受診。

7時半に目覚ましが鳴る。布団の上で七転八倒していたら,部屋のドアが遠慮がちにノックされ,もうすでに服を着た父が,「早く起きたから,もう服を着た」と言う。「え,ちょっと待って」とあわてて飛び起きる。家を出るのは9時でいい,と昨夜言ったくせに。

朝食。父と向かいあわせで,ご飯と,味噌汁(の残り),わさび漬け,梅干,などで簡単に済ませる。服を着替え,バッグに財布などを入れる。雨が降り出しそうだが,まだ降ってはいない。しかし,今日の午後からは本格的に降るはずだ。折り畳み傘をバッグに。

タクシーを呼ぶ。料金の一番安い,三菱タクシー。8時半ごろ,タクシーがやってきた。にこやかに会釈をしているのは,若い女性の運転手。これ以上作れない,というぐらいの,にこやかな営業スマイル。なかなかカンジがいい。

9時前,病院に着く。タクシーの料金は1500円ほど。父が自分の財布から支払う。

大阪医科大学付属病院。ワタシ自身も,この病院には何度も通ったコトがある。それでも,久しぶりにやってきたので,受付前でごった返している人の群れに,少し慌てる。診察券を,受付前に設置されている機械に差し込む。父は,いつもやっているコトなのに,どのランプを押せばいいのか,迷う。こんなコトで大丈夫かと,急激に不安になる。

泌尿器科は,1階の隅にある。やはり,高齢の男性ばかりが待ち合いのベンチに座っている。受付には,忙しいのか,ツンケンしたカンジの女性がいて,少しまごつくと,すごく冷たくゾンザイな応対をされた。まったく,ムカつく。さっきのタクシー運転手の爪の垢でも煎じて飲ませたい。

父は,診察室に入るまで,治療経過や検査結果を書きつけた手帳を,ずっと見ている。頭の中で言うコトを整理しているのか。9時を過ぎたので,ワタシは事務所に電話をした。早出当番の新人Hが出た。「急で申し訳ないんだけど,休ませてもらいます。ちょっと体調が悪いの。病院へきている」と言う。嘘をつくこともないが,事情を説明するのも面倒だし,「家の用事で」と言って,皆に詮索されるのも嫌だ。

長時間待たされるコトを覚悟していたが,思ったよりもずっと早く,診察室に呼ばれた。父がかかっているのは,一般の泌尿器外来ではなく,「腫瘍」専門のドクターなので,患者が少ないのだろう。

予想に反して,父の主治医は,かなり若いドクターだった。不安だったが,フランクな雰囲気で話しやすく,話もよく聞いてくれる。それでも,やはり患者をさばくのに,あまり時間をかけられないのか,ある程度の話が済むと,放射線科専門医の予約を取るように,カルテを回そうとする。聞きたいコトの7割ぐらいしか,聞くことができなかった。

1度,外の待ち合い室で待たされ,もう少し具体的な説明をするため,別のドクターの診察室に呼ばれる。ホップ・ステップ・ジャンプで言えば,「ステップ」だな,と思いつつ,父と一緒に丸椅子に座る。

断面図の模型を使いながら,どのように治療をしてゆくのか,わかりやすく説明をしてもらう。従来の放射線治療は,外照射といい,体の外から患部に放射線をあてる。広範囲にわたって放射線があたってしまうため,ほかの臓器への副作用も生じる。父が受けるものは,「前立腺内照射」といい,睾丸と肛門のちょうど間あたりの位置から,電磁波を受けるための針のようなものを,何本か前立腺に到達するように刺しこむ。針を刺したままで,その針に放射線をあてる。放射線は,ほかの臓器にあたることなく,前立腺だけに到達する。

麻酔は,下半身麻酔。放射のあいだ,ずっと麻酔をかけ続けているので,痛みはそうないはずだ。しかし,針を刺したあと,数度の放射の間,同じ姿勢を,24時間以上保ち続けなければならない。考えただけで,かなり辛そうだ。実質の放射は2日間だが,前後を含めて7日間の入院だ。

そして,リンパへの転移の予防の意味も含めて,入院の前に,10日間の外照射を行うとのコト。これは,父もワタシも初耳で,少々取り乱した。これは外来で,10日間,毎日治療に通う,とのコト。といっても,ごく微量の放射線なので,副作用としては,下痢を起こすことがある位だという。

来週の火曜日,放射線科のドクターの診察を受け,最終的にさらに詳しい説明を受け,入院日を決めるコトとなった。と言っても,放射線治療はとても混みあっているらしく,今から予定を入れても,7月か,あるいは8月になるようだ。その場合,それまでの間に,ホルモン療法を併用するかどうか,これも合わせて決めるコトとなる。ホルモン治療は,実は,心筋梗塞などの発症に影響があるそうで,狭心症のある父には,少し不安材料となる。そのコトも,きちんと確認せねばならない。

困ったな,と思った。来週の診察も,かなり重要なモノのようだ。母はまだ付き添いは無理だろうし,父ひとりでは,絶対に無理だ。今日,父と一緒に病院にきて,よくわかった。父の理解能力や判断能力は,著しく低下している。今後の診察の流れを説明されたが,父はほとんど理解できなかった。少々ややこしくて,ワタシも2度同じコトを聞き直したぐらいだが。とりあえず,ワタシは理解した。そして,父に「わかった?」と聞くと,「うん,いや,わからない」と,途方に暮れたような顔をして,口をぷうっと尖らせた。

来週,また休みを取るのは,とても気がひける。うちの職場の場合,自分の案件さえ処理しておけば,休みを取るのは不可能ではないが,はっきり言って,言い出しにくい。どうしよう。

2階で採血をして,今日の診察は終り。採血は,PSA値を取り直すため。PSA値とは,うまく言えないが,つまりは,ガンがどの程度のものかを表す,数値のようなもの。

尿の出を良くする飲み薬を処方され,薬局で薬を受け取り,すべてが終了したのは,12時前だった。「思ったより,早く終わったね」と言い合い,ホッとする。とりあえず,治療に向けての最初の段階はクリアした。これからも,1つずつ,クリアしていくしかない。

母の退院が決まったかどうか,家に電話を入れる。誰も出ない。弟はすでに病院へ行ったらしい。このままタクシーでM病院まで行くかどうか,父と相談する。父は行きたそうにしたが,父の疲れも気になる。自覚症状があまり無くても,父は病人なのだということを,あらためて実感したせいだろうか。

「とりあえず,なんか食べよう」と提案し,父の希望で,病院の1階にあるレストランに入る。「あまりお腹減ってない」と言いつつも,父は「とんかつセット」を注文し,ビックリしたワタシは,ついつられて「ハンバーグセット」を注文。どちらも650円。なかなか美味しかったし,量も立派だった。考えてみれば,父と向かい合って外で食事をするなど,初めてのコトではないだろうか。

雨が降り出した。弟から連絡を待つために,とりあえずタクシーで自宅へ戻る。帰りは,1800円近くかかる。今後,10日間の放射線治療に通うたびに,タクシーを使ったのでは,まったく交通費が馬鹿にならない。しかし,父の体力を考えるとしかたがないだろう。痛みはなくとも,下痢などが続けば,体力は著しく低下するに違いない。不安だ。

帰宅するなり,病院の弟から電話。母の退院は今日になった。午後から眼科で緑内障の診察を受け,その後で帰る,とのコト。雨も降っているし,少々疲れたので,弟に任せるコトに。

「3時か4時ごろになる」という弟の言葉を父に伝えたはずなのに,父は2時過ぎぐらいから,ソワソワとし初め,窓を開けては「ママ,遅いなぁ」と何度も繰り返す。次第にワタシも,イライラして疲れてきた。「ゆっくり帰ってくるのだから,待っていれば」と言い,2階で久しぶりにネットをしていた。3時半ごろ階下へ降りると,父が病院に電話をしている。「え?まだ,そちらにいるのですか?」と,不服そうな声を出して。母が不在の不安のあまり,父は,まるで幼児退行を起こしているようだ。

その後,「病院へ行ったほうがいいんだろうか」と言い出し,弱った。弟1人では,大変なのではないだろうか,母の今後について,ドクターの話を一緒に聞いたほうがいいのではないだろうか,と。「行かなくても大丈夫だから,家で待っていたほうがいい」と言うと,不満げな顔をしている。その顔を見て,イライラする。

父が病院へ電話をしたものだから,弟から折り返し電話がかかってきた。何事かと思ったのだろう。あっさりと「来なくていい」と言われたようで,父は不満げに受話器を置いた。京都の叔母と叔父が,車で見舞いに来ているので,帰りは家まで乗せてくれるという。やはり,ワタシたちが行かなくてよかった。行ったら,車1台には乗れなかっただろう。

5時ごろ,母が帰って来た。ふらつきは治まったというが,眼科の診察で瞳孔を開いたため,少し疲れたようだ。すぐに布団を敷いて寝かせる。叔父と叔母は,「また来るから」と,早々に引き揚げた。

家に帰り,ホッとしたのか,母は少し喋りすぎた。しばらくして,「頭が疲れる」といい,布団で少し眠った。やはり,まだ本調子ではないらしい。父は嬉しくて,母の傍にずっといて,あれこれと話しかけていたので,母もつられて喋り,疲れたのだ。

夕食は,いつもの弁当屋で,ワタシは天丼。父と弟は日替わり弁当。小松菜と揚げの煮びたしを急いで作った。母は「あまり食欲が出ない」と,おにぎりを1つと,煮びたし,あとは卵焼きなど。

8時。「電気がまぶしい」と母が言うので,居間の電気は早々に消された。まだ早いが,父も母も布団にもぐりこみ,ワタシは自室に引き揚げる。ワタシも早く眠ろうか。
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by rompop | 2004-05-19 13:26 | ホスピタル


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