乳ガン検診。

7時に起床。眠い。

朝食は,鍋に残っていた,厚揚げとインゲンの煮物。味付け海苔でご飯を1膳。玄米茶。

服を着て,軽く化粧をして,自転車に乗り,隣町の病院へ。診察は9時からだが,8時過ぎに受付を済ませる。ずっと気になっていた,乳がん検診に,やっと来れた。前回,この病院に新設された乳腺外来を初めて受診した。京都の大学病院から,火曜日だけ,乳がん専門のドクターが派遣されていて,診察してくれる。ここのところ,父や母のコトが優先で,自分の検診が後回しになっていた。

勢いこんで早めに来たが,老人が大半のこの地域密着型病院では,乳腺外来など受診者が少ないのか,整理券は1番のまま,9時近くまで,患者は来なかった。今度から,もう少しゆっくり来よう。

背後から「お姉ちゃん」と呼ばれて振り返ると,母と弟。母も,退院後,主治医に始めて診察を受ける。弟は付き添い。タクシーでやってきたらしい。家族3人が,同じ病院の待合室のベンチに座っている,の図。

9時20分ごろ呼ばれ,診察を受ける。とりあえず,久しぶりなので,マンモグラフィで画像を撮ってもらう。このマンモグラフィの登場で,乳がんの発見率はかなり上がったらしい。かなり正確に,ごく小さながん細胞も発見できる。

しかし,ワタシにとって,この機械は恐怖としか言いようがない。簡単に言うと,乳房を縦方向,横方向,斜め方向,といろんな角度で,板で挟んで圧縮し,なるべく薄い状態にして,レントゲンを撮るのだ。はっきり言って,痛い。胸が小さいせいか,あるいは,乳腺症のせいか,特に右側の胸などは,声が出ないぐらい痛いのだ。

前回は,女性のレントゲン技師が撮ってくれたが,今日は,若い男性の技師だった。一瞬,「え,マジ?」と思うが,しかたがない。片側ずつ,乳房を板の上に乗せ,位置を固定して,板で挟む。板の上に乗せる時に,技師が乳房をつかんで,ぎゅっと引っ張る。板が下がってくる間,位置がずれないように,乳房を押さえる。見ず知らずの男性に,無遠慮にオッパイを「むんず」と掴まれたり,引っ張られたりする,ものすごい検査だ。

全部で6枚のはずが,最初に撮ったものがちゃんと撮れていなかったらしく,2枚,さらにやり直しをさせられた。「痛いですか?ごめんね,我慢してね」と,いくら言われても,痛くて声も出ない。「い,い,痛いですぅぅ」と言うところで板を止め,技師は隣室に走っていく。「はい,そのまま軽く息を止めてぇぇ」と言われるまでもなく,痛さのあまり,ワタシの息は止まっている。ガシャンと音がして,板がゆるむと,「いってぇぇぇ」と,胸を押さえて,思わずめまいがしそうだ。

「みんな,こんなに痛いものなんですか?」と,弱々しく聞くと,「お年よりは,脂肪が柔らかくなっているから,あまり痛がらないですね。若い人は,まだ脂肪が固いから,痛いようです」とのコト。撮り終えた時は,息をつめて耐えていたので,クラクラした。

しばらく待合室のベンチでぐったりとしていると,再び,診察室に呼ばれる。画像を見た後,ドクターの触診。さすがに乳がん専門医の触診だ。手つきが,全然違う。しかし,ぐいぐい押されると痛い。

たまに,右胸が痛むが,やはり乳腺症とのコトで,乳がんの気配はない。少し安心。ワタシは,胸の大きさの割に,乳腺が多い,というか,発達しているそうだ。これは,個人差があり,ドクターいわく「アンパンのアンが多いか,少ないか,のようなもの」だそう。一生,胸が痛い,などと思わずに済む人もいれば,80才の老女になっても,乳腺が敏感に張り,痛さを訴える人もいる,と言う。痛む時は,ホルモン関係を調整する,飲み薬を飲むぐらいしかないらしい。

1年に1度,心配なら半年に1度,マンモグラフィを撮っておけば,何かあっても早期発見で対処できるという。しかし,あの強烈は痛さを,半年に1度か。萎える。

念のため,痛み止めの薬を2週間分もらっておくコトにして,診察は終り。このドクターは,乳がんの権威で,実力はあるのだろうが,どうも苦手だ。いつまでも質問を繰り出していると,すぐにイライラしだして,横を向いてため息をつく。気が短いようだ。ナースも,ビクビクして,すぐ怒られている。

薬局へ薬をもらいに行くと,母と弟がいた。先に薬をもらい,タクシーで帰っていった。
ワタシは,薬をもらったあと,自転車でゆっくりと帰る。ふと思い出して,駅前にある,介護センターへ寄り,介護サービスのパンフレットをもらう。

11時ごろ,帰宅。疲れた。しかし,今日のメインは,午後にある,父の診察だ。

隣町にある,大学病院。父の診察の予約は1時半。しかし,もう父は服を着替え,準備万端,椅子にじっと座って,緊張していた。「まだ1時間もあるよ,リラックスしたら」と言っても,心此処にあらず。

12時前,あまりにも父が緊張しているので,かなり早いが,家を出るコトにする。早めに病院に着いたほうが,父も落ち着くのだろう。

12時半過ぎに病院に着く。ああ,あと,1時間近くあるじゃないか。

ところが,何というコトか,完全予約制であるはずの,診察時間がずれにずれて,最終的に2時間以上遅くなった。ワタシと父がぐったりと待ち疲れ,朦朧としてきた3時半過ぎ,やっと名前を呼ばれて,診察室へ。待合室のベンチで,ワタシたちは,3時間,座り続けていたコトになる。途中でワタシは,1時間ぐらい,居眠りをしたと思う。目を覚まし,「これから大事な治療の話をするのに,頭をクリアにしなければ」と思って,持参した庄野潤三の『せきれい』を,一心不乱に読んだ。

今日は,初めてお目にかかる,放射線科のドクターの診察。父の放射線治療を,直接担当してくださる,前立腺ガンの放射線治療の権威だそうだ。優しいドクターでありますように,と心配していたが,筒井康隆にそっくりの,年輩の渋くて温和なドクターだった。患者が不安なく治療を受けられるよう,最初の治療の説明には,40~50分,たっぷり時間をかけるそう。パソコンのモニターに,治療の映像を用意してあって,それを見せながら,わかりやすく説明してくださる。こちらのどんな質問にも,嫌な顔せず,こちらの目を見て,きちんと答える。当たり前のコトではあるが,その当たり前のコトをしてくれないドクターの,なんと多いコトか。

放射線治療は,全部で6週間。通院で体力を消耗させるコトを懸念していたので,入院を希望していたが,あっさりと「いいですよ」と了承してくれた。良かった。父の持病である心臓への影響を不安に思っているコトを伝えると,念のため,事前に心電図とレントゲンを撮り,内科の医師の意見を求める段取りをつけてくれた。こちらの不安が,手際良く,1つ1つ解決されてゆく。「このドクターになら,任せられる」と,感じる。

ただ1つ,内照射治療をする,最後の2日間,この日だけは「エライと思いますが」とのコト。エライとは,関西弁で「きつい」「つらい」というような意味だ。患部に大きな針を10数本,外側から刺したまま,一昼夜,身動きが取れない。もちろん下半身に麻酔はかかっているが,おそらく眠れないでしょう,とのコト。医者が「きつい」という治療は,かなりの辛さを覚悟しなければならない。しかし,こればかりは,父に頑張ってもらうしか,ない。痛い思いや,つらい思いは,させたくないが,何と言っても,ガン細胞を叩く治療なのだ。

この診察のあと,泌尿器科の主治医の診察を受けるはずだったが,2時間近く診察が遅れたため,タイムアウト。「今日しか,ワタシが付き添って話を聞くことができないのです」と,顔なじみのナースに泣きついて頼んだが,外来の診察時刻は終わってしまった。明日,父ひとりで,診察を受けてもらうしかない。

全てが終わったのが,4時半すぎ。家に電話を入れる。夕食のおかずを買わなくてはならない。父を駅の階段に座らせておいて,ワタシは,商店街へ走り,ロースカツを1枚,買って,走って戻る。それから,駅の下にあるスーパーで,明太子,中華風きくらげ,安くて美味しい「かき揚げ」を5枚買う。ふぅ。

5時半,帰宅。

父は,入院できることになったので,ホッとしたのか,鼻歌を歌っている。治療自体の辛さには,あまり考えが及んでいないようだ。それなら,その方が良い。

ワタシと父は,待っている間,病院の売店で買った,「カロリーメイト」を飲んだきりだ。疲れて,お腹も空いた。早目の夕食。

かき揚げを,母が甘辛く煮つけて,天丼を作った。美味しい。弟が作った,じゃがいもの味噌汁。ゴーヤとツナのマヨネーズ和え。中華風きくらげは,ぴりりと辛くて,美味しい。400円のパックで,たくさんの量があり,お買い得だった。父もワタシも,丼に山盛りのご飯を食べて,しばらく動けなかった。

食後,今日の診察で言われたこと,今後の治療予定を,入力して,大きめの字でプリントアウトし,父に渡す。明日,主治医に忘れずに聞くことも,太字で書いておいた。これを見れば,頭が混乱しても,1人でもちゃんと話ができるだろう。明日も事務所を休むのは,申し訳ないが,もう,不可能だ。

病院のはしごで,ずっしりとした,疲労感。それでも,父の治療は,少しずつ具体的に決まってゆく。
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by rompop | 2004-05-25 13:31 | ホスピタル


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