始まる。

朝食は,目玉焼きとご飯,梅干。

タクシーで8時半に病院へ到着。9時前に,麻酔薬,点滴が注入され,父はベッドごと別館の地下にある放射線科の特別治療室へ。母と2人で,別のエレベーターに乗り,治療室へ行くが,すでに父は先に部屋へ入ってしまったらしく,「使用中」の赤ランプが点いている。治療を担当してくださるI助教授が出てこられたので,「よろしくお願いします」とペコペコ挨拶する。難しい治療だが,すべてはこのドクターの腕にかかっている。放射線科の地下のひんやりした廊下のベンチで,母と2人じっと待つ。1時間半ほどかかるらしいと聞かされ,母は誰もいない廊下の椅子に横になった。少し居眠ったようだ。ワタシは文庫本を開く。重松清の『ビタミンF』。

この治療は,5週間の通常の体外からの放射線治療の後,下半身麻酔で,前立腺の腫瘍に向けて,会陰部より13本の「千枚通し」のような針金を打ち込む。体外に出ている針金を通して,体内のガンに直接,時間をおいて計3回,放射線をあてる。翌日の午後まで,この針金の位置を動かさないよう,足を広げて高く固定したまま,絶対安静。少しでも動くと,CTスキャンで位置を確認し,ミリ単位で正確に刺した針が動いてしまう。放射線の照射位置がずれると,治療効果は半減する。

1時間ほどで父は治療室より出てきた。ドクターによると,順調にうまく刺せたそう。ベッドで運ばれてゆく父に「大丈夫?」と聞くと,「大丈夫」とのコト。もっとも麻酔がかかっているから,痛みはないのだが。大変なのはこれから。ベッドのあとを追って病室へ。

父はすっかりベッドに固定されて,動けなくなっている。両足は大きく広げたまま,ひざの部分から下は,発泡スチロール製の台にすっぽりと埋め込まれ,持ち上げられている。手術着のようなブルーのへんてこな服。ナースが毛布をめくりあげた時,股間が目に入った。下着はつけていない。まるで剣山のように突き出た針の塊。頭がクラクラした。父が自分で見るコトのできない位置であるコトが,救いだと思う。少し麻酔が薄れてくると,父は痛みを訴えた。鎮痛剤の錠剤を2錠。しかし,これもしばらくすると,効果が薄れる。主治医のTドクターがやってきて,針を刺す時に使用したのと同じ麻酔を,脊椎に通したチューブから入れてくれた。ゆるやかだが,治療が終わるまで効果が持続するらしい。

午後,またベッドごと運び出され,第一回目の照射が始まった。照射自体は10分間らしいが,移動やその他の準備で1時間近くかかる。その間に,母と2人で,作ってきた鮭のおにぎりを面会室のベンチの上で食べる。アルコール消毒液や微かな糞尿の匂いのたちこめる病院の中で食べても,母の作ったおにぎりは,美味しかった。

父の希望で,今夜は付き添いで泊まるコトにしている。補助ベッドを借りて,父のベッドの脇に設置した。簡単な作りの折りたたみベッド。ベッドマットは薄く,頼りない。腰が痛くなるかもしれない。

夕方,早めに母は帰っていった。今回は絶対,母に泊まりはさせない,と決めた。こんなベッドで寝たら,治りかけた背中が,また悪化するに決まっている。

病室で父と2人になった。ワタシは,ジーンズを脱いでジャージに着替え,補助ベッドに腰掛けて文庫本を読んだ。

8時前,「パパ,悪いけど,晩御飯食べてくる」と財布だけ持って,部屋を出た。部屋を出るとき,「絶対,動いたらあかんで」という。「大丈夫」と父。大丈夫だろう。

ラーメンと餃子,スパゲティ,寿司,さんざん迷って歩き回ったすえ,できたばかりの「讃岐うどん」の店に。名物の「いか天盛うどん」680円。目の前で製麺し,ゆであげ,氷水で冷やしてザルに盛る。隣では,大きな鍋で,いかゲソを揚げている。それをうどんの上に,たっぷりと乗せて。薬味はネギ,ショウガ,ゴマなどを自由に。「そば湯」のように,うどんのゆで汁を,器に入れて出してくれる。うどんを食べたあとのつけ汁に,そのゆで汁を入れて,飲み干す。とても美味しかった。また食べに来よう。とりあえず,早く帰らねば。汗だくになって,病室へ戻る。

消灯の9時前になって,父は下痢をした。治療の前に下剤をかけられたので,その残りかもしれない。あわてて,ナースを呼び,ベッドの上に便器を置いてもらう。股間の針が少しでも動かないよう,ナース2人が慎重に父を両脇から持ちあげ,そっと便器を入れる。ワタシが部屋で見ていると父が嫌だと思い,廊下に出る。非常口の階段に腰掛けて,文庫本を20分読み,病室へ帰る。ナースが「終わりましたから」と,にっこりと笑う。

父は微小の脳梗塞を持っている。そのため,脳に血栓を作らないよう,血流をよくする「ワーファリン」という強い薬を常用している。今回,治療で出血を伴うため,逆に血が止まりにくくなるのを避けるために,この薬を1週間ほど前から止めるよう指示された。そのため,数日前から,少し頭がぼんやりとしてきたようだったが,それに加えて麻酔を使ったせいか,父の判断能力は,いっきに麻痺してしまった。

1時間ほどウトウトして,いびきをかきだしたので,ワタシも安心して眠ろう,とした矢先,父は急に目をぱっちりと開け,ベッドの柵をつかんで身体を起こそうとした。ワタシはギョッとして,「パパ,何してんの!」と飛び起きた。「いかん,寝てしまった。寝ていたら,針が抜けてしまう」「早く身体を起こしてくれるか」と,すごい力で柵をつかんで放さない。どうも幻覚の中で,父は眠らないよう,ベッドの端に腰をかけて座っていたらしい。起きあがろうとする父を押さえつけながら,「それは逆で,今起き上がったら針が抜けてしまう」コトを,必死で説明する。

「そうか」と納得して父は大人しくなったが,しばらくして,「おしっこがしたいから,トイレへ行く」と,また起き上がろうとする。導尿されているから,ベッドからは降りられない,そのままおしっこをすれば,ちゃんと管で出るから,と何度説明しても,「いや,自分でできるから,管を外してトイレへ行く」と言いはる。ベッドから動いてはいけないから,管は外せないのだ,と,また何度も説明すると,「そうか,仕方ないなぁ」と大人しくなる。

膝を持ち上げて固定するため,父の膝の下には,クッション代わりに布が押し込んである。そして,足を清潔に保っておくためと,動きにくくするために,膝の上から足先まで,すっぽりと袋状の布が被せられ,紐で結んである。しばらくすると,父が「足が熱い」と言い出した。「袋を取って」というが,勝手に取るコトはできない。クッション代わりの布は,白い,ボアの毛布だ。それが,隙間なく,父の膝の下とふくらはぎの周りを覆っている。何度も「熱い熱い。足の下にアンカがあるみたい」と悲鳴をあげる。足と布の間に指を入れてみると,確かに熱を持っているように,熱い。タオルをぬらして,足の隙間を拭いてみたり,毛布をめくって,股間をウチワであおいだりしてみたが,あまり効果はないようだ。クーラーを強くすると,寒がりの父は,上半身が寒い,という。

時間はなかなか過ぎてくれない。今度は「ウンコが出る」と言いだす。下剤をかけたので,ずっとお腹がゴロゴロしているようだ。そのたびにナースコールを鳴らし,便器を腰の下に入れてもらう。針の位置を動かさないよう,夜勤のナースが2人がかりで,慎重に父の腰を持ちあげる。しかし,出ない。夜中に何度ナースコールを鳴らし,「すいません」と恐縮しながら,便器を入れてもらっただろう。

かと思うと,ふと意識が戻るようで,「さっき,寝ぼけて動いたけど,大丈夫だったかなぁ」「大変なコトをしてしまった」「さっき動いたから,きっと針が抜けたと思う」と,心配している。そのうち,「膀胱が痛い,導尿の仕方が下手だったから,膀胱炎になったみたいだ」と言い出す。本当に痛むのか。もう,父の意識が正常なのか,そうでないのか,ワタシにはわからなくなってしまった。

ナースを呼んで,父が膀胱が痛むと言っている,と相談すると,ナースも困って,当直医を呼んだ。放射線科の当直医は,予想に反して,とても若くて優しい美人の女医だった。父の下腹を押さえ,針の具合をチェックし,導尿カテーテルに注射器を入れて,膀胱を洗浄してくれたようだ。見たところ炎症の兆候はないが,必要があれば検査に出せるよう,父の尿も採取した。針はきちんと刺さっていて大丈夫だというコト,膀胱にも尿はたまっていないコト,炎症を起こしている恐れはないコトを,根気よくわかりやすく父に説明してくれた。そして,父が熱がっているコトを言うと,足の下の白いボアの毛布を取り,代わりに手ぬぐいを入れてくれた。父はすっかり安心したのか,彼女が帰ったあと,「痛いのが無くなった」と,また眠りだした。

窓の外が白々と明けてきた頃,「また排便したい」と,父。ナースコールを鳴らし,便器を入れてもらうが,20分ほどしても,何も出ない。「しばらくそのままにしておけば」と言うのを「腰が痛いから」と父がいうので便器をさげてもらった。そのほんの10分後に「また出そう」と父。ワタシは,つい,癇癪を起こしてしまった。「食べていないんだから,出ないよ。気のせい。もう何度も頼むのはイヤやからナースコール鳴らすから自分で頼んで!」と。あとで何度も後悔する。しかし,この時,はじめてたくさんの大便が出た。父に申し訳なく,思う。

ついに,一睡もできなかった。
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by rompop | 2004-08-26 20:08 | ホスピタル


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