2007・5・21 ② 老健。

d0062023_2285515.jpg5時半に事務所を出て,病院へ。

今日は,父にちゃんと話をしなければ・・・と思うと,病院へ向かう足取りも重く。


父はまだ夕食中。今日の夕食は,あきらかに「卵とじ」のようなオカズがあり,なかなか美味しそう。デザートは果物をつぶしたモノみたい。「梨の味がする」と,父。

しかし,少しザラザラしていたせいか,終わりのほうで,ひどく咽せだした。何度も咳きこみ,そのたびに唾や鼻水が盛大に垂れる。たちまち,ティッシュの山ができる。

美味しそうなデザートだったが,もう,これ以上は良くないな,と判断。残すコトにして,強制終了・・・途中でトイレに行ったせいもあり,もう,90分近く経っているし,きっと疲れも出てきたのだ。お茶ゼリーだけは食べてもらう。これは,不思議と咽せないんだなぁ。。。


歯磨きを終えて,部屋に戻る。


同室のNさんのベッドには,青いカバーがかけられ,荷物は無くなっていた。「アレ!!Nさんは?」と尋ねると,夜勤の看護師さんが,言いにくそうに,「・・・治療するため,隣へ入院されました」と。

熱がずっと続いていたNさん,大丈夫かな。急に部屋がガランとして,淋しくなった。



じっくり話すなら,今。今をのがしたら,また明日になってしまう。


テレビを見ようとしていた車椅子の父の隣に椅子を置いて座り,父の顔色をみながら,ゆっくりと切り出した。


今の病院には本当は3ヶ月しかいられないけど,今は無理を言って,延長して置いてもらっているコト。

今の父の状態では,家に帰るコトは難しいコト。なぜなら,ワタシは昼間いないし,昼間,父の面倒を見るのは,母になるから。今,看護師さんがやってくれている,いろんな手助けを,血圧が不安定で,圧迫骨折も完治していない母がするのは,とても無理だ,というコト。

父の腕に手を置いて,「それはわかるやろう?」というと,父は大きくうなづいた。「仕方ないよなぁ」というと,「仕方ないねぇ」と笑った。


だから,ここを出たら,リハビリをもう少し続けるために,そういう所へ移ろう,と。


それから,その場所は,病院ではなくて,『介護老人保健施設』といい,「老健」と言われている。入りたい人が多いから,申し込んでから何ヶ月か待たないと入れない。だから,早めに申し込まなくてはならないのだ,というコト。

そこは,病院ではないけど,看護師さんや医者が近くにいて,父のように時々熱が出たりしても,安心だというコト。

ここのように,毎日,ではないけど,リハビリが週に2~3回ぐらいあって,あとは,毎日の生活のなかでリハビリしましょう,というコトで,楽しみながら頭や手足を使えるように,行事やリクリエーションがあるのだ,というコト。

でも,ここと同じようなカンジで,自分の部屋があり,そこに,ベッドもあるのだ,というコト。


市内にはいくつかその施設があって,今はまだどこへ入れるか決まっていないけど,「ここならイイな」と思うところを,ワタシと○○(弟)で,見学したりして,一生懸命探しているから,と。


だから,もう少し,日常のコトをなるべく自分で色々できるように,その施設で,がんばってリハビリを続けてみよう?と。パパは社交的じゃないから,知らない人と一緒に色々するのはイヤかもしれないけど,ちょっとでも楽しんでリハビリできるよう,やってみよう?と。


父は少し笑って,「そうだねぇ」と言った。父なりに,今の自分では家に帰るのは無理かもしれない,とわかっていたのかもしれない。父なりに,納得してくれた,と感じた。ホッとした・・・でも,切なさは変わらない。



ただ・・・・・一番最後に父に言ったコトは,本当半分,ウソっこ半分だ。


もう少し,たとえば,トイレや着替えなどの日常作業が一人でできるようになったとして,それで父は家に帰ってこられるだろうか?要は,こちらの受け入れ態勢の問題なのだ。

今はまだ軽くても,「まだら」でも,認知症がある限り,介助は最小限で済んだとしても,見守りは必要だ。

見守っているだけならイイが,なにかコトが起こった時には,母は父を助けようと手を出すだろう。

たとえば,父が混乱して,ふいに立ち上がり,歩こうとする。運動失調を起こしている父は,バランスを失って転びかけるかもしれない。母が慌てて,支えようとする・・・あるいは,転んだ父を助け起こそうとする・・・母の血圧があがり,腰や背中に強い力が加わる・・・想像しただけでゾッとする。

介護サービスを駆使して,なんとかなるのではないか?と考えるコトもある。でも,最終的にその最悪の場面を想像してしまうと,やっぱりダメだ,と無力感におそわれる。

持病をわんさか抱えている母には,やっぱり無理だ。糖尿病,狭心症,高血圧,緑内障,くわえて,2回も圧迫骨折を起こした。母も,いつ倒れてもおかしくない。

今の状態の父なら,ふいに記憶や思考が混乱するコトはあっても,「危険だから絶対にダメ」と言い聞かせたコトなら,理解できると思う。けれど・・・それはわからない。そうでない瞬間が,あるかもしれない。わからないし,何かコトが起こってから,考えるのでは遅い。


それから,食事。普通食を刻むだけならまだしも,ミキサー食の三度の食事・・・母には負担が多すぎる。


・・・・・ワタシが仕事をやめれば,父は今の状態でも,家に帰ってこられるのだ。きっと。


それでも,父に,あえてポジティブに話しているうちに,ワタシもそんな気持ちになってきた。キツイ現実を先延ばしにしているだけかもしれないのに。最初の老健に無事入れたとして,そこもせいぜい,半年だろう。その後は?そのときに,ワタシは父に,また同じ説明を繰り返す??


・・・でも,明日のコトは,誰にもわからない。ただ,父には納得して施設へ行ってもらいたい。「だまし討ち」のようなコトはしたくない。できれば,ワタシたちにも,あちらにも不信感を持たずに,気持ちと身体がバラバラになるコトなく,ちゃんと新しい環境に入っていってもらいたい。


環境の変化と失望や不安で,父の認知症が進んでしまうコトだけが,心配だ。今はまだ,こんなにちゃんとコミュニケーションができる父なのに,そうなってしまったら,辛すぎる。


8時前になってしまった。父の着替えを見守り,8時10分に病室を出る。父はもう,睡眠薬で朦朧としながら「ママによろしく」と言った。
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by rompop | 2007-05-22 10:13 | ホスピタル


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