2007・4・14① 表札。

9時半に病院へ。

受付でソーシャルワーカーのOさんへの面談をもうしこむが,なんと今日はお休みだとのコト。がっくり。。。ちゃんと確認しておけばヨカッタ。たしか,先週の土曜日はいらしたのに。。。

というわけで,早起きして来たのが,ほとんどムダに終わったが,しかたがない。ロビーで少し落胆したあと,気を取り直して,父の病室へ。


朝食後の何もすることのない時間。こんな時間に面会に来るのは初めてだ。朝食後の父は,すやすやとベッドで寝ていた。目やにで眼が少し固まっている。ベッド脇に近寄り,「パパ~」と小声で呼ぶと,ぱっと目を開ける。「あれ?」というので,「今日は早めに来たん」という。

看護師さんが血圧計をもって,やってくる。父の様子をきくと,今朝は平熱だとのこと。抗生剤も今日から1日1回になったらしい。「風邪だったんでしょうか?」と聞くと,やはり普通の風邪ではなく,嚥下障害による誤飲性肺炎の一歩手前だった。もう少し放っておけば,本格的に肺炎に突入したらしい。肺炎は一番怖い。

それでも,熱がさがったのでリハビリ再開,と聞いて不安になる。「少しでも動かさないと,高齢者は1日リハビリを休むと大きいですから」とのコト。関節が固まってしまうのだという。

リハビリを見学して帰ろうとベッド脇で待っていたが,なかなか呼び出しがこない。父は横になったまま,ぐうぐう寝てしまった。こんなに寝ていては,リハビリが辛いと思うのだが,熱が下がったばかりだしなぁ。。。と思いながら眺めていた。

この時間帯は,主治医もステーションにいるし,看護師さんも多く,療法士の人たちもウロウロしていて,とても活気がある。ワタシがくる夜間とは,別の病院みたいだ。もっと時間の融通のきく仕事ならば,この時間帯に面会に来れるのに。

11時。作業療法士の若いセンセイが父を呼びにやってきた。初めてお会いする方だ。見学させてもらうコトにする。2階の作業療法室まで,父と一緒に移動。

「作業療法」というから,手を動かすぐらいのコトかと思っていたら,血圧を測ったあと,車椅子から立たせて,片足でひもをつけたボールを蹴らせたり,低い位置にある「投げ輪」を,腕をのばして高い位置に移動させたり,と,結構ヘビーだった。父は,病み上がりなので,少しハァハァ言いながらも,黙ってもくもくと言われたとおりにやっていた。少し離れたところから,父の横顔を見ていたが,どの程度きついのかは,わからなかった。

これで終わりかと思ったら,テーブルに移動して,父の麻痺しているほうの左手を,滑車のついた小さな器具に固定して,テーブルの上を滑らせるように伸ばしたり回転させたりして,上体のストレッチ。なかなか上手くできてるなぁ。

その後,金でできた表札のようなモノをもってこられた。うちの名字が描かれている。その文字以外の場所に,療法士さんが釘をあて,上から父が木製の金槌でコツンと叩いて,少し凹ませる。そんな「工作」みたいな遊びみたいな作業が続いた。細かい凹みが無数にあるので,だいぶ長い間,作り続けている物だろう。だんだん文字が浮き上がるようになっている。老眼鏡をかけた父は,楽しいのか,楽しくないのか,よくわからないが,療法士さんに話しかけられると,笑いながら作業をしていた。

父を眺めていると,涙が出そうになって困った。待っている家族がいて在宅復帰を目指す,前向きなリハビリならば,嬉しい気持ちで見守ることができるだろう。でも,このままでは,いくらリハビリをがんばっても,父は家へは帰れない。たとえ最大限にがんばって「立って歩く」コトができたとしても,その歩行に介助が必要な父につきっきりになれる家族は,我が家にはいないのだ。療法士さんがワタシの顔をじっと見たので,きっと変に思われたにちがいない。

12時少し前にリハビリは終わった。そのまま3階へ戻り,すぐに昼食だ。ワタシは,今日はこのまま家に帰らねばならない。「お膳がくるまではいるから」と言い,一緒に座って待った。喉が少しゼロゼロ言っている父に,看護師さんが「食べる前にちょっと抜こうか」と簡単に言い,痰の吸引。ためしに鼻からやってみたところ,父は痛いのか,顔をしかめて「うわぁぁ」と言った。かなり痛かったらしく,鼻は止めてほしい,とのコト。

涙目になっている父の元に,昼食の膳が来たので,エプロンをつけさせ,ラブレにストローをさして傍に置き,帰る。配膳時はエレベーターがつかえないので,非常階段で下まで降りる。何度か振り返ると,父はそのたびに,わらって手を振った。とても元気そうに見える。切ない。
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by rompop | 2007-04-15 00:17 | ホスピタル


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