2007・9・9 ママは,全然,別。

良い天気の日曜日。


洗濯をし,布団をベランダに干した。急に,部屋をすっきりさせよう!と思い,古いビデオテープや聴かないままのCDを,ゴミ袋いっぱい,捨てる。あぁ,ちょっとスッキリしたぞ。雑誌と,読み終えた文庫本を,3束,廃品回収の場所へ運ぶ。ワタシの部屋は,何が多いって,雑誌と本が多いんだよね。鬱々すると,すぐに本屋で本を買ってしまうから。まぁ,安く済んでイイけど。


3時半に病院へ。


今日の父は,なぜか,すっきりと笑顔だった。買っていった朝刊を,「読む読む」と,奪い取るように読み,テレビ欄を熟読していたと思ったら,「『吟詠』が見たい」という。NHKでやっている番組。綺麗な風景の映像に,えんえん,詩吟が重なる番組だ。渋いなぁ。。。

そのあとも,飽きるコトなくテレビを見続けて,なんと今日は,2時間近くも,ぱっちりと目を開けてテレビ鑑賞。


母が見舞いに行ってやると,必ず父は,数日間は落ち着くんだよなぁ。。。これは,絶対そう。「ママ効果」は絶大だ。


そうしている間に,夕食の時間が近づいてきた。今日はなぜかカーテンが開いたままなので(多分,今日はあまり気のつかない看護師さんなのだ),こちらから締め切ってしまうのも気がひけて,さてどうしよう?と,隣が見えないよう,苦心してテレビ台をじわじわと移動させた。ちょうど,寝ている父の目隠しの位置にテレビが来るように。

そんなワタシを見て,父が笑った。「・・・見透かされている?」と思う。父はもしかしたら,ワタシたちが思っている以上に,いろんなコトがわかるのかもしれないなぁ,と。


父は荒れるコトもなく,穏やかに,隣の匂いと音をやり過ごし,自分の栄養も,おとなしく受け,ゆったりとして見えた。


「。。。昨日は何時頃家についたの」と,やたら昨日のコトを気にする。「また,ママ,車に乗って来てくれるかなぁ」と言う。

「また連れてくるよ。でも,ワタシも○○(弟)も,毎日来てるのにやっぱりママがええか?」と冗談めかして聞くと,「そりゃ,ママは全然別だから」と,真面目に答えられてしまった。そうっか。。。。全然,別なんだ。だろうな。まぁ,たまにしか顔を見せないから,余計にありがたみが増すのも事実だろうけどね。


7時半ごろ,「また明日」と,握手をして,病室を出る。今日の父は,「食べたい」とも「飲みたい」とも,一言も言わなかった。。。
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# by rompop | 2007-09-19 15:34 | ホスピタル

2007・9・8 母,泣く。。。

昨夜も母とあれこれ話し,自分でも考え続けたが,やっぱり答えが出ない。


一番のワタシの失敗は,「胃ろう」の話をする際にも,はっきりと「嚥下機能がダメで,もう口からは食べられそうもない」と,父に告げなかったコトだ。

正確にいえば,機能すべてがダメになったわけではない。喉のところにある「蓋」の動きが悪く,閉まらなかったり,閉まったとしてもワンテンポ遅れたり,そのせいで,食べ物が気管のほうへ流れ込んでしまう。そして,もう1つは,喉のところに,食べ物や唾液などの残留物が溜まりやすくなってしまっている。そのときは大丈夫でも,寝ている時などに,この残留物が少しずつ気管へ流れ込んでいってしまうのだ。飲み込む力自体は,ちゃんとある。咀嚼もできる。歯も79才なのに,全部自分の歯だし。。。

父には,あまりダメだという実感はないだろう。むせるコトはあっても,ちゃんと噛んで,飲みこんでいる。「食べられるのに」と思っても無理はない。食べられるけど,見えないところで,どんな風になるかわからないから,怖いのだが。


どうしても,医者から言われた「もう普通の食事はおそらく無理ですね」という現実を,ワタシは父に言えなかった。

「今のままでは,どんどん体力が落ちていって,また肺炎になったらホントに危ない。だから,とりあえず,胃から栄養を入れてもらおう。とりあえず,今はしかたないから,そうして,元気になるよう考えよう」としか,言えなかった。父は,「じゃあしかたない。それならやってもらおう」と言ってくれたのだった。


だから。。。おそらく父は,栄養状態が良くて少し元気になったら,また食べさせてもらえるのだと,思っているのだと思う。なのに,いつまでたっても,食事のお膳は出てこない。「食べたい」と訴えても,ワタシは,「まだ・・・当分,無理やわ,パパ」としか言わないから,父は疑心暗鬼になるのだろう。記憶が飛び飛びになっている父は,「こないだまでちゃんと食べていたのになぁ・・・なんでこんなコトになったんだろう」と,言ったコトもあった。

その時は,ショックが大きくても,ちゃんとありのままを,伝えるべきだったのだろうか。どんなに酷いコトだったとしても,父の身体,父の人生なのだ。それをワタシは,真綿でくるんで誤魔化し誤魔化し,やってきた。先延ばしにして,「自己決定」できない段階になって,やっと真実を言うなんて。。。そのほうが残酷なのかもしれない。ワタシは間違っていたのかも。


母は,「ちゃんとホントのコトを言ってあげたほうがいいんじゃないかな。」と言う。「そうしたら,パパも考えてあきらめがつくかもしれない」と。


午後,母を連れて病院へ行くコトにした。母の体調もよかったし,父も喜ぶと思ったから。でも,本当は,食事時のあの辛そうな父の姿を,1人だけで見ているのが我慢できなくなったのだ。母にも見て欲しい,見て,一緒にどうしたらいいか,考えて欲しい,と思ったのだ。歳とった親に,荷物を半分背負ってほしいと思うなんて,ワタシは,弱っちいな。。。。


タクシーで3時半頃,病室へ。せっかく母を伴ってきたというのに,今日の父は,ぜんぜんダメだった。とにかく眠いようで,うつらうつらしていて,反応も鈍い。「寝れなかった?」と聞くと,「寝れたよ」とは言うが,あとで看護師さんに聞くと,昨夜は夜中に何度も何度もコールを押して,収拾がつかなかったので,夜中にしばらく,車椅子でナースステーションに座っていてもらいました,とのコト。

そんなコト,いままでほとんどなかったのに。。。パパ,どうしちゃったんだろう?「昼間は落ち着いているように思ったんだけど,どうしてでしょう?」と言うと,「環境が変わると,やっぱり不穏になる人が多いんですよ。昼間は大丈夫でも夜になるとそうなっちゃう人が多いです」とのコト。この環境の変化はたいしたコトないだろう,と思っていたが,父にとっては,そうでもなかったのだ。

そんなわけで,父は大いに寝不足だったようで,口数も少なく。。。


母は今日はやたら気合いが入っていて,「7時ごろまで大丈夫」と言い張る。母の体調をきづかいながら,少し長めにいてもらうコトにした。


夕食の時間になり,隣のベッドにお膳が配られた。カーテンは引かれてあったが,狭い病室には,たちまち匂いが充満する。汁気の多い食事は,とても盛大な音がする。父は,黙っていたが,チラチラと隣のベッドのほうに,なんともいえない表情で視線を向けた。もう,父もお腹が空いている時間だ。この匂いと音の刺激は,胃袋には強烈だなぁ。。。そんな父の様子を母は黙ってじっと見ていて,「残酷やなぁ,これは」と,そっとワタシに耳打ちした。


帰り際,母が父の布団を直してやりながら,「パパ,辛いやろうけど。。。我慢してや。。。」と言うなり,さめざめと泣き出してしまった。父は,ちょっとビックリしたような顔をして,ワタシと母の顔を見比べていた。ワタシもつられて泣きたくなったが,ワタシと母が一緒に泣いたら,ちょっと。。。重すぎる。ワタシは「ありゃりゃ~」みたいなおどけた顔をして見せた。父は笑わずに,母の顔ばかり見ていた。

「また来るしなぁ」と,母と父はがっちりと固い握手をして病室を出た。入れ違いに入ってきた看護師さんが,「お別れの握手やね」と,微笑んだ。家にいた頃は,母は父に小言ばかり言っていたのに,こうやって他人が見ると,ものすごく仲の良い夫婦みたいに見えるだろうなぁ。


家に帰ったら7時半。「なにをそんなに長居してるんや!」と,弟が小言。母の身体を気遣ってのコトだろうけど,ホント,小姑みたいにうるさいヤツや。


夕食後,母と今日の父の様子を思い出しながら,話す。

母は,「パパに,もう,言わなくていいわ。。。ホントのコトは。もう,ちゃんとわかってきてはる。あの顔みたら,もうわかってきているな,と思った。だから,もう,はっきり言ってあげんでもええ。可哀相やから。。。」と言う。

「もう,ママが泣くから,パパ,どんだけ自分がひどい状態なのかな?とか思ったんちがうか?」「でも,なんともいえん顔で,隣の人を見てるのみてたら,可哀相で可哀相で。。。」


今夜も,答えが出ないままに夜が更ける。
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# by rompop | 2007-09-19 15:20 | ホスピタル

2007・9・7 延長。

今日も夏休み。朝,ゆっくり眠れるのはありがたい。だが,テレビを見ていても,何をしていても,胸のあたりにモヤモヤがある。「なんだろう?このモヤモヤは」と思った次の瞬間に,「そうか,パパのコト,ちゃんと決めなきゃいけないんだ」と気づいて,どーんと気分が下降する。


予想外の展開だが,今のリハビリ病院にもう少しいられるコトになったようだ。本来なら,今月いっぱいで出なくてはならなかったのだが,「胃ろう造設」で,帰って来た日から新たにカウントされるコトとなり,結局,12月5日が上限となった。


最初,母とワタシが,「そんな風になったらいいのにねぇ」などと言っていた時,弟が激怒した。「2人とも暢気だ」と。一度肺炎になって戻ってきた時に,『廃用症候群』という病名がついて,期間が延びた。今回は,その『廃用症候群』の治療中に,ただ単に「胃ろう」を造って帰ってくるだけで,なんの新しい病名がつくんだ?と。なにをどう考えたら,そんな暢気な考えが出てくるのか?と。

次の病院の相談をソーシャルワーカーとしたり,障害者手帖の申請をしたりしているのは,昼間自由に動ける弟の役目になってしまっている。ワタシは仕事があるから仕方ないと思うし,本人もそれはわかっているのだが,やっぱりストレスがたまっているようで,時々あらぬところで,ワタシと母は被害をこうむる。


だけど,ワタシと母が言ってたとおりになったじゃないか。弟は母には,「きつい言い方してごめん」と謝ったそうだが,ワタシは謝ってもらってないぞ。ものすごくネチネチと言われたんだから。。。


というわけで,とりあえず,父を1ヶ月もしないうちに,違うところへ移さなくてはならない現実には,待ったをかけるコトができた。これだけでも,ほんとヨカッタと思う。


今日は少し遅めに,4時半頃病院へ。なんとなく,昨夜の父の様子がつらすぎて,病院へ行く足が重くなってしまった。行ってやらなきゃ,と思うのに,その一方で,「行きたくない,つらいものは,見たくない」と思ってしまう,この矛盾。人間,誰しも,楽ちんな場所に居たいと思ってしまうものなのだろう。

今でさえこれだから,いつか,父が終末期に入ったら,ワタシはどんな具合にくじけてしまうのかな。いや,それとも,段々と少しずつ目の前の現実に慣れていくものなのかな。


今日の父は,「食べたい」とも何とも言わなかった。心のどこかでホッとする自分がいる。今日は最初から,隣のベッドとの間のカーテンが,きっちりと引かれていた。きっと,昨夜の看護師さんが申し送りをしてくれたのだろう。匂いや音は遮れなくても,ビジュアルだけでも。。。と考えてくれたのかもしれない。


隣のオジさんには,申し訳ないと思う。無口だが,はにかんだ笑顔が優しそうな人だ。車椅子だが,食事もトイレもベッドでしている。ほとんどの時間,黙ってベッドに横になっている。

今夜は最初,遠慮がちに音を立てないように食べているように感じて,心の中で「すいません」と謝ったが,やはり不自由な手で汁物を食べるのは難しいようで,次第にすすりこむ音が大きくなった。父は何度か,隣のカーテンのほうをチラッとみたが,黙っていた。わざとじゃないコトを,父に説明してやったほうがイイのかもしれないな,と思ったが,言いようがなくて黙っていた。


夕食が終わるころ,父は機嫌が悪くなり,黙りこんでしまった。今の父には,憤りしかないんだろうなぁ。いくら言っても,食事を与えてくれない周囲に対して。昨夜の看護師さんには,「こないだまで,ちゃんとお膳が来ていたんだ」と訴えていた。でも,父の頭の中からは,なぜか不味くてドロドロのミキサー食を,むせながら苦労して食べていた時の記憶が,消し飛んでしまっている。


帰り際,看護師さんから,「ミツカン酢を買ってきてください」と言われる。「???」と思ったが,どうやら栄養注入の最後に,チューブを綺麗に保つために,お酢を使用するらしい。5ccほど,注入するという。お酢なら,身体に入っても害はないどころか,かえって健康にイイぐらいだ。

「ちゃんと瓶に名前を書いて,保管しますので」と言われて,「ボトルキープしてくれるんですね」と,軽口を叩く。「そう,ボトルキープです(笑)」と,看護師さんもホッとしたように笑う。


帰りにスーパーによって,ミツカンの「米酢」を1本買う。お徳用にしようかと思ったが,あまり量が多いのを買って劣化してしまっても,それがそのまま父の身体に入るのだから・・・と,小さい方にした。


帰宅すると,「パパ,今日どうだった?」と,母が真っ先に心配そうに尋ねる。
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# by rompop | 2007-09-19 13:00 | ホスピタル

2007・9・6 ③ 家族会議。

帰宅後,母と弟を呼んで,看護師さんから言われた話をした。意見が完全に分かれてしまった。

弟は,絶対反対だ,と言う。まず,リスクが増えるコト。そして,なによりも,今後,普通食が食べられる可能性のない父に,いたずらに味を思い出させる行為をすることは,残酷だ,と言う。少しゼリーやアイスクリームを食べられたとしても,それは父が好きな時に,好きなだけ家族が与えられるものではない。STさんがつききりで,決まった時間に,決まった量だけ。しかも,この病院にいる3ヶ月弱の間だけのコトになる。次に行く病院は療養型だから,STさんがいたとしても,父へのリハビリは行われないだろう。

母は,どうせ食べられなくなるのなら,少しの間だけでも,なんでもいいから,口に入れてやりたい,という。本当に父が食べたいものではなくても,それが慰めになり,張り合いになるかもしれない,と。食べさせるコトで,もし命にかかわるコトがあったとしても,「そのときは,それで仕方ないと思う」とまで言う。

母は,自分が食いしん坊だから,口から何も食べられない,という状態が,耐え難く思うのだろう。「私だったら,ずっと食べられないなら死んだ方がいいかもしれない」と言う。


ワタシは。。。。決められない。


父にとって,なにが可哀相で,なにが可哀相でないコトなのか,さっぱりわからなくなった。


父は若い頃にひどい結核を患い,肺気腫もある。肺のパフォーマンスは,もともと普通の老人よりも劣っている。普通の人ならなんとか乗り越えられる肺炎が,父には,「命とり」になる可能性はある。

それから,心房細動。血液を送り出すポンプの心臓が,たえずブルブル震えているような状態だ。医者からは,「いつ血栓ができてもおかしくないです」と言われている。肺炎になれば,肺のパフォーマンスが落ち,酸素がとりこめなくなる。心臓にも負担がかかる。

脳内出血後,父にとって一番大事だった,血流をよくする薬『ワーファリン』は中止された。医学的には,それが常識らしい。しかし,誤嚥性肺炎で入院した際の主治医は,父の心房細動にとことんこだわり,効果はゆるやかだが,血流に作用する『バイアスピリン』を処方した。再度の脳出血も怖ろしいが,詰まって脳梗塞を起こしたほうが,重篤になると判断したらしい。

ともかく,持病をいくつか抱える老人としては,肺炎は,ただの肺炎では治まらない怖さがある。それはちゃんと理解しなくてはならない。そのうえで,「でも,そうなったらなったで,仕方ない」と,ワタシは母のようには考えられない。父には・・・生きていて欲しい。


夕食も食べずに2時間ぐらい,ああでもない,こうでもない,と話しあった。でも,答えは出ない。


そこへ突然の電話。東京に住む父の義理の姉が,亡くなったとの知らせ。知らせてくれたのは,お嫁さんだった。

要介護度4で認知症もあり,車椅子生活。長く在宅介護をしていたが,3年目に家族がギブアップし,最近,施設に入所したばかりだったらしい。

1週間前に突然,肺炎になり,「1~2週間で肺の影は治まります」と医者から言われていた矢先に急変して,亡くなった。死に目には,実の娘さん1人だけしか間に合わなかった,という。

「老人の肺炎は・・・本当に怖いわ。いつ急変するかわからないから・・・」


なんてタイムリーな電話だろう。これは,なんかのメッセージかな?と思ったぐらいだった。
お葬式はクリスチャンだった本人の希望で,東京の銀座教会で。父のコトも母の体調も,よく知っているので,「遠くて大変だし,平日だから,来てくれなくてもいい。気持ちだけで」と言ってくださった。お花代としてお香典を送り,当日届くように,お悔やみの電報を,父の名前で打った。


夜,激しい雨。
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# by rompop | 2007-09-19 11:41 | ホスピタル

2007・9・6 ② 「ご家族の意向」。

父の肌着を1枚買い,4時ごろ病院へ着いた。


今日は,こちらへきて初めての入浴日。シャワーを浴び,髪を洗ってもらい,ヒゲも剃ってもらって,父はすっかり「すっきり」と綺麗になっていた。7月の終わり頃から風呂に入っていなかったから,かなり垢で汚く,身体も髪も臭かったのだ。

「すっきりしたなぁ」と言うと,父は笑顔。リハビリもしたらしく,疲れてはいるが,しゃんとしたカンジだった。


担当の看護師さんがワタシをこっそりと呼び,今後の嚥下リハビリについて,意向を聞かれる。誤嚥性肺炎を繰り返して,「胃ろう」となった父だが,今後,「慰め程度に」ST(言語療法士)が,少しだけゼリーなどを食べさせるコトを希望しますか?とのコト。


こちらへ戻ったら聞かれるだろうな。。。とは思っていたが,答えが出ないままだった。少しでも口から何かを入れるというコトは,誤嚥のリスクを増やすコトになるのは間違いないから。


案の定,「○○さんの場合,喉の蓋がうまく閉まらない,という状態で,しかも残留物が喉に溜まりやすい,と言うコトですから。。。」「胃ろうのあとも,唾液か栄養剤の逆流か,原因は不明ですが,あちらでも一度,誤嚥性肺炎を起こしていると,診療情報が来ていますから。。。」「なかなか難しいとは思うんですが。。。」と,いろいろ言われる。

「せっかく栄養剤が落ち着いて,これからリハビリもして体力を回復していこう,っていう大事な時に,また肺炎を起こしたら逆戻りですし。。。」とも。


要するに,病院側としては,「危ないコトは,止めておいたほうが」のニュアンス。それはそうだろうな。。。病院はいつも,危ないコトは勧めない。


今,こちらのフロアには父のほかに,胃ろうの患者さんが2人いる。1人は胃ろうのみの栄養,もう1人は,「家族のたっての希望で」,昼食時にSTさんがつききりで,アイスクリームを少量,食べさせてあげている,とのコトだった。

「その方,もちろん,嚥下障害の方ですよね?」「はい,そうです」

つまり,リスクはあっても,家族が強く希望すれば,よほどでなければやってもらえる,というコトだ。「よほど」というのは,たった一口でも,たった一滴でも口から入れれば,即,命が危険。。。というぐらいのコトだろうか。「どう考えておられますか?」と確認するぐらいなのだから,問答無用で無理!という状態でもないのだろう。ただ,なにかあった場合でも,「いちおうリスクがある旨は説明したのですが,ご家族が希望されたから」で済まされてしまうだろう。


即答できるわけがない。「少しご家族で相談されてください」と言われる。


夕食の配膳が始まった。父は,ベッドをギャッジアップして栄養を注入してもらっている。普通の患者さんたちの配膳がバタバタと終わってから,いつも父は後回しだ。

6時すぎ,先に白湯を少量,注入される。これは摘下なので,10分ぐらいかかる。終わったあと,15分ぐらいしてから,栄養剤。でも,食事介助が大変な患者さんたちがいると,看護師さんの手が空くまで,父は待たねばならない。

父のベッドと隣のベッドは,本当に間隔がせまい。隣の患者さんは,なんの後遺症なのか,手や足が,ひどく変形してねじ曲がってしまっているが,それでも,柄の太いスプーンを使って,ちゃんと自分でお膳から食べている。ただ,箸でつまむことができない分,器に口をつけて,ズルズルとすすりこむような食べ方になるのは,いたしかたないだろう。


しかし,父にはそんな事情はわからない。空腹なのに,すぐ隣からは,生温かい食事の匂いと,ズルズルと大きな音が絶えず聞こえてくる。隣のオジさんは苦労しているのだが,音だけ聴いていると,ものすごく美味しそうに夢中で食べているように聞こえる。

父は忌々しそうに,何度かチラッと隣のベッドをにらんだ。隣のオジさんのお膳が見えないように,ワタシはテレビ台を微妙に動かしたりしてガードしたが,ムダな抵抗だった。

耐えかねるように,「あぁ,食べたいなぁ」と父が唸った。「そうだね,辛いなぁ」と小声でワタシは答えた。「隣の人が羨ましいなぁ,あんなに美味しそうに食べてる」「・・・そんなに美味しそうでもないよ・・・」と,やっとの思いで言った。「いや,美味しそうな肉団子だった」父はしっかり,隣のおかずをチェックしていた。


6時半過ぎに,やっとのコトで,栄養剤をもった看護師さんがやってきた。腹がふくれれば,少しは気持ちも治まるだろう。。。

半分ぐらい注入したあと,看護師さんが父に尋ねた。「○○さん,お腹痛かったり,ムカムカしたりしてないですか?」「お腹は大丈夫だけど,ムカムカします」「あら!?胸が気持ち悪いですか??」

むかついたら,とりあえず,注入を中止しなくてはならない。

「胸は大丈夫だけど,気持ちがムカムカします!」と父。「え?気持ちがムカムカしますか?」と,看護師さんは,父の顔をじっと見た。

「すぐ横であんなに美味そうに,ズルズル大きな音を立てて!我慢できない,何とかならんのか!?」父は大きな声を出した。


ワタシも看護師さんも,隣のオジさんも,固まった。。。。おっとりした優しいタイプの看護師さんは,少し黙っていたが,「そうか。。。食べたくなっちゃうもんね,辛いですよね。。。また,先生に聞いてみないとね。。。」と言った。


父はもう,それっきり何も言わなかったが,口をかすかにとがらせて,目を閉じてしまった。ワタシはどう話しかけていいものやらわからず,ベッド脇に座って,父の顔ばかり見ていた。
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# by rompop | 2007-09-19 11:40 | ホスピタル

2007・9・6 ① 療養型病床。

残っていた夏休みを,午後から半休とった。ゆったりウィンドウショッピングでもしたいところだが,懸念事項を片づけなければ。

JRは,事故のため,運行を休止していた。しかたなく,阪急に乗り,地元の駅でおりてバスに乗る。


市内にただ1つだけある,介護療養型の病院。5月には,隣接する老健の見学にきたコトがある。見学の感触は悪くなかったのだが,父に「経過観察中の大人しい前立腺癌」があるコトが知れると,ここの老健からは,あっという間に断られてしまったのだ。

隣にあった病院は見学していなかった。まだ父には必要ないと,その時は思っていたから。老健の担当員の話では,「要介護度4以上」の人がほとんどで,「天寿を全うされるまでおられる方が多い」とのコト。

胃ろうになった時点で,市内での老健利用は,難しくなってしまった。入れるところがあるとしても,待機期間が間違いなく長い。そして,3ヶ月か半年サイクルで,次の受け入れ先を探してウロウロするコトになる。

療養型の病院なんて・・・イヤだな,と思う気持ちも正直ある。間違いなく,父は寝たきりになってしまうだろう。リハビリが辛い父にとっては,楽になれるのだろうが。。。けど,今の父にフィットする場所が,どうしても見つけられない。病院以外の施設では「進行がきわめて遅い」といくら説明しても,前立腺の癌が,ネックになってしまう。


次にうつる病院の目星はつけてある。以前,こっそり見学に行き,「ここならイイ」と思った,隣町の病院だ。もう1つのところは,「死んでもこんな所には入れたくない」と思った。ただし,ここも基本は3ヶ月か半年だという。病院を転々とさせるのでは,老健をたらい回しにするのと,ちっとも変わらない。だから,落ち着けるところを,見つけなければならないのだ。


阪急の駅から8分ほどバスに揺られて,着いた。駅前からちょっと離れただけなのに,いきなり「田舎」な風情が漂う。緑色の田んぼが一面に広がり,農家が転々としている。スズメがたくさん飛んでいる。切り立った山のふもとに,どーんと,そのR病院は建っている。ぽつんとあるバス停でバスを降り,田んぼの際の道を通って,病院へ向かって歩く。

平日の昼間だというのに,都心部の病院とは違って,人の出入りがほとんど無い。これはつまり,療養型の病院の特徴なのかな。この病院は,一般病棟はなく,病院全部が,長期療養型の病床なのだ。外来もやってはいるが,内科とリハビリテーション科のみ。地元にずっと昔からある老人病院なのだろう。


ガードのきびしい病院だったら,看護師詰め所でチェックされるかもしれない。ドキドキしながら,同じバスから降りた初老のご婦人(どうやらオムツを下げて面会に行くらしい)のあとをついて,紛れるようにして,エレベーターに乗りこんだ。


ご婦人は,ゆっくりと後ろをついてきて,一緒にエレベーターに乗りこんだワタシに気づいて,ちょっと警戒しているようだった。エレベーターのボタンを押さずに,「どうぞ」とワタシに先を譲った。しかたなく,最上階の4階のボタンを押す。


エレベーターの扉が開いた正面に,看護師詰め所。受付に氏名を記帳するためのノートが広げてある。書かなきゃなんか言われるかな。でも,昼食後ののんびりした時間帯だったためか,看護師ものんびりしていて,ワタシが前を通っても顔も上げなかった。


面会に来て病室を探すふりをしながら,廊下を奥までゆっくり歩く。もちろん,両側の病室の様子をチェックしながら。


部屋は4人部屋が多い。ガラス窓から,明るい光がいっぱい差し込んでいて,明るい病室。ベッドとベッドの間隔も十分広い。廊下も広くて,清潔なカンジ。

しかしベッドに横たわる患者さんは,どの人も,真っ平らに寝ている。備え付けのテレビを見ている人もいるにはいるが,たいていの人は,静かに眠っている。あるいは,口を開けて空を見つめている。テレビを見ている人も,ベッドは真っ平らなままだ。つまり,ベッドをギャッジアップして,本を読んだり,テレビを見たりしている人がいないのだ。もちろん,ベッドから降りて車椅子でどこかへ行っている人もいない。規則正しく並んだベッドに,患者さんが綺麗に並んで横になっている。。。

一見して,要介護度の高い人たちの病棟だとわかる。でも,気管切開している人や,人工呼吸器をつけているような人はあまり目につかなかった。なぜだろう?あまり重篤な状態の人は,医療型の病院へ移るのだろうか。


普通の病院の病棟と違うところ。面会に来ている家族の姿が圧倒的に少ない。見たのは数人だった。それも,静かにオムツの整理をしていたり,枕元に座って,小さな声で文庫本を読み聞かせていたり。。。きっと,もう,家族ができるコトがほとんど無くなった患者さんたちだからだろう。家族がきても,話もできず,わからない人も多いのかもしれない。


1人だけ,ベッドに起きあがって座り,医者と何かを話している患者さんがいた。「ベッドに自分で座れる人なんだ」と,ちょっとビックリした。ちょっとこの病院には,早い人だな。。。でも,それなら,父はどうなんだろう?


廊下の壁には手作りの折り紙などが飾られている。「食堂」とプレートのかかった部屋があったが,ここに移動してきて食べられる患者さんが,どのくらいいるのかな?廊下の中程には,明るくて温かい雰囲気のちょっとした談話スペースもある。ここに患者さんが憩うコトってあるのかな。療養型の病床には,食堂などの設置が義務づけられていると聞いたコトがあるから,その名残なのかな。


そのままエレベーターにのり,3階と2階も,ドキドキしながら歩いた。どの階も同じだった。静かで広くて,明るくて。。。。。うめいている人や,大声を出している人はいない。廊下に,気持ちの良い風が吹いているような気がした。なんとなく,だけど,優しい「気」が流れているようなカンジがした。

「ここなら・・・イイ」と,思った。


バス停に戻ると,小雨が降り出した。少し濡れたが,阪急の駅前に戻り,ちょっと考えて,もう1つ,見にいくコトにした。

隣町にあるK病院へ。ここは,ソーシャルワーカーに相談しているなかで名前の出た病院だ。すぐに入れてくれそうな雰囲気だった。


駅前のごちゃごちゃした所に,突然あった。敷地が狭い分,上に高く伸びている。5階建てだ。入り口のドアから入ったとたん,受付にいた2人の女性が,そろってこちらを見た。病棟へ行くには,外来のロビーを抜けていかねばならない。明らかに,呼び止められそうな気配に負けてしまった。

また外に出る。正面入り口だけでなく,通用口にも,「関係者以外の面会・立ち入りお断り」の貼り紙がデカデカと貼ってある。ガードが堅い。。。。。


外側から病室の天井が少しだけ見えた。カーテンレールの間隔から,ベッドの間隔もそんなに広くなさそうだな,と思う。ここは,一般の病棟の中に,「療養型」の病床があるのだ。きっと,フロアが分かれているのだろう。でも中の様子がさっぱりわからない。


隣には,同系列の病院が1つある。が,「休診しております」の札がかかり,真っ暗だ。休診というよりも,どうみても廃業したカンジなのだが。ネットでこの病院を検索している時,この休診中の病院のほうで,なにか不祥事があったと読んだコトがあった。そのせいかな。。。


どうも,よくわからないというか,いやにガードが強いのが,怪しいカンジだ。


あきらめて,地元の駅に戻る。もう3時前だ。

あまりにも空腹なので,おそいお昼を食べるコトに。中華料理屋で,中華丼を。ワカメスープと野菜サラダつき。美味しい。。。


美味しいモノを食べる時,父のコトを考えてしまう。すると,申し訳ないような気持ちが沸き上がってきて,美味しさを半減させる。
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# by rompop | 2007-09-06 23:28 | ホスピタル

2007・9・5 転院。

午後,弟から携帯に電話。父の転院手続は無事終了した模様。


5時半になるのを待って,ダッシュで病院へ向かう。

最初に救急車でかつぎこまれた急性期治療の病院。2ヶ月後の2月に移ったのが,隣接するリハビリ病院だった。6月には誤嚥性肺炎を起こし,また急性期治療の病院のほうへ。治療を終えてリハビリ病院へ7月に戻ってきたが,また8月には「胃ろう」を作るために,急性期治療病院へ入院した。

そして,9月に入って,またまたリハビリ病院へ戻ってきたというわけだ。


本来なら,半年の期限いっぱいで,9月2日までしかいられないリハビリ病院だったが,誤嚥性肺炎のあと,「廃用症候群」(身体全体の機能が著しくおちた状態)との病名が追加され,そのおかげで,その時点からのカウントとなり,結果,10月2日までは置いてもらえるコトになっている。


今回,「胃ろう」を作ったので,またなんかの理由で,カウントのしかたが変わり,ちょっと期間が延びないかな。。。と,甘い期待をしていたのだが,やっぱり,甘い期待に終わった。ずっとここに置いてもらえて,リハビリをしてもらえたらどんなにイイだろう,と思うが。まぁ,みんな,そう思うわけで。


1ヶ月ちょっとぶりに戻ってみると,患者さんの顔ぶれが,微妙に変わっていた。いなくなった人。。。お家に帰れたのかな?それとも,どこかへ。。。


辛い「胃ろう」を作って戻ってきた父だが,看護師さんや看護助手さんたちは,事務的に淡々としていて,忙しいのもあるだろうが,優しい声をかけてくれる人はいない。行ったり来たりで,期限ぎりぎりまで居座っている患者と家族は,やっぱり歓迎されないのかな。そんな空気をひしひしと感じる。


今回は特に希望したわけではなかったが,前と同じ3階フロアに戻れた。病室は,父が一番最初に入った301号室で,ベッドも同じだ。3人部屋で,結構狭い。隣とのベッドの間も,あまりスペースがない。パイプ椅子を置いてベッド脇に座っていても,隣のベッドに人がくるたびに,椅子をたたんで立ち上がらなければいけない。ワタシの居場所は,ますますないなぁ。。。


父は,布団をかぶって寝ていた。チューブから水分が入っていて,それが終わったあと,注射器で,どんぶりいっぱいぐらいの栄養剤を注入された。


ベッド位置が一番奥で落ち着けるせいもあるのか,思ったより不穏なカンジではない。ただ,ちょっと疲れているのかもしれない。機嫌は悪いこともないが,良いこともない。ただ,されるがまま,しかたなく「そこにいる」というカンジだ。


今までの病院に比べて冷房がよく効いているので,父は寒い,という。寝る前に長袖の肌着に着替えさせてもらうよう,看護師さんに頼んだ。尻の床ずれのコトも話し,柔らかいマットレスに替えてほしい,とも頼んだ。頼みにくい雰囲気だったが,父のためだ,と思い,頼んだ。


父は,今夜はいくらいっても,靴下を脱がせてくれなかった。「寒い」と言う。今夜はしかたないか・・・と,そのままにしておいた。また水虫が悪化する。


帰り際,父は機嫌が悪くなりだした。ちょっとした父の言葉で,ワタシも気を悪くしてしまい,8時前にさっさと帰ってきた。
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# by rompop | 2007-09-06 08:38 | ホスピタル

2007・9・5 自動人形師・ムットーニ☆

★密かに大ファンの,ムットーニ・シアターが12日から東京松屋銀座にて開催されますσ(^^)

ロマンチックでノスタルジックで密やかで,とってもステキなのでお勧めです☆

☆詳細はこちら☆


★それから11日(火)の『徹子の部屋』に,ムットーニこと武藤氏,出演。
作品もちょっと紹介するみたい。これも個人的に楽しみです\(^o^)/

よかったら,見てくださいね。
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# by rompop | 2007-09-05 16:57 | 本&アート

2007・9・4 野次馬。

病院へ行く途中,駅前の歩道橋に,若い女性が倒れていた。そばには,ベビーカーに乗った赤ちゃん。まだ若いお母さんらしい。どうしたのだろう?

救急車がまだ到着しないようで,駅員さんたちが毛布をかけたり,いろいろしていたが,ものすごい数の野次馬。


父は寝ていたが,「やぁ」というと,笑顔になった。夕方になって,病室が暗くなってきたので,枕元の灯りをつけた。


明日の転院のコトを,いちおう,もう一度繰り返して言っておく。ワタシは一緒にいけないが,弟が付きそうコト。夜は,いつもと同じ時間に必ず行くから,と。同じ3階フロアだが,多分,部屋は前と変わるから,違う場所に来たと感じるかもしれない。

「前にいた病室,覚えてる?ほら,冷房が寒かった部屋・・・」と聞くと,「覚えてない」とのこと。そうか,覚えてないのか。

「混乱するわな・・・」と,今度は父が自分で言ったので,ちょっとビックリ。「看護師さんの顔,見たらまた思い出すよ」と言ったが,「さぁ,行ってみないとわからないね。。。もう,別にどこでもいいけど・・・」


ホント,父には気の毒だ。でも,リハビリ病院に戻れても,いられるのは今月いっぱい。今度は,また全然知らない病院へ移るコトになってしまう。そのコトを,ワタシたちはまだ,父に話せていない。そのことを考えると,気持ちが萎える。。。


父は明日のコトを考えて落ち着かないのか,そわそわしていたが,アゴをなでていたかと思うと,「ヒゲ,剃ってくれる?」と言う。ワタシも,いちおう,ちょっとでも小綺麗にしておいたほうがイイかな。。。と思っていたところ。二つ返事でヒゲを剃る。

父は首筋もじっとりと汗ばんでいる。暑いというので,布団をめくる。体温調節がうまくいかないのかなぁ。おしぼりを持ってきて,拭いてやる。


給湯室の氷を自由に使えるのも,今日が最後なので(リハビリ病院にはない),滅菌ガーゼを氷水に浸して,口の中をぬぐってやる。固く絞ったつもりだったが,直後に父が咳をしたので,ヒヤッとした。


帰る前に,ベッドの足元を少し下げたら,「あ。ウンコにくっついた!」と言う。どうやら,ウンコが出ていて,自分で適当にお尻を浮かしていたらしいのだが,ワタシがベッドの足元をフラットにしたので,ウンコの上にお尻が乗っかってしまったよう。

「ウンコ,出たなら早く言えばいいのに」とイイながら,コールを押して,オムツ交換をしてもらう。見ると,それほど出ていなかった。夜にまた出るのかな・・・・


「よく寝てな~」と,握手をして帰ってきた。父の手は,じっとりと熱かった。
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# by rompop | 2007-09-04 22:40 | ホスピタル

2007・9・3 ② ラーメン,久しぶり。。。

帰りに,マッサージ30分。なんだかしらないけど,5分延長してくれて,10%引きだった。
ラッキー☆


空腹にきづいたので,商店街に新しくできたラーメン屋さんへ。店の前の「100円引き」のチラシがあったので,ありがたく使わせてもらう。こういうの,恥ずかしがらずに使えちゃうのが,ワタシ。。。


プレーンな鶏がらベースの醤油味。チャーシューがトロトロ。おつゆはちょっと辛かったかな。喉が渇きそう。でも,560円にしたら,イイんじゃないかな。

d0062023_15224618.jpg
麺は細め。とにかく,チャーシューがいけてる☆


ラーメン屋さんに入るまえ,雑居ビルの前で,杖をついたお婆さんに声をかけられた。雑居ビルの3階に入っている眼科に行きたいらしいのだが,「エレベーターに怖くて乗れないです・・・」と言う。階段があったが,杖をついて,3階まで階段はキツイだろう。

「なんで乗れないんですか?」と言うと,「いやぁ,怖ぉて・・・」とのコト。機械が止まったりすると怖いのか,知らない人がいると怖いのかよくわかんないけど,確かに雑居ビルの小さい汚いエレベーターって・・・怖いものね。

「じゃあ,一緒に上まで行きましょう」と3階まで一緒に上がる。と,目の前の眼科は灯りもついておらず,真っ暗。ドアも閉まっている。看板をみると,午後の診察は3時半かららしい。今は・・・まだ3時。

ダメもとで「すいませ~ん」と大声を出すと,灯りがついて,ピンクの制服をきた看護師さんが出てきた。「今,電気つけますから,中で待っていてください」とのコトで,お婆さんは,無事に眼科へ。

何度も何度も,「ほんまにおおきに~」と,お礼を言って,お婆さんはお辞儀をしてくれていた。「でも帰りはエレベーター1人ですよ。大丈夫ですか?」というと,「大丈夫です」とのコト。ふむ。


それにしても・・・・お婆ちゃん,もし,ワタシが「悪い人」だったら・・・・とは考えなかったのかな?(笑)
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# by rompop | 2007-09-03 19:22

2007・9・3 転院日,決まる。

リハビリ病院への転院手続の件で,なんだかんだで,朝9時に病院へ出向く羽目に。これも,主治医が頼りないせい。

とりあえず,8時に起きて,バナナとミルクだけお腹に入れて,病院へ。

主治医が見あたらなかったので,昨夜からよく事情をわかっている看護師さんに,主治医に問い合せをしてもらう。


こんな時間に病室にきたのは,初めてかな。9時過ぎに病室に入ると,父はちょっと驚いていたが,急に,「そうそう。ママが行方不明で大変なんだ」と言う。「夢ちがう?さっき,家にいたよ」と言っても,「夢かなぁ。。。心配だなぁ」と不信そうな顔。それは不安な夢を見たもんだ。

看護師さんがやってきて,「10時半からリハビリありますからね」と言うと,たちまち,父の顔がこわばる。この病院の父の担当の療法士さんは,若い女性だけど,結構きつくて,スパルタなのだ。まぁ,優しくばかりしていては,リハビリにはならないのだろうけど。ともかく,「リハビリ」と言われると,顔が変わる。これはもう,パブロフの犬だな・・・・・


ベッド脇には洗濯モノの山。ううむ・・・持ち帰って洗濯してもいいが,暇だから,コインランドリーで洗ってしまおうか。洗って乾かすと300円かかるけどね。

そうしてる間に,別の看護師さんが,「身体を拭いて,お着替えしましょうね」とやってくる。また洗濯物が増える。やっぱし,まとめて一気に洗うコトに決定。

今朝の父は,36,9℃。ちょっと高めだな。。。「午後から熱が上がるかも」と看護師さん。ううむ。


洗濯物を回しだしたところで,父のリハビリ開始。あとから1階のリハビリ室へ行ってみる。なんだか・・・思ったよりも,結構ヘビーなコトさせているなぁ。バーの間に立たせて,歩かせようとしている。。。

30分ぐらいみっちりリハビリをされて,父は解放された。車椅子を押して病室へ戻りながら,「しんどかったか?」と聞くと,「しんどいねぇ」と父。車椅子を押すと,1ヶ月半ぐらい洗っていない父の頭は,さすがに匂う。

部屋へ戻る前に,公衆電話があったので,家に電話をして母の声を聞かせるコトにした。突然かけたので,母もビックリしていたが,父はほとんど自分からは話さずに,「うん」とか「いや,大丈夫」とか返事しながら,嬉しそうな横顔で,一生懸命,母の声を聞いていた。

最初に,「ママが行方不明になったから,心配なんだって」とワタシが言ってから父にかわったので,受話器の向こうから,母の笑い声と「大丈夫です。安心してください」と,母が言っているのが漏れ聞こえてきた。


すぐに電話は切ったが,「どう?安心したやろう?」というと,父は笑いながら,「安心した」と言った。

ふかふかの洗濯物を棚にしまう。長袖のシャツが1枚混ざっている。半袖を着せて欲しくて,長袖は隠すように置いていたのに・・・これじゃ,暑いはずだよ・・・


昼前,看護師さんがやってきて,「転院はあさっての午前10時に決まりましたから」と言われる。今朝,朝いちで主治医がベッド調整を依頼してくれたらしいのだが,これまた早いなぁ。先週,これをちゃんとやってくれていたら,週末には転院できていただろうに。それを期待して,残りの夏休み,ぎりぎりまで待って,今日1日取っていたのに。。。あさっては,もう,他の人が休みを取ってしまったから,休むコトはできないだろう。転院の日は,父がまた,不穏にならないように,休みをとって,なるべく長い時間つきそいたかったのに。。。

まぁ,済んだコトはしかたがない。なんだか,いろんなコトがうまく回らなかった,というだけのコトだ。


昼食の配膳が済んで,だいぶ経っても,父の栄養は来なかった。父のお腹がぐうぐう鳴るのが聞こえる。

ふいに,「あぁ,美味しいモノが食べたいなぁ」と父が大声で言った。出た・・・久々だ・・・(汗)。「・・・ううん・・・」と生返事をしていると,「焼きうどん。それか,UFOでもいいから,焼きそば」と,また言う。

「パパ,やっぱり当分は無理やで。せっかくむせなくて,ちゃんと栄養が身体に入るようになったんやから・・・」と言っても,父はもう,ちょっと前のコトを忘れてしまっているのだ。どんどん食事が,細かくなり,どろどろのミキサー食になったコトも,それすら咽せて,咳き込んで,苦しい思いをして食べたコトも。それでも肺炎になって,高熱が続いたりしたコトも。

たしかに,今は,食べないから咽せないし,痰もでない。喉も肺もゼロゼロ言っていない。治ったから,もう大丈夫,と思うのだろう。思っても不思議じゃないと思う。

「どうにかならないのかな」と,父は言った。どうにかならないのかな。返事ができなかった。


とりあえず,空腹だと余計に食べ物のことを考える。お腹から看護師さんが注入してくれた時は,ホッとした。でも,父には,やはり,ちゃんと自分の身体の状態を把握してもらうべきなのだろうな。でも,それは・・・なんだかとても・・・・難しいコトだな。


注入のあと,父が目を閉じている時,いちおう,転院のコトを言っておこうと思い,「あさっての朝,リハビリ病院へ戻るからね」と言った。「僕ひとりで?」と聞くので,「いや,○○(弟)が朝きて,車椅子で連れていくから大丈夫。パパはなんも心配いらん」と言う。弟は何度も転院を1人でやってくれているので,ワタシよりもよほど慣れていると思う。ただ,父が落ち着いた(と思ったら),さっさと帰ってきてしまうけれど。。。

それでも父は不安なようで,「そもそも,ここには,なんで来たのだっけ?」などと聞く。「だから・・・口から食べるのが危なくなったから,お腹に口をつくる手術のために・・・」「え??手術??」「いや,手術といっても,胃カメラみたいなので・・・」「ふぅん・・・」


短期記憶が怪しいのは,認知症の症状だと思うけれど,ホント,大丈夫かなぁ。。。今までの流れが,父のなかでは,細切れになってしまっているようだ。そりゃ,不安だろうと思う。認知症っていうのは・・・ほんとに,絶えず不安のなかにいるようなものなんだろうな。ワタシは・・・どうすりゃいいんだろう。


今日はさすがに疲れた。もっと居てやりたいのは山々だけど,自分の身体を守るのは,自分しかない。ってコトで,2時に帰るコトにした。父は,午後から37℃ちょっと熱があがってきて,「なんとなくしんどい」と,大人しくなった。心配だけど・・・・しかたない。ここは,病院だもの,と言い聞かせて,病室を出る。
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# by rompop | 2007-09-03 17:02 | ホスピタル

2007・9・2 苛立ち。

それにしても,休みの日に限って,どうしてこんなに身体がだるいのだろう。だらだら朝寝するせいかな。それとも,緊張がとけて,いっきに疲れが出るせいだろうか。めっちゃ,不調。


それでも,日曜日は面会客が多くて,父も淋しいだろうと思い,少しだけ早めに行くことにした。駅前にできた,いつも行列ができているたこ焼き屋で,たこ焼きを買って,病院のロビーでささっと食べて,お茶をしこたま飲んでから,病室へ。父の前では,絶対飲めないもんなぁ。

父は,37,3℃の微熱あり。氷枕はしていないが・・・背中も首筋も脇腹も,結構熱い。この熱だけは,なんとかならないかなぁ・・・

シーツと密着している背中の部分が,ものすごく汗で湿っているので,できたら着替えさせてもらいたいぐらい。でも,熱があるときは,着替えも辛いからなぁ・・・と,考えていると,看護師さんがやってきたので,相談。

とりあえず,協力して父の身体を横にし,背中のしたにバスタオルを敷き,父の背中と肌着の間に,タオルをはさんでみた。これで,ちょっとマシかもしれない。父は結構,迷惑そうにしていたが。。。


熱があるときは,しんどいだろうから,あれこれ話しかけたり,新聞を読ませたりしようとせず,おとなしく横で本を読む。ときどき,頃合いを見計らっては,ヒゲをそったり,おしぼりで顔を拭いたり,水虫の薬をすばやく塗ったり。あとはもう・・・することは,たいしてない。


昨日はあんなにウンコが出たのに,今日は全然。そりゃそうか。そのかわり,今日はオシッコがよく出て,ワタシがいる間に,2度ほど「オシッコが出た」と申告があったので,オムツを替えた。尿なら,交換はそんなに難しくはない。ただ,いつの間にか,夜用のオープンタイプではなく,シャーリングの履かせるタイプのオムツになっていたので,ちょっと苦労した。父に何度もお尻を持ち上げさせ,疲れさせてしまった。尿取りパッドをたくさん使った。


ちょっと不安をカンジていたのだが,火曜の夜に転院手続きに入るといっていた主治医が,不慣れなためか,なんだか回りくどい手続を取ったせいで,あちらの病院のベッド調整までこぎつけていないコトが今夜,判明。看護師さんのほうが,ちゃんとわかっているようなコトを,主治医はよく知らなかったよう。


腹もたつし,イライラするが,不安を感じながらも,その後確認もせず,ただ返事を待っていただけのワタシも悪い。ホント,教訓だ。どんなコトでも,人間のやるコトには,ミスがある。だから,不安があったら,すぐに自分から確認するなり,催促するなり,アクションを起こすべきなのだ。まったくもう・・・・・

リハビリ病院の残り期間の関係もあるので,戻れるならさっさと手際よく戻りたかったのに。まぁ,済んだコトを後悔してもしかたないので,忘れよう。


しかし,今回の主治医に関しては,一生懸命やってくれているとは思いたいのだが,なんだか頼りないなぁ,と思うコトが再三あり,もう,ワタシ的には信頼はほぼゼロだ。人間的に・・・というのでは決してないけど,「医者」として。若いから,経験がないから・・・しかたないのか?でも,こっちは大事な親を全面的に預けてるんだからね。


ベッド脇での,主治医と看護師,ワタシのやり取りを聞いていた父が,「・・・むずかしい話になってるの?」と心配そうに聞く。ワタシがずっと怖い顔をして考え込んでいたものだから。

「リハビリ病院に戻る日が,まだ決まらないだけ」と誤魔化したが,父は病院を移るのがイヤらしく,「やっぱり,リハビリ病院のほうがいいのかなぁ・・・」などと,軽くごねだした。

肺炎になったり,胃ろう造設のためだったり,理由はあるのだが,1ヶ月ごとに病院を行ったり来たりしているので,父はもう,すっかり,自分の病状の流れがわからなくなってしまっているみたい。


しかたなく,ここは治療を終えたら長くいられない病院だ,というコトを説明する。リハビリ病院は,父が一番長くいて,顔なじみの看護師さんたちもいるところなのに,もう,今の父には,遠い場所になってしまっているらしい。


父はむずかしい顔をして,時々つぶった目を開けて,なにか考えているらしかった。できることなら,ずっと同じ場所で落ち着かせてあげたいが。



6時前になった。父が「もう,帰ったほうがいいんじゃない?」と言うので,なにげなく,「もう少ししたら夕方の栄養やで」と言った。なんとなく,それが終わってから帰ろうかな,と思っていたのだ。

そうしたら父は,「栄養ったって・・・ここ(腹)からで,ここ(口)からじゃないんだから!」と,ジェスチャーを入れて,いらだったような声を出した。「うん・・・仕方ないやんか」と言うと,「だから居たって,することないだろう。ここ(口)からじゃないんだから。ただ,見届けるだけだろう」と。

思わず黙ってしまうと,「別にお姉ちゃんの好きにしたらイイけど!」と,布団をかぶってしまった。


・・・・・いらだっている気持ちはわかる。きっと,看護師さんたちがいちいち,明るい声で「○○さ~ん。ご飯にしましょうねぇ」と言って,腹から栄養を入れるコトも,気に入らないのだろう。ワタシだって,アレは違和感を感じる。なんだって,「ご飯」とか「お食事」とか強調して言うのだろう。そうしないと,患者が,これは「食事」ではなく,ただの「栄養剤」だと思うからだろうか。でも,味も匂いも,なんにも感じるコトのできないモノが,どうして「食事」なのだろう。どうして「食事」と認識しなくちゃならないのだろう。。。


なんだか,悲しくなってしまって,夜の栄養が始まる前に帰ってきた。
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# by rompop | 2007-09-02 18:48 | ホスピタル

2007・9・1 ウンコばかり。

土曜日。9時半まで寝ていた。

起きたら,腰がだる痛くて,下半身がなぜか泥のように重い。どうしてこんなに,下半身に疲れが溜まっているのだろう?遠足にいった翌日みたい(笑)

卵とネギをたくさん入れた麺つゆで,そうめんを2束食べ,巻き寿司を1本,クリームコロッケも食べた。苦ちい。

掃除と洗濯を大量にして,部屋でゴロゴロした。


3時過ぎに家を出て,病院へ。

父は,「今,リハビリから帰ってきたところ」と言う。「土曜日にリハビリ?ないのでは?」と,話半分に聞いていたが,看護師さんに確かめると,ホントだったらしい。パパ,疑ってゴメン(笑)

「それより,便が全然でなくて大変だよ」と言う。「昨日の夜,出ていたから,大丈夫やで。1日ぐらい出なくても」と言っても,「う~ん」と難しい顔をして,腹に手を置いている。「お腹,張ってる?」と聞くと,「張ってるどころのさわぎじゃない」とのコト。


看護師さんがやってきたので,「便のコトばかり言うんですけど」と聞くと,「あら,さっき,割とよいウンチが出ましたよ。まだ残っていて気持ち悪いのかな?」とのコト。「パパ,ウンコ,さっき出てるから大丈夫やで」と言っても,父の顔は曇ったまま。まだ残っているらしい。。。

夕食の配膳が始まる6時ちょっと前,父が,ベッドの上で腰を浮かして「う~ん」とイイながら,妙な動きをしている。そしてしばらくして,「便が出た・・・」

あわてて,布団をめくると,あきらかにウンコの匂い。。。ちょうどオムツ交換に看護師さんがやってきてくれて,ヨカッタ。緩めのウンコがかなり大量に出たようで,オムツ交換をしている父のベッドから,たちまち,なんともいえない匂いが部屋中にひろがる。はっきり言って・・・・ものすごく臭い。同室の患者さんたちのところには,面会の家族が来ていて,ベッド脇でお喋りをしていたが,一瞬,ピタッと会話が止まってしまった。父の向かいのベッドにいた娘さんは,さりげなく,部屋から出ていってしまった。

も,申し訳ない・・・・

オムツ交換が終わったので,窓をさっと大きく開けた。風が吹き込んで,匂いは散るどころか,部屋中にぐるぐる広がった・・・・・かも。でも,仕方ないよなぁ。夕食前に,ホント申し訳ない。


どうも,今日は腸の調子が悪いみたいだ。ほかの人たちが夕食を食べ出してから,父が,「あ。また便が出る」と言う。「オムツしてるから,そのままどうぞ」とは,どうしても言えなくて,「まだ我慢できる」と父が言うモノだから,忙しい看護師さんに頼んで,車椅子に乗せてもらい,「もうちょっと,もうちょっと」とイイながら,トイレへ連れて行った。

しかし・・・・オムツを下ろそうとした看護師さん(男性)が,「うわっ。アカン」と叫ぶ。もうすでに,オムツの中に,たくさん出てしまっていた。「車椅子に乗る前に確認すべきだった・・・・」と看護師さん。このまま,オムツを下げると,ちょっと大変なコトになってしまう。

「まだ出そう?」と聞くと,父は他人事のように,「いや・・・・もう,出ないみたいだね」と言う。きっと,車椅子に移乗する時に力を入れたから,自然と出ちゃったんだよね。

そのまま,また車椅子でベッドへ戻る。食事中の人がいるので,オムツを開くわけにもいかず,15分ぐらい,父にはそのまま我慢してもらった。父には可哀相だけど・・・逆の立場だったら,「・・・勘弁してよ」って思うもんね。


とにかく,今日は,ずっとウンコに終始したカンジ。まぁ,出ないよりは,出たほうがイイのだけど。看護師さんに言わせると,こんなに緩くても,水溶性とか泥状の下痢便ではないので,危険なものではなく,安心な軟便なのだそう。ううむ・・・その違いが,素人にはまだよくわかんない。


オムツを綺麗にしてもらった父は,さっぱりして安心したようで,やっと穏やかな表情に。お腹にたまっていた便が,とりあえず出て,すっきりしたのだろう。

ただ,その後は,やたらぼんやりしてしまって,会話らしい会話もあまり無く・・・・ちょっと疲れたので,7時に帰るコトにした。


それでも土日は,たくさん父のところにいてやれる,と思うだけで,嬉しい。
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# by rompop | 2007-09-01 19:40 | ホスピタル

2007・8・31 秋色のバッグを,買う。

病院へいく途中,ローカル百貨店の靴専門店にディスプレイしてあった秋物のバッグに目が止まる。明るめの茶色と,落ち着いたカーキグリーンと。さんざん迷って,決められず。



父はなんだか,今日はぼんやりしていた。買っていった新聞にも目もくれず,ずっと宙を見ている。それも,むずかしい顔で。話しかけてもリアクションが相当「うすい」ので,自然とワタシの声も小さくなってゆく。

こんな時,「あぁ,今日はちょっと遠くへ行っちゃってるんだな」と,あるがままに受け止めるコトができたら,楽なのだろう。でも,ワタシはまだ,そこまで達観できない。認知症のある父を,まだ100%受け止めるコトができないでいる。


夕食の注入をしながら,看護師さんは,「栄養剤を固めにしてから,調子いいみたいですね。○○さんには,合っているみたいね」と言う。確かに,便はあいかわらず緩めだが,しじゅう喉にからんでいた,あのゼロゼロ言う痰が,まったく無くなった。だから,苦しい痰の吸引も,もう随分ながいあいだ,やっていない。これだけでも,ホントにヨカッタと思う。


帰る頃になって,父は,また少しおかしなコトを言い出した。トイレから帰ってくると,布団をはいでしまっていて,難しい顔をしている。足元の「ベッド柵」をさして,「今日にかぎって,こんなところに柵が入れてある」と言う。いつもあるものなのだが・・・どうも,これがあると,閉塞感というか,ベッドに閉じこめられたような不安感が増すのだと思う。でも,無ければ無いで,危険だから。。。

布団が落ちないためと,父が落ちて骨折などしないためのモノだ,と何度も説明するが,「わかるか?」と聞くと,「わかるような,わからんような」と,眉間にしわを寄せる。一時は,よく,ベッド柵に関して同じコトを言っていたが,最近は言わなくなったと思っていたが・・・久々に出たカンジ。

まぁ,閉塞感のようなものは,理解できるから,その不安を取り除いてやるコトが先決なのだろうけど。。。どうしたらイイのか,わからん。


ベッドを起こしているから,足元が見えるのであって,看護師さんがベッドを倒してくれたら,父もそれ以上,ベッド柵について言わなくなった。オムツを見てもらったら,便がたくさんでている。オムツを替えてもらい,さっぱりしたのか,帰りには笑顔で握手に応じてくれた。


閉店間際の百貨店にとびこみ,さっきのバッグをもう一度見せてもらう。迷ったが,明るいカンジがするので,茶色のほうを購入。ちょっとビジネスバッグ風で,あんまり可愛いカンジではないが,とりあえずたくさん入りそうだし,イイ色だと思う。満足也。


やっぱり,買い物すると,気持ちが晴れるな。
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# by rompop | 2007-08-31 20:35 | ホスピタル

2007・8・30 落ち着かない。

今夜も,父は比較的,落ち着いていて,穏やか。

熱も36,9℃と,まぁ,37℃前後の微熱が続いている。もともと,体温は低い方の父なので,これでも,微熱だろうと思う。が,これは仕方ないのかな。


布団をめくると,今日は素足で靴下は履いていなかった。「あれ??」と驚くと,嬉しそうに笑っていた。「脱ぎますっていって,脱がしてもらった?」と聞くと,「そう」と言っていたが,真相やいかに?


栄養の注入はもう始まっていて,今夜は4回ぐらいに分けて注入してもらった。夕刊を買っていったので,なかば強制的に,父にメガネをかけさせ,新聞を読ませた。紙面をめくるのが大変なので,あらかじめ,父が読みやすそうなページを抜き取って,小さくたたんで渡した。父は,素直に読んでいた。

ワタシも,父の足元に新聞をひろげて,読みふけった。


転院の問い合せをしてみます,と主治医が言ったのが,たしか火曜日の夜。次の日に聞いてくれたとして・・・・返事はいつになるのだろう?2~3日だとすると,まだ,返事は来ないか・・・落ち着かない。早く戻りたいような,戻りたくないような。正直,どこが父にとって,いちばん良い場所なのか,ワタシにはわからない。。。


朝,ひどく雨が降った話や,昼前に雷雨になった話などをするが,父は,「知らない」という。あんなに大きな雷だったのに,寝ていたのかな?


「冷房が寒い」と言って,コットンのストールを首にぐるぐると巻いていたワタシを見て,父は,「だいじょうぶ?」と気遣っていた。

そして,7時半頃,「もう,お姉ちゃん,帰ってくれてもいいよ」と言った。お腹がたまらなく空いていたので,帰るコトにした。


本当に父は,ここ数日,穏やかだなぁ。「どうしたんだろう?」と,母と話す。母は,「栄養がちゃんと行き渡って,そんなに身体がしんどくなくなったんだろう」と言う。それもあるけど・・・父は,母が見舞いに行って以来,一度も,「○○が食べたい」と言わなくなった。


よく話を聞くと,母は父に,「しばらくの間,これ(栄養剤)がパパのご飯なんやで」と,言ったらしい。父は,頼みの綱の母にそう言われて,とりあえずのところ,静かにあきらめたのかもしれないな。なんとなく,そんな風に感じる。。。
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# by rompop | 2007-08-31 13:59 | ホスピタル

2007・8・29 コール。

父は,氷枕をしていた。熱は,37℃ぐらいだと看護師さんが言うが,中途半端な微熱,こういうのってなんなんだろう。。。


1回目の栄養はすでに入れられたあとだったが,ベッドをギャッジアップするのに,足元を全然上げてくれていなかったためか,父の上半身は下にずり落ちて,なんだかすごく不自然なかっこうになっている。「苦しい苦しい」と父が言うので,持ち上げようとしたが,やっぱり,むずかしい。


ナースコールを押したが,夕食時は忙しいとみえて,看護師さんがなかなか来てくれなかった。3回コールを押して,だいぶ経ってから,「遅くなってごめんね~」と,やっと来てくれた。


少し父の体勢を直してもらい,2回目の注入。


この看護師さんは,大人しいが,すごく清楚な顔立ちをしていて,ホントに「白衣の天使」という雰囲気がただよっている。親切だし,なんでも丁寧なのだが,ちょっとだけ・・・・どんくさい。コールを押してなかなか来れないのも,悪気があるのではなく,きっと,1つ1つのコトに時間がちょっとかかるのだろう。その証拠に,額には汗をかき,ちょっと笑顔が消えかけている。。。



ちょっと暑そうだが,今夜の父は頭もわりとクリアで,機嫌も悪くなさそうだった。やはり,栄養がちゃんと行き渡りはじめたのかな?

「今日は何曜日?」「ママは,どうしてる?」など,寝ているのかと思ったら,ときどき思い出したように,話しかけてくる。驚いたのは,「昨日の雨は大丈夫だった?」と聞いてきたコト。

昨日の帰り,雨が降り出しそうな気配だったので,「傘を忘れたから,降られないうちに,いそいで帰るワ」と言って,病室を出てきたのだ。

・・・昨日のコト,ちゃんと覚えてたんだ。


おしぼりをもらってきて,父に手渡し,自分で顔をふかせる。ふきにくい所だけ,ワタシがふく。手のひらも,じっとりと濡れているので,よくふいておく。


父のベッド脇でいつものように文庫本を開いていたが,眠っているのかと思うと,ちょっと目を開いてこっちを見たり,なにか話をしたそうにする。かといって,これと言って,話題もないようだ。

ワタシも,毎日,職場と病院の往復だけでは,そうそう,新しい話題もない。食べ物の話はNGだし,あまり家のコトを詳細に話しても,帰りたくなってしまうだろうし。。。

でも,なんとか楽しい話をして,気を紛らせてやりたいと思う。毎日,同じベッドに寝ているだけの父。外界の空気を運んでやれるのは,ワタシだけなのだ。と言ってもなぁ・・・・・・


栄養の注入が終わってしばらくすると,胃腸が動くのか,「ウンコしたいな」と言い出した。はて。車椅子でトイレまでもつだろうか。緩いなら,車椅子に移乗しただけで,出てしまうかもしれない。でも,「オムツにそのままして」とは,やっぱり可哀相でいいにくい。

いちおう,ダメもとで看護師さんに聞いてみようと思い,ナースコールを押した。「はい,行きます」と応答があった。コールを押してしまったあとで,父は,「やっぱりしんどいから,トイレへはいかない。我慢しよう」と言う。「我慢しなくても,出てしまったらすぐに言って,オムツを替えてもらうから」と言ったが,そうは言っても,寝ながらじゃ,なかなか便はでないようだ。

看護師さんがやってきたら,「トイレに連れて行こうと思ったけど,やっぱりいいです」と,謝ろうと思って待っていたが,それから10分たっても,15分たっても,ワタシが帰る8時まで,看護師さんは来なかった。


こんなの,すぐにトイレに行きたくても,間に合わないじゃん・・・ねぇ?


とりあえず,帰るコトにした。父は今日は,笑顔でワタシが病室の入り口から消えるまで,こっちを見て,手を振っていた。

父が,笑顔なら笑顔で・・・これまた,せつないものがある。
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# by rompop | 2007-08-29 20:52 | ホスピタル

2007・8・28 汗びっしょり。

病院へ着いたら,6時半をとうに過ぎているのに,父のご飯(栄養)はまだだった。夜勤担当の男の看護師さんが,「○○さん,待ってね!すぐするからね!!」と,てんてこ舞い。


父はちょっと赤い顔をして,額も首筋も汗ばんでいる。でも,氷枕じゃなく,普通の枕をしている。


パジャマの背とシーツの間に手を入れてみたら,ものすごく蒸れて熱くなっていて,これ,だいぶ汗かいてるんちがう?下のほうも見てみたが,父の身体全体が熱いのもあるけど,ズボンのほうも汗ばんで濡れてるなぁ・・・まぁ,この分厚い何重にもなったオムツだから,暑いんだろうけど。

「パパ,暑い?」と聞くと,「暑いなぁ」という。見ると,また靴下を履いている。あわてて,脱がして,布団をすこしめくっておく。


看護師さんが,やっと栄養を持ってきた。でも,着替えさせて欲しいなぁ・・・とてもイイにくかったが,風邪をひいても困るので,パジャマも肌着も新しいのに替えてもらった。ついでにオムツも覗いてもらったら,尿が出ていた。でも,汗ばんで湿っているので,もう,全部取り替えてもらった。


かなり,すっきりしたと思う。身体に熱がこもっているカンジがしたので,しばらく布団をお腹のあたりにだけかけて,上半身と足は出しておいた。


今日から,水分補給などの点滴がはずれた。それでも,補助的に補うコトがあった時のために,左腕にルートだけは確保してある。針の上から包帯がぐるぐる巻いてあった。

栄養剤も全量入っている。1日,1200キロカロリー。プラス,水分とナトリウム,お薬。でも,1200キロカロリーって,ホントに最低限のカロリーだ。まぁ,体重がもどってきて,内臓が大丈夫なら,少し増やしていくかもしれないけど。


ともかく,父は,ずいぶん落ち着いていて,穏やかな顔をしていた。気持ちが落ち着いたのか,身体がしゃんとしてきたのか,よくわからないけど。今日は,あまり「しんどい」と言わなかった。そして,「○○が食べたい」とも。もしかしたら,栄養剤がちゃんと入って,空腹をあまりカンジなくて済んでいるのかもしれない。


汗ばんでいた父の顔と手足を,熱いおしぼりで拭いて,足には水虫の薬を塗る。


主治医がやってきて,父の顔色などを見ていた。ひどい下痢ではないにしても,依然として便は緩い。でもこれは,ある程度,段階を経て改善していくのを待つしかないそうだ。

このまま何もなければ,リハビリ病院へ戻ってもらいましょうか。と,具体的に退院(転院)の話がやっと出た。リハビリ病院に空きベッドがあるかどうか,さっそく問い合せしてくれるそう。


リハビリ病院・・・2月からお世話になっていて,父も馴染みのある病院だけれど,今度はもう,同じ3階フロアへ戻るのは難しいだろうな。そして,戻ったとしても,そこにいられるのは1ヶ月。その後の話は,まだ父にはしていない。。。


正直,ワタシは複雑な思いで,主治医の話を聞いていた。


8時前,父はベッド脇のワタシに,「お姉ちゃん,もう帰ってくれていいよ」と言った。雨が降ってこないうちに,帰るコトにした。父は穏やかな顔をして,ワタシを見送った。
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# by rompop | 2007-08-28 19:50 | ホスピタル

2007・8・27 険悪。。。

いつもより15分くらい遅れてゆっくりと病院へ。


父は,夕食の栄養剤を入れてもらったところだった。看護師さんに尋ねると,37℃の微熱。。。どうしてこう,微熱が出るのかな?

でも看護師さんが「とってもいい表情しておられる」というとおり,今日の父は明るい柔和な表情をしている。眉間にシワもないし,口もむっつりとはしていない。

昨日,母が来たせいだと思う。母が来ただけで,父はこんなに落ち着くんだ。。。母の威力,絶大。


いつになく,父が笑顔なので,「口の中,冷たい水で拭いてあげようか?」というと,いつもは「いらない」というのに,今日は「やって」という。

はりきって,コップに氷をもらってきて,給湯器から緑茶をそそいで,うんと冷たくした。滅菌ガーゼを浸して固くしぼり,3回ガーゼを替えて,拭いてやった。「さっぱりした」と,珍しく喜んでくれた。


そこまではヨカッタのだが,看護師さんが「オムツどうですか?」とやってきて,父が「大丈夫」と答え,看護師さんが行ってしまったあと,ワタシが「ホントにオシッコもウンコも出てないか?」と根掘り歯堀り聞いた。なんとなく・・・出てるんじゃないかな?って思ったから。

父が「オシッコが出てる」と言ったので,「じゃあ,今,看護師さんが来たとき,言わなアカンやん!!」と言った。そしたら父は,「今は出てないよ」という。

「出てるの?出てないの?ホントにウンコもオシッコも出てないか??」と聞くと,父はどんどん険しい顔になっていって,「なんでお姉ちゃんが,そんなコトを聞くの?」「カンジ悪いなぁ!」と,すっかり怒ってしまった。


ウンコが出ているのに,そのままにしていたら,治りかけた皮膚炎が,また悪化してしまう。だから,父の下痢便にはとてもナーバスになっているのだ。皮膚がただれて,あんなに痛がっていたのは,父なのに。


ワタシも多分,「あの日」の前なんだなぁ。。。いつもなら,流せるコトなのに,腹がたって仕方がなかった。よっぽど,「ほな,帰るわ」と言って,帰ってこようかと思った。でも,我慢して,10分くらい怖い顔をして,黙って文庫本を読んでいた。


父も口をとがらして,目をつぶっていたが,だいぶ経ってから,薄目をあけてこちらを見ている。ワタシと目があっても,黙ってこちらを見ているので,まだ何か言いたいコトがあるのかと思って,「何よ!?」と聞くと,「・・・どうしてるかと思って」と言う。「本,読んでるんやんか」「・・・そう」

ワタシの機嫌が悪くなったので,ちょっと,気にしたようだ。そうなると,病人相手に,また可哀相なコトをしたかな,と思う。


8時。帰るコトにした。オムツは放っておこう。気持ちが悪ければ,自分で看護師さんに言うだろう。父にも,まだまだ,プライドがあるのだ。
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# by rompop | 2007-08-27 20:34 | ホスピタル

2007・8・26 誠サマディナー・ショーIN名古屋。

病院を出てからは,ダッシュでJRに乗り,京都駅まで。あらかじめ乗り換え案内を調べておいたので,とってもスムーズに,2時過ぎには名古屋駅に着いた。

お友だちと合流して,ホテルのお部屋で着替えさせてもらい,午後4時。名古屋国際ホテルでの,誠サマのディナー・ショーが始まった。


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今年は無理だとあきらめていたけれど,どうしても行きたくて,前日に申し込んだ。もう満席かも。。。と思っていたら,S席テーブルがわずかに残っていた。ホント,ぎりぎりセーフ。ちょっとメインステージからは遠かったけど,花道も突き出し舞台もよく見えて,よいテーブルだった。

病院の帰りにふらりと寄った百貨店のバーゲンで,着るアテもなく買った,『ロートレアモン』のサーモンピンクのシフォンのドレス。靴やバッグ,ネックレスは全部,手持ちで間に合った。いろんなコトが,ちゃんとうまく回ってくれたような気がするのは,気のせい?

お食事と1時間ちょっとのショーで34,000円という額は,安いとは思わない。でも,ディナー・ショーって,なんていうか,癖になるんだよね。非日常感が,とてもイイ。

特に,今は,ああいう華やかな場所にちゃんとお洒落して出かける,っていうコトが,大事かと。もちろん,そんな気持ちになれない状況じゃないから,行く気にもなれたのだけど。

お料理も,わりと美味しかった。


d0062023_20332927.jpg

☆ディナーのお品書き。年輩のお客が多いせいか,和洋折衷のフレンチ?お箸でいただきました☆


誠サマは,今日もすごく綺麗だった。衣装も新しいモノが多くて,お金がかかっているから,贅沢な気分になれる。

終演後は,疲れているのに,ちゃんとお客さん1人ずつと握手をして,言葉を交わしながらお見送りをしてくれる。「お父さん,大丈夫なの?」と,また心配していただいた。「大丈夫です,ありがとう」と答えた。


9月には東京明治座での座長公演だ。チケットはもう届いている。行きたいが,行けるのかなぁ。。。ますますもって,9月の予想がまったくつかなくなってきた。


帰りも,とてもスムーズに,新幹線に乗ってから1時間半後には,自宅へ。


夕方,ワタシのかわりに,母が2時間ほどタクシーで病院へ行ってくれた。父は。。。。ものすごく,喜んだらしい。母が止める間もなく,ナースコールを押してしまい,やってきた看護師さんに,「家内です」と紹介したとか。検温にきた看護師さんにも,いちいち「家内です」と紹介したそうだ。

ほかの患者さんたちは,奥さんがメインに面会に来ているから,父はずっと羨ましかったのかもしれない。やっぱ,母が一番なんだなぁ。。。

ワタシがいるときは,平気で寝てしまうが,母がいる間は,居眠りもせずに,ずっと家のコトをあれこれ聞いて,喋っていたそうだ。

時間が遅くなり,父が母を気遣って,何度も「もう帰っていい」というので,母はつい,「ご飯がくるまでいるよ」と言ってしまったらしい。そうしたら,父は,平気な顔で,「ご飯ったって,現物は来ないよ」と言ったそうだ。母には,一度も,「何か食べたい」と言わなかったらしい。


まぁ,ともかく,母の体調も良く,父も喜んでくれて,ワタシも楽しい思いができたし,すべて上手く回った。。。というコトで。神サマ,どうもアリガトウ。
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# by rompop | 2007-08-27 20:33 | 誠サマ

2007・8・26 着替え。

重い紙袋をさげて,11時前に病院へ。この時間に来るのは,珍しい。いつもと違う時間帯に来ると,病院内の様子も微妙に違っていて,面白い。


病室に着くと,父のベッドはカーテンで囲われ,看護師さんが中に入っていた。どうやら,オムツ交換をして貰っている様子。「○○さん,××しますね~」という優しい声に,父は,「えぇ,好きにしてください」と答えた・・・ように聞こえた。「好きにしてください」って,今言った??と,ワタシの頭のなかは疑問符がいっぱい。


少し覗くと,看護師さんが「あぁ,今,お下の洗浄しているんです」という。あぁ,そうか。プログラムに入っている「陰部洗浄」というヤツか。「お願いします」と言って,外で待っている。


終わったあと,看護師さんが困ったような顔をして出てきて,「身体を拭いてお着替えをしたいのですが,いくら言っても,イヤだと言われて・・・」と言う。父は不機嫌そうな顔で,「しんどいから,明日でいい」などと言うが,「曜日が決まっているんだから,ちゃんとやってもらい。不潔にしてたら良くないから」と言って,看護師さんにお願いする。

多分,寝たままの着替えは,あっちを向いたりこっちを向いたり,腕を曲げたり伸ばしたり,腰を持ち上げたり,そこそこ負担なのだろう。でも,腕を曲げてパジャマの袖を通すのも,腰を上げさせるのも,リハビリのうちだ。寝たままでは,腕も足も,固まってしまう。


父は,またもや不機嫌MAXで,看護師さんが優しく声をかけても,うんともすんとも返事をしない。終始無言のまま,黙って着替えをされていた。


終わって,「どうや?さっぱりするやろう」と言っても,「うん」と言ったきり,むっつりと目を閉じてしまった。

午前中のこんな時間は,まだ眠いのかなぁ。父は昼の栄養まで,ずっとワタシには目もくれず,眠っていた。


毎日,10時過ぎごろに病院へ来ている弟が,「寝ていたので一言も喋っていない」だの言うので,それは不仲な弟だからだ,と思っていたが,あながちそうでもないのかも。なんだか,甲斐のないコトだなぁ。

しかたなく,父の枕元の,手つかずの『文芸春秋』をパラパラ読んでいた。急に「今日は何曜日?」と甲高い声で父が尋ねる。「今日は日曜日」と答えると,「ふうん」と,また目をつぶってしまった。


することがないので,ヒゲを剃ってやった。おしぼりで顔を拭いてやっても,以前のように「気持ちいい」と喜ばないので,父に手渡して,自分で好きに拭かせた。なんだか・・・父は,すべてのコトが,もうどうでもよくなってしまったように感じる。


お昼の栄養のあと,ビオフェルミンを溶かした水を,注入。看護師さんがちょっと失敗,チューブから逆流した水分が,シーツと父のパジャマの袖を濡らしてしまった。

「いやぁ~ごめんねぇ。着替えたばっかりやのに,ごめんねぇ」と何度も謝りながら,濡れたパジャマの上着を,また交換。父はもう,むっつりと無言で「どうにでもしてくれ」なカンジだった。


1時前になった。時計ばかり見ていたワタシだが,「パパごめん。今日は用事があるから帰る。」と言う。父は,「はい,どうぞ」と言う。ちょっとだけ気が咎めるが,今日は夕方に母が来てくれるはずだ。でも,父にはまだ内緒にしておこう。母の体調が変わらなかったら,きっと嬉しいサプライズになるから。
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# by rompop | 2007-08-26 22:32 | ホスピタル

2007・8・25 怒鳴る。

ご近所の工事の音で,朝から目が覚める。うるさいなぁ,もう・・・。でも,母に愚痴をこぼしたら,「朝の8時なら,もう文句言えないよ」と言われた。まぁね・・・


洗濯と掃除。あぁ,部屋が汚いなあ。。。


3時30分に家を出て,病院へ。


いつものように「よぉぉ」と手を挙げながら入っていくと,父はワタシの顔を見て,ニッコリした。ちょっとホッとする。しかし,間もなく,「お腹がすいたなぁ」と言い出した。

「あれ?朝と昼の栄養なかったん?」(どうしても,まだ「食事」とは言えないワタシ)と聞くと,「そんなもの無かったよ」と言う。あれぇぇ??

今日の父は,熱もなく,特に下痢が酷そうなわけでもない。栄養中止の理由もないし・・・


父の言葉を間に受けて,看護師さんにこっそり尋ねてみたら,「ええ,朝も昼も,ちゃんとありましたよ」とのコト。


「パパぁ・・・ちゃんと栄養あったってよ。ウトウトしていて,覚えてないんちがう??」と言うと,「勝手に入れられたらかなわんな・・・」と言う。「なんで?」と聞くと「だって,口からのほうがいいから」と。「・・・・・・・」


そして,「人が寝ている間に勝手に入れるなんて,看護婦の悪質な手口だよ」と,眉をひそめて言う。もう,なんていったら,いいのか・・・。「勝手には入れないと思うよ。ちゃんと声をかけるはずだから,パパ,ちゃんと起きてなあかんわ」と言う。


6時,夕食の配膳が始まった。父は目をつぶっている。


お隣の,パーキンソン病のおじさんは,奥さんと娘さんが食事の介助に通ってきている。カーテンの向こうで,「今日はなにかなぁ・・・わぁ,お父さん。美味しそうやで。ハンバーグにあんかけやわ」という声が聞こえる。それらしい匂いがする。

こういうのは,何度聞いても,むごいなあ・・・と感じるのは,こっちの都合なのだろう。


父の斜め向かいにいる患者さんは,一日中,カーテンをくるりと囲って,ひきこもっている。気が滅入るのか,時々,かんしゃくを起こしたような声を出して,ワタシたちを見ても,にらみつけるようにするので,あまり好きじゃない。

今日は特に機嫌が悪いのか,それとも容態が悪いのか,夕食を病室に響き渡るぐらいの音をさせて,乱暴に食べている。汁気のおおい食事を,流し込むかのように,ズルズルと大きな音をさせて。ラーメンでも食べているみたい。


父がふと,「あぁ,焼きうどんが食べたいなぁ」と言った。「うん」と言うと,「それか,焼きそばが食べたいなぁ」と言う。父もやはり,この音で麺を連想したのか。「・・・うん」と,言って知らん顔をしていると,急に父が怒鳴るように大声をはりあげた。


「スズメの子~そこのけそこのけ,お馬がとおる~」「やれ打つな~ハエが手をする,足をする~」


ワタシもギョッとしたが,病室中が,一瞬,しーんとしてしまった。なんだかよくわからないが,「・・・それ,小林一茶?」ときくと,父は落ち着いた声で「そうそう。一茶だ」と言った。


そして今度は,「春の海~ひねもすのたりのたりかな~」と,また百人一首でも読むように,大声をはりあげた。

「・・・・・それは,誰や?」「これは蕪村だね」「ふうん・・・」



「他の人に迷惑だから大声ださないで!」とは言わない。もう,いいよ。病院なんだから。おかしい人は,他にもたくさんいるんだから。父だって,時には大声を出したくもなるのだろう。


あれ?スズメの子・・・は,一茶だっけ?良寛さんじゃなかった?国文卒なのに,ワタシもこういうのは自信がない。



ほかの人たちの食事があらかた終わったあと,6時半ごろ,父の栄養が始まった。父は今度はしっかり目をあけて,注射器からチューブに注入される様子を,じっと見ていた。


看護師さんが「10分したら,また入れに来ますね」と去ったあと,「もったいないことをするねぇ」と言う。「なんで?」と聞くと,「口から入れればいいものを」「・・・・・」


ここへ来る直前,ワタシと弟が一ヶ月間,昼と夜に食事介助に通い,絶対にむせないように,誤嚥しないように,まるで見張るようにして,父に食事をさせた。ワタシたちもキツかったが,父も,かなり辛かったに違いない。

父にそのコトを覚えているかどうか,尋ねてみた。「それって,いつのこと?去年のコトか?」・・・父はもう,忘れてしまっているようだった。


自分にとって,しんどかったコトとか,イヤだったコトって,余計に記憶から抜け落ちてしまいやすいのかな。


7時過ぎ,帰るコトにした。「もう帰るよ」と言いながら,父の歯をみたら,下の歯茎から血が出ているように見えた。歯槽膿漏かな・・・気になったので,「ちょっと歯見せて。イーってしてみて」と言うと,父は「イーっ」と言って歯を見せた。歯茎をさわって観察していると,それが不愉快だったのか,「イーっ,イーっ,イーっっ!!!」と,だんだん声を荒げて怒鳴り,ワタシを睨みつけた。


「わかったわかった」と,退散。


癌患者などが,自分の状況を受容していく過程で,「怒り」にとらわれる時期があると,なにかの本で読んだコトがある。あれ?癌患者じゃなくて,親しい人を亡くした人のコトだったか?とにかく,人は,いくつかの段階を経て,物事を静かに受容していくのだ。


やたらに怒鳴る父を見ていて,そんなコトを思い出していた。
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# by rompop | 2007-08-25 17:56 | ホスピタル

2007・8・24 不機嫌。

今日の昼から,胃ろうの栄養が再開。

6時30分に着いたら,ちょうど始まるところ。


逆流しにくいように少しトロミをつけたものを,大きな注射で3回に分けてチューブに注入する。1回注入すると10分の間隔をあける。その後,ベッドを起こしたまま30分。

今までに比べて,あっけないくらい短時間で済んだ。体にあうといいなぁ。


注入する時,「気持ち悪くないか」とか「お腹痛くないか」とかアレコレ聞いたら,「そう神経質にカリカリされちゃたまらないな」と父は不機嫌になった。


それでも,昨日よりも肌に少し赤みがもどったような気がする。


しばらくして,父が「明日からはオカズがつくんだね」と言う。

「オカズはつかない。これがパパの食事だから。。」と言うと,「いや,どんな具合になっているのかと思って。。。」と,やや失望したようだった。


「ずっと」とは,とても言えなかった。

「当分のあいだ,これがパパのごはん。仕方ないよ」といい聞かせた。息もたえだえな気持ちで。


そのあと,靴下を無理矢理脱がせ,水虫の薬を塗る。足の爪を切る。父の不機嫌はMAXだ。


今夜は,父は最後までワタシに笑顔を見せてくれなかった。
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# by rompop | 2007-08-24 20:50 | ホスピタル

2007・8・23 明日から,再開。

今夜の父。熱はさがっているようだ。でも,栄養がずっと足りないせいか,顔色が白っぽくて,元気がない。まぁ,元気を出せ,っていうほうが無理なんだけど・・・


栄養が足りないせいか,ずっと伏せているせいか,頭もぼんやりしていて,なんだか会話が時々,「とんち話」みたいな具合になる。父がトンチンカンな言動をしても,以前ほどショックを受けるコトはなくなったが(こういうのは,慣れちゃいけないのか・・・),なんだか虚しい気分になる。


水虫の具合をチェックする。なんか・・・・酷くなっている。無理矢理,靴下を脱がせて,薬を塗ろうとすると,「もう,触らなくていいよ!」と嫌がる。「アカン!悪化してる!」と,無理矢理薬を塗る。足の指を広げると「痛いなぁ!」と怒る。「パパのためにやってるんやろう!」とこちらもキレかけると,「じゃあ,好きにしたらいいよ!」と,父もキレる。


やれやれ・・・・誰が好きこのんで,人の水虫に薬なんか塗りたいものか。



しばらくお互いに口をきかなかったが,父が,ひらひらと手を振ってワタシを呼ぶので,父の顔の向いているほうへパイプ椅子を運んで,「なに??」と座った。


「あのねぇ,バナナを買ってきといてくれる?」

「バナナ・・・・パパなぁ,そんな固形物は食べられへんよ。今までずっと,ドロドロのミキサー食やったやろう?それでも詰まって,肺炎になっちゃったんやで・・・・」

父はしばらく,じっと考えている風だったが,「・・・・あぁ,そうだったねぇ」と言う。「仕方ないなぁ?」と言うと,「・・・・仕方ないね」と言う。けど,何かをずっと考えている風。

しばらくしてから,「そうそう,じゃ,キビナゴを買ってきて」と言う。キビナゴ?キビナゴって,なんか魚だったっけ?「イカナゴのこと?くぎ煮?」「あ,そうそう」

「・・・・だから,それも無理やわ。そんなん食べられへん」「・・・・じゃ,しょうがないね」


腹が減っているから,食べ物のコトしか考えられないのだろう。「明日のお昼から,栄養入れてくれるって。看護師さんが言ってたよ」というと,「あ,そう」と,ちょっとだけ嬉しそうにする。

「お腹が空いてるから,食べ物のことばかり考えるよなぁ。栄養が入ったら,少しはお腹ふくれるから,辛くなくなるよ」「そうだね」


7時半頃,主治医がやってくる。父の発熱は,やはり「誤嚥」によるものだったという。唾液などの誤嚥なのか,栄養剤の逆流なのか,それは定かではないが,誤嚥による肺の炎症には間違いないそうだ。

「言い方は悪いですけど,今後,こういう誤嚥は,避けられないです」と,申し訳なさそうに主治医が言う。

「でも,熱が出ても,すぐに下がれば問題ないのです」


要するに,体力,抵抗力,免疫力,なんでもいいが,その力さえ父にあれば,多少の誤嚥があっても,発熱があっても,さほど怖がるコトはないのだ。

そう,そのために・・・・体力をつけるために,胃ろうを作ったのだ,と,また自分を納得させるために,胸のなかで繰り返す。ほかに選択肢がなかったのだ,と。



「明日のお昼から栄養再開ですからね。もう少し我慢してくださいね」と,主治医が言う。父は,笑顔で「はい」と応えている。

でも,主治医が去ったあとも,父は,目を開けたり閉じたりしながら,ずっと空(くう)を見つめている。何を考えているのか・・・・・・ワタシには,本当に父が今,感じている気持ちは,わからないのだろうな。
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# by rompop | 2007-08-23 19:37 | ホスピタル

2007・8・22 夏休み。

夏休みを1日取った。

夜,暑くてあまり眠れないせいか,昨日一日,やたらに動悸がして,ふらついた。蓄積された疲労を,少し自覚しないとマズイな。。。と,さすがに思った。


というわけで,今日は正午までダラダラ眠った。ノロノロと起きて,母の特製のオムライスを食べて,ポンジュースを飲んだ。あぁ・・・よく寝た。


午後,寝ころんでテレビを観ていたら,なんだかこのまま,ずっと部屋にいたくなってしまったが,やっぱり父のコトが気になる。

といっても,今日は自分の休養がメインなのだから,いつもよりずっと遅い4時頃,家を出た。行き道に,駅前のショッピングモールに立ち寄り,母に頼まれた下着(母の)を買う。ううむ・・・80才近い母の下着,難しい・・・


5時頃,病室へ。

父は熱も下がり,普通にしていた。顔が少し赤いので,「熱,あるの??」と聞いたら,向かいのベッドの患者さんのオムツ交換をしていた看護師さんが,「熱はありません!」と大声で答えた。そして,「○○さん,お待たせしてごめんね。オムツ替えるからね!」と,あわててオムツ交換。

・・・なんか,怪しい態度だな。案の定,父のオムツは,尿取りパッドもその下のフラットタイプも,たっぷり濡れていた。

「おしっこ,一杯出ていました」と看護師さん。なんだか,長時間,放っておかれたんじゃないだろうか?と,思ってしまった。多分,そうなのだろう。


いつもの点滴と,抗生剤の小さい点滴。やっぱり今日も,栄養は中止中のようだ。それでも,父は空腹のピークを越したのか,あるいは,あきらめ感があるのか,「お腹がすいた」とは,今日は言わなかった。ただ,「いっぺん,バナナ食べたいなぁぁ」と言っただけ。「・・・・うん」とスルーしてしまった。


今日も,車椅子で下へいき,レントゲンを撮ったようだ。


お尻が痛い,というので,身体を少しななめにして,クッションをあてた。ひげ剃りをしてやり,顔や手足をおしぼりで拭いてやった。あとは・・・・・もう,するコトがなかった。


夕方,雷と激しい夕立。傘を持っていなかったので焦るが,これで少しは涼しくなるだろう。


父の向かい側のベッドに,昨日から入っているおジイさんが,点滴やカテーテルを,すぐに抜いてしまうので,2度ナースコールを押して,知らせた。「もう・・・いい加減にしてよぉぉ」と,看護師さんがキレかけていたから,朝から何度も繰り返しているのだろう。


父は,おとなしく,穏やかな顔で(でも,栄養不足で青白い),ウトウトとしていた。ワタシも,ベッド脇で『婦人公論』を読んでいた。


父がめずらしく,「『文芸春秋』が読みたいなぁ」というので,「明日,買ってくるね」と約束した。
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# by rompop | 2007-08-22 18:33 | ホスピタル

2007・8・21 菓子パン。

6時半に病室へ。


寝ていた父が目を覚ますなり,「朝からなにも食べてないんだよ!」と訴える。昨日,熱が出たので栄養が中止になったと説明するが,「昨日のことなんか覚えてない」そうだ。


しきりに「お腹が空いた」といい,売店で菓子パンを買ってきてくれ,とワタシに言う。「パンなんか無理やんか。。」と言っても,「時間がたてば食べられるやろう。その時のために用意しとくんや」と聞かない。


「前に肺炎で入院した時は,一週間くらい点滴だけで我慢したよ」と言うと,「肺炎で入院?なんのことかわからん」とのこと。

忘れちゃったのか。。。


熱は下がったようだ。たんも絡まない。ただ,腹が減るのだ。。。


看護師さんが肺の音をチェックするのに,父に深呼吸をさせた。父のお腹が,グーと鳴った。


父は帰り際になって,「これだけ頼んでも買ってきてくれないんだから,もういいよ」と,声を荒げた。帰る時に握手をしても,イヤそうにすぐ離して,目を閉じてしまった。



悲しい。。。でも,悲しくても,ワタシも腹が減るのだ。



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病室の窓からわずかな夕焼け。
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# by rompop | 2007-08-21 18:47 | ホスピタル

2007・8・20 発熱。

少しのんびりと,6時半ごろ病院へ。駅の売店で,夕刊を・・・と手にとりかけたが,飛行機が炎上している大きな写真。また父が,おかしな夢を見ても困るしなぁ・・・と,やめておいた。


病室につくと,父は氷枕をしていた。熱??栄養の滴下は始まっている。


ちょっと生気のない顔をした父は,喉と胸のあたりをゼロゼロ言わせていて,喋るのもしんどそうだ。どうしたんだろう??


見かねてナースコール。とりあえず,息を吸ってもはいても,ゼロゼロ言いっぱなしなので,痰の吸引をしてもらう。


看護師さんの話では,昼間に結構な熱が出て,解熱剤で下げているらしい。今は37℃台前半だという。栄養はOKとのコトなので,入れています,とのコト。肺のレントゲンと血液検査もしたというから,ちょっとイヤなカンジの熱発なのだろう。


一度吸引してもらって楽になったようだが,またすぐに,痰がつまりだした。ワタシがいた1時間半の間に,結構な長時間の吸引を2回。父は涙を流して,ヨレヨレになった。


涙と目やにがこびりついている顔を,熱いおしぼりで拭いてやる。あまり刺激をしてはゼロゼロがひどくなるので,そっと拭く。


・・・・・どうしてこうなっちゃうのかな。


それでも7時頃になると,「お姉ちゃん,もう帰ってくれてもいいけど」と,ワタシを気遣う。「さっき来たところやん。8時まではいるから大丈夫」と応える。いても,できるコトは限られているのだけど・・・・


8時になった。父は少しだけ落ち着いて寝息を立てている。「もう帰るよ。大丈夫か」と声をかけると,「うん」とは言うものの,いつまでもベッドからこっちを見ている。何度も振り返り,ベッドへ近寄っては「なんかある?」と聞き,後ろ髪をおもいきり引かれる思いで病室を出る。


エレベーターホールで,主治医がワタシを遠くから見つけて,飛んできた。


原因はよくわからないが,どうやら肺が良くないらしい。炎症を起こしているのは間違いないそうだ。

唾液などによる誤嚥か,栄養剤の逆流か,あるいは,なにかの感染症か・・・・・でも,多分,あんなにゴロゴロ言っているのは,誤嚥なんじゃないかな。今までと同じ症状だから・・・


とりあえず,栄養剤を中止する,とのコト。逆流かどうかはわからないが,こういう時は,消化器官も弱るから,逆流のリスクが増えるそうだ。しばらくは,点滴のみの栄養と,抗生剤の投与。

「・・・少し逆戻りです。急な熱発には僕も驚いているんですけど・・・」と,主治医。


早く治まりますように。いろんな意味で辛い「胃ろう」だけれど,点滴のみに頼るには,父の弱くてもろくなっている血管が心配だ。


父の肌着をもう1枚買って,帰る。


帰ってから連絡メモを見ると,どうやら今日の午前中,父はリハビリをしたようだ。弟が行ったとき,ちょうど車椅子で連れていかれる途中だったらしい。


リハビリをしたから,肺が炎症を起こしたとは思えないが,熱が出る前だったなら,きっと父は,辛かったにちがいない。

・・・泣きたいようなコトばかりだ。
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# by rompop | 2007-08-20 19:24 | ホスピタル

2007・8・19 不調。

11時まで寝ていた。暑くてあまりちゃんと眠れない。


テレビの配線を直したくて,テレビの裏側にもぐりこんで配線板などを見ていたら,どうしたコトか,背中全般の「すじ」が違ってしまった。普段使わない部分の筋肉に,変な力が入ったせいかもしれない。背中が「攣る」というか,あまりにも痛くて,1時間ぐらい,横になっていた。

どっちを向いても痛いし,起きても寝ても痛いし,心臓までドキドキしてきて,このまま治らなかったらどうしよう・・・・と,不安になる。歩けないような痛さじゃ,パパの病院どころじゃないからなぁ。


しばらくしたら,少しマシになったので,ホッとする。ホントに身体が資本?なんだから,大事にせねば。


2時過ぎに家を出て,病院へ。今日も暑いや。それに,なんだか,今日はワタシも体調が今ひとつ。


父は,今日も熱もなく,下痢もしていなかった。変わりないと言えば,変わりない。ただ,そう元気でもない。


「気分が良かったら,車椅子に座ってみる?散歩しようか?」と言ってみたが,「いやぁ・・・ベッドでいいよ」とのコト。「しんどいか?」と聞くと,「・・・しんどいねぇ」と言うので,これはあきらめた。ベッドばかりではどんどん弱ってしまうのでは,と焦るが,無理に連れ出しても本人が辛ければ・・・


あとで看護師さんが血圧を測りにきたら,今日は少し低く,上が90台だった。100を切ると,少し辛いと思う。「車椅子に座らせようかと思っていたんですが」と言うと,「この血圧ではちょっと辛いと思いますよ。急に頭を起こしたりすると,フラフラするし,急に血圧が変動すると危険ですから」とのコト。そうだよね。


それでも父は,ワタシが買っていった新聞を,「じゃあ読もうか」と,少しだけ読んだ。でも,2面ぐらい読んだところで,疲れてしまったのかギブアップ。持久力がまったく無くなった。

ベッドがずっと30度ぐらいに起こしてあるので,辛いのではないかと思い,「ベッド,倒そうか?そのほうが楽ちがう?」と尋ねると,急に父は,「なんでそんなコトばかり言うんだ!」と怒り出した。訳がわからん・・・・・「そのままでいいなら,別にいいよ」と放っておくと,しばらくしてから,「・・・・散歩に行こうって言われたのかと思った」と父。


ワタシのほうが,「勝手に勘違いして,なに怒鳴ってんねん!」とキレてしまう。アカンアカン・・・今日はホントにワタシも不調。


気を取り直して,父のヒゲを剃ってやる。できるところまでは自分でやらせて,そり残しをワタシが剃る。熱いおしぼりで顔や,手のひら,足を拭いてやり,足には水虫の薬。どうも,この水虫の薬,看護師さんが塗ってくれている気配がないのだ。確認してみると,やっぱり途中から忘れられていて,塗られていなかった。とほほ。


6時。栄養が始まった。しかたないとは言え,同室の人が食べている音や匂い,ホントにいつまで経っても辛い。父もぼんやりした顔をしているので,テレビを動かしてよく見える位置にもってきて,つけた。

ワタシが気を使いすぎなのかもしれないが,テレビの番組1つ見せるにも,気を使ってしまう。どのチャンネルも,美味しそうなものが出てくるから・・・CMだってそうだ。だから,自然とNHKになってしまう。しかし,海外報道特集なんて,父には全然面白くなさそうだったので,途中で「ちびまるこちゃん」に替えた。意外と,父は面白そうにちゃんと見ていた。

「サザエさん」が始まってすぐに,父はメガネを外し,イヤフォンを外してワタシに渡した。「テレビはもういい」の合図。


オシッコがいつの間にかたっぷり出てしまったようなので,尿取りパッドを交換してもらう。ギャッジアップしている状態で,うまく替えるのは,ワタシには難しかった。


7時になったので,帰るコトにした。ホントに今日は,なんだかしんどいや。


帰りに駅前のスーパーで父の半袖の肌着を1枚買い足し,母のお土産にいちじくを買って帰る。
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# by rompop | 2007-08-19 16:56 | ホスピタル

2007・8・18 食べ物のコト,ばかり。

午前9時30分に,母の代わりにスーパーへ行き,いったん荷物を持ち帰ってから,10時に予約を入れておいた美容院へ。カットとパーマ。

1時前に終わる。いくら言ってもパーマのあたりが緩いなあ。


さて。暑くなってきた。病院へ。

昼食はマクド。たまにはジャンクも良いだろう。チーズバーガーとフィレオフィッシュ,ポテトとコーラ。美味い。。。


3時に病室へ。37℃の微熱。

寒がりの父が珍しく「暑い」という。背中に手を入れると,たえずベッドとくっついているためか,じっとりと汗ばんでいる。しかも,よく見ると,ラクダ色の冬物の長袖シャツを着せられている!


リハビリ病院は冷房が強かったので,この冬物シャツを着ていたが,こちらはそう涼しくもないので,もう少し薄い,白の前あきの長袖シャツを,棚の一番取りやすい位置に目立つように置いていた。なのに,よりによって,このシャツに着替えさせるとは。


家からちょうど,半袖のかぶりのシャツを1枚,ためしに持ってきたところだったので,看護師さんにお願いして着替えさせてもらう。点滴がついているし,ワタシ一人では着替えは不可能だと思ったから。

案の定,ちょっと面倒くさそうに2人の看護師さんがやってきて,とてもスピーディでしかも乱暴に,父に夏用のシャツを着せた。病人なんだから,もうちょっと,こう・・・と思ったが,さすがに「もうちょっと優しく扱ってください」とは,なかなか言えない。

その様子を見ていて,やっぱり,シャツは前開きのものが,着替えさせるほうも,父も,楽なんだなと思う。あとで,買いに行こう。


あとで父が,「まったく人間扱いしていないからなぁ。人を丸太みたいに乱暴に扱って・・・」とこぼしていた。どんな年寄りだって,元気のない病人だって,寝たきりの人だって,自分が粗雑に扱われているのは,敏感に感じ取るのだ。


主治医がやってきて,傷口の消毒。昨日は,抜糸をしてくれたので,ついでに「胃ろう」部分を初めてよく見せてもらった。腹から直接チューブがぶらさがっているのは,なかなか・・・ショッキングだった。


「自己抜去」について,ワタシは少し不安に思っている。普段の父なら大丈夫だが,今後,環境が変わったりして混乱した時,チューブを抜いてしまわないか,と。

主治医は,「僕が見ている限り,穏やかそうなので,その心配はないと思いますが・・・」と言いつつ,自己抜去をふせぐための,軽い拘束服がある,と話す。本人では開けられないように,ジッパーなどに工夫がされているらしい。でもなぁ・・・

「大丈夫なのに,拘束するのは抵抗があります」と言うが,「でも,抜いてからでは手遅れですからね」とも。認知症の患者さんなど,自己抜去の例が結構あるらしい。かなり痛いと思うのだが・・・父は,混乱したからと言って,そんなコトまでしてしまうだろうか?


まぁ,拘束服の話は,いちおう心に留めておこう。


父は主治医に,「カレーライスなんか食べたいですね」と訴えていた。ワタシに言っても,「無理だよ」と言われてしまうので,主治医に言ってみようと思ったのだろう。まだ若いドクターは,なにも言わず,ちょっと困ったような顔をして,微笑んでいた。ここで,うまくなんとか言って欲しいんだけどなぁ。。。


今日の父は,よほど食べ物のコトばかり考えているらしく,看護師さんにも,「くぎ煮が食べたい」だの言っていた。ワタシが肌着を買いに,駅前のスーパーに出かけている間に,寝ぼけたのかナースコールを鳴らして,「今からマルヤス(スーパー)へ行くので」などと言ったらしい。もう・・・切ない。


そのあとも,ワタシに,「あぁ,うまいモノが食べたいなぁ・・・おでんとか,くぎ煮とか」と言う。返事に困る。「あぁ,水が飲みたい」とも。毎度のコトだが,泣きたくなる。


かと思うと,夕方にふと,「もう帰ってくれていいよ。明日,早出とちがう?」などと,ワタシを気遣ったりする。どれもこれも,父なのだ。


夕食の配膳が始まる頃,廊下に出たら,ナースステーションの近くの個室の前が騒がしかった。入り口には,目隠しがわりのついたてが立てられ,看護師が何人も,出たり入ったり。

どうやら,患者さんの容態が急変し,呼吸も心肺も停止したらしい。見覚えのある,若い男性の看護師が,「あとはAEDの指示どおりにしてください!」と大声を出している。


バイタルを映し出すモニターが,ピーピーと鳴りっぱなしだ。心臓がドキドキした。でも,ここは病院なのだから,これも非日常の風景ではない。そして,今や,こういう風景も,うんと遠くの出来事とは思えないのだ。


8時過ぎ,父に「おやすみ」を言って,病室を出る。さきほどの個室の前を通ると,部屋は静かになっていて,医者が静かにベッド脇に立って,患者の様子を見ていた。持ち直したのだろうか。
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# by rompop | 2007-08-18 18:39 | ホスピタル

2007・8・17 希望。

6時20分に病院へ。熱もないはずだが,今夜の父は,なぜかずっと寝ていた。

やはり昼間に来ないと,ホントの父の様子はわからない。夜だけ1時間半ぐらいいたって。

8時になったので,父を揺り起こして,声をかけ,帰る。父は笑顔を見せたが,一瞬後には目を閉じてしまった。


歩きながら,「どんな時も希望を持たなければ」と考える。

でも,本当は希望を持たなければいけないのは,父本人だ。食べられなくても,歩けなくても,家に帰れなくても,生きていて良かった。と,父自身が思えなくては。


クオリティ・オブ・ライフ。

でも,それは,今の父にとっては難しいことだな。。。
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# by rompop | 2007-08-18 17:59 | ホスピタル

2007・8・16 空。

お盆休みも,いよいよ今日が最後。

思いきり朝寝。といっても,なにしろ熱帯夜なので,うまく熟睡できない。もともと冷え性で,クーラーが嫌いなモノだから,扇風機のタイマーだけでは,汗だくになってしまう。


トマトとツナのスパゲティを山盛りたいらげて,出かける準備。もう,ここまで日課になったら,出かけるのが面倒とか,イヤだとかあまりカンジないなぁ・・・

2時過ぎ,一番暑そうな時間に家を出る。やっぱり,暑い。。。。


病室には3時ごろに着いた。父は目を開けていた。


父の表情や顔色,枕などをさっと観察する。普通の枕ということは,熱はないのかな。顔色もそう悪くなく,なにより表情も,そんなにぼんやりしてはいない。ワタシの顔を見て「あ!」と言うちょっと嬉しそうな顔をした。


しかし,やはり今日も,熱は37,3℃。微熱・・・どこからくる熱なのか。でも,このぐらいの熱,看護師さんは気にもとめない。


洗濯物が大量にあったので,コインランドリーで洗濯をする。各フロアに1台しかないのに,先に洗っていた入院患者さんが,時間が終わってもなかなか取りにこないので,イライラした。人の迷惑を考えないマイペースな人が,多いなぁ。


看護師さんたちから,窓際の患者さんとベッド位置を変わって欲しい,と言われる。あとから入ってこられたその患者さんは,父よりもずいぶん若いが,認知症があるのか,急にベッドから立ち上がろうとしたりするので,目が離せないらしい。父のいるベッドが,一番廊下からも目につくし,巡回には便利なのだろう。

父は窓際のほうが嬉しそうだったが,いざ変わってみると,スペースが少し狭いし,なにより窓からの照り返しがあって,結構暑い。。。。。寒がりの父も,めずらしく今日は,汗ばんでいた。クーラーの効きも少し悪いかも。まぁ,しかたないか。

ただ,空が見えるのは,イイ。窓際のカーテンを開けていれば,夜までずっと明るいし。


するコトがほかにないので,父のひげを剃り,おしぼりで顔や手首,足と手を拭いてやる。爪切りも。


あとは,ぽつぽつと父と喋りながら,文庫本を読んでいた。点滴の針の位置が,毎日のように変わるので,布団や肌着のあちこちに,血がついている。点滴の針なんてたいしたコトないようでも,毎日さされるのは,イヤだろうなぁ。


夕方,空が暮れだした。「暮れてきたねぇ」と父。外の景色といっても,病院の建物の内側を向いている窓なので,向かい側の病棟の窓や,空調機が見えるだけだ。あとは,わずかに切り取られたような小さな空と,病院の名前の書いた大きな看板と。


7時頃,その病院の看板に灯りがともった。鮮やかな青いランプで,病院の名前が宵闇に大きく浮かび上がる。


「綺麗だねぇ・・・」と父が嬉しそうにいうので,振り返ると,確かに綺麗だった。平日の夜,ワタシはいつも,遠くからこの青く浮かび上がった文字をめざして,一目散に歩いてくる。



それにしても,せめてこの窓から,もっと空がたくさん見えたらいいのに。。。。。
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# by rompop | 2007-08-16 22:00 | ホスピタル