた。2人部屋や個室もあるから,実際の病床数はこれよりは少ない数だろう。それでも,公式HPに記載されていた病床数と,ほぼ変わらない数が出た。それならば・・・多分,今,見てきた病室が,全部なのだ。すべての病室の様子を覗いたわけではないから,寝たきりに近い人たちは,きっとカーテンで囲われたベッドにいたのかもしれない。

でも,ここなら。面会に通っても,ずっとベッド脇にいられそうだ。ただし,この病院の平日の面会時間は7時まで。。。


疲れ切って,父の病院のある駅まで戻る。帰りはタクシーを使わず,バスと私鉄を乗り継いだ。それでも。。。見ないよりは,見てよかった。なにごとも,見なくてはわからない。


6時15分前に父の病室へ。いつものように舌の体操をさせ,夕食。父は何度か咳をしながらも,自分で痰を出し,60分で6品をたいらげた。

車椅子に座り,自分でスプーンを口に運ぶ父の後ろ頭を眺めながら,また,「本当に老健より病院のほうがイイんだろうか?」と自問自答を繰り返す。老健,病院,自宅。。。頭がこんがらがって,訳がわからなくなっている。


帰宅。

ワタシが午後,病院見学に行ったコトを,母は弟から聞いていた。仕事を辞めてしまったら,ワタシの将来はどうなるのだろう,と思うと,昨夜は眠れなかったらしい。うまく睡眠が取れないと,たちまち血圧や脈拍に影響する。たったこれだけのコトで,母には負荷がかかるのだ。


食後,弟と少し口論。「ワーカーに相談もして,病院も見てきたんやろ?早く結論を出せ!」「そんなに簡単に,決められへんわ!!」


怒鳴りあうワタシたちを,母は鏡台の前に座って眺めている。

耳が聞こえにくいので,怒鳴っているのはわかるが,いまいち,内容が聞き取れないようで。。。母は蚊帳のそと。
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by rompop | 2007-07-26 16:25 | ホスピタル


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