2006・12・18 苛立ち。

朝食は,苺ジャムのトースト,ミルク,みかん。

今朝はずいぶんと冷えこんだ。石油ストーブの設定温度を高くする。昼食にあれこれ考えるのが面倒くさいので,簡単におにぎりとおかずを作る。


6時半過ぎに病院に着く。

今日の父は,なんだかぼんやりしていて,元気がない。昨日一日が,長かったのだろうか。パジャマと肌着を新しいモノに,着替えさせてもらっていた。ワタシは事務所から,自分が使っている膝掛け毛布を持ってきた。リハビリ室へ移動するとき,一瞬,外来病棟を通る。すきま風が寒いのだ。「リハビリの時に,お願いします」とメモを置いておく。

座位で食事をしたあと,「胸がしんどい」と,いつも訴える。座位といっても,ベッドを起こしての態勢では,普通にテーブルで食べるのとは違うから,やはり辛いのだろうか。喋っていると,すぐにふうふうと息をして,喋るのを止めてしまう。ずっと寝ていると,心肺機能も落ちるのだろうか。とても気になる。主治医に質問したいが,ワタシが行く時間には,主治医も担当看護師も,ほとんどいない。いるのは,毎日顔の変わる,若い看護師だけだ。明日は,MRIの結果説明がある予定だ。弟から主治医に聞いてもらおうか。

「リハビリはしんどいか」と聞くと「しんどいねぇ」と言う。憂鬱そうな顔になる。リハビリをすればするほど,自分の今の身体を自覚するコトになるのだろう。気がふさぐのも無理はない。父はあれから一度も「家へ帰りたい」と言わなくなった。それほどクリアな頭ではなくとも,今の状態では,とても無理だ,と悟ったに違いない。

9日に運びこまれて,ほぼ10日。最初の3日ほどは何の自覚もなかったにしろ,ほとんど寝たきりの状態だ。そろそろ苛立ちも出てきたようだ。

父の病室は,わざと,入り口のドアも開け放っている。看護師さんの目が行き届くように,との配慮だ。頭がしっかりしてきたとは言え,夜中にベッドから降りようとしないとも限らない。そうすれば,今の父は,体重を支えるコトができずに,ベッドから間違いなく落下する。なのに,父は,廊下を通るほかの患者さんが,チラと中を見ていくのが,たまらなくイヤなようなのだ。自分のベッド周りのカーテンを閉めて欲しい,と何度も言う。しかたがないなぁ,と言われるままに閉めるが,何度やっても気に入らないようで,カーテンばかりを気にする。

言葉で言うのがもどかしいのか,右手を立てて,ジェスチャーばかり使う。意味はわかっているのだが,ワタシも苛立ち,「手じゃなくて,言葉で言わないとアカン」と言ってしまった。喋りにくい舌を使って言葉を喋るのも,リハビリだと思うからだ。父は,少しむくれて,さらに苛立った。

かと思うと,ワタシの手を握って,しきりに握手をしたがる。ただ,握力があることを示したいのか,それとも,なにか他に言いたいコトがあるのか。母が何日も顔を見せないコトを気にしていたが,今日はひと言も母のコトは聞かなかった。

脳卒中になった人の約半分が,「うつ病」を発症すると聞いた。身体が自由にならない苛立ちや,閉塞感や焦りで,そうなるのだろう。無理もないと思う。父の病状だけでなく,精神面がとても不安だ。それとも,傍らにいるワタシの不安は,父の不安を増大させるだけなのだろうか。どんな時にも希望を持つコトは大切だが,こうなってみると,なんて難しいコトだろう。ワタシの精神も不安定になりそうだ。しかし,一番不安で,一番辛いのは父なのだ,と,そのたびに思い直す。

帰り際の父の不安そうな顔を思い出しながら,また胸がふさがる。

夕食は,塩鮭,豚汁,ほうれん草のゴマ和え。旅館の朝食のような献立だ。母が申し訳なさそうな顔でワタシの顔をチラと見る。でも,作ってもらっている手前,文句など言えない。母がダウンしてしまっているので,弟がいなければ,もっとひどいモノをワタシたちは食べていただろう。これでも弟は,毎朝,スーパーの折り込みチラシをチェックしながら,なるべく食材のムダが出ないよう献立を考えてくれている模様。

今夜も夜になって,母の血圧はあがった。「今日もお風呂,やめておく」と母。もう何日目だろう。でも,今日は,とりわけ寒い1日だった。健康なワタシでも,いくら浴槽につかっていても,なかなか身体の芯は温まらない。「何日風呂入らなくても,死なないしな」とワタシは笑う。「ご心配かけてスイマセン」と母は,布団にもぐりこんだ。
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by rompop | 2006-12-18 13:44 | ホスピタル


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